ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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61.忌宮の太子

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 天河てんが様が川蝉かわせみお兄様にお会いしたいそうです、と孔雀くじゃくに連れられてきたのは花石膏はなせっこう宮。
以前より内装もだいぶ変わった。
寂しくも思ったが、天河が改装後ちょくちょくアカデミーから戻ってくるようになったと聞いて、これでいいと確信した。

久々に目通りが叶った第二太子に家令の礼を尽くすと、彼は亡き母親の面差しを感じる明るい色彩が混じったような色の目を向けて快活に笑った。
ああ、何とか無事に大人になったのだな、と安堵がこみ上げてきた。
この宮で彼は母親と、そして間違いなく少年時代を失くしたのだ。

ではご昼食をご一緒にと孔雀くじゃくが言い出し、早速食事の準備が始まった。
「お天気がいいからこちらでお昼にしましょう」
孔雀くじゃくは天板がコルクの丸テーブルを難なく持ち上げて、窓を開け放って日当たりのいい場所に設置した。
「バカ力なのは女家令の常か?」
「まあ、緋連雀ひれんじゃくお姉様じゃあるまいし。あの人、軽自動車のタイヤでお手玉するんですよ。パンダみたい」
「そんなことパンダしないだろ。・・・目眩めまいがするわ、そんな女」

言いながら天河てんがも椅子を自分で日当たりがいい場所に移動させていた。
継室や女官達というか今時まともな女達もちょっと気の利いた男も紫外線を避けるが、家令達は太陽が殊の外好きである。

「鳥だから暖気しなきゃならならんからか?」
天河てんが様、私達、本当に鳥なわけじゃないですよ・・・。でもホラ、日光浴ってビタミンDになりますからね。くる病予防にもなりますし」
「今時、脚気かっけだくる病だなんてあんのか?」
テーブルにいなり寿司と巻き寿司と巾着寿司と茶碗蒸しが並んだ。
「デザートはカステラと桜餅です」
寿司に目がない天河てんがが、ひとつつままんだ。
「何でいなりが二種類あるんだい?」
川蝉かわせみが不思議そうに尋ねた。
白鴎はくおう兄上のが三角でしょっぱいの。孔雀くじゃく姉上のが俵型で甘じょっぱいやつです」
「ほお」
白鴎はくおうお兄様、私が味付けすると、この田舎者、何でもだんごのタレ味にするって怒るのよ」
孔雀くじゃくの卵焼きも煮物も大概甘い。
「何にでも砂糖をぶち込むからだろ」
言いながらも天河てんがは手を止めない。
「でもうち、ばあちゃんがお砂糖入れれば何でもおいしくなるって言ってたんです」
「確かに、カエルマークのレーションもケータリングも甘いな」
「軍隊の食物って大抵はしょっぱいんですけどね」

孫娘がまさかの家令になり海軍ネイビーに入り、食事がおいしくないのと実家でこぼし、それは大変と祖母がかなり無茶な入札をしてカエルマークのレーションを海軍ネイビーに参入させたのだ。
カエルマークは、レストランやケータリングや宅配弁当は長年の家業の一つであったが、軍隊の食糧等どうしていいかわからず手探りで始めた。
基本的に孔雀くじゃくの祖母が考えたメニューは、やっぱり全体的に甘かった。
食べ慣れた味に孔雀くじゃくはすごくおいしいと思ったが、プリンのように甘い卵焼きや、いろいろなジャムで甘く味付けされたカレーに、軍隊は当初、震撼しんかんしたが、何度か改善され、現在、それでも甘めだが、カエルマークのケータリングが海軍ネイビー陸軍アーミーにも定着していた。
川蝉かわせみは軍属からも長く離れていたが、久々に軍に戻ってみたら、カエルマークのキッチンカーが基地に何台も停まっていて驚いたものだ。
最近では、弁当だけではなくケータリングになったらしい。

天河てんが様、川蝉かわせみお兄様に久しぶりにお会いになったと思いますけど、いかがですか」
「うん、老けちゃって」
「・・・殿下、またそんなご冗談を。熟成されたんです。・・・天河てんが様、さてはモテないでしょう」
確信に満ちた様子で川蝉かわせみは気の毒そうに第二太子を見た。
家令とは何故こうも失礼なんだ、と天河てんがは舌打ちした。

