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12.あの夏の日々
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桜子ちゃん。どこまでお話ししましたっけ。
ああ、そう。おばあちゃんが不良娘になると決心した頃の事ですね。
桜子ちゃん、日本の女の子の不良ってどんなことをしますか。
そう、夜遊びですか。やっぱりどこも同じですね。
ところが、私は夜遊びは子供の時からしていたわけです。
では、ちょっとそのお話から先にしましょうか。
その頃、ママは大哥とお店を経営していました。
金蘭夜総会という、ショークラブ。
少し、神戸のお屋敷に似た、とてもすてきなお店。暁子が用意した店です。
オーナーは、暁子ともう一人の友人と大哥とママがやっていたようですね。
そのお友達の事は、ちょっと言えません。
彼はアメリカに行って、もう亡くなったそうです。
金蘭。これは、中国の古典に出てくる、とても仲のいい心の通じ合う友人という意味だそうです。
それは馥郁たる金蘭ってね。
老子という人の本に出てくる言葉。
ママ達は、一緒に子供時代を過ごしたらしいんです。
はっきりはわかりませんけれど、上海で出会って、同じように教育を受けた。
上海の言葉、呉話といいますが、それも話すし、広東語も話す。
厳しく教えられたから、完璧に北京官語を話す。
広東人の話す北京語はなんて恐ろしいんだろう、と言われてるくらいですから、やはりママ達が話す北京官語は特に地方では特別な印象を受けるものですね。
でもなんで役人でもないのにって?
ふふ、ママ達を教えていたのは、ほら、暁子の翡翠の腕輪の元の持ち主のお姫様や、その家庭教師だった人たちだそうですよ。
実は私もそんなに古典には詳しくないの。
ただ、ママ達は古典の類は厳しく教育されたようですね。
あとは、外国語。お姫様は英語やフランス語を話したのですって。優雅でちょっと気取ったもの。
特に暁子はお姫様から古典もフランス語も女王様の英語も全部教え込まれた。
だから、ママや大哥が、もとはそんな優雅な発音で話していたはずの暁子や、太郎の米語を嘆いておかしがった気持ちも分かるというものです。
ハリウッド映画の俳優や女優が話すみたいで、私はうきうきして好きでしたけどね。
まあそういうわけで、私は子供の時からお店に出入りしていたの。
ママや大哥に、"私達のお月様が、夜はメイドや子守りと家で留守番をする"という選択は無かったから。
「夜中にひとりでだなんてとんでもない。淋しいわ。ならば沢山人がいて賑やかなとこにいた方がいいわ」とママが言えば、大哥だって、「その通りだ。1人で静かな場所にいて、攫われたり、不良になったらどうする!」なんて言う始末。
ママと大哥と世間では、随分常識が違ったようですねえ。
というわけで、私は毎晩のようにクラブで食事をして甘いものを食べて、ショーを見て過ごすようになったの。
ショーに飽きてしまうと、オフィスに行けばたまに暁子がいる事もあった。
暁子は世界中から送られてくるカタログを見て、窓全部のフランス製のカーテンやタッセル、お店で使う西ドイツ製のカトラリーや、エントランスのきらきら輝く星のようなシャンデリアの替えの部品なんかをチェコスロヴァキアやオーストリアに注文していたり、売上を計算していたり。
まるで銀行員のように見事に札束をさばいて見せてくれた。
太郎が横でそろばんを弾いて、出た金額を分厚い帳簿に書いていた。
「お母ちゃん、レストランやホテルじゃないんだよ。皿だの茶碗だの買いすぎだ」
「クリスマス用にリモージュのフルセット注文しちゃったわ。もう船はボルドー港を出たとこよ。秋にはフランスから届くもの」
