30 / 62
⌘2章 高貴なる人質 《こうきなるひとじち》
30.高貴なる人質
しおりを挟む
空港に現れた美しい青藍の衣装で登場した特使に、誰もが釘付けになった。
それはこの案件を成功させるように命じられたコリン・ファーガソンも同じ。
国を出てから口数の減った少年だけが心配で、誰が来ようが正直どうでも良かったけれど。
漆黒の家令に手を引かれた青藍の人質。
家令と言うものは宮廷で立ち働くもので、いつも黒い服を着て悪魔のように悪知恵を働かせる存在なのだと聞いていたし、そう認識をしていた。
「棕櫚佐保姫残雪と申します」
流暢にこちらの言葉で名乗ったものの、その変わった発音の名前を誰も聞き取れず、しばし気まづい沈黙が続いた。
察した特使は、せめてと思ったのか花のように微笑んだ。
自分が人質なのを知らないのかと疑いたくなるような笑顔で。
何しろその違和感だ。
この50人はいる場所で、微笑んでいるのは彼女1人なのだ。
美しい青藍の高貴なる人質は、女皇帝の信頼も篤く王家筋で爵位もあり軍人でもあるというその家令の男の手から自分に引き渡された。
「家令の蜂鳥と駒鳥でございます。特使殿に随伴致します」
やはり漆黒の衣装の美貌の男女の家令が礼をした。
人質を守る為の用心棒兼スパイと言ったところだ。
全く油断ならない。
いざ空港を後にするという段になって、彼女はこちらの人質である元首の息子に近付き、親しげに話しかけた。
本来、人質同士の接触は厳しく禁じられているはずだ。
正直困惑して、その衣装の長い袖でも裾でも何でも引っ張って止めようと思ったが、王家筋という家令の男に睨まれて、コリンは一瞬たじろいだ。
彼女は少年に視線を合わせてほんの少し屈むと、微笑みかけた。
彼女は国を越えて商売をする立場の生まれ育ちであり、彼等は外国語をいくつか話すのも珍しくないらしい。
自然に覚えたのではなく、教育を受けて学んだのだと分かる訛りの無い発音に、ほんの少し母音を伸ばす話し方が優しく優雅に聞こえるのに、つい誰もが緊張を和らげた。
例えば、自分達の、母や姉妹や妻や恋人である女性達が親しい者に話しかける時のようだったから。
国を出て、まともに口を開かなかった少年が、微笑みを返し、会話をしたのには驚いた。
力づけられたのだろう、少年が自分と少しだけ視線を合わせた。
「・・・さあ、行きましょう。私、あなた方の国の飛行機に乗るの初めて」
明るく言う彼女に、ほぼ全員が面食らった。
かつてその美しさから、白百合の大統領官邸と呼ばれた館に、一行は向かっていた。
残雪は空港から車に乗り替え、物珍しそうに外を見ていた。
官邸に近づく三叉路を過ぎた時、ほんの少し振り返ったようだったが、すぐにまた官邸に続く色付いて来たマロニエの街路樹を楽しそうに眺めていた。
この女性は一体何者で何歳で何を考えてここに来たのだろうか。
聞いたものの名前もさっぱり判明しないし、正直、自分は、何も知らないのだ。
友人でもある元首に頼まれて、急遽彼の息子であるフィンを他国の空港に送り届ける任を頼まれた。
少年は健気にも突然の不幸に対して不満も言わずに居たが、当日の随伴者が知らぬ者では嫌だと言い、自分を指名したらしい。
産まれた時から知っている父の友人と言うよりは、年の離れた兄のように思っていてくれるのだろう。
何故こんな非人道的な取引に子供を差し出したんだと友を怒鳴りつけたが、彼の妻に諭された。
国の為だから、今は出来る一番良い判断だから。
自分も似たような言葉を何度も聞いて育った。
けれど、そう言って、その度に人は最善を選択したつもりで未来を見失って行くのもまた見て来た。
それは同時に、この青い衣装の女性にも言えた。
一体どんな思惑に巻き込まれて、この場にこうしているのか。
フィンは車から降りて、ドアを開けて高貴なる人質の手を取った。
残雪は、その装いの美しさに魅了された人々によってまずは迎え入れられ、元首とその夫人と挨拶を交わした。
特に不都合もなくこの国の人々が使う言語のいくつか読み書きが出来る事、子供の時にこの地を両親と共に旅行で何度か訪れたことがあり、おいしいものを沢山食べたというような話題に、元首夫妻は微笑んだ。
