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奪われる恐怖

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 レイサスによって、あっと言う間に会場から出て行ってしまったフローレンスの後には、残されたルーナとキャシーが困ったように顔を見合わせていた。

「クレイズ公爵令息と姉は、いつもあのように親密な様子なのでしょうか?」

シオンが低い声でルーナとキャシーに尋ねた。先ほどとは違い、眉を下げ困ったように微笑んでいたが、シオンから放たれる恐ろしい空気は先ほどと何も変わっていない。ルーナはシオンと視線を合わせ、ふるりと身を震わせたが、キャシーは俯いて視線を逸らした。

「ええ。そうですね・・・。よく、二人でいらっしゃいます・・・。」

 本当は、お互いに好意を持っているし、誰も邪魔できないほど二人の仲は睦まじい。レイサスのフローレンスへの愛情は異常で、その酷い独占欲のせいで、最近は他の男子生徒がフローレンスに話しかけることも難しくなってきているのだから。

しかし、ルーナもキャシーも、今のシオンに向かって、そこまで本当のことを言う気にはなれなかった。幼い頃より貴族として徹底した教育を受けてきた二人にとって、逆らって良い相手と悪い相手を見極めることの判断がいかに大切なことなのかは充分に理解していたのだ。

今ここでシオンの機嫌をこれ以上損ねるのは、自分達だけではなくフローレンスにとっても良いことは何もないと、容易に想像ができたのだ。

 シオンと別れた後、ルーナがほっと胸を撫で下ろすと、小さな声でキャシーが呟いた。

「これって・・・なに?・・・どうなるの・・・?」

「・・・・・・・・。」

ルーナは、それに対して何も言えなかった。初めてシオンに会った、あのお茶会から、ずっと心に引っ掛かっていたものが今、完全に確信に変わっていた。

(どちらにしても、フローレンスは悲しむことになるのね・・・。)

ルーナは、一人で涙を零すフローレンスを想像して、そっと首を振った。



 その頃レイサスとフローレンスは、以前、泣きすぎた目をレイサスに冷やしてもらった、あの空き教室にいた。

ドアを閉めるなり後ろ手で鍵をかけたレイサスが、そのままフローレンスを強く抱きしめ、唇を奪った。

「んん・・・レイ、んっ、いきなり・・・なに・・・。」

「フローレンス!」

レイサスは、何度もフローレンスの名前を呼び、口づけもどんどん深くなっていく。

「ふぅん・・・んん・・・レイ・・・。」

「あいつは駄目だ。」

唇を離したレイサスが言った。熱に浮かされた瞳でじっと見つめられ、フローレンスの胸はドキドキと脈打ったけれど、レイサスが駄目と言った相手がシオンだと理解すると、一瞬で冷静な自分を取り戻した。

「レイ、何度も言うけれど、シオンは弟よ!?今まではあなたの言う事を素直に聞いてきたけれど、シオンは無理だわ。私は、大切な家族を蔑ろにはできない。」

 レイサスには男性との付き合い方を今まで何度も注意されてきた。「あいつとはもう話をするな。」やら、「あいつと一緒にいるお前は見たくない。」など、いくらクラスメイトで、お互い何の感情も持ち合わせていないと説明した所で、レイサスには通用しなかった。それが原因でレイサスとの仲が壊れてしまうのを恐れて、多少の不満はあれども、フローレンスはレイサスの気持ちを優先してきた。しかし、相手がシオンの場合は、話は別だ。レイサスのことは大好きだけれど、シオンだって大切な弟なのだ。

「・・・俺は、嫌だ。あいつは、お前のことを姉だと思っていない。」

「そんなこと・・・。シオンは家族だわ・・・。」

フローレンスは、強く否定することができなかった。思い出すのは、シオンに何度も抱きしめられ、口づけをされたことだった。

(でも、シオンは、あんな最悪な環境の中、ずっと独りぼっちで過ごして来たんですもの。たった一人の家族に対して、間違った愛情表現をしてしまっただけなのよ。シオンは悪くないわ。私が、もしシオンの立場だったら、きっと唯一の大切な人を「盗られたくない!離れないで!自分を一人にしないで!」って、泣きながら追いすがるわ・・・。そうよ・・・やっぱり、シオンは悪くない。シオンの間違いは、これから私が正してゆけばいいだけのことだもの。)

「フローレンス、頼むからあいつと距離を置いてくれないか?」

いつも、駄目と言ったら駄目で、取り付く島もないレイサスだったが、今日は、いつもとは少し違った。優しくフローレンスを抱きしめて、まるで懇願するようにフローレンスと瞳を合わせる。いつもと様子の違うレイサスに戸惑うフローレンスだったが、シオンと完全に距離を置くなど、今までお互いを支え合って生きて来た二人には到底受け入れることなどできない話だった。

 フローレンスは、レイサスの腕を軽く押し、身体を離すと、諭すように静かに話始めた。

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