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60.鳩時計の鳩
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「尉鶲には会ったのかい?」
川蝉は唐突に話を向けられて戸惑った。
「は・・・?いえ・・・」
こんな気遣いを見せられてますます戸惑う。
「久々の再会なのだから、と孔雀が心配していたからね」
「再会というか、ほぼ初対面に近いんですけど・・・」
「そういうとこだよ、だめなの」
アンタ、ひとのこと言えないだろ。と、川蝉は飲み込んだが。
「はあ・・・」
こういうタイプだったか、と改めて翡翠を見た。
「尉鶲もですが、宮廷の子供たちは随分優遇されているようですね。ご継室方に同じ年頃の太子様や皇女様がいない今、翡翠様のご厚情だと感謝申し上げます」
「ああ。孔雀がね。結婚をきっかけに女官が辞めてしまう、離婚したら戻ってきてくださいと言ったらむっとされた、なんて言っていたからね。職場に託児所あればいいんじゃないかってことになって」
託児所、という下世話とも言える程の現実的な単語。
あの末の妹が、常に人手不足の家令だけではなく、女官の人材確保にも苦労しているとは聞いてはいたが。そんなことまで彼に相談しているのか。
川蝉は、気になることなどいくらでもあるがとにかく現在目の前の疑問を口にした。
「・・・翡翠様、あれ、壁にあるあの隙間はなんですか・・・?」
なんであの壁、一部、開いてるんだろう。
「ああ、あれはね。もともとドアを作ったんだ。行き来できるように。一回廊下出てからまた入るの面倒だからドアが有ったほうがいいだろう。でも、しょっちゅう行き来して、開けたり止めたりするのも面倒になってドア取っ払ったわけだな。孔雀がならば西部劇に出てくるような真ん中だけのドアを付けてみたいと言うから大嘴が施工してみたんだけど、私があまりにもしょっちゅう開け閉めするから金具が壊れたんだよ。だからもういらないってことになって」
陛下は、鳩時計の鳩より出てくるのが多いんだものな、と家令達は笑っていたものだ。
総家令執務室と皇帝執務室が続きの部屋状態ということか。
行き来するのが面倒でドアを撤去するほど頻繁に行き来しているのか。
「まあ、孔雀がいる時は大抵ここにいる事にしたからね」
嬉しそうに彼は言った。
琥珀も白鷹も、真珠も大鷲も、瑪瑙も梟も、こんなことはしなかった。
翡翠が、見た目は端正で柔和そうだが中身は合理的で雑で面倒くさがりなのは知っているが。
「よく考えると。そうなんだよ、ドア取るならいっそ壁いらんかったよな。そしたらもっと広々と有効利用出来たのに・・・」
心情的に、物理的に壁があるのが嫌だ、四六時中一緒にいたいのに。
てらいもなく翡翠は言った。
「・・・いや、それはちょっと・・・。どこかの役所で首長が部屋をガラス張りにしたとか昔ありましたけど、実演販売でもないのに迷惑な話だなあと・・・」
「・・・久々なのにやっぱり家令だね。忖度しなさいよ」
恐縮です、とよく分からない返事をしつつ、川蝉は不安を覚えた。
「・・・不躾なことをお尋ねしますが、陛下。ここは家令と、何より妹弟子の今後にも関わることなので参考までにお聞きしたいのですが」
「お前、言い回しがくどいね・・・」
翡翠《ひすい》が余計なことを削ぎ落とした言葉を好むのは変わらないようだ。
「・・・孔雀との間に子供を持つ予定はあるのですか」
「まさか」
とんでもない事を言うね、と翡翠は眉を寄せた。
川蝉はほっとして、そうですかと頷いた。
男家令が女皇帝に子供を産ませた場合、その子は王族に列せられる。
それは度々、宮廷の火種になってきた。
愛情のままに、皇帝と総家令が自分の子を次の王にと望む事も無いわけではない。
琥珀の父である黒曜がそうだ。
彼は、金緑女皇帝と総家令の鶚の子である。
黒曜にはすでに兄も姉もいたが、両親は彼を継嗣にと強引に決定したのだ。
白鷹も梟もまだ幼かったはずだが、その二人から、当時の女皇帝と総家令は意志を通そうと反対する者をだいぶ粛清したようだと聞いた事がある。
そもそも鶚という家令は母親がQ国から入宮した姫だった。
昔は高貴なる人質、という慣習があり国家間で、正式な正室の婚姻でははない人員の出入りがあったのだ。王室や貴族筋、廷臣から選ばれる。
