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26.すべからく共有されるもの

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小さな王宮、チカプカムイ。
その船員スタッフ用の食堂のテーブルに所狭しと料理が並べられていた。
美しく盛り付けられた色とりどりの花々、果物、焼き菓子、氷菓。
ワインやシャンパン、日本酒。
オードブルから肉料理、魚料理、パイ、寿司まで多彩だ。
「ちょっと!そのサーモン、私のよ」
「アンタはさっき鴨食べたでしょ、二羽も!」
「なんかこの薬味、苦くないか?」
「兄上、それ飾りの花じゃないですか?」
「・・・何だよ。食うもの以外皿に乗っけるなよ」
等々、家令達が大騒ぎしている。
コックテールを着た白鴎はくおうが銅鍋をしゃもじでがんがん叩いた。
うるさいぞ鳥共!聞け!いいか、時計回りに、伊勢海老のレモンバターソース、オッソブーコ、去勢鶏のバロティーヌ、子羊のノワゼットのチアン・・・お前ら!聞、け!」

家令共がご馳走ちそうを前に人の話を聞く訳もなく、それぞれが勝手に食べている。
結婚式のパーティーで出す料理の試食会らしい。
のすりにペンとファイルが回ってきた。
「これにおいしかったやつを書くの。・・・白鴎はくおうお兄様、採点って、点数?アルファベット?」
銀椋鳥ぎんむくどりがそう叫んだ。
「どうすっかな。・・・点数。十点満点で」
白鴎はくおう銀椋鳥ぎんむくどりにペンを放り投げてきた。

銀椋鳥ぎんむくどり、彼女は今年二十二歳になる。
自分と同じように女家令の子供ではないらしい。
十七歳の時に家令になろうと思ってなったらしい変わりだね
しかも、すでにアカデミーの医局に在籍しているらしい。
家族に反対はされなかったのか聞いたが「食いっぱぐれないから、ならせて貰いなさいってママも言うし。それに大嘴おおはしお兄様が名前つけてくれたし」と嬉しそうに言う。
大嘴おおはしというのは、さっきから白鴎はくおうの隣で次から次へと飲み干す様に食べている家令だ。そうは見えないが、聖堂ヴァルハラの司祭長らしい。
もっと味わえと白鴎はくおうにどやされている。
「司祭も神官もお坊さんもいるから、船で結婚式できるって企画を天河てんが様が始めたんですってね」
「その後そのままクルージングでハネムーンってわけね」
「・・・そうそう。私たち、お城で設宴やってたからこういうの得意だしね」
妹弟子達に金糸雀カナリアが笑った。
「これ、うまいな。・・・しかしさ、結婚式に去勢鶏ってどうなわけだ」
「それを言うなら、おめでたい大海老をこんなでかいハサミでばきばき切って食うのも、何か縁起悪いじゃない。うまいけど」
雉鳩きじばと緋連雀ひれんじゃくが、むしゃむしゃ食べながら点数ではなくバツをつけている。
宮廷では美貌で知られていた二人が並んでいると確かになんともはっとする物がある。

銀椋鳥ぎんむくどりが早くもデザートをあれこれと食べていた。
「デザートは、フランボワーズのスフレグラッセ、ガトー・ドゥー・ピエール・・・なあ!聞いてんのか?!」
白鴎はくおうが説明を続けていた。
のすりは甘い物嫌い?」
のすりがあまり進まないのに気付いて銀椋鳥ぎんむくどりが言った。
「・・・さっき、孔雀くじゃくお姉様に、タルト・タタン頂いたばっかりでまだお腹いっぱい」
それもあるが、こういういかにも小洒落たデザートより、ここに来て以来、孔雀が食べさせてくれる焼き菓子や新鮮な果物の方が好きになっていた。

