高貴なる人質 〜ステュムパーリデスの鳥〜

ましら佳

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⌘2章 高貴なる人質 《こうきなるひとじち》

32.菜の花色の家

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 この国に到着した翌日の事。
残雪ざんせつは車から降りた。
「領事館と言うから、どんな立派なビルかと思ったら、本当におうちなのねぇ」
特使として向かうにあたって、官邸には住まないで出勤するつもりと言い出した残雪ざんせつに、十一じゅういちが、領事館として体面を保てる物件を探すからそこに住めと急遽用意した邸宅。
残雪ざんせつがそこを買い上げた訳だ。
確かに大通りから少し離れた森の中にあり、静かで自然が近い。
「壁の色はカナリア色にしてって言ったのに、これは菜の花色だわねぇ」
家令の姉弟には、どう違うのかよく分からないが、残雪ざんせつは首を傾げていた。
場所や部屋数を特に指定はしていないが、外装だけ塗り直しておいて欲しいと依頼をしていた。
「玄関先はまあまあの広さ。あら、床のタイル見て!お花柄が可愛い。・・・一枚剥がれてるから、危ないから直さなきゃね」
残雪ざんせつは、あちこち見て回っている。
掃除も片付けも住んでいるようだが、どうにも殺風景だ。
「キッチンは当たり前な感じね。これ薪オーブン?懐かしい!パンが焼けるわね!・・・で?ここって、あとは誰がいるの?」
は?と駒鳥こまどりが尋ねた。
「誰、といいますと?」
「だって。もしかして、あなたたち、お掃除やお料理やお洗濯できるの?」
できるわけがない。
蜂鳥はちどり駒鳥こまどりがぶんぶん首を振った。
尾白鷲おじろわしお姉様はお料理得意ですけど。私達には必要の無い技量ですから習得しておりません」
「・・・懐かしいわね。尾白鷲おじろわしはお元気?昔、ドーナツ作って頂いたわ。おいしいのよね」
「あ!私も大好きです!」
「俺も!今は尾白鷲おじろわし姉上は、神殿オリュンポスをメインに奉職されてます。あまり宮廷にはいらっしゃらないので残念です」
あの優秀な女家令が?と残雪ざんせつは少し驚いた。
駒鳥こまどりが、橄欖かんらん女皇帝陛下のご意向です、と付け加えた。
やはり、蛍石ほたるいし五位鷺ごいさぎと近しかった者は冷遇されているのだろうと残雪ざんせつは悲しく思った。
「・・・そうなの・・・。蛍石ほたるいし様の宮廷で、尾白鷲おじろわしには銀星ぎんせい様や春北斗はるほくとによくおやつを作って頂いたのよ」
毒物混入を不安視した尾白鷲おじろわしが厨房でよく作ってくれたのだ。
懐かしそうに話す残雪ざんせつを、2人の家令は複雑な心境で見つめた。
高貴なる人質として国を離れる残雪ざんせつの伴をすると尾白鷲おじろわしに告げた時、姉弟子はひどく嘆いた。
「なんてこと。蛍石ほたるいし様と五位鷺ごいさぎが生きていたら許しはしないのに」と。
この度、残雪ざんせつが高貴なる人質として任命された事に対して、宮廷の人間は橄欖かんらん帝は母王と前総家令のした事をまだ許してはいないのだ、これが棕梠しゅろ家にとってみそぎ、つまり落とし前になればいいがと噂し合った。
本来ならば適任であろう春北斗はるほくとでは無く、橄欖かんらん帝が指名したのが残雪ざんせつであるのが更にそう思う根拠であったし、同時にやはり家令達を刺激しない為だろうとも言えた。
五位鷺ごいさぎと経済界ギルドとも縁の深い棕櫚しゅろ家の残雪ざんせつの娘である春北斗はるほくとがいつか家令となり、銀星ぎんせいを担いで自分を脅かすという可能性を、女皇帝は捨てきれ無いのだ。
「もしそうなれば家令達がどちらにつくか。ご自分ではなく銀星ぎんせい様と春北斗はるほくとだろうと陛下は思ってらっしゃるんでしょう」
「仕方ないわ。陛下は貴族のご友人しかお側に置きたがら無いもの。総家令の海燕うみつばめお兄様だって口出し出来ないんだもの」
駒鳥こまどり蜂鳥はちどりがそう言うのに、残雪ざんせつは悲しそうな顔をした。
女皇帝は、総家令である海燕うみつばめとの間にも溝があると言う事か。
蛍石ほたるいし五位鷺ごいさぎの関係を思い出してみても、皇帝と総家令の関係と言うのは特別で強固なものだと思っていたが、それはやはり人間同士それぞれと言う事か。
やはり、お互いに理解や愛情が無ければ意味のないもの。
では、橄欖かんらん帝の信頼を得ているという十一じゅういちの宮廷での在り方というのはやはり大きいだろう。
「皇太后様が選ばれた貴族の子弟のみを友人として侍らせていらっしゃるんです。・・・あの連中、バカみたいなんですよ。小さい犬にね、ウサギの格好させてニンジン食わせて、下手くそなジャンプ教え込んだりしてるんですよ?」
蜂鳥はちどりがなかなかの女家令ぶりを発揮して小憎らしそうに話した。
「・・・ウサギを飼えばいいんじゃないの?」
残雪ざんせつが首を傾げたのに、家令の姉弟は笑った。
十一じゅういちお兄様も言ってました。でも陛下は、お前はこの楽しさがわからないのねってお笑いになって」
貴族の感覚はわからないというか、これが世代間格差か、とあの貴族筋の兄弟子も首を傾げていた。
子犬が主人に命じられてつたない様子で飛び跳ねるのは、愛玩の楽しさだと言う事らしい。
理解し難いとは思うけれど、やめろとかバカバカしいとは言わずにいるのは、十一じゅういちが優しいからとか愛情深いからだと橄欖かんらんは喜んでいるが、そうではないと蜂鳥はちどりは思う。
あの兄弟子は、橄欖かんらんにも、もしかしたら宮廷にも愛情等無いのではないか。
その証拠に、例えばこの邸宅。
残雪ざんせつに、官邸には居住しないからどこかに住まいを買うと言われて、十一じゅういちが安全性も考慮して欲しい、おかしな物件掴まされては面倒と大慌てで探し出した物件である。
政治の話なんだから、妙な事言い出さないで大人しく言う通りにしてくれと言わなかったのは、十一じゅういち自身も、彼女が官邸に住む事を不快だと思っていたからだ。
こちらからの高貴なる人質は、外交をかんがみた贈答品プレゼントであるという、その女皇帝の思惑を、十一じゅういちは嫌ったのだ。
安全性は、まあ自分達がいるのだからある程度保証できるけれど。
残雪ざんせつには言っていないが、いくつか護身用の武器も持ち込んでいた。
蜂鳥はちどり駒鳥こまどりは先に下見に来ていたのだが、不思議な既視感というか懐かしさを感じた。
ここは少し自分達が幼い頃に過ごした離宮に似ているのだ。
森の中にあり、木や湿った土や葉や太陽の匂いがして、風や日差しがよく入る窓がたくさんあって。
自分たちにとっても、そして十一じゅういちにとっても、それは過ぎ去った過去、だからこそ心の中に灯って消えない甘やかな幸福なのかもしれない。
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