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⌘2章 高貴なる人質 《こうきなるひとじち》
31人質サロン
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公邸に設えられた執務室を模様替えしてしまうと、残雪は不思議と場所にも人にも馴染んだ。
そして、さらに不思議な事に、元首のアダム・アプソロンのファーストレディであるケイティ・アプソロン夫人とその秘書や友人達が、足繁く彼女を訪れるようになった。
特別外交特派員と言う表向きの正式な肩書きは、つまりはある程度のスパイ要員でもある。
牽制の意味を込めて、残雪や家令姉弟の行動を監視したいという気持ちも勿論あるのだが、つまりは宮廷に関係の深い一行に興味津々というのが本当のところ。
当初、残雪に対して懐疑的な立場であったファーストレディがその警戒をほぼ解いたという事が大きい。
用意されていた私室にあった大きなベッドを、残雪が撤去させてしまったからだ。
高貴なる人質とは元首への贈物と思ってくださっても構いませんよという自国の含みに対して、残雪が否定の表明をしたという事をファーストレディが当然歓迎したのだ。
では寝床が無くてはどうすると言えば、残雪は市内に私費で屋敷を購入したと言う。
「ですので、私、週に何度かこちらに出勤致します。・・・通いの人質です」
通いの人質なんかいるかと周囲は驚いたが、しかし残雪はそれを通し、ファーストレディはそれを歓迎し、元首は妻を支持したのだ。
誰も文句を言う筋合いは無い。
到着した当日は、青藍の衣装で誰をも魅了した高貴なる人質が、今や青いスーツを着て日々仕事をこなす様子は、家令服姿の姉弟の姿が無ければ、研修生のようだった。
かくして、珍しい菓子や茶が振舞われる社交場のような場所が出来上がり、官邸に関わる人々には娯楽が増えたと言う事になった。
"人質サロン"と噂され、好意的に受け入れられ始めた。
彼等が飢えているのは、情報であり、それは文化なのだと残雪は気付いた。
「雪は、王子様の乳母だったと聞いたわ」
と、フィンの姉であるサマーが言った。
成人を迎えたばかりの輝かしい季節を迎えた年頃の娘で、外国から来た宮廷の特派員に興味津々だ。
特に宮廷と言うものに憧れがあるらしい。
弟ではなく自分が行きたかったわ、と言い、不謹慎だと母親に叱られていた。
「・・・全く。どこから聞きつけてくるのかしら。雪のプライバシーと言うのは国際上秘密だと言うのに」
元首夫人のケイティが娘を軽く睨んだ。
残雪が笑った。
「構いませんよ。蜂鳥や駒鳥にも特に口止めもしておりませんしね」
そう言うと、サマーは幾分ほっとしたように頷いた。
「でも、まあ、自慢できる事でもないんです。・・・私、あまり母乳出なくて。牛乳を3リットルくらい飲んでも半分も出なかったの。あの牛乳はどこに行ってしまったのやら」
残雪が冗談半分、本気半分で言うのに女達が笑った。
ケイティが頷いた。
「そうね、そればかりはね。私も2人ともミルクよ」
「おかげでママはお父様のお仕事のお手伝いも出来たし、自分のお仕事も出来たのよね」
「そうなのよ。私ね、ワイナリーを持っているの」
「ワインぶどう園?すてき」
A国は緯度が高い場所にあり、ぶどうの栽培はあまり盛んで無いと聞いていたけれど。
「・・・まだ始めたばかりよ。三年目」
「すごい事よ。うちもいくつかシャトーを所有しているけど、最初から作り出したわけじゃないもの」
青蛙本舗が所有するぶどう畑は、どれももともとのワインを購入していた取引先から購入したものばかり。
最近、ますます母は彫刻、叔母は宝石にしか興味を示さず、仕方なく残雪が国内外のぶどう畑管理をして、それがなかなか楽しくなっていたのだ。
ケイティが、ぜひ今度いらしてと誘った。
「それで、雪はどうしたの?授乳はミルクでいいの?それとも高貴な方は、やっぱりまた別に乳母を雇うものなの?」