「まあ、川蝉かわせみお兄様。そんなことありませんよ。天河てんが様は、藍晶らんしょう様とは違ってアイドルっぽいモテ感はないかもしれないけど、一部根強いファンのハートを掴むタイプなんです」
妹弟子の考察に川蝉かわせみは吹き出した。
天河てんがは呆れて孔雀を見たが、本人は自慢気に微笑んでいる始末。
微妙にこき下ろされているが、これでフォローのつもりなのだ。
こんな調子なので、打たれ強くなった自覚はある。

花石膏はなせっこう宮も久々です。・・・だいぶ変わりましたね」
「改装どころか全面改築だ。壁は抜くわ天井は落とすわ」
ところがこれが結構気に入ってる、と天河は言った。
本当に良かった、と思う。

川蝉かわせみにとって最後にこの場所を訪れた記憶があまりにも辛いもので。
花石膏はなせっこう宮が女主人を亡くした時に、一度この宮は閉ざされた。
宮を閉ざす、というのは一般的には禁を犯した妃が軟禁状態になると総家令が正式に発令する冷宮れいきゅう処分いうものがあるが、それは一定期間予算を削られて更に外部との交流を遮断されるだけであって、妃の実家が豊かであれば経済的には何の問題もないし、実情は、特段身体的拘束もない優雅なものだ。
そもそも過去に妃の冷宮処分は数えるほどしかない。
この宮の女主人である二妃は、冷宮処分ではなく、亡くなったのだ。

まだ十代であった第二太子は、母方の祖父母のもとへと一時預かりとなった。
娘を亡くした彼らが強く望んだ事でもあり、当時の総家令である梟は彼等の要望を退けたが、総家令代理であった川蝉と花石膏宮付きであった猩々朱鷺が白鷹へと嘆願した。

自分達の嘆願があの琥珀帝の気持ちを動かしたとは到底思えないが、とにかくこの第二太子の身柄は海外の祖父母の元へ、その後アカデミーへと進む事を許された。
猩々朱鷺しょうじょうときが、彼をどれだけ心配し守った事か想像に難くない。
家令が、守る事のできなかった妃。
悔やみきれない事実だ。
そして、花石膏はなせっこう宮は物理的に扉を閉められた。

その扉を最後に閉めたのは自分。
総家令代理であった自分が宮廷の鍵の束をふくろうに返還し、城を出たのはそれから間もなく。
以後、かわせみはこの宮に足を踏み入れなかったそうだから、次に鍵を託されたこの妹弟子がこの封印を解いたという事だ。
それまでこの宮は、無理もないが、不吉である、忌宮、と疎まれて怪談のような扱いだったらしい。
まことに腹立たしいが、宮廷の中には天河を、忌宮の太子と蔑む者もいたらしい。

川蝉かわせみは目の前の太子を複雑な気持ちで眺めていた。
天河てんがはそもそも生まれた時から冷遇されていた太子だ。
半年早く生まれた元老院筋の正室である母親を持つ第一太子にすでに王位継承権が与えられていた。
二妃は、父親が外国人のアカデミーの教授であり、母親はギルド長であった。
海外で育ち長く暮らし、教師でもあった彼女は宮廷には馴染めぬだろうと誰もが思っていたが、なかなかどうしてその柔軟さと頑固さで持って生活をしていたのだ。
部屋にオレンジの植木鉢がたくさん並んでいた。
当時、二妃が気に入って育てていた植木鉢もオレンジであったのを思い出し不思議に思った。
当時は一つだったが、現在は異常事態であると感じるほど森のようになっている状況であるが。
「そもそも猩々朱鷺がアカデミーに持っていった植木鉢を、ちょっと言えない最新技術で孔雀くじゃくが接木してどんどん増やすもんだからこの有様」
天河はそう悪くもないという様子だ。
「柑橘の接木や品種改良って簡単で楽しいんですよ。これがまた豊作です。・・・ただ何年かにいっぺん、どう言うわけだかカメムシが大量発生しちゃうのがねぇ・・・」

桜の花の浮かんだ茶を入れながら孔雀が言った。
川蝉かわせみお兄様、召し上がれて良かったわ。後でお部屋に案内しますからね」
川蝉かわせみは肩をすくめた。
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