どこに置くんだよ、先に棚を買わなきゃ、と太郎がむくれてから、純利益はいくらだと思うか尋ねた。
暁子はちょっと息子の目を見てから、指で数字を書いた。
「ご名答。ぴったりだ」
勘なのか経験なのか、そう言う才能がある女性でした。
「あんたのママも、大哥も、こういうことは苦手だからね」
そう、あの二人はきらめく夢の世界の住人ですもの。
暁子は、お手伝いをするとどっさり入ったコインの入った花瓶の中から私と太郎に一掴みづつ小銭をくれた。
「上手に取りなさい。金額が変わるよ」
なんて笑って。
そうそう、暁子は料理にもうるさかった。
高級な上海料理も北京料理も広東料理も四川料理もフレンチも、イタリアのスパゲッティも、1ポンドもあるステーキやハンバーガーだって、お寿司も屋台の食べ物も何でも食べたけど、暁子の嫌いなものはおいしくないもの。
まずいものを食ったら寿命が縮む、と言うのが彼女の口癖。
ママも大哥もそれに慣れているから、味にはうるさい。
そのうち、夜の店のはずの金蘭には一流のコックが出入りするようになったの。
材料の仕入れのお金に糸目をつけず、うまいもんだけ作って頂戴と言われ、キッチンで待ち構えていた暁子がそれを食べては大絶賛。
そりゃコック達は大喜びよ。
あんなにおいしいものを同時に食べれる店は、多分もうどこにもありませんねえ。
ママがあれやこれやが欲しいと言えば、暁子はなんでも買ってしまうから、舞台の演出に買った孔雀を持て余して、外に大きな小屋を作って飼っていたの。
昼間は、近所の子供達がよく見に来ていたものよ。
抜けた孔雀の羽は、拾って売るとけっこういいお小遣い稼ぎになるみたいで、子供達が拾っていきましたね。大人達は皆好きにさせていました。
羽根を無理やり引っこ抜かれたら孔雀がかわいそうって?孔雀って怖いんですよ。
蹴られますしつっつかれますからね、あれは猛獣ですよ。誰もそんなことできませんよ。
その後、あの孔雀はね。
クリスマス用の七面鳥がどうしても足りない年があって。
大体一緒、古代ローマじゃクジャクもツルもおかずだったんだよと暁子が言って、お腹に棗椰子や野菜を詰められて、グリルにされてしまったけれど。
私や大哥や太郎は可哀想で食べなかったけど、暁子やママは結構おいしいと言ってましたね。
ショーって何って?
いろいろですよ。きれいな、とてもきれいなドレスを着た女のひとが舞台で踊ったり。
ええ、竜宮城のようにきれいでした。
キラキラしたシャンデリアや、花が描かれた紅いランタンが吊るされて、20人のビッグバンドが演奏していた。
ブロードウェイで活躍しているミュージカル女優や、ヨーロッパのオーケストラの団員のコンマスがお忍び公演なんて時もありましたね。
遊びながらバイトしない?って暁子が呼んで来ちゃうの。
毎日のショーは演出が大哥、指導がママですもの。それは見事な舞台でしたよ。
でも一番の見所は、ママと大哥の歌でした。
広東オペラの一節を、それはドラマティックに歌うんです。
海外のお客様の時は、私が隣で同時通訳するのですけれど、皆様大喝采でした。
暁子もそれを桟敷席のようになっている二階から見てはとても満足そうでした。
一度だけ、準備中の店で遊んでいた時。
舞台で暁子が大哥に歌わせられていました。
私は客席の端っこで隠れて聞いていたの。
それは、心変わりをした恋人を思って恋々と恋心を歌うものなのだけれど。
抑揚のある京劇の歌。とっても上手で驚いたものでした。
ところが、大哥は大笑い。
「なんて情緒がない女だ」
暁子は腕を組んで文句を言った。
「だって。恋人に捨てられて、なんで突然、歌を歌うのよ。オペラもミュージカルも恋の話ばっかり。皆、でっかい声でお前が好きだ、アンタが好きだと恋を歌うのよ。頭がおかしいわ」