ケイティが香り高い茶を口に含みながら尋ねた。
「ええ、それが。結局、陛下が太子様と私の子の分まで母乳を下さって。ウチの子は貰い乳で育ちましたよ」
本末転倒もいいところだ。
「まあ、なんて贅沢な赤ちゃん!それになんてお優しい方!」
「そうなんです、とっても優しい方でらした」
残雪は、新しいお茶を入れて勧めた。
「雪、私達、そちらの事情に明るく無いものですから、失礼を承知で伺いますけど、前の女皇帝様に、旦那様は何人いらした事になるの?」
女性達が興味津々に尋ねた。
駒鳥が、お答えしますと微笑んだ。
「はい。ご正室様の他に二人のご兄弟のご継室様がいらっしゃいました」
若く端正な家令にそう言われ、女達がどぎまぎしていた。
「ねぇ、それって。・・・つまり、奥様と、あとは、恋人とか愛人ということ?」
一夫一婦制の彼女達からしたら、なかなか理解し難い事らしい。
蜂鳥がどう説明すれば伝わるかと考えながら口を開いた。
「いえ、皆様正式なお妃様です。ただ、序列があるので待遇が違います。宮廷には、他には公式寵姫という肩書きの方も存在します」
女達は異国の宮廷の有り様を様々に受け止めながら聞き入っていた。
「・・・前女皇帝様には、どうしても継室か公式寵姫にしたい方がお一人いらっしゃいましたけれど、これはかないませんでした」
蜂鳥が艶やかに微笑んだ。
まあ!と全員がため息をついた。
「女王様に恋されて、その地位が叶わなかったなんて。どんなすてきな殿方なのかしら」
サマーの夢見るような口調に残雪が少し笑った。
「現在の女皇帝陛下のお妃様には、近くオリンピックに出る予定の方もいらっしゃいます。皆様、それはそれは文武両道、眉目秀麗な方と評判です」
蜂鳥が多少は話を盛ったが、嘘では無い。
元老院筋の皇太后一族が、皇帝の為に用意した粒揃いの后妃達。
女達が顔を見合わせた。
「まあ、なんだか、すべて野蛮な習慣だけど。・・・羨ましい」
どっと笑い声が起きた。
それから女達は、宮殿では女皇帝はじめ女性達はどのような装いをしているのか、どのような華やかな催し物があるのかを尋ね、家令の姉弟が話す内容に楽し気に頷き合っていた。
そして、さらに不思議な事に、元首のアダム・アプソロンのファーストレディであるケイティ・アプソロン夫人とその秘書や友人達が、足繁く彼女を訪れるようになった。
特別外交特派員と言う表向きの正式な肩書きは、つまりはある程度のスパイ要員でもある。
牽制の意味を込めて、残雪や家令姉弟の行動を監視したいという気持ちも勿論あるのだが、つまりは宮廷に関係の深い一行に興味津々というのが本当のところ。
当初、残雪に対して懐疑的な立場であったファーストレディがその警戒をほぼ解いたという事が大きい。
用意されていた私室にあった大きなベッドを、残雪が撤去させてしまったからだ。
高貴なる人質とは元首への贈物と思ってくださっても構いませんよという自国の含みに対して、残雪が否定の表明をしたという事をファーストレディが当然歓迎したのだ。
では寝床が無くてはどうすると言えば、残雪は市内に私費で屋敷を購入したと言う。
「ですので、私、週に何度かこちらに出勤致します。・・・通いの人質です」
通いの人質なんかいるかと周囲は驚いたが、しかし残雪はそれを通し、ファーストレディはそれを歓迎し、元首は妻を支持したのだ。
誰も文句を言う筋合いは無い。
到着した当日は、青藍の衣装で誰をも魅了した高貴なる人質が、今や青いスーツを着て日々仕事をこなす様子は、家令服姿の姉弟の姿が無ければ、研修生のようだった。
かくして、珍しい菓子や茶が振舞われる社交場のような場所が出来上がり、官邸に関わる人々には娯楽が増えたと言う事になった。
"人質サロン"と噂され、好意的に受け入れられ始めた。
彼等が飢えているのは、情報であり、それは文化なのだと残雪は気付いた。
「雪は、王子様の乳母だったと聞いたわ」
と、フィンの姉であるサマーが言った。
成人を迎えたばかりの輝かしい季節を迎えた年頃の娘で、外国から来た宮廷の特派員に興味津々だ。
