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⌘1章 雲母の水底 《きららのみなぞこ》
2.棕梠家
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棕櫚家の別荘に総家令が訪れたのはそれから3日後のこと。
別荘というが、棕櫚家というのはあちこちに住居があるらしい。
本宅がはっきりしない。
季節や仕事や気分で住処を変えて暮らしているようなのだ。
だから連絡しても捕まらなくて有名なのよ、城にも滅多に来やしない、と尾白鷲がぼやいていた。
「ご息女に陛下をお助け頂いたの事。つきましては直接お礼をと申し仕りました。またご本人に確認させて頂きたくまかりこしました次第です」
五位鷺がそう述べて、伴った八角鷹と共に家令の礼をした。
「まあ、ようこそ・・・」
当主である棕櫚黒北風、棕櫚春北風と名乗った双子の姉妹は総家令の申出にしこたまに首を傾げた。
現在城には、適齢期の男性の皇帝も皇子も居ないのだから継室入宮の話ではあるまいと思ってはいたが。
しかも、目の前の彼等は正式な申し入れをしての訪問であり、だからこそ宮城での家令の装いのように真っ黒の家令服を着ている。
「あの、総家令様。当家の娘に確認のお話というのはどのような?」
「確認する程の内容は持ち合わせてはおりませんよ、うち。・・・他のおうちと間違えてるじゃない?」
ねぇ?と、妙齢の姉妹は同じ顔で更に首を傾げている。
変わった家だなと五位鷺は八角鷹と目配せをした。
立場上、后妃の住まいや、その実家を訪れる機会は少なくないが、なんだここ。
テーブルには、菓子やら果物、揚げ物やちらし寿司まで並んでいるが。
訪問1時って悩む、という理由で食事も茶菓子も全部出したらしい。
「12時半はお昼ご飯、1時半はお茶、1時は微妙なところなのでねえ」
当主の姉妹がそう決めたらしい。
「ご当主方、佐保姫残雪嬢はどちらにおられますか」
その本人が居ないのだ。
仮にも宮廷の廷臣たる家の人間が、総家令の訪問に不在では変わっているでは済まない。
「私、ちゃんと伝えたんですよ?なのに、あの子、出たきり戻って来ないんだもの」
「時間分からないんじゃない?雪ちゃん、時計持ってないもの」
なんとマイペースな娘なんだと、五位鷺は呆れた。
一体全体どんな救助活動をして、自分の主であり恋人でもある皇帝の心を奪ったのだろう。
腹ただしいを越えて、不安になって来た。
「総家令様、実際のところ、うちの子何やらかしたのでしょう。救助とはどのような?」
黒北風は心配そうに眉を寄せた。
「いえ、決してお叱り等では無いのです。私は今回、陛下の遣いとしてこちらに伺った次第なのですが。こちらは陛下から賜りますお品の一部になります。どうぞお改めください」
八角鷹が螺鈿細工の箱をテーブルに乗せて蓋を開けて姉妹に見せた。
粒の大きさも巻きも照りも色味も見事な大粒の真珠の長いネックレス。
一連で首から下げたら臍あたりまであるだろう。
姉妹は圧倒され、また顔を見合わせた。
皇帝の意図を悟ったようで戸惑うばかりのようだ。
「・・・間違いや出来心ではないと納得して頂けましたか」
黒北風が顔色を変えて首を振った。
「総家令様、これでは尚、お間違いでございますよ」
「お気に召しませんか。こちらは、宮城の所蔵品でも上から5番目の品です。保証書と鑑定書もございますが」
春北風がそうではなく、と微笑んだ。
「いえ、間違いなく素晴らしいお品物よ。失礼ではございますが・・・」
空中に数字を書く。
「このくらいでございましょう?」
五位鷺は驚いて頷いた。
確かに、参考価格というものはその数字である。
「まあ、ピタリ賞だわ、春。妹は、宝石商なものですから」
黒北風が言った。
「そうでしたか。しかし、棕梠家は砂糖商及び嗜好品を取り扱っていると聞いてましたが」