ああ、そう言えば。
かなり以前だが、あの末の妹弟子の家からも一人高貴なる人質が出てA国へと派遣されたはずだ。
その鶚の母親は、当時の皇帝の継室であったのだが、鶫という家令に下賜されたのだ。
それで生まれたのが鶚。そして女皇帝との間に生まれた子供が、黒曜である。
そもそも大戦というのは、始まりがQ国に縁のある黒曜が皇帝になる事によってQ国が自らにも統治権があると言いがかりを付けて始まった継承戦争であったのだ。
以来、皇帝と家令の間に子供が産まれるというのは警戒されてきた。
現在、次の皇帝は皇太子であると決定している上、女家令が皇帝の子を産んでも、その子は家令にしかならない。翡翠が男で孔雀が女なのは幾分マシだ。
だが宮廷の状況によってどう転ぶか等わからない。
それにいくら政治的な思惑が絡んだとはいえ、継室候補群の彼女の実家及びギルド勢力がそれをどう思うか、という問題もある。
これ以上、あの妹弟子に面倒事を背負わせるのは心が痛む。何が火種になるか分からない。
今回、登城して、翡翠にまずは確認したい事であった。
「出産ってあれ病気じゃないなんて言うけど、大怪我だ。下手したら死ぬんだよ?」
翡翠は、あれは蛮行だ、虐待だ、と続けた。
「アカデミーの医局の実習で、分娩にも立ち会ったけどね。思い出してもゾッとする。好きな女によく子供を産めなんて言えるよ。本当はそんな好きじゃないんじゃないの。一方的な暴行が終わった頃、嬉しそうにやってくる亭主の間抜け面と言ったら。妻が死にそうな目にあったのに。立会なんかあれもよく考えれば自分が間接的に手を下してる拷問だろ。救急車呼んだほうがいいんじゃないですかっていうくらいの状態なんだぞ。まあ、病院だけど」
川蝉は絶句した。
なんという、偏った自分勝手な言い分だろう。
やはり、彼もまたあの琥珀の子なのだ、と川蝉《かわせみ》はなんとも複雑な気持ちになった。
燕と何か嬉しそうに話しながら孔雀が戻ってきた。
「川蝉お兄様、白鴎お兄様が茶碗蒸し作ってくれましたよ。・・・まあ、まだお昼間なのに」
テーブルにワインの瓶を見つけると、孔雀は眉を寄せた。
め、と可愛らしく見つめられて、翡翠は、嬉しそうに微笑んだ。
川蝉は唐突に話を向けられて戸惑った。
「は・・・?いえ・・・」
こんな気遣いを見せられてますます戸惑う。
「久々の再会なのだから、と孔雀が心配していたからね」
「再会というか、ほぼ初対面に近いんですけど・・・」
「そういうとこだよ、だめなの」
アンタ、ひとのこと言えないだろ。と、川蝉は飲み込んだが。
「はあ・・・」
こういうタイプだったか、と改めて翡翠を見た。
「尉鶲もですが、宮廷の子供たちは随分優遇されているようですね。ご継室方に同じ年頃の太子様や皇女様がいない今、翡翠様のご厚情だと感謝申し上げます」
「ああ。孔雀がね。結婚をきっかけに女官が辞めてしまう、離婚したら戻ってきてくださいと言ったらむっとされた、なんて言っていたからね。職場に託児所あればいいんじゃないかってことになって」
託児所、という下世話とも言える程の現実的な単語。
あの末の妹が、常に人手不足の家令だけではなく、女官の人材確保にも苦労しているとは聞いてはいたが。そんなことまで彼に相談しているのか。
川蝉は、気になることなどいくらでもあるがとにかく現在目の前の疑問を口にした。
「・・・翡翠様、あれ、壁にあるあの隙間はなんですか・・・?」
なんであの壁、一部、開いてるんだろう。
「ああ、あれはね。もともとドアを作ったんだ。行き来できるように。一回廊下出てからまた入るの面倒だからドアが有ったほうがいいだろう。でも、しょっちゅう行き来して、開けたり止めたりするのも面倒になってドア取っ払ったわけだな。孔雀がならば西部劇に出てくるような真ん中だけのドアを付けてみたいと言うから大嘴が施工してみたんだけど、私があまりにもしょっちゅう開け閉めするから金具が壊れたんだよ。だからもういらないってことになって」
陛下は、鳩時計の鳩より出てくるのが多いんだものな、と家令達は笑っていたものだ。
総家令執務室と皇帝執務室が続きの部屋状態ということか。
行き来するのが面倒でドアを撤去するほど頻繁に行き来しているのか。
「まあ、孔雀がいる時は大抵ここにいる事にしたからね」
嬉しそうに彼は言った。
琥珀も白鷹も、真珠も大鷲も、瑪瑙も梟も、こんなことはしなかった。