「それから。私、空港でフィンとお話しました。とても可愛らしい坊やでいらっしゃいますね。ご心配な事でしょう。宮廷には、この家令の兄弟子も姉弟子も弟弟子もおります。ご苦労な事は事実ではありますけれど、きっとこの者の兄弟姉妹が彼を助ける事でしょう」
そう言うと、元首の妻でフィンの母親であるファーストレディが残雪を抱きしめて、耳元で何かを伝えて、残雪もまた抱きしめ返した。
その後、彼女の歓迎会が開かれた。
彼女と共に、家令の姉弟もまた話題の人となった。
彼等は何度も名乗ったが、また誰もよく聞き取れない。
雪と呼べと残雪は言い、それは空から降ってくる雪片の意味であり、姉弟の名は、蜂鳥と駒鳥の事であると分かると、誰もが、宮廷に関わる者のなんと優雅である事と憧憬の微笑みを浮かべた。
それは、彼らもまたかつて持っていたもの。
失った在りし日の姿を見たに過ぎないのだけど。
かつて、様々な小国を併合して出来た共和政を取り、大統領と言うものを頂きに置いた彼らの文化は、類を見ない豊かさに満ちていたそうだ。
残雪は、かつてこの国に対しての感想を聞いた恋人と夫の言葉を思い出す。
・・・うん、なんて言うのかな、未来はこういう世界なのかなという手応えがある、と言うか。
人も思想も平均化して水準を上げたのではない、わかる?そういう豊かさ。
蛍石も五位鷺が彼等に見た未来は、無くなってしまったけれど。
その発端は、彼等の死であった。
あの三叉路で交錯したのは、間違いなく二人の過去であり、現在の自分。
今、こうして自分がいる事だけが、残雪ざんせつには現実であり、蛍石と五位鷺が見れなかった、考えもしなかったろう未来であり。
"高貴なる人質"。
今は、それがまさしく自分の現実。
素晴らしいオパールであると胸元の雪の結晶のブローチを褒められる度に、なんだか悲しくもおかしくなってしまい、残雪は何度も微笑んだ。
それはこの案件を成功させるように命じられたコリン・ファーガソンも同じ。
国を出てから口数の減った少年だけが心配で、誰が来ようが正直どうでも良かったけれど。
漆黒の家令に手を引かれた青藍の人質。
家令と言うものは宮廷で立ち働くもので、いつも黒い服を着て悪魔のように悪知恵を働かせる存在なのだと聞いていたし、そう認識をしていた。
「棕櫚佐保姫残雪と申します」
流暢にこちらの言葉で名乗ったものの、その変わった発音の名前を誰も聞き取れず、しばし気まづい沈黙が続いた。
察した特使は、せめてと思ったのか花のように微笑んだ。
自分が人質なのを知らないのかと疑いたくなるような笑顔で。
何しろその違和感だ。
この50人はいる場所で、微笑んでいるのは彼女1人なのだ。
美しい青藍の高貴なる人質は、女皇帝の信頼も篤く王家筋で爵位もあり軍人でもあるというその家令の男の手から自分に引き渡された。
「家令の蜂鳥と駒鳥でございます。特使殿に随伴致します」
やはり漆黒の衣装の美貌の男女の家令が礼をした。
人質を守る為の用心棒兼スパイと言ったところだ。
全く油断ならない。
いざ空港を後にするという段になって、彼女はこちらの人質である元首の息子に近付き、親しげに話しかけた。
本来、人質同士の接触は厳しく禁じられているはずだ。
正直困惑して、その衣装の長い袖でも裾でも何でも引っ張って止めようと思ったが、王家筋という家令の男に睨まれて、コリンは一瞬たじろいだ。
彼女は少年に視線を合わせてほんの少し屈むと、微笑みかけた。
彼女は国を越えて商売をする立場の生まれ育ちであり、彼等は外国語をいくつか話すのも珍しくないらしい。
自然に覚えたのではなく、教育を受けて学んだのだと分かる訛りの無い発音に、ほんの少し母音を伸ばす話し方が優しく優雅に聞こえるのに、つい誰もが緊張を和らげた。
例えば、自分達の、母や姉妹や妻や恋人である女性達が親しい者に話しかける時のようだったから。
国を出て、まともに口を開かなかった少年が、微笑みを返し、会話をしたのには驚いた。
力づけられたのだろう、少年が自分と少しだけ視線を合わせた。
