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27.総家令の初仕事
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黄鶲は、総家令を拝命したばかりの妹弟子の手を引きながら、溜息をついた。
なんとまあ、おかしなことになったものか。
「孔雀、大丈夫?」
うん、と割に明るく言いながらも、まだ子供に近い妹弟子は眠そうにしていた。
先ほどまで、遅い夕食を食べながら、こっくりこっくり船を漕いでいた。
これはいかんと慌てて風呂に入れたのもまずかった。
目が覚めるどころか、冷え性でいつもはカエルの様にぺたりと冷たい手が焼き芋の様にポヤポヤと温かい。相当に眠いらしい。
全部で三時間かかる儀典と二時間の祭礼をこなしたのはつい一昨日。
しかも、宮廷において家令というのは不規則勤務。
皆が同時期に眠らないのだ。
二交代制、あるいは三交代制で、とにかく家令というものは二十四時間誰かは勤務している状態。
眠らない鳥と呼ばれる所以だ。
なぜかは知らないが、そういう慣習になっている。
総家令となるとまた更に不規則で、事が起きればまずは睡眠時間を削る事になる。
結局孔雀はこの数日で短い仮眠は繰り返しているが、いつまともに寝たのかわからない状況だ。
当然今までは通常の生活をしていたのだから、まだ慣れないだろう。
さらに言えば、神殿から戻って一度体調を崩している。
黄鶲は歩きながら妹弟子のお下げを編み直して結い上げた。
金糸雀に結わせたのだが、ずいぶんきつく編んだ様で、窮屈なのか何度も首を振っていたのが気になったのだ。
金糸雀。
自分達の下の世代では一番年嵩で、更にとんでもない頭脳の持ち主だ。
科挙制度をそのまま継承している様なこの国の官僚登用試験を、数年前に二番手でパスしていた。
状元、傍眼、探花の三魁と称される、ランキング上位の三名。
更に言えば、首位とは僅差の成績だった。
そのまま官僚になっても良かったのだが、皇帝からの提案を固辞し、家令のままの身分で今に至る。
繰り上がりも検討されたが、そのまま傍眼《ぼうがん》は金糸雀の名を残し、初の空席となった。
初めからそれが狙いだったのも知っている。
金糸雀は文民、シビリアンに恩を着せたのだ。
結局、今では各省庁では家令の金糸雀の名は轟いているし、それは仕事をする上でだいぶ通りが良い。
何せ、金糸雀《カナリア》の解答が後年の模範解答として流通しているのだ。
つまり翌年からの受験生は全員が金糸雀の解答の書いてある赤本を見て勉強した事になる。
誰が逆らえよう。
自分の価値を分かっているからこそ、あの妹弟子は当然とばかりに誰とでも対峙して、そればかりか下に見る。
翡翠が悪趣味な興味で孔雀を召した事はわかっていた。
それにあの妹弟子は、「皇帝に、興味を引くような景品を与えないと我々の足元が危ないから?黄鶲お姉様の時みたいに?」と言った。
「やめてよ。・・・いえ、そうね。あの子で、今、我々の行動や存在が担保されるのならば迷わずそうすべきだもの」
「黄鶲お姉様は得をしたからいいでしょうけどね。・・・それで昔、黄鶲お姉様は御典医の終身名誉職を賜った。他の家令が城から追い出されても、こうやってこうしているのがその証拠だもの」
他の上の世代の他の家令達は、城での立場回復はしていないのだ。
だからこそ下の世代にはできうる限りのバックアップをして来ていた。
家令は群で飛ぶ鳥。
我々は常にそれを忘れることはないから。
「お黙り。緋連雀の根性曲りは小賢しいから笑えるけれど。お前は本当に厄介だわ。・・・いい事?我々は家令。何があろうと、何をしようと、皇帝になる者の一番近くに居なくてはならない。・・・でなければ我々なんて、何かあってもなくても全員殺されるんだよ。こうなったら孔雀は生贄。これで済むならこれでいい」
そうピシャリと言うと、さすがの金糸雀《カナリア》もさすがに黙ったが。
黄鶲は繋いだ手を軽く振った。
眠気で手が温かい孔雀が嬉しそうに手を振り返した。
この妹弟子の身の上を思い、ため息をつく。
面白半分にしても、なんて悪趣味なことか。
あの変態、地獄に落ちろ。