「ああ、父がね。でも。皆好きなことやってるので。私は美術品を取り扱っていますの。話を戻しますが。こんな素晴らしいもの、当家には相応しくありません」
「・・・佐保姫残雪殿と直接面会を求めたいのです」
「このお品物も、お話も、貴方も。当家には相応しくございません」
そこに、口にはしないが、女皇帝の特定の感情もまた相応しくないのだと匂わせられ、双子の姉妹の強い拒否に五位鷺は狼狽た。
廷臣であり継室候補群の当主が、己ではなく此方が不相応である等どのような了見か。
不敬罪にすら問われかねないというのに。
その時、裏の方から声が聞こえた。
「・・・ただいまー。ねぇ、なんかある?ハムとか」
「おかえりなさいまし。またどこかの犬ですか?雪様、そんな甘いものばかり。お食事は?」
「かき氷とアイス食べたから大丈夫」
「そんなのつまり砂糖水ではありませんか!」
声が大きいから、家人とのやり取りが筒抜けだ。
「あら、帰ってきたわ」
「雪ちゃん!!!ちょっと来て!!!」と春北風がくるりと振り返って裏口に向かって叫ぶと「なーあにー!?」と負けずにでかい声が返って来た。
なんと粗暴な家だと五位鷺は唖然とした。
しばらくすると麦わら帽子を被って、麻のワンピース姿の娘が入って来た。
手に籠と、真っ青な食べかけのかき氷を持っている。
「ママ、春ちゃん、お魚よ」
籠の中の青魚と思しき魚を見せる。
「お魚はいいから。雪ちゃん、お客様来ちゃったわよ」
「え?7時でしょ?だから魚とってきたのに」
「1時よ?!言ったじゃない?」
「えー、ゴイサギは1時には来ないわよ!」
「なんでよ?」
女たちが喧しく言い合っている。
「・・・ああ、夜行性だから・・・?」
と五位鷺がつい口を挟んだ。
「そう。サギって大体半夜行性なんだから・・・え?!誰?」
やっと気付いたようで、驚いたようだ。
「五位鷺、と申しますが・・・」
「だから、ゴイサギは・・・。え?人間の事だったの?」
言ったじゃない、ちゃんと聞いてないんだから、と双子の姉妹がため息をついた。
別荘というが、棕櫚家というのはあちこちに住居があるらしい。
本宅がはっきりしない。
季節や仕事や気分で住処を変えて暮らしているようなのだ。
だから連絡しても捕まらなくて有名なのよ、城にも滅多に来やしない、と尾白鷲がぼやいていた。
「ご息女に陛下をお助け頂いたの事。つきましては直接お礼をと申し仕りました。またご本人に確認させて頂きたくまかりこしました次第です」
五位鷺がそう述べて、伴った八角鷹と共に家令の礼をした。
「まあ、ようこそ・・・」
当主である棕櫚黒北風、棕櫚春北風と名乗った双子の姉妹は総家令の申出にしこたまに首を傾げた。
現在城には、適齢期の男性の皇帝も皇子も居ないのだから継室入宮の話ではあるまいと思ってはいたが。
しかも、目の前の彼等は正式な申し入れをしての訪問であり、だからこそ宮城での家令の装いのように真っ黒の家令服を着ている。
「あの、総家令様。当家の娘に確認のお話というのはどのような?」
「確認する程の内容は持ち合わせてはおりませんよ、うち。・・・他のおうちと間違えてるじゃない?」
ねぇ?と、妙齢の姉妹は同じ顔で更に首を傾げている。
変わった家だなと五位鷺は八角鷹と目配せをした。
立場上、后妃の住まいや、その実家を訪れる機会は少なくないが、なんだここ。
テーブルには、菓子やら果物、揚げ物やちらし寿司まで並んでいるが。
訪問1時って悩む、という理由で食事も茶菓子も全部出したらしい。
「12時半はお昼ご飯、1時半はお茶、1時は微妙なところなのでねえ」
当主の姉妹がそう決めたらしい。
「ご当主方、佐保姫残雪嬢はどちらにおられますか」
その本人が居ないのだ。
仮にも宮廷の廷臣たる家の人間が、総家令の訪問に不在では変わっているでは済まない。
「私、ちゃんと伝えたんですよ?なのに、あの子、出たきり戻って来ないんだもの」