「・・・さあ、行きましょう。私、あなた方の国の飛行機に乗るの初めて」
明るく言う彼女に、ほぼ全員が面食らった。
かつてその美しさから、白百合の大統領官邸と呼ばれた館に、一行は向かっていた。
残雪は空港から車に乗り替え、物珍しそうに外を見ていた。
官邸に近づく三叉路を過ぎた時、ほんの少し振り返ったようだったが、すぐにまた官邸に続く色付いて来たマロニエの街路樹を楽しそうに眺めていた。
この女性は一体何者で何歳で何を考えてここに来たのだろうか。
聞いたものの名前もさっぱり判明しないし、正直、自分は、何も知らないのだ。
友人でもある元首に頼まれて、急遽彼の息子であるフィンを他国の空港に送り届ける任を頼まれた。
少年は健気にも突然の不幸に対して不満も言わずに居たが、当日の随伴者が知らぬ者では嫌だと言い、自分を指名したらしい。
産まれた時から知っている父の友人と言うよりは、年の離れた兄のように思っていてくれるのだろう。
何故こんな非人道的な取引に子供を差し出したんだと友を怒鳴りつけたが、彼の妻に諭された。
国の為だから、今は出来る一番良い判断だから。
自分も似たような言葉を何度も聞いて育った。
けれど、そう言って、その度に人は最善を選択したつもりで未来を見失って行くのもまた見て来た。
それは同時に、この青い衣装の女性にも言えた。
一体どんな思惑に巻き込まれて、この場にこうしているのか。
フィンは車から降りて、ドアを開けて高貴なる人質の手を取った。
残雪は、その装いの美しさに魅了された人々によってまずは迎え入れられ、元首とその夫人と挨拶を交わした。
特に不都合もなくこの国の人々が使う言語のいくつか読み書きが出来る事、子供の時にこの地を両親と共に旅行で何度か訪れたことがあり、おいしいものを沢山食べたというような話題に、元首夫妻は微笑んだ。
「それから。私、空港でフィンとお話しました。とても可愛らしい坊やでいらっしゃいますね。ご心配な事でしょう。宮廷には、この家令の兄弟子も姉弟子も弟弟子もおります。ご苦労な事は事実ではありますけれど、きっとこの者の兄弟姉妹が彼を助ける事でしょう」
そう言うと、元首の妻でフィンの母親であるファーストレディが残雪を抱きしめて、耳元で何かを伝えて、残雪もまた抱きしめ返した。
その後、彼女の歓迎会が開かれた。
彼女と共に、家令の姉弟もまた話題の人となった。
彼等は何度も名乗ったが、また誰もよく聞き取れない。
雪と呼べと残雪は言い、それは空から降ってくる雪片の意味であり、姉弟の名は、蜂鳥と駒鳥の事であると分かると、誰もが、宮廷に関わる者のなんと優雅である事と憧憬の微笑みを浮かべた。
それは、彼らもまたかつて持っていたもの。
失った在りし日の姿を見たに過ぎないのだけど。
かつて、様々な小国を併合して出来た共和政を取り、大統領と言うものを頂きに置いた彼らの文化は、類を見ない豊かさに満ちていたそうだ。
残雪は、かつてこの国に対しての感想を聞いた恋人と夫の言葉を思い出す。
・・・うん、なんて言うのかな、未来はこういう世界なのかなという手応えがある、と言うか。
人も思想も平均化して水準を上げたのではない、わかる?そういう豊かさ。
蛍石も五位鷺が彼等に見た未来は、無くなってしまったけれど。
その発端は、彼等の死であった。
あの三叉路で交錯したのは、間違いなく二人の過去であり、現在の自分。
今、こうして自分がいる事だけが、残雪ざんせつには現実であり、蛍石と五位鷺が見れなかった、考えもしなかったろう未来であり。
"高貴なる人質"。
今は、それがまさしく自分の現実。
素晴らしいオパールであると胸元の雪の結晶のブローチを褒められる度に、なんだか悲しくもおかしくなってしまい、残雪は何度も微笑んだ。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
婚約破棄から50年後
あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。
そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる