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まさかの公爵家

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 フローレンスが、何も言わず放心状態でいるのをいいことに、レイサスはそのままフローレンスを抱きしめていた。そうして満足すると、フローレンスの手を引きベンチに座らせ、持ってきた紙袋を渡した。

「ほら、これを食べろ。お前のはもう食べられないだろう?」

未だ放心したような目のフローレンスだったが、言われるがまま紙袋の中を覗くと、大きなサンドウィッチが四つも入っていた。レイサスがその中から一つ取り出すと、フローレンスの手に持たせて、自分は地面に落ちたフローレンスの昼食を片付け始めた。その姿を呆然と眺めていたフローレンスだったが、片付け終わったレイサスがフローレンスの横にぴったり寄り添うように座ると、はっと意識を取り戻し急いでレイサスから距離を取った。それが気に入らないと思ったレイサスがむっとした顔で、また距離を詰めた。

「離れるなといっただろう。」

「・・・・・・・・・・。」

「どうした?さっさと食べろ。時間がなくなる。」

レイサスは、自分のサンドウィッチを取り出しパクパク食べ始めた。レイサスの大きな口にどんどん吸い込まれるように入っていくサンドウィッチに、フローレンスは、つい目が釘付けになってしまった。フローレンスが一口も食べないうちにレイサスは三個目のサンドウィッチを取り出した。

「ふっ・・・、ふふふ・・・凄い。食べるの早い。ふふっ。」

ついに、我慢できなくなったフローレンスは声を漏らして笑ってしまった。それを、まるで眩しい物でも見るかのように目を細めて見ていたレイサスだったが、次の瞬間には片眉を上げ、いたずらっ子のような顔を見せると、フローレンスの持っているサンドウィッチを指さした。

「いらないなら俺が食べるぞ?」

「え!?やだ!!食べるわ!!」

眉を吊り上げて急いでサンドウィッチに噛り付くと、シャキシャキのレタスとトマトの味が口の中いっぱいに広がった。

(おいしい・・・。やっぱり一人で食べるより美味しく感じるのかしら・・・。)

夢中ではむはむ食べるフローレンスを見ていたレイサスが、満足そうな顔をしながらフローレンスの肩に腕を回した。そして、力強く引き寄せると、驚いて体を固くしたフローレンスの頬に口づけを一つ落とした。

(は!? え? なに? え? 今、何があった?)

フローレンスが恐る恐るレイサスの顔を見ると、いつもとは違う優しい表情で、「美味いか?」と、微笑んだ。
どうしてこんなことになっているのか全く理解できないフローレンスは、ただ真っ赤な顔で 「うん。」 としか言えなかった。

 フローレンスが食べ終えるなり、「もう、時間がないから行くぞ。」と、レイサスに手を引かれ教室まで戻った。レイサスは教室の前まで送ってくれたが、その間、今日の放課後は必ず図書室で自分を待つようにと少なくとも五回はフローレンスに約束させて、自分の教室に戻って行った。

 教室に戻ると、二人を見ていた数人のクラスメイトが話しかけてきた。

「あの、今のって、レイサス・クレイズ公爵令息様ですわよね?お二人は、お知り合いだったのですか?」

「ああ、うん。・・・って、公爵!? え?あの人、公爵家のご令息なの!?」

「え!?知らなかったのですか!?」

「ええ・・・。図書室仲間です・・・。」

「クレイズ公爵家のレイサス様が、図書室仲間って・・・。すごいですわね・・・。」

「見間違いでなければ・・・手を繋いでませんでしたか?」

「ああ。ええ・・・。ですが、繋ぐと言うか・・・どちらかと言うと連行に近いような・・・?」

「えっ!? フローレンス様、何か怒らせるようなことでもしてしまったのですか?それなら、すぐに謝りに行った方がよいかと・・・。」

「え?確かに、そう言われると・・・、私、怒らせてばかりのような気がしますわ・・・。えっ!?どうしましょう・・・。これって我が家の危機なのでしょうか? え、やだ・・・私一人の処罰でなんとかなりますか!?」
「いやぁ・・・、こればかりはなんとも。わたくしも軽はずみな慰めをするわけには・・・。」

「あのっ、弟には、どうしても迷惑かけたくないんですが、私は一体どうしたら・・・。公爵家の方だったなんて、本当に知らなかったんです。でも、私・・・、失礼なことたくさん言ってしまったかも・・・。」

フローレンスは、困り果てた様子で、他の生徒にも助けを求めたが、話を聞いてくれた者達はそろって、「後でちゃんと、誠心誠意謝りましょう!」と、他に方法はございませんというような、半ば絶望的な言葉しかくれなかった。

 午後からの授業が始まっても、フローレンスは授業に集中できなかった。レイサスがどこかのご令息だろうとは思っていたが、まさか公爵家だったとは想像もしていなかった。フローレンスだって一応は侯爵令嬢だ。しかし王家の血を引くクレイズ公爵家と我が侯爵家では位が違う。しかもフローレンスなんて、まさかの平民出身者だ。今や、フローレンスの頭をよぎるのはシオンの顔ばかりだった。

(私の無礼のせいで、フーバート家にもしものことがあったら・・・、ああぁぁ、シオン!!シオンにだけは!シオンにだけは何があっても迷惑をかける訳にはいかない。シオンはこれから立派な侯爵家当主になるのよ。その為にあんなに毎日頑張っていたのに。これから、素敵な奥様をもらって、幸せな人生が待っているはずなのに、私が馬鹿なせいで、またシオンをどん底に落としてしまうかもしれないなんて・・・。どうしよう・・・。だから、私をわざわざ探してまで怒りに来たんだわ。そうよ、凄い怒鳴ってたじゃない!甘えていいって言ってくれたのも、もう、呆れてたとか?勝手にやりたいようにやれ!ってこと?その後は、しっかり一家そろって責任取らせるの? だから? あ・・・、あれって、抱きしめて売れる身体かどうか確かめた?)

 レイサスがそんな人間ではないと思う反面、彼の理解できない言動の理由を思えば、やはり、知らないうちに怒らせていた可能性の方が高い気がする。

 開いたノートの上に一粒の涙が落ちた。誰にも気づかれないようにそっと拭おうとすると、その手は小刻みに震えていた。震えの治まらない手で、乱暴に目を擦ると、その手をぐっと握り締めた。

(怒らせてしまったのなら、どうにか私一人の処罰で許してもらわなくては!!取りあえず、シオンだけは、私の何よりも大切なシオンだけは絶対守らないと!!)

弱い心をなんとか奮い立たせようと、フローレンスは、何度も自分に言い聞かせるのだった。


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