「時間分からないんじゃない?雪ちゃん、時計持ってないもの」
なんとマイペースな娘なんだと、五位鷺は呆れた。
一体全体どんな救助活動をして、自分の主であり恋人でもある皇帝の心を奪ったのだろう。
腹ただしいを越えて、不安になって来た。
「総家令様、実際のところ、うちの子何やらかしたのでしょう。救助とはどのような?」
黒北風は心配そうに眉を寄せた。
「いえ、決してお叱り等では無いのです。私は今回、陛下の遣いとしてこちらに伺った次第なのですが。こちらは陛下から賜りますお品の一部になります。どうぞお改めください」
八角鷹が螺鈿細工の箱をテーブルに乗せて蓋を開けて姉妹に見せた。
粒の大きさも巻きも照りも色味も見事な大粒の真珠の長いネックレス。
一連で首から下げたら臍あたりまであるだろう。
姉妹は圧倒され、また顔を見合わせた。
皇帝の意図を悟ったようで戸惑うばかりのようだ。
「・・・間違いや出来心ではないと納得して頂けましたか」
黒北風が顔色を変えて首を振った。
「総家令様、これでは尚、お間違いでございますよ」
「お気に召しませんか。こちらは、宮城の所蔵品でも上から5番目の品です。保証書と鑑定書もございますが」
春北風がそうではなく、と微笑んだ。
「いえ、間違いなく素晴らしいお品物よ。失礼ではございますが・・・」
空中に数字を書く。
「このくらいでございましょう?」
五位鷺は驚いて頷いた。
確かに、参考価格というものはその数字である。
「まあ、ピタリ賞だわ、春。妹は、宝石商なものですから」
黒北風が言った。
「そうでしたか。しかし、棕梠家は砂糖商及び嗜好品を取り扱っていると聞いてましたが」
「ああ、父がね。でも。皆好きなことやってるので。私は美術品を取り扱っていますの。話を戻しますが。こんな素晴らしいもの、当家には相応しくありません」
「・・・佐保姫残雪殿と直接面会を求めたいのです」
「このお品物も、お話も、貴方も。当家には相応しくございません」
そこに、口にはしないが、女皇帝の特定の感情もまた相応しくないのだと匂わせられ、双子の姉妹の強い拒否に五位鷺は狼狽た。
廷臣であり継室候補群の当主が、己ではなく此方が不相応である等どのような了見か。
不敬罪にすら問われかねないというのに。
その時、裏の方から声が聞こえた。
「・・・ただいまー。ねぇ、なんかある?ハムとか」
「おかえりなさいまし。またどこかの犬ですか?雪様、そんな甘いものばかり。お食事は?」
「かき氷とアイス食べたから大丈夫」
「そんなのつまり砂糖水ではありませんか!」
声が大きいから、家人とのやり取りが筒抜けだ。
「あら、帰ってきたわ」
「雪ちゃん!!!ちょっと来て!!!」と春北風がくるりと振り返って裏口に向かって叫ぶと「なーあにー!?」と負けずにでかい声が返って来た。
なんと粗暴な家だと五位鷺は唖然とした。
しばらくすると麦わら帽子を被って、麻のワンピース姿の娘が入って来た。
手に籠と、真っ青な食べかけのかき氷を持っている。
「ママ、春ちゃん、お魚よ」
籠の中の青魚と思しき魚を見せる。
「お魚はいいから。雪ちゃん、お客様来ちゃったわよ」
「え?7時でしょ?だから魚とってきたのに」
「1時よ?!言ったじゃない?」
「えー、ゴイサギは1時には来ないわよ!」
「なんでよ?」
女たちが喧しく言い合っている。
「・・・ああ、夜行性だから・・・?」
と五位鷺がつい口を挟んだ。
「そう。サギって大体半夜行性なんだから・・・え?!誰?」
やっと気付いたようで、驚いたようだ。
「五位鷺、と申しますが・・・」
「だから、ゴイサギは・・・。え?人間の事だったの?」
言ったじゃない、ちゃんと聞いてないんだから、と双子の姉妹がため息をついた。
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