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⌘2章 高貴なる人質 《こうきなるひとじち》
36.希望という名の丘
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ケイティの所有するぶどう畑に異変があると聞きつけた残雪が蜂鳥と共にその地を訪れていた。
希望の丘と名付けられたぶどう園は、丘どころか平原いっぱいの広大な畑である事にまずは驚く。
畑の終わりが見えないほどに広いのだ。
村一つ分の規模の畑であるらしい。
畑を車で行き来する大規模さで、醸造所はまた別の場所にあるらしい。
管理された段々畑のような小規模な畑で育てられ、一瓶毎にナンバーを付けられてラベリングされ、育った畑の区画まで特定できるように醸造されるワインしか知らない残雪は驚いて周りを眺めていた。
「すごい。こういう自然に近い栽培なのね。どうりでこちらのワインは原始というか野生的な風味がするわけね。大好きな味よ」
残雪の賞賛に、ケイティは嬉しそうに頷いた。
「ありがとう。・・・まだまとまった外貨が稼げないでしょ。夫も友人達も苦労しているの。その助けにでもなれれば嬉しいんだけれど」
そういうつもりでいたのかと残雪は心打たれ、蜂鳥は驚いた。
蜂鳥は、実のところファーストレディというのが何であるのか今いち理解出来ないのだが。
どうも宮廷の華である后妃とは役割が違うようだ。
しかし、外貨を稼ぐならば、このままではいけない。
もっと洗練された魅力で無ければ。
それも、よく分かっている。しかし、この良さも失なくしたくないのだとケイティは言った。
「・・・こっちね?」
残雪が南側を示した。
収穫間際だと言うのに、明らかに枝葉の様子がおかしい。
残雪は、さっさと車を降りると畑の中に入って行く。
蜂鳥は慌てた。
護衛の自分より先に行かないで欲しい。
大体、こんな田舎だ。獣、しかも大型の熊あたり出たらどうする。
一番先に食われるつもりか、と心配になる。
「もう、雪様、早い!」
蜂鳥がドアを開けてケイティが降りるのを手伝った。
ケイティは、畑の中でひょこひょこ動く残雪の姿に、まるで野生動物みたいね、捕まえるの大変そう、と笑った。
「全くです。家令が翻弄されるなんてよっぽどですわ。・・・奥様、こちらは木が弱ってしまったのでしょうか。お昼間はまだ暖かいけど、朝晩はとても寒いですものね」
「・・・そうね。ここ、標高が高いから、更に霧がすごいの。視界が悪くてね、私、朝方、2回も転んだわ」
今年は諦めて苗を全て刈り取って燃やして、土を消毒しなければいけないと思っているのとケイティが悲しそうに言った。
それは大損害だろうと蜂鳥は広大な畑を見渡した。
突然、苗を見ていた残雪が振り返って手を振って叫んだ。
「ボトリティス・シネフレア!」
よくわからない呪文のような言葉に、ケイティと蜂鳥が戸惑った。
うんうん、朝晩寒いよね、昼はこんなに天気いいもんね、とか大きな声で一人で話している。
どうもぶどう苗に話しかけているようだ。
「ケイティ!ここからここ、私、ちょっと試していい?うまくいかなかったらごめんなさい。うまくいったら、青蛙本舗で全部買うわ!・・・お互い大儲けよ!」
「えぇ?いいけど・・・なんの話・・・?」
しかし、残雪が指定したのは、特に病気のように葉や果実が傷んだものばかり。
ケイティが困惑して首を傾げた。
「蜂鳥!黒北風と春北風に電話して!」
残雪が畑のど真ん中で騒いでいる。
訳が分からないまま、蜂鳥は頷いた。
その一年後、A国初の貴腐葡萄酒が市場に出回った。
ある条件を満たした時にだけ、本来ぶどうを枯らす菌が果実を熟成させる。
その実を絞り、醸造させたワインは、蜜のように洗練された一滴となるのだ。
それは幸福の魔法のようだと、その魅惑的で力強く豊潤な蜂蜜色の滴は国際的な品評会で好評を得た。
数年かけて熟成され更に風味が増すであろう、まだ醸造所で眠る滴しずくにもすでに予約が殺到していた。
