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62.家令の生き死にとは人事

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 ふくろうが椅子に座って、ビールを片手に滔々とうとうと弟弟子に心得を聞かせていた。
川蝉かわせみに与えられた部屋は、昔使っていたのと同じ角部屋だった。
内装はだいぶ違う。
マグノリアの花と枝が美しく描かれた壁紙の洒落た部屋だ。
家令は城にそれぞれ居室を与えられるが、その中でも随分いい部屋だろう事は予想がつく。
じっとりと恨めしそうな視線に気づいた梟《ふくろう》が二本目のビールを開けて、川蝉かわせみに手渡した。

川蝉かわせみはうまそうに飲み干すと、人心地ついたと呟いた。
「・・・まあ、話が長くなったが。お前も散々派手に遊びまわったようだし、そろそろもういいだろう」
「いや、まだまだあと二巡は・・・」
「もういいわ。お前とはマカオとマリブとモナコで会ったじゃないか。遊び回りおって。もう十分だろう」
「私は休暇での行動ですが、ふくろう兄上は平常勤務で遊んでいたわけですよね」
「・・・・あれは、機密任務だ」
苦しい言い訳をそのまま通し、ふくろうはソファに座り直した。

「以前も言ったように、家令の最後は総家令が看取る事になっている。上の世代は戦時中に戦死した者が多く、その最後に総家令の同席は叶わなかったが。白鷹はくたか姉上は唐丸とうまる兄上をお看取りになっているが、私は無い」
「長たらしく、死ぬ心得を話しておきながら、自分は知らねえから分かんねえという事かよ」
ぼそっと言うと、ふくろうが舌打ちした。
「家令の結婚も離婚も生き死にも人事じんじだ。文句言うな」

半年程前。
黄鶲きびたきが自分の体調が振るわない事を孔雀くじゃくに報告した。
家令の情報は共有される物だからそれは当然だとしても、どうせ死ぬなら好き放題、酒池肉林の限りを尽くして死ぬのが家令の一般常識であるのに、あの妹弟子が川蝉かわせみお兄様に渡してとふくろうに持たせたのは、あちこちのホスピスの分厚いパンフレット。
色とりどりの付箋ふせん七夕たなばた飾りのようにくっついてあり、《温暖な地域で海辺の近く眺望が最高》だの《マクロビオティックのお食事》とか《週に一度の文化活動あり》や《メディカルアロマテラピーと漢方治療が素晴らしい》等、いちいち記入してあった。
受け取った時にあまりに驚いて兄弟子を見ると、彼もまた理解しがたいという顔をしていた。

「勝手に生きて戦って遊んで死ぬのが家令だ。なんで|孔雀くじゃくがこう考えるに至ったのかはサッパリわからんが。ま、変わってるからだろう」
死ぬってのに、なんでこんな全寮制の矯正施設みたいなとこで苦労せにゃならんのだろう。と二人はパンフレットを嫌そうに眺めたものだ。
そんなやり取りが何度か続いて、川蝉かわせみは相変わらずお構いなしにあちこち遊びまわり、ついに孔雀くじゃくが妥協したのだ。
そして一昨日。
カンクンでリゾートを堪能していたところにまたふくろうが現れた。
「お前、いつ頃死ぬ予定だ?」
そのあからさまな兄弟子の言いように、さすがの川蝉かわせみも唖然としたが。
翡翠ひすい様がな、孔雀くじゃくがお前の死ぬところに駆けつける暇が無いんだから、だったらお前が孔雀くじゃくの側で死ねとの事だ」
「はあ?」
ふくろうにファイルを手渡された。
「陛下がお前を正式に招集する書類だ。七十二時間以内に登城しない場合、死ぬ前に殺されるならまだしも、このままだと城から一番近いホスピスに強制収監だ」
冗談じゃない、というわけで、今回久方ぶりに宮城に上がったわけだが。