「ああ、あれおいしい。私も後で行こう。そっか、天河てんがが来るからね」
「様、よ!銀!」
緋連雀ひれんじゃくたしなめて、乱暴にナフキンを投げて寄越した。
のすりが驚くと、「飛んでくるのがナイフでないだけマシ」と銀椋鳥ぎんむくどりはナフキンを姉弟子に投げ返した。
「なんて小生意気なんだろ!大嘴おおはし!アンタの教育が足りないよ!」
「・・・銀椋鳥ぎんむくどり。そういうわけだからおばちゃんに合わせて」
大嘴おおはし!」
緋連雀ひれんじゃくが、今度はナイフやフォークが飛んできそうな剣幕で怒鳴りつけた。
「・・・銀、俺が殺されそうだから、お行儀よくしなさい」
「はーい。・・・私、天河てんがサマとアカデミーで一緒だったもんだから、ついね」
「いやー天才少女は違うなあ」
大嘴おおはしが冷やかしたのに、銀椋鳥ぎんむくどりが頬を赤らめた。
銀椋鳥ぎんむくどりはこの兄弟子の事が好きなのか。
それに気付いて、金糸雀カナリアの方を見るとおかしそうに微笑んでいる。

「・・・つばめ、ビール持ってきな」
「塩辛もね。孔雀くじゃくが漬けたやつが頃合よ」
金糸雀カナリア緋連雀ひれんじゃくがそう言うと、つばめが肩をすくめた。
「だからもうただの居酒屋になっちゃうって毎回言ってるのに」
結局、あちこちで酒盛りが始まっている。

「家令は十五で成人なんて言われるけど、アルコールはダメ。君はジュース飲みなさい。・・・それで、孔雀くじゃく姉上から話聞いてきたって?どこまで聞いたの?」
仏法僧ぶっぽうそうが淡いバラ色のぶどうのジュースの入ったグラスを手渡してくれた。
なんとも優し気な様子で、議員から家令になったこれまた変異種。
二十八歳からという遅いスタートだったが、大変な努力家で、次の総家令候補らしい。
不用意に突けば割れるような空気いっぱいの風船とか、癇癪かんしゃく玉のように種が弾け飛ぶ鳳仙花ほうせんかの実のような家令達の中では珍しい物腰の柔らかさ。
「はい。ええと。・・・孔雀くじゃくお姉様が、お城に上がったところまでです」

仏法僧ぶっぽうそう以外の家令達が腹を抱えて笑いだした。
「あのコント、思い出すわね!」
「ありゃひどかったな!」
何事かと驚いていると、仏法僧ぶっぽうそうが悲しそうな顔をしていた。
のすりが困惑していると、見かねた大嘴おおはしが口を開いた。
「あー、新人は知らないだろうけど。家令の情報というのはすべからく共有されるもんだからね。教えてあげよう」
思わせぶりに緋連雀ひれんじゃくが笑った。
「総家令と皇帝は一心同体。皇帝が望めば、・・・まあ、アレね、アレよ。そういうことも想定内なわけよ」
「でも、その時、孔雀お姉様は十五歳でしょ・・・」
のすりが驚いて顔を上げた。
「まあ、平たくいうと家令はなんでもありよね。家令は十五で成人だしねえ。|琥珀こはく様は女皇帝でらしたわけだし、白鷹はくたかお姉様だって女でしょ」
金糸雀カナリアが苦笑した。
家令が節操なし、淫らと言われる所以だ。

孔雀くじゃく真鶴まづるお姉様がいろいろと、まあいろいろと。指南しているはずだったの。だから、私達、翡翠ひすい様が面白半分に孔雀くじゃくをお召しになった時も別に何とも思わなくて」
孔雀くじゃくだって、呼ばれたから行ってきますなんて、黄鶲きびたきお姉様と手を繋《つな》いで元気に行ったしね」
思い出したらしく、また笑い出す。
「あ、ここで重要なのは。お召しには家令が誰か控えているという悪趣味な習慣があるの。更に言えば、黄鶲お姉様を指名したのは梟お兄様。・・・なんでか?」
緋連雀ひれんじゃくがわざとらしく雉鳩きじばとに聞いた。
「大昔、陛下と黄鶲きびたき姉上が付き合ってたことがあるからだな」
「そうそう。悪趣味!」
「嫌がらせよね!」
家令達がまた笑い出す。
悪趣味、嫌がらせ。

「・・・では、新しい妹弟子にお聞かせしましょうか。総家令の初仕事。皇帝と若き総家令の初夜の事を」
緋連雀ひれんじゃくつばめに焼酎を注がせながらあだっぽく笑った。
この美貌で見つめられると心拍数が跳ね上がる。
どうしよう、とんでもない話が始まった、とのすりは絶句した。
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