高貴なる人質 〜ステュムパーリデスの鳥〜

ましら佳

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⌘2章 高貴なる人質 《こうきなるひとじち》

33.嵐の森

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 特使がなかなか来ないのはどう言うわけだ?
それは誰もが不審に思っていた。
朝から不機嫌な上司を前に部下達はすっかり萎縮している。
コリンが、引っ張って来い!とでも怒鳴りつけそうで、元首であるアダム・アプソロンは止めた。
「あちらにも事情があるんだろう。それにほら、ハミングバードとか言う家令が、後で来ると言いに来たじゃないか」
美貌の女家令が1ヶ月前に「特使様は落ちついたらこちらに参られます」と告げて帰って行った。
「落ちつく?落ちつくってなんだ?普通に落ちついてたように見えたけどな」
女家令にどきまぎして、承知したと言ったのはおまえじゃないか、と部下たちは誰もが思ったが、ここで不要な発言をすればまた火に油だ。
しかし、元首であるアダムは彼等の心情を知ってか知らずか口を開いた。
「ファーギー。あのハミングバードの美人のお嬢さんが来た時、ちゃんと詳しく聞けば良かったじゃないか?お前、若いお嬢さんに嫌われたくなくて聞けなかったんだろ?」
愛称で呼ぶほどの父の代から知っている気の知れた関係だが、だからこそ、その通りであって。
コリンは言い返せずにただアダムを見た。
大統領は、ほら俺の言う通りだ、と楽し気に笑った。
「・・・それは、確かに・・・」
しかし、放って置くわけにもいかない。
最近、特使の姿が見えないのはきっと自分が意地悪やら嫌がらせをしたからではないか等と公邸の女達に言われているのだ。
彼女達からしたら、まずもって残雪ざんせつは大切な娯楽でもある。
粗削りのこの国において何より飢えている文化を与えてくれる優雅な世界から来た人間を自分達から奪うつもりかと、自分に敵意を持ち始めているわけだ。
特に、サマーがひどい。
「コリンのせいで、雪が来なくなった」と顔を合わせる度に責められる。
自分としてはあまり外国の宮廷等と言うものにのめり込まないで貰いたく、折を見てサマーには忠告をしていたのだが。
フィンが人質として不在の今、彼女には両親の元を去るような事にはなって欲しくないという気持ちもあり、変におかしなものに興味を持って欲しくは無い。
しかし、確かに、残雪ざんせつが居ないという事で官邸はどうにも白けた気分。
更には、目の届かぬところで家令共と何しているか分かったものじゃ無いという危機感もある。
「わかった。自分で行って来る」
コリンが部屋を飛び出した。

 領事館が、やたら賑やかで人の出入りが多い。
コリンは、森の中にある指定された邸宅の様子を伺った。
「おかみさん!」
「はあい!?」
と声が聞こえた。
"おかみさん"に相当する人物が到底居ない場所だ。
コリンは耳を疑った。
「ここ段差をなくすってのは、土台に合わせて下を上げる?」
「ああ、スロープなの。緩やかな傾斜をつけるの。雪降るでしょ?危ないから、滑り止めと手すりもつけてね。あ、玄関のタイル!一箇所剥がれてどこか行っちゃってて、二重の花輪になってる可愛いデザインなんだけど」
「これは昔流行したデザインでね。二重の雛芥子の花輪ダブル・ポピー・リース模様。古いものだからもう同じものがないから柄を合わせる事は出来ないなあ。貼り替えるかい?」
「でももったいないわ。無いのは外側の一枚だもの。なら、外側の花輪だけ外して、そこは新しいタイルにするのはどう?」
「おかみさん、外壁の色はどうしたいって?天気がいいうちに塗装屋を呼ばなくちゃ」
「そこなの!今これは菜の花色じゃない?私がいいのはカナリア色。・・・そのサンプルはからし色でしょ?・・・もういいか、菜の花色で」
昼休憩のためのお菓子やお茶を振る舞いつつ、赤い三角コーンをいくつも抱えた女が様々な業者と話していた。
間違いない、特使だ。
気づいた残雪ざんせつが、あら!と会釈した。
「まあ!分析官さん!」
引けなくなり、コリンも近寄った。
「あの、特使殿、これは何の・・・」
騒ぎでしょうか、とは飲み込む。
見れば明らかに工事現場。
「ごめんなさいねぇ、なんだか長引いちゃって。もっと早く落ちつくかと思ったんですけど」
確かにあちこちで電気工事や設備工事や外構工事中。
「・・・ああ、落ちつくって、こういう事・・・」
アダムは周囲を眺めた。
「そうなんです。まあ、あと2、3日でなんとかなるみたいで。そしたら、また出勤できますから・・・」
いきなり背後で水が噴き出し、悲鳴が上がった。
「・・・水道管当てた!?」
あたりがみるみる水浸しになる。
「おかみさん、やっぱ図面ないと無理だよ!」
「だって、無い!電気屋さん!ちょっとストップ!離れて!感電するから!」
言ったそばから軽い感電を受けたらしい作業員が悲鳴を上げたのを、蜂鳥はちどりが飛び蹴りをして吹っ飛ばしていた。
っちゃん!正しい処置だけど、ダメよ、そっち外壁じゃない!植木側にしなきゃ!」
壁にぶつかって跳ね飛ばされて倒れ込んだ職人が何事かと言う顔で起き上がった。
これでは助かったんだか助かって無いのだからわからない。
医師免許を持っているという駒鳥こまどりが近付き診察を始めた。
こまちゃん、医大行ってくれてて良かった!専攻は何なの?」
「死体の解剖です」
作業員の男が悲鳴を上げた。
あと2、3日で落ちつくのは無理そうだ。
水は空高く吹き上がったまま止まらず、土砂降り状態で水に足を取られてあちこちで転倒者が続出。
騒ぎに驚いた野鳥があちこちで鳴き、慌ただしく羽ばたき空に飛び出して行った。
コリンは突然嵐に巻きこまれたようだと思った。

 結局、コリンが止水栓を見つけ出し水を止め、結果、自分も水浸し。
冬が近づいている今、午後となればすでに日が傾きかけている。
「・・・なんだ、これ・・・」
コリンは家令に言われて熱い風呂に入り、用意された着替えを済ませてもまだなんだかよくわからない気分で。
家令の青年に促されて部屋に向かうとまた驚いた。
キッチンから続くダイニング、リビング。
明るい青の壁紙に、白いカメリア柄のソファセット。
ダイニングの丸テーブルには料理が並べられていた。
「雪様。ファーガソン様、お済みですよ」
「ありがとう。あ、良かった。こまちゃんの服でとりあえず大丈夫ね」
残雪が微笑んだ。
「分析官さん、ごめんなさい。すっかりご迷惑をおかけしましたね」
残雪ざんせつが言うと、2人の家令も頭を下げた。
普段、この家令達には全く冷たい対応しかされていないが、頭から水を被り川にでも落ちたかのような自分をさすがに気の毒に思ったらしい。
「・・・いえ、驚きましたが、大丈夫です」
「さて、座って。お腹すいちゃったわ。私ね、すごい腹減らしなのよ。昼食時間なんてすっかり過ぎてしまったけれど、どうぞ召し上がって」
残雪ざんせつがそう言うと、駒鳥こまどりが椅子を引いて促した。
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