高貴なる人質 〜ステュムパーリデスの鳥〜

ましら佳

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⌘2章 高貴なる人質 《こうきなるひとじち》

35.不幸を呼ぶ未亡人

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 夕食の際、家令の素行に対して、つまり不純交際はいけないのよと残雪ざんせつが言い出したのに、蜂鳥はちどり駒鳥こまどりが、不服を唱えた。
両親が家令であり宮廷育ち、素質充分で順調に家令として育っている彼等からしたら、何を今更と言うところ。
更には基本的に宮廷においてそういった恋愛沙汰はたしなみのひとつともされ、切った張ったは御法度だが、惚れた腫れたはむしろ経験値であり一つの娯楽。
「雪様は、そういうお話無かったんですか?」
蜂鳥はちどりに問われて残雪ざんせつが変な顔をした。
「・・・ありましたよ。お見合いなら」
元総家令夫人の縁談話に、駒鳥こまどりが興味を引かれて尋ねた。
「差し支えなければ、どなたですか?」
百目木どうめきさんとこの次男坊。私、あのお宅のお姉ちゃんと同級生なのよ」
今や彼女はギルド議員として頭角を表し、いずれ議員長になるだろうと言われている。
あの速度と情報量の宮廷議会について行くどころか引っ張って行けるのだから、傑物だと言えた。
「あそこの家、宮廷との縁を欲しがってますからね。金融業は継室候補群になれないから」
だから、棕櫚しゅろ家に婿入りしたいと言うことか。
事実上離婚して死別した総家令夫人と縁談をと言うのだからなかなか腹が黒い。
「・・・ところがね。周りからやいのやいの言われてお付き合いの真似くらいはしておくかとなったら。まあ、次から次に彼に不運が続いてね」
話が妙な方向になって来たぞと姉妹は眉を寄せた。
「まずは、グレーチング踏み抜いたとか、標識落っこちて来たとかのよくわからない交通事故。次に、椎間板ヘルニア、治ったと思ったら、ご実家の階段の上から下まで転がり落ちて更に植木鉢まで落ちてきて骨折。で、年末に百目木どうめき銀行の不祥事がバレて、株価がどーんと下がったあたりで、頼むから別れてくれと言われて、関係解消よ」
残雪ざんせつが気の毒そうに、でもおかしそうに言った。
なんと災難な話だろう。
「その次は、はなぶささんとこのご当主」
「・・・はなぶさ氏は、確か2回離婚されてますね」
聖堂ヴァルハラと繋がりの深く、身内から必ず司祭格を出している名家ではあるが、とにかく浮いた話が絶えない。
「訳あり同士いいんじゃないかっていうまわりの都合が理由ね。訳ありと訳あり掛けたら、余計訳わかんないことになるに決まってるのにね」
「・・・今度は何が起きたんですか?」
「うん。じゃあまともに会ってみるかってなった途端に、ご自宅に雷が落ちて分電盤から火事で半焼。で、あの人、結構有名なタレントさんと不倫してたの雑誌3社に撮られたの覚えてる?その後、頭下げられて無かった事にって。・・・と言うわけで、私は、不幸を呼ぶ未亡人って事で噂になってるのよ。それでも物好きがいるもんだけど、人質にまでなってしまえばもう縁談なんて来るもんですか」
残雪ざんせつは愉快そうに笑うと、さて、残業しなきゃ、とぼやいた。
「定期的に報告書を出さないと十一じゅういちに怒られるから。めんどくさいわね。なんで三人で日報まで出さなきゃなんないのよ?日給払いじゃあるまいし。私なんか無給よ?」
"高貴なる人質"は名誉職とされている。
廷臣が賜る名誉職なのだから、国から給金なんか出さないという事。
棕櫚しゅろ家からしたら、正に骨折り損のくたびれ儲けだ。
彼女は、遠隔地から家業にも指示を出し、さらには特使としてこの地で手をつけなければ行けない事業はいくつもある。
文句も言いたいところだろう。
「毎日書く事なんかもう無いって言ったら、夕食のメニューでもなんでもいいから解答用紙を埋めろって言うのよ?無茶な担任教諭じゃあるまいし!」
残雪ざんせつは文句を言いながら私室に引き上げて行った。

 家令の姉弟は、軽食を用意したからお夜食に食べなさいね、と女主人に用意されたものをつまみにビールを飲んでいた。
本日は、サンドイッチやスープやテリーヌやケーキやフルーツがテーブルに隙間なく乗っていた。
昨日は軽食にと寄せ鍋が土鍋で用意されていた。
昔からだが、残雪ざんせつの「軽食用意した」は、軽食を超えている。
子供の時は離宮でも水遊びや雪遊びの後に彼女の言うおやつを腹一杯に食べて昼寝をしたと懐かしく思い出す。
蛍石ほたるいし五位鷺ごいさぎも宮城から戻ると、着替えもそこそこにテーブルにある焼き菓子やフルーツをあれこれ摘んでいた。
女主人の華やかな交際履歴や愉快な恋バナというより、まとまらなかった縁談の世知辛い話をネタに話が盛り上がる。
百目木どうめき氏もはなぶさ氏も災難だったなあ」
しかし、残雪ざんせつがやすやすと手に落ちなかったのは嬉しい限り。
蛍石ほたるいしの恋人でもあり、五位鷺ごいさぎの妻でもあった彼女だ。
幼少期を彼女達と過ごした自分達にはやはり思い入れはあり、簡単におかしな相手と再婚されては面白くない。
まあ確かに、正式な書類は無いものの"元総家令夫人"では、そこそこ以上か、よほどの変わり種でもないとお互いを維持出来ないだろう。
それを考えると百目木どうめき家もはなぶさ家も、妥当なところともあからさまで身も蓋もないとも言える縁談。
「ふん、あいつらチャラチャラしてるからよ。・・・にしても、雪様が不幸を呼ぶというより、むしろ、蛍石ほたるいし様と五位鷺ごいさぎお兄様の呪いじゃない?」
あの二人の残雪ざんせつへの依存度ったらまあ酷いものだと子供心に思っていたのだ。
度々、実家の棚卸しだ、商工会の会合や夜会だと出かけて行く彼女に、蛍石ほたるいしは「私も行く」と言いだし、五位鷺ごいさぎが「いや、まさか貴女じゃ棚卸しは無理だろう、だから自分が行く」と言い争っていた。
結局、残雪ざんせつは、蓮角れんかくか、双子家令の山雀やまがら日雀ひがらを伴う事が多かった。
蛍石ほたるいし五位鷺ごいさぎは、残雪ざんせつの帰宅を待ちかね、帰って来たとなると残雪ざんせつは一日何をしたのか教えて欲しい、自分は何をして過ごしたけれど残雪ざんせつが居なかったので、いかにつまらなかったかというような事を訴えて甘え始める。
留守番の子供と言うより、取り憑いてでもいるのかと言う有り様。
あの二人だ。
その愛しい人が見合いとなったら、まさしく呪ったり祟ったり化けて出るに違いないと笑いあった。
「・・・災難と言えば、十一じゅういちお兄様も、何年か前、一月ひとつきの内に、ギックリ腰と肺気腫と、台風でひっくり返って新車が廃車になった事故と、財布ごと免許証2回失くして大騒ぎだった事あったじゃない?・・・ただ普通に座って陛下と話してて、立ち上がったらギックリ腰。橄欖かんらん様が驚いてらして」
あのいかにも姫、いかにも女王という彼女が、一体何が起きたのかと慌てていたのが面白かった。
「あったあった!あれは大災難!あの時、ギックリ腰と同時に肺気腫でもはや何科なんだかって言って、連角れんかく姉上が入院させちゃったんだよな。しかも新車も新車!納車した次の夜に、こっちには来ないって言ってた台風来てすぐ廃車・・・!」
姉弟は思い出して腹を抱えて大笑い。
しかし、なんだかどうにも引っかかる。
これこそ、まさに降って湧いた不幸というエピソードではないか。
「・・・まさかぁ・・・」
「そうよ、だってあの頃、雪様はI国にいらしたんだものね・・・」
否定しながら、いや、否定するように姉妹はうすら笑いを浮かべた。
「・・・私、寝るわ。明日、雪様とど田舎のぶとう畑に行かなきゃなのよ。夜勤よろしく」
蜂鳥はちどりはそう言うと寝室に向かった。 
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