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11.鴛鴦茶《おしどりのお茶》
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桜は両親の馴れ初めを日曜日の恒例の家族全員での飲茶会で話すことになった。
今日は珍しく祖母も出てきた。
濃いピンクにラメの入ったカーディガン。
今日も鮮やかなウミウシのようだと、桜は楽しかった。
ワイワイガヤガヤと騒がしいテーブルの間を今時珍しくなった方式というワゴンを押した店員が通り過ぎていく。
「鹹水角は?豉汁蒸鳳爪はあっちのワゴン?馬拉糕は出来立てあるかい?」
レイがワゴンの中の蒸籠の中を覗き込んでは、妻の好物がないかと常に探している。
取り皿や箸や茶碗をきれいにお茶で洗ってから妻の前に並べているのを見て愛妻家だなあと思うが、香港では普通らしい。
それぞれ好物の点心がテーブルいっぱいに並んだ。
飲茶はそもそも広東、大陸の南で生まれた習慣らしい。味付けも全体的に甘めで、食べやすい。
桜はやたらバリバリとした衣のコロッケを頬張った。
予想より粘り気のある中身に驚く。
じゃがいもでは無く里芋のような食感。
それはタロ芋よ、とキティが教えてくれた。
タピタオの原料にもなる、でんぷん質の多い芋らしい。
「お母さんが東京で通訳の仕事をしている時、お腹が痛くなって倒れたんだって」
ええ!?とグレースが叫んだ。
「倒れたの!?」
「お腹?盲腸か!?」
「婦人科系じゃない?ほら、何年か前、ジュリーおばさんいきなり卵管捻転で」
娘が倒れたことがあると聞いて、怜月は心配そうに眉を寄せた。
いちいち反応が返ってきて面白い。
「それがね・・・ええっと・・・」
単語がわからず、キティに伝えた。
「ああ、結石だって!」
キティが訳してくれた。
「結石ね!」
「あれ痛いんでしょう?」
「大の男が転げ回るくらい痛いってさ」
怜月がため息をついた。
「・・・ママも、そういえば石持だったのよ。ナッツも大好き。同じ生活しているとやっぱり体質って似るのかしら」
そう。原因は毎日食べていたナッツ。
「体質も関係あるだろうけど、お母さん、毎日ナッツが入ってるお菓子を食べていたんだって」
「ああ!姉さんはナッツの飴がけが大好きだったから!」
「そうだったわね。アーモンドケーキもピスタチオの入ったヌガーも大好きだった」
「ナッツや、ほうれん草、コーヒーや紅茶は、結石になりやすい成分が多いらしいんです」
「そうね・・・。シャーロットは、油菜が大好きで毎日食べていたじゃない」
「コーヒーも紅茶も大好きで!ほら、鴛鴦茶!姉さんは、毎日三回飲んでた。その上、紅茶だコーヒーだってひっきりなしに飲んでた」
そうだったわ、と母子は頷いた。
「・・・いんよん?」
キティが知らないの?と驚いた顔をした。
「紅茶とコーヒーを混ぜたやつ。あったかいのと冷たいのあるのよ」
「・・・・何それ・・・嘘・・・?」
「何よ、本当よ!おいしいんだから」
「うん。私は冷たくてすごく甘いのが好き。凍鴛鴦。今度、飲んでみなさいよ、チェリー」
うん、と頷いたが、さてそんな珍妙な飲み物、飲む気になるかどうか。
「で?」
「はい?」
「・・・もう!倒れてどうなったの!」
せっかちな香港人は、話がトントンと進まないとイライラするらしい。
「ああ。そう。その時に、たまたまお父さんが近くにいたんだって。ほら、消防士だから。救急医療も少しは分かるから」
それで、救急車を呼んで、一緒に病院に行って。
「お見舞いに何回か行っているうちにお付き合いするようになったんだって」
グレースがレイと微笑み合った。
「まあ・・・・すてきねぇ」
これがすてきな話かどうかはよくわからないが。
桜にとっては慌ただしい話だなあという感想。
「それって命の恩人ということだものな」