平たく言うと、城で死ぬ許可を出したから城で死ね、という事だ。

川蝉かわせみは妙なことになったもんだとため息をついてビール瓶を垂直にして飲んだ。
「瑠璃鶲《るりびたき》姉上がお亡くなりになった時は、孔雀くじゃく危篤きとくの知らせを受けるたびにアカデミーまで何度も行ってたからなあ。・・・あれ不思議だな。コロっと死ぬやつはコロっと死ぬのに、危篤きとくになるやつは何度もなる。お前、どっちだろうな?」
無神経の塊のような発言。
「・・・知りませんよ」
相変わらずと言おうか、いや、以前にも増してモラハラが酷い。

「・・・それで、陛下に置かれましては、ダラダラ死に損なってられたんじゃ孔雀くじゃくの通常業務に支障が出る、と?」
「そうそう。だって半年に一度の潔斎けっさい付きの神殿オリュンポス勤務もある上に、軍属もあるんだぞ。巫女総家令はこれだから。・・・それに、瑠璃鶲るりびたき姉上が亡くなった時に、孔雀《くじゃく》がだいぶ落ち込んだ上に寝込んだからな。翡翠ひすい様がそこを心配したわけだな」
腐っても家令。身も世も無くなる悲しみ方ではないが、あの妹弟子は瑠璃鶲るりびたきが亡くなった時に、しばらく憔悴していた。それこそ翡翠《ひすい》が気に病むほどに。
本来、王族は家令含め廷臣の動向というか、生き死にもそれほど執着しない。
それが正しい王族のあり方だ。琥珀こはくはまさにそうであったし、皇太子も近いものがあるが、彼としては孔雀くじゃくに哀悼の意を伝えた。
翡翠ひすいは沈む孔雀をなんとか励まそうとあれこれ心を砕いていたのだ。

「・・・さっきも思ったけど。あんなタイプだったか?」
川蝉かわせみが首を傾げた。
「・・・孔雀くじゃくが総家令を賜って以来、おかしな事ばかりだ。あの偏食家が、ガツガツ刺身だのチーズだの桃だの食ってる。更には今回、死にかけ家令に城で死ぬ許可まで出した」
川蝉かわせみは彼が十代の半ばから三十代に差し掛かるまで身近に側に仕えたが、あまり物事に執着しないというか興味もそれほど持たないタイプであった。無気力というよりは無頓着。
それもまた非常に複雑な立場と、特殊な人生を生きてきた経験のせいであろうかと納得していたのだが。

「十五の小娘をスケベ心で側に上げたと聞いた時は、ぶっ倒れるかと思ったわ」
しかもあの末妹の孔雀くじゃくだ。宮廷育ちでもないギルド派に宮廷での総家令業など無理だろう。
「お前、死ぬ前に不敬罪で死罪になるぞ。まあ、女家令どもは、あいつ変態だったんか、世間一般なら逮捕だ、と言ってたわな」
そっちのがひどいだろ、なんて言い草だと川蝉かわせみは呆れ果てた。
「しかし。家令は十五で成人。変態相手だろうが一部の好事家こうずか相手だろうが、立派に仕事をしなければならない。最初はどうなる事とかと思ったけど、ちっくりちっくり距離を詰めて、今がある。ま、うまくいってよかったわな」
「皇帝と総家令は相思相愛だの、寵姫宰相だのの話は聞いていたよ。・・・でもありゃなんだ。まるで恋女房じゃないか」
ほお、と感心したようにふくろうは弟弟子を眺めて「言い得て妙だな」と笑い出してしまう。
川蝉かわせみはまた面食らった。
彼もまたこんな風に笑うタイプではなかった。

「梟《ふくろう》兄上、笑い事じゃない。今はまだいいけど、何年かしてみろ。あれじゃ孔雀くじゃく生贄スケープ子羊ゴートだろう。公式寵姫の役まで引き受けている」
皇帝の弾除けが総家令だけでは足らない時に重宝する公式寵姫。
王様が悪いのじゃない、あの悪い家令と、女に騙されてるのだ。という演出にもなる存在。
「それの何が悪い。安上がりで助かる、孔雀はコスパがいいと雉鳩きじばとは言ってるくらいだ」
「・・・・ふくろう兄上・・・」
非難の目を向けられて、ふくろうは肩をすくめた。
「今更どうする。俺はこれでいいと思ってる。あんな思いをするのはもうたくさんだ」
あんな思い、と言われて川蝉かわせみは押し黙った。
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