と暁子は首を傾げるばかり。
「だから君はお姫様の不肖の弟子なんだよ」と大哥はとても嬉しそうで。
「お姫様はさ、暁にはなんでも教え込んだけど、情緒ってのかねぇ、叙情を理解させる事は出来なかったって嘆いてたもんだ」
「そっちは、鳳に任せるわよ」
なるほど、ママはパパとの別れが決定的になった時、歌いましたからねえ。
あれが情緒があるというかどうかは、知りませんけれど。
「鳳のアレは、また違うだろ。催眠とか洗脳とか憑依とか思い込み激しいとか、そういうモンじゃないか?」
どうかしてるわ、と暁子はすぐにどっかりと椅子に座ってしまいましたが、大哥は鍵盤が象牙で出来ているドイツ製のグロトリアンピアノの鍵盤を弾き始めました。
「情緒、叙情ってのは・・・こういうことだよ」
ショパンのマズルカやノクターンが静かに響いた。
心が震える美しさとはあの事ね。
それから、ジャズってご存知?桜子ちゃん。
クラシックや京劇なんかよりずっとずーっと新しい音楽。
大哥が次に弾いたのは、子供の時の夏の日の美しい思い出を、感傷的に思い出す歌《ジャズ》だった。
暁子はちょっと俯いてから、それは見事に歌ったの。
はっとするくらいに引き込まれました。
ママの歌声は天から降り注ぐような華やかさだったけど。
暁子は、静かに圧倒的に空間を満たして行くようだった。
彼女の悲しさと愛しさが、胸に迫って来るようだった。
なのに、途中で止めて。
「・・・・悪趣味ね」
そう言って、すぐに舞台を降りてしまいました。
私はびっくりして、隠れていたのも忘れて立ち上がって大哥を見上げました。
大哥は肩をすくめて私を見た。
「怒らせちゃったな」
「・・・・怒ってないわ」
泣いてたわ、暁子。
私はそう言いませんでしたけど。
きっと大哥はわかっていたでしょうから。
多分、暁子にはあの歌のように感傷的にに思い出すような、育ちがあったのかもしれません。
「・・・暁と鳳は全く違うからね。足して二つに割るとちょうどいいんだけど」
まあ、だから男の人って。
そんな湯圓や包子を作るみたいに行くもんですか。
「君のママは現在しか生きれないけれど。暁子は過去を再構築している」
この店は鳳にとっては舞台、暁子にとっては遺跡か博物館、下手すりゃ墓か仏壇だな、なんて言って。
そう言って、大哥はまたいくつか、ジャズを弾いて、クラシックを弾いて。
私はなんだか不思議な気持ちでそれを聞いていました。
ああ、そう。おばあちゃんが不良娘になると決心した頃の事ですね。
桜子ちゃん、日本の女の子の不良ってどんなことをしますか。
そう、夜遊びですか。やっぱりどこも同じですね。
ところが、私は夜遊びは子供の時からしていたわけです。
では、ちょっとそのお話から先にしましょうか。
その頃、ママは大哥とお店を経営していました。
金蘭夜総会という、ショークラブ。
少し、神戸のお屋敷に似た、とてもすてきなお店。暁子が用意した店です。
オーナーは、暁子ともう一人の友人と大哥とママがやっていたようですね。
そのお友達の事は、ちょっと言えません。
彼はアメリカに行って、もう亡くなったそうです。
金蘭。これは、中国の古典に出てくる、とても仲のいい心の通じ合う友人という意味だそうです。
それは馥郁たる金蘭ってね。
老子という人の本に出てくる言葉。
ママ達は、一緒に子供時代を過ごしたらしいんです。
はっきりはわかりませんけれど、上海で出会って、同じように教育を受けた。
上海の言葉、呉話といいますが、それも話すし、広東語も話す。
厳しく教えられたから、完璧に北京官語を話す。
広東人の話す北京語はなんて恐ろしいんだろう、と言われてるくらいですから、やはりママ達が話す北京官語は特に地方では特別な印象を受けるものですね。
でもなんで役人でもないのにって?