レイがグレースの肩を抱いた。
香港人というのは、とにかく夫婦仲が良いのだ。
だいぶ、かかあ天下というくくりでだが。
そうね、と怜月もそっと目元を汕頭刺繍のハンカチでぬぐった。
「そうね、命の恩人ね」
そんな大げさな・・・。
そもそも、ナッツの食いすぎが原因・・・。
母は今でも毎日のようにポリポリとリスのようにほほ袋を膨らませてアーモンドチョコを食べている。
一箱では済まない。一気に三箱は食べる。
もちろん、大好きな紅茶を飲みながら。
結石の原因になるシュウ酸を溶かす効果があるというレモン汁と、酸味をごまかす砂糖をたっぷり入れて。
「・・・・旦那様が消防士では、震災では大変だったでしょうね・・・」
怜月がそっとつぶやいた。
「・・・はい。私の街では津波の被害はなかったんですが、沿岸の地方に応援に行ってました」
一度だけママが電話で泣いていた。
あのね、桜ちゃん。桜ちゃんと同じ年の女の子が見つからなかったんだって。どうしても探さなきゃって、その子のパパと二人でずっと探してたんだって。見つかって。・・・だから、帰ってこれたって。
自分と同じ年の子が、死んだ。
それだけで、自分には衝撃的で。抱えるには重すぎて。悪いと思いつつ、その話をつい、してしまった。
ずっと、喉の奥でつかえていたからか。
怜月がそっと肩と胸に触れて目を閉じた。
その祈りの所作を見て、
「太々、何かあったんですか」
と隣の席の家族が心配そうに話しかけてきた。
「ああ、ごめんなさいね。ご心配をおかけしたわね」
玲月が微笑んだ。
レイが説明すると、それを聞きつけたまた隣の席にいた老婦人が駆け寄ってきた。
珊瑚の花のブローチをした女性だった。
よくわからないが、広東語で何かつぶやいて、桜の手を握った。
きっと、大変だったわね、とか言ったのだろうと思って。
「ありがとうございます」と桜は頭を下げた。
キティが英語に直してくれた。
「あなたが生きていてくれて、嬉しいと言ったの」
見ず知らずの自分に、そんなことを言っていくれる人がいるなんて。
それから話を聞いた何人かの客と、店の従業員も同じように桜の手を握った。
今日は珍しく祖母も出てきた。
濃いピンクにラメの入ったカーディガン。
今日も鮮やかなウミウシのようだと、桜は楽しかった。
ワイワイガヤガヤと騒がしいテーブルの間を今時珍しくなった方式というワゴンを押した店員が通り過ぎていく。
「鹹水角は?豉汁蒸鳳爪はあっちのワゴン?馬拉糕は出来立てあるかい?」
レイがワゴンの中の蒸籠の中を覗き込んでは、妻の好物がないかと常に探している。
取り皿や箸や茶碗をきれいにお茶で洗ってから妻の前に並べているのを見て愛妻家だなあと思うが、香港では普通らしい。
それぞれ好物の点心がテーブルいっぱいに並んだ。
飲茶はそもそも広東、大陸の南で生まれた習慣らしい。味付けも全体的に甘めで、食べやすい。
桜はやたらバリバリとした衣のコロッケを頬張った。
予想より粘り気のある中身に驚く。
じゃがいもでは無く里芋のような食感。
それはタロ芋よ、とキティが教えてくれた。
タピタオの原料にもなる、でんぷん質の多い芋らしい。
「お母さんが東京で通訳の仕事をしている時、お腹が痛くなって倒れたんだって」
ええ!?とグレースが叫んだ。
「倒れたの!?」
「お腹?盲腸か!?」
「婦人科系じゃない?ほら、何年か前、ジュリーおばさんいきなり卵管捻転で」
娘が倒れたことがあると聞いて、怜月は心配そうに眉を寄せた。
いちいち反応が返ってきて面白い。
「それがね・・・ええっと・・・」
単語がわからず、キティに伝えた。
「ああ、結石だって!」
キティが訳してくれた。
「結石ね!」
「あれ痛いんでしょう?」
「大の男が転げ回るくらい痛いってさ」
怜月がため息をついた。
「・・・ママも、そういえば石持だったのよ。ナッツも大好き。同じ生活しているとやっぱり体質って似るのかしら」