黄鶲は小声で翡翠を詰った。
そして、ついでにこんな役目を自分に回してきた兄弟子も呪っておく。
あの、性悪梟。
死んじまえ。
自分が翡翠とそういう関係だったのはほんの一時。
しかもこちらは家令である。
織り込み済みの関係であり、とうに終わった感情の話。
そんなことより、妹弟子がまた熱を出すのではないかと心配だ。
まあ、長らくペーパードライバーではあるが、あっちも医者だ。
無茶はしないだろう。こんな子供相手に。
全く、真鶴は居なくなっちゃうし。
ああ、なんて業の深い事をしてくれたものか。
前線の野戦病院送りになった鸚鵡は最近やっと傷心を立て直し、よく働いているが。
私室に真鶴の写真を飾って毎日お鈴のような、なんとかボウルとか言うものを、叩いたり擦ったりして拝んでいるのが気味悪いし、何しろ患者達を不安にさせている。
真鶴は、孔雀にまで失恋をさせておいて、この始末だもの。
「ああ、堪らないわね、孔雀のあの甘い体」なんて言っていたくせにねえ。
黄鶲は孔雀の頬を指で軽く突いた。
「ひとの都合であっちに行ったりこっちに行ったり。アンタも大変よねえ」
しかし、もうこうなったら我々はこの雛鳥をさっさと特急で大人に仕立て上げて、生贄だろうが人質だろうが、立派に担保になって貰わねばならないのだ。
困ったように孔雀が姉弟子に微笑んだ。
皇帝の執務室を通らずに直接私室へ入る事が出来る扉の前で待機していた緋連雀が礼をして迎えた。
「黄鶲お姉様、お待ちしておりました。・・・総家令、お祝いを申し上げます」
孔雀の装いを上から下まで眺めてから、|黄鶲に視線を寄越す。
なかなかいいじゃないの、と言わんばかりだ。
緋連雀は孔雀の頬に小さく唇を寄せた。
「・・・うまくやるんだよ、可愛い妹」
そう囁いて微笑んだ。
その婀娜っぽさに、こっちの宮廷育ちの方がよほど寵姫が似合うじゃないの、と黄鶲は苦笑した。
黄鶲は孔雀から手を離し、|緋連雀へと引き渡した。
「確かに、お受け取り致しました、お姉様」
緋連雀は、美しく礼をすると、孔雀と手を繋いで、灯りを落とした部屋に進んだ。
「陛下、緋連雀が申し上げます。家令の黄鶲が総家令の孔雀と参りました」
孔雀が進み出て女家令の礼をすると、入るようにと翡翠の声がした。
なんとまあ、おかしなことになったものか。
「孔雀、大丈夫?」
うん、と割に明るく言いながらも、まだ子供に近い妹弟子は眠そうにしていた。
先ほどまで、遅い夕食を食べながら、こっくりこっくり船を漕いでいた。
これはいかんと慌てて風呂に入れたのもまずかった。
目が覚めるどころか、冷え性でいつもはカエルの様にぺたりと冷たい手が焼き芋の様にポヤポヤと温かい。相当に眠いらしい。
全部で三時間かかる儀典と二時間の祭礼をこなしたのはつい一昨日。
しかも、宮廷において家令というのは不規則勤務。
皆が同時期に眠らないのだ。
二交代制、あるいは三交代制で、とにかく家令というものは二十四時間誰かは勤務している状態。
眠らない鳥と呼ばれる所以だ。
なぜかは知らないが、そういう慣習になっている。
総家令となるとまた更に不規則で、事が起きればまずは睡眠時間を削る事になる。
結局孔雀はこの数日で短い仮眠は繰り返しているが、いつまともに寝たのかわからない状況だ。
当然今までは通常の生活をしていたのだから、まだ慣れないだろう。
さらに言えば、神殿から戻って一度体調を崩している。
黄鶲は歩きながら妹弟子のお下げを編み直して結い上げた。
金糸雀に結わせたのだが、ずいぶんきつく編んだ様で、窮屈なのか何度も首を振っていたのが気になったのだ。
金糸雀。
自分達の下の世代では一番年嵩で、更にとんでもない頭脳の持ち主だ。
科挙制度をそのまま継承している様なこの国の官僚登用試験を、数年前に二番手でパスしていた。
状元、傍眼、探花の三魁と称される、ランキング上位の三名。
更に言えば、首位とは僅差の成績だった。
そのまま官僚になっても良かったのだが、皇帝からの提案を固辞し、家令のままの身分で今に至る。
繰り上がりも検討されたが、そのまま傍眼《ぼうがん》は金糸雀の名を残し、初の空席となった。
初めからそれが狙いだったのも知っている。
金糸雀は文民、シビリアンに恩を着せたのだ。