初搾りはプレミアがつくであろう。
“希望の星”と名付けられたそのワインは専売権を得た青蛙本舗によって各国に輸出されて、国の財政に大いに貢献する事になった。
希望の丘と名付けられたぶどう園は、丘どころか平原いっぱいの広大な畑である事にまずは驚く。
畑の終わりが見えないほどに広いのだ。
村一つ分の規模の畑であるらしい。
畑を車で行き来する大規模さで、醸造所はまた別の場所にあるらしい。
管理された段々畑のような小規模な畑で育てられ、一瓶毎にナンバーを付けられてラベリングされ、育った畑の区画まで特定できるように醸造されるワインしか知らない残雪は驚いて周りを眺めていた。
「すごい。こういう自然に近い栽培なのね。どうりでこちらのワインは原始というか野生的な風味がするわけね。大好きな味よ」
残雪の賞賛に、ケイティは嬉しそうに頷いた。
「ありがとう。・・・まだまとまった外貨が稼げないでしょ。夫も友人達も苦労しているの。その助けにでもなれれば嬉しいんだけれど」
そういうつもりでいたのかと残雪は心打たれ、蜂鳥は驚いた。
蜂鳥は、実のところファーストレディというのが何であるのか今いち理解出来ないのだが。
どうも宮廷の華である后妃とは役割が違うようだ。
しかし、外貨を稼ぐならば、このままではいけない。
もっと洗練された魅力で無ければ。
それも、よく分かっている。しかし、この良さも失なくしたくないのだとケイティは言った。
「・・・こっちね?」
残雪が南側を示した。
収穫間際だと言うのに、明らかに枝葉の様子がおかしい。
残雪は、さっさと車を降りると畑の中に入って行く。
蜂鳥は慌てた。
護衛の自分より先に行かないで欲しい。
大体、こんな田舎だ。獣、しかも大型の熊あたり出たらどうする。
一番先に食われるつもりか、と心配になる。
「もう、雪様、早い!」
蜂鳥がドアを開けてケイティが降りるのを手伝った。
ケイティは、畑の中でひょこひょこ動く残雪の姿に、まるで野生動物みたいね、捕まえるの大変そう、と笑った。
「全くです。家令が翻弄されるなんてよっぽどですわ。・・・奥様、こちらは木が弱ってしまったのでしょうか。お昼間はまだ暖かいけど、朝晩はとても寒いですものね」
「・・・そうね。ここ、標高が高いから、更に霧がすごいの。視界が悪くてね、私、朝方、2回も転んだわ」
今年は諦めて苗を全て刈り取って燃やして、土を消毒しなければいけないと思っているのとケイティが悲しそうに言った。
それは大損害だろうと蜂鳥は広大な畑を見渡した。
突然、苗を見ていた残雪が振り返って手を振って叫んだ。
「ボトリティス・シネフレア!」
よくわからない呪文のような言葉に、ケイティと蜂鳥が戸惑った。
うんうん、朝晩寒いよね、昼はこんなに天気いいもんね、とか大きな声で一人で話している。
どうもぶどう苗に話しかけているようだ。
「ケイティ!ここからここ、私、ちょっと試していい?うまくいかなかったらごめんなさい。うまくいったら、青蛙本舗で全部買うわ!・・・お互い大儲けよ!」
「えぇ?いいけど・・・なんの話・・・?」
しかし、残雪が指定したのは、特に病気のように葉や果実が傷んだものばかり。
ケイティが困惑して首を傾げた。
「蜂鳥!黒北風と春北風に電話して!」
残雪が畑のど真ん中で騒いでいる。
訳が分からないまま、蜂鳥は頷いた。
その一年後、A国初の貴腐葡萄酒が市場に出回った。
ある条件を満たした時にだけ、本来ぶどうを枯らす菌が果実を熟成させる。
その実を絞り、醸造させたワインは、蜜のように洗練された一滴となるのだ。
それは幸福の魔法のようだと、その魅惑的で力強く豊潤な蜂蜜色の滴は国際的な品評会で好評を得た。
数年かけて熟成され更に風味が増すであろう、まだ醸造所で眠る滴しずくにもすでに予約が殺到していた。
初搾りはプレミアがつくであろう。
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