特に宮廷と言うものに憧れがあるらしい。
弟ではなく自分が行きたかったわ、と言い、不謹慎だと母親に叱られていた。
「・・・全く。どこから聞きつけてくるのかしら。雪のプライバシーと言うのは国際上秘密だと言うのに」
元首夫人のケイティが娘を軽く睨んだ。
残雪が笑った。
「構いませんよ。蜂鳥や駒鳥にも特に口止めもしておりませんしね」
そう言うと、サマーは幾分ほっとしたように頷いた。
「でも、まあ、自慢できる事でもないんです。・・・私、あまり母乳出なくて。牛乳を3リットルくらい飲んでも半分も出なかったの。あの牛乳はどこに行ってしまったのやら」
残雪が冗談半分、本気半分で言うのに女達が笑った。
ケイティが頷いた。
「そうね、そればかりはね。私も2人ともミルクよ」
「おかげでママはお父様のお仕事のお手伝いも出来たし、自分のお仕事も出来たのよね」
「そうなのよ。私ね、ワイナリーを持っているの」
「ワインぶどう園?すてき」
A国は緯度が高い場所にあり、ぶどうの栽培はあまり盛んで無いと聞いていたけれど。
「・・・まだ始めたばかりよ。三年目」
「すごい事よ。うちもいくつかシャトーを所有しているけど、最初から作り出したわけじゃないもの」
青蛙本舗が所有するぶどう畑は、どれももともとのワインを購入していた取引先から購入したものばかり。
最近、ますます母は彫刻、叔母は宝石にしか興味を示さず、仕方なく残雪が国内外のぶどう畑管理をして、それがなかなか楽しくなっていたのだ。
ケイティが、ぜひ今度いらしてと誘った。
「それで、雪はどうしたの?授乳はミルクでいいの?それとも高貴な方は、やっぱりまた別に乳母を雇うものなの?」
ケイティが香り高い茶を口に含みながら尋ねた。
「ええ、それが。結局、陛下が太子様と私の子の分まで母乳を下さって。ウチの子は貰い乳で育ちましたよ」
本末転倒もいいところだ。
「まあ、なんて贅沢な赤ちゃん!それになんてお優しい方!」
「そうなんです、とっても優しい方でらした」
残雪は、新しいお茶を入れて勧めた。
「雪、私達、そちらの事情に明るく無いものですから、失礼を承知で伺いますけど、前の女皇帝様に、旦那様は何人いらした事になるの?」
女性達が興味津々に尋ねた。
駒鳥が、お答えしますと微笑んだ。
「はい。ご正室様の他に二人のご兄弟のご継室様がいらっしゃいました」
若く端正な家令にそう言われ、女達がどぎまぎしていた。
「ねぇ、それって。・・・つまり、奥様と、あとは、恋人とか愛人ということ?」
一夫一婦制の彼女達からしたら、なかなか理解し難い事らしい。
蜂鳥がどう説明すれば伝わるかと考えながら口を開いた。
「いえ、皆様正式なお妃様です。ただ、序列があるので待遇が違います。宮廷には、他には公式寵姫という肩書きの方も存在します」
女達は異国の宮廷の有り様を様々に受け止めながら聞き入っていた。
「・・・前女皇帝様には、どうしても継室か公式寵姫にしたい方がお一人いらっしゃいましたけれど、これはかないませんでした」
蜂鳥が艶やかに微笑んだ。
まあ!と全員がため息をついた。
「女王様に恋されて、その地位が叶わなかったなんて。どんなすてきな殿方なのかしら」
サマーの夢見るような口調に残雪が少し笑った。
「現在の女皇帝陛下のお妃様には、近くオリンピックに出る予定の方もいらっしゃいます。皆様、それはそれは文武両道、眉目秀麗な方と評判です」
蜂鳥が多少は話を盛ったが、嘘では無い。
元老院筋の皇太后一族が、皇帝の為に用意した粒揃いの后妃達。
女達が顔を見合わせた。
「まあ、なんだか、すべて野蛮な習慣だけど。・・・羨ましい」
どっと笑い声が起きた。
それから女達は、宮殿では女皇帝はじめ女性達はどのような装いをしているのか、どのような華やかな催し物があるのかを尋ね、家令の姉弟が話す内容に楽し気に頷き合っていた。
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