翡翠が、見た目は端正で柔和そうだが中身は合理的で雑で面倒くさがりなのは知っているが。
「よく考えると。そうなんだよ、ドア取るならいっそ壁いらんかったよな。そしたらもっと広々と有効利用出来たのに・・・」
心情的に、物理的に壁があるのが嫌だ、四六時中一緒にいたいのに。
てらいもなく翡翠は言った。
「・・・いや、それはちょっと・・・。どこかの役所で首長が部屋をガラス張りにしたとか昔ありましたけど、実演販売でもないのに迷惑な話だなあと・・・」
「・・・久々なのにやっぱり家令だね。忖度しなさいよ」
恐縮です、とよく分からない返事をしつつ、川蝉は不安を覚えた。
「・・・不躾なことをお尋ねしますが、陛下。ここは家令と、何より妹弟子の今後にも関わることなので参考までにお聞きしたいのですが」
「お前、言い回しがくどいね・・・」
翡翠《ひすい》が余計なことを削ぎ落とした言葉を好むのは変わらないようだ。
「・・・孔雀との間に子供を持つ予定はあるのですか」
「まさか」
とんでもない事を言うね、と翡翠は眉を寄せた。
川蝉はほっとして、そうですかと頷いた。
男家令が女皇帝に子供を産ませた場合、その子は王族に列せられる。
それは度々、宮廷の火種になってきた。
愛情のままに、皇帝と総家令が自分の子を次の王にと望む事も無いわけではない。
琥珀の父である黒曜がそうだ。
彼は、金緑女皇帝と総家令の鶚の子である。
黒曜にはすでに兄も姉もいたが、両親は彼を継嗣にと強引に決定したのだ。
白鷹も梟もまだ幼かったはずだが、その二人から、当時の女皇帝と総家令は意志を通そうと反対する者をだいぶ粛清したようだと聞いた事がある。
そもそも鶚という家令は母親がQ国から入宮した姫だった。
昔は高貴なる人質、という慣習があり国家間で、正式な正室の婚姻でははない人員の出入りがあったのだ。王室や貴族筋、廷臣から選ばれる。
ああ、そう言えば。
かなり以前だが、あの末の妹弟子の家からも一人高貴なる人質が出てA国へと派遣されたはずだ。
その鶚の母親は、当時の皇帝の継室であったのだが、鶫という家令に下賜されたのだ。
それで生まれたのが鶚。そして女皇帝との間に生まれた子供が、黒曜である。
そもそも大戦というのは、始まりがQ国に縁のある黒曜が皇帝になる事によってQ国が自らにも統治権があると言いがかりを付けて始まった継承戦争であったのだ。
以来、皇帝と家令の間に子供が産まれるというのは警戒されてきた。
現在、次の皇帝は皇太子であると決定している上、女家令が皇帝の子を産んでも、その子は家令にしかならない。翡翠が男で孔雀が女なのは幾分マシだ。
だが宮廷の状況によってどう転ぶか等わからない。
それにいくら政治的な思惑が絡んだとはいえ、継室候補群の彼女の実家及びギルド勢力がそれをどう思うか、という問題もある。
これ以上、あの妹弟子に面倒事を背負わせるのは心が痛む。何が火種になるか分からない。
今回、登城して、翡翠にまずは確認したい事であった。
「出産ってあれ病気じゃないなんて言うけど、大怪我だ。下手したら死ぬんだよ?」
翡翠は、あれは蛮行だ、虐待だ、と続けた。
「アカデミーの医局の実習で、分娩にも立ち会ったけどね。思い出してもゾッとする。好きな女によく子供を産めなんて言えるよ。本当はそんな好きじゃないんじゃないの。一方的な暴行が終わった頃、嬉しそうにやってくる亭主の間抜け面と言ったら。妻が死にそうな目にあったのに。立会なんかあれもよく考えれば自分が間接的に手を下してる拷問だろ。救急車呼んだほうがいいんじゃないですかっていうくらいの状態なんだぞ。まあ、病院だけど」
川蝉は絶句した。
なんという、偏った自分勝手な言い分だろう。
やはり、彼もまたあの琥珀の子なのだ、と川蝉《かわせみ》はなんとも複雑な気持ちになった。
燕と何か嬉しそうに話しながら孔雀が戻ってきた。
「川蝉お兄様、白鴎お兄様が茶碗蒸し作ってくれましたよ。・・・まあ、まだお昼間なのに」
テーブルにワインの瓶を見つけると、孔雀は眉を寄せた。
め、と可愛らしく見つめられて、翡翠は、嬉しそうに微笑んだ。
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しおりを挟んでくださっている皆様へ。
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