そう。原因は毎日食べていたナッツ。
「体質も関係あるだろうけど、お母さん、毎日ナッツが入ってるお菓子を食べていたんだって」
「ああ!姉さんはナッツの飴がけが大好きだったから!」
「そうだったわね。アーモンドケーキもピスタチオの入ったヌガーも大好きだった」
「ナッツや、ほうれん草、コーヒーや紅茶は、結石になりやすい成分が多いらしいんです」
「そうね・・・。シャーロットは、油菜が大好きで毎日食べていたじゃない」
「コーヒーも紅茶も大好きで!ほら、鴛鴦茶!姉さんは、毎日三回飲んでた。その上、紅茶だコーヒーだってひっきりなしに飲んでた」
そうだったわ、と母子は頷いた。
「・・・いんよん?」
キティが知らないの?と驚いた顔をした。
「紅茶とコーヒーを混ぜたやつ。あったかいのと冷たいのあるのよ」
「・・・・何それ・・・嘘・・・?」
「何よ、本当よ!おいしいんだから」
「うん。私は冷たくてすごく甘いのが好き。凍鴛鴦。今度、飲んでみなさいよ、チェリー」
うん、と頷いたが、さてそんな珍妙な飲み物、飲む気になるかどうか。
「で?」
「はい?」
「・・・もう!倒れてどうなったの!」
せっかちな香港人は、話がトントンと進まないとイライラするらしい。
「ああ。そう。その時に、たまたまお父さんが近くにいたんだって。ほら、消防士だから。救急医療も少しは分かるから」
それで、救急車を呼んで、一緒に病院に行って。
「お見舞いに何回か行っているうちにお付き合いするようになったんだって」
グレースがレイと微笑み合った。
「まあ・・・・すてきねぇ」
これがすてきな話かどうかはよくわからないが。
桜にとっては慌ただしい話だなあという感想。
「それって命の恩人ということだものな」
レイがグレースの肩を抱いた。
香港人というのは、とにかく夫婦仲が良いのだ。
だいぶ、かかあ天下というくくりでだが。
そうね、と怜月もそっと目元を汕頭刺繍のハンカチでぬぐった。
「そうね、命の恩人ね」
そんな大げさな・・・。
そもそも、ナッツの食いすぎが原因・・・。
母は今でも毎日のようにポリポリとリスのようにほほ袋を膨らませてアーモンドチョコを食べている。
一箱では済まない。一気に三箱は食べる。
もちろん、大好きな紅茶を飲みながら。
結石の原因になるシュウ酸を溶かす効果があるというレモン汁と、酸味をごまかす砂糖をたっぷり入れて。
「・・・・旦那様が消防士では、震災では大変だったでしょうね・・・」
怜月がそっとつぶやいた。
「・・・はい。私の街では津波の被害はなかったんですが、沿岸の地方に応援に行ってました」
一度だけママが電話で泣いていた。
あのね、桜ちゃん。桜ちゃんと同じ年の女の子が見つからなかったんだって。どうしても探さなきゃって、その子のパパと二人でずっと探してたんだって。見つかって。・・・だから、帰ってこれたって。
自分と同じ年の子が、死んだ。
それだけで、自分には衝撃的で。抱えるには重すぎて。悪いと思いつつ、その話をつい、してしまった。
ずっと、喉の奥でつかえていたからか。
怜月がそっと肩と胸に触れて目を閉じた。
その祈りの所作を見て、
「太々、何かあったんですか」
と隣の席の家族が心配そうに話しかけてきた。
「ああ、ごめんなさいね。ご心配をおかけしたわね」
玲月が微笑んだ。
レイが説明すると、それを聞きつけたまた隣の席にいた老婦人が駆け寄ってきた。
珊瑚の花のブローチをした女性だった。
よくわからないが、広東語で何かつぶやいて、桜の手を握った。
きっと、大変だったわね、とか言ったのだろうと思って。
「ありがとうございます」と桜は頭を下げた。
キティが英語に直してくれた。
「あなたが生きていてくれて、嬉しいと言ったの」
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