ふふ、ママ達を教えていたのは、ほら、暁子の翡翠の腕輪の元の持ち主のお姫様や、その家庭教師だった人たちだそうですよ。
実は私もそんなに古典には詳しくないの。
ただ、ママ達は古典の類は厳しく教育されたようですね。
あとは、外国語。お姫様は英語やフランス語を話したのですって。優雅でちょっと気取ったもの。
特に暁子はお姫様から古典もフランス語も女王様の英語も全部教え込まれた。
だから、ママや大哥が、もとはそんな優雅な発音で話していたはずの暁子や、太郎の米語を嘆いておかしがった気持ちも分かるというものです。
ハリウッド映画の俳優や女優が話すみたいで、私はうきうきして好きでしたけどね。
まあそういうわけで、私は子供の時からお店に出入りしていたの。
ママや大哥に、"私達のお月様が、夜はメイドや子守りと家で留守番をする"という選択は無かったから。
「夜中にひとりでだなんてとんでもない。淋しいわ。ならば沢山人がいて賑やかなとこにいた方がいいわ」とママが言えば、大哥だって、「その通りだ。1人で静かな場所にいて、攫われたり、不良になったらどうする!」なんて言う始末。
ママと大哥と世間では、随分常識が違ったようですねえ。
というわけで、私は毎晩のようにクラブで食事をして甘いものを食べて、ショーを見て過ごすようになったの。
ショーに飽きてしまうと、オフィスに行けばたまに暁子がいる事もあった。
暁子は世界中から送られてくるカタログを見て、窓全部のフランス製のカーテンやタッセル、お店で使う西ドイツ製のカトラリーや、エントランスのきらきら輝く星のようなシャンデリアの替えの部品なんかをチェコスロヴァキアやオーストリアに注文していたり、売上を計算していたり。
まるで銀行員のように見事に札束をさばいて見せてくれた。
太郎が横でそろばんを弾いて、出た金額を分厚い帳簿に書いていた。
「お母ちゃん、レストランやホテルじゃないんだよ。皿だの茶碗だの買いすぎだ」
「クリスマス用にリモージュのフルセット注文しちゃったわ。もう船はボルドー港を出たとこよ。秋にはフランスから届くもの」
どこに置くんだよ、先に棚を買わなきゃ、と太郎がむくれてから、純利益はいくらだと思うか尋ねた。
暁子はちょっと息子の目を見てから、指で数字を書いた。
「ご名答。ぴったりだ」
勘なのか経験なのか、そう言う才能がある女性でした。
「あんたのママも、大哥も、こういうことは苦手だからね」
そう、あの二人はきらめく夢の世界の住人ですもの。
暁子は、お手伝いをするとどっさり入ったコインの入った花瓶の中から私と太郎に一掴みづつ小銭をくれた。
「上手に取りなさい。金額が変わるよ」
なんて笑って。
そうそう、暁子は料理にもうるさかった。
高級な上海料理も北京料理も広東料理も四川料理もフレンチも、イタリアのスパゲッティも、1ポンドもあるステーキやハンバーガーだって、お寿司も屋台の食べ物も何でも食べたけど、暁子の嫌いなものはおいしくないもの。
まずいものを食ったら寿命が縮む、と言うのが彼女の口癖。
ママも大哥もそれに慣れているから、味にはうるさい。
そのうち、夜の店のはずの金蘭には一流のコックが出入りするようになったの。
材料の仕入れのお金に糸目をつけず、うまいもんだけ作って頂戴と言われ、キッチンで待ち構えていた暁子がそれを食べては大絶賛。
そりゃコック達は大喜びよ。
あんなにおいしいものを同時に食べれる店は、多分もうどこにもありませんねえ。
ママがあれやこれやが欲しいと言えば、暁子はなんでも買ってしまうから、舞台の演出に買った孔雀を持て余して、外に大きな小屋を作って飼っていたの。
昼間は、近所の子供達がよく見に来ていたものよ。
抜けた孔雀の羽は、拾って売るとけっこういいお小遣い稼ぎになるみたいで、子供達が拾っていきましたね。大人達は皆好きにさせていました。
羽根を無理やり引っこ抜かれたら孔雀がかわいそうって?孔雀って怖いんですよ。
蹴られますしつっつかれますからね、あれは猛獣ですよ。誰もそんなことできませんよ。
その後、あの孔雀はね。
クリスマス用の七面鳥がどうしても足りない年があって。
大体一緒、古代ローマじゃクジャクもツルもおかずだったんだよと暁子が言って、お腹に棗椰子や野菜を詰められて、グリルにされてしまったけれど。
私や大哥や太郎は可哀想で食べなかったけど、暁子やママは結構おいしいと言ってましたね。
ショーって何って?