結局、今では各省庁では家令の金糸雀の名は轟いているし、それは仕事をする上でだいぶ通りが良い。
何せ、金糸雀《カナリア》の解答が後年の模範解答として流通しているのだ。
つまり翌年からの受験生は全員が金糸雀の解答の書いてある赤本を見て勉強した事になる。
誰が逆らえよう。
自分の価値を分かっているからこそ、あの妹弟子は当然とばかりに誰とでも対峙して、そればかりか下に見る。
翡翠が悪趣味な興味で孔雀を召した事はわかっていた。
それにあの妹弟子は、「皇帝に、興味を引くような景品を与えないと我々の足元が危ないから?黄鶲お姉様の時みたいに?」と言った。
「やめてよ。・・・いえ、そうね。あの子で、今、我々の行動や存在が担保されるのならば迷わずそうすべきだもの」
「黄鶲お姉様は得をしたからいいでしょうけどね。・・・それで昔、黄鶲お姉様は御典医の終身名誉職を賜った。他の家令が城から追い出されても、こうやってこうしているのがその証拠だもの」
他の上の世代の他の家令達は、城での立場回復はしていないのだ。
だからこそ下の世代にはできうる限りのバックアップをして来ていた。
家令は群で飛ぶ鳥。
我々は常にそれを忘れることはないから。
「お黙り。緋連雀の根性曲りは小賢しいから笑えるけれど。お前は本当に厄介だわ。・・・いい事?我々は家令。何があろうと、何をしようと、皇帝になる者の一番近くに居なくてはならない。・・・でなければ我々なんて、何かあってもなくても全員殺されるんだよ。こうなったら孔雀は生贄。これで済むならこれでいい」
そうピシャリと言うと、さすがの金糸雀《カナリア》もさすがに黙ったが。
黄鶲は繋いだ手を軽く振った。
眠気で手が温かい孔雀が嬉しそうに手を振り返した。
この妹弟子の身の上を思い、ため息をつく。
面白半分にしても、なんて悪趣味なことか。
あの変態、地獄に落ちろ。
黄鶲は小声で翡翠を詰った。
そして、ついでにこんな役目を自分に回してきた兄弟子も呪っておく。
あの、性悪梟。
死んじまえ。
自分が翡翠とそういう関係だったのはほんの一時。
しかもこちらは家令である。
織り込み済みの関係であり、とうに終わった感情の話。
そんなことより、妹弟子がまた熱を出すのではないかと心配だ。
まあ、長らくペーパードライバーではあるが、あっちも医者だ。
無茶はしないだろう。こんな子供相手に。
全く、真鶴は居なくなっちゃうし。
ああ、なんて業の深い事をしてくれたものか。
前線の野戦病院送りになった鸚鵡は最近やっと傷心を立て直し、よく働いているが。
私室に真鶴の写真を飾って毎日お鈴のような、なんとかボウルとか言うものを、叩いたり擦ったりして拝んでいるのが気味悪いし、何しろ患者達を不安にさせている。
真鶴は、孔雀にまで失恋をさせておいて、この始末だもの。
「ああ、堪らないわね、孔雀のあの甘い体」なんて言っていたくせにねえ。
黄鶲は孔雀の頬を指で軽く突いた。
「ひとの都合であっちに行ったりこっちに行ったり。アンタも大変よねえ」
しかし、もうこうなったら我々はこの雛鳥をさっさと特急で大人に仕立て上げて、生贄だろうが人質だろうが、立派に担保になって貰わねばならないのだ。
困ったように孔雀が姉弟子に微笑んだ。
皇帝の執務室を通らずに直接私室へ入る事が出来る扉の前で待機していた緋連雀が礼をして迎えた。
「黄鶲お姉様、お待ちしておりました。・・・総家令、お祝いを申し上げます」
孔雀の装いを上から下まで眺めてから、|黄鶲に視線を寄越す。
なかなかいいじゃないの、と言わんばかりだ。
緋連雀は孔雀の頬に小さく唇を寄せた。
「・・・うまくやるんだよ、可愛い妹」
そう囁いて微笑んだ。
その婀娜っぽさに、こっちの宮廷育ちの方がよほど寵姫が似合うじゃないの、と黄鶲は苦笑した。
黄鶲は孔雀から手を離し、|緋連雀へと引き渡した。
「確かに、お受け取り致しました、お姉様」
緋連雀は、美しく礼をすると、孔雀と手を繋いで、灯りを落とした部屋に進んだ。
「陛下、緋連雀が申し上げます。家令の黄鶲が総家令の孔雀と参りました」
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