いろいろですよ。きれいな、とてもきれいなドレスを着た女のひとが舞台で踊ったり。
ええ、竜宮城のようにきれいでした。
キラキラしたシャンデリアや、花が描かれた紅いランタンが吊るされて、20人のビッグバンドが演奏していた。
ブロードウェイで活躍しているミュージカル女優や、ヨーロッパのオーケストラの団員のコンマスがお忍び公演なんて時もありましたね。
遊びながらバイトしない?って暁子が呼んで来ちゃうの。
毎日のショーは演出が大哥、指導がママですもの。それは見事な舞台でしたよ。
でも一番の見所は、ママと大哥の歌でした。
広東オペラの一節を、それはドラマティックに歌うんです。
海外のお客様の時は、私が隣で同時通訳するのですけれど、皆様大喝采でした。
暁子もそれを桟敷席のようになっている二階から見てはとても満足そうでした。
一度だけ、準備中の店で遊んでいた時。
舞台で暁子が大哥に歌わせられていました。
私は客席の端っこで隠れて聞いていたの。
それは、心変わりをした恋人を思って恋々と恋心を歌うものなのだけれど。
抑揚のある京劇の歌。とっても上手で驚いたものでした。
ところが、大哥は大笑い。
「なんて情緒がない女だ」
暁子は腕を組んで文句を言った。
「だって。恋人に捨てられて、なんで突然、歌を歌うのよ。オペラもミュージカルも恋の話ばっかり。皆、でっかい声でお前が好きだ、アンタが好きだと恋を歌うのよ。頭がおかしいわ」
と暁子は首を傾げるばかり。
「だから君はお姫様の不肖の弟子なんだよ」と大哥はとても嬉しそうで。
「お姫様はさ、暁にはなんでも教え込んだけど、情緒ってのかねぇ、叙情を理解させる事は出来なかったって嘆いてたもんだ」
「そっちは、鳳に任せるわよ」
なるほど、ママはパパとの別れが決定的になった時、歌いましたからねえ。
あれが情緒があるというかどうかは、知りませんけれど。
「鳳のアレは、また違うだろ。催眠とか洗脳とか憑依とか思い込み激しいとか、そういうモンじゃないか?」
どうかしてるわ、と暁子はすぐにどっかりと椅子に座ってしまいましたが、大哥は鍵盤が象牙で出来ているドイツ製のグロトリアンピアノの鍵盤を弾き始めました。
「情緒、叙情ってのは・・・こういうことだよ」
ショパンのマズルカやノクターンが静かに響いた。
心が震える美しさとはあの事ね。
それから、ジャズってご存知?桜子ちゃん。
クラシックや京劇なんかよりずっとずーっと新しい音楽。
大哥が次に弾いたのは、子供の時の夏の日の美しい思い出を、感傷的に思い出す歌《ジャズ》だった。
暁子はちょっと俯いてから、それは見事に歌ったの。
はっとするくらいに引き込まれました。
ママの歌声は天から降り注ぐような華やかさだったけど。
暁子は、静かに圧倒的に空間を満たして行くようだった。
彼女の悲しさと愛しさが、胸に迫って来るようだった。
なのに、途中で止めて。
「・・・・悪趣味ね」
そう言って、すぐに舞台を降りてしまいました。
私はびっくりして、隠れていたのも忘れて立ち上がって大哥を見上げました。
大哥は肩をすくめて私を見た。
「怒らせちゃったな」
「・・・・怒ってないわ」
泣いてたわ、暁子。
私はそう言いませんでしたけど。
きっと大哥はわかっていたでしょうから。
多分、暁子にはあの歌のように感傷的にに思い出すような、育ちがあったのかもしれません。
「・・・暁と鳳は全く違うからね。足して二つに割るとちょうどいいんだけど」
まあ、だから男の人って。
そんな湯圓や包子を作るみたいに行くもんですか。
「君のママは現在しか生きれないけれど。暁子は過去を再構築している」
この店は鳳にとっては舞台、暁子にとっては遺跡か博物館、下手すりゃ墓か仏壇だな、なんて言って。
そう言って、大哥はまたいくつか、ジャズを弾いて、クラシックを弾いて。
私はなんだか不思議な気持ちでそれを聞いていました。
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