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伝説のライブ

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もう10月の初旬なのに気温は30℃に達しようとしていた。
額に浮いた汗を拭った真城は遠慮無く照り付ける太陽を恨めしく思った。
もちろん、晴れてくれた事には感謝しか無いが、地面からの照り返し込みで体感温度は45℃くらいに感じる。

会場の真ん中に据えたPAブースには一旦片付けたパラソルを広げて強い日差しからガードをしている。
そこに黒江と日暮が陣取り音の調整をしてくれていた。

2000枚のチラシに効果は無かったのか、1番目のバンド演奏が始まった当初は関係者とその友達という程度の集客しか無く閑散としていたが、順を追うにつれ性能のいいスピーカーの音に釣られた物見遊山の観客が少しずつ増えていた。

殆どが演奏者に興味など無いのだ、ただ前夜祭を楽しみたいと緩く集まっているのだから前に押し掛けることも無く、適当に散らばっている為に100人も集まればそれなりに見えた。
やはり柵など必要なかったのだが、蓮にもクリスにも文句を言うつもりは無かった。

納得できないことが多すぎてイベントが始まるまではこっそりと拗ねていたが、今はもうそれどころでは無い。
腹に響く低音に揉まれながらのドリンク販売は忙しい。執行部には内緒で用意した缶ビールも売れ行きは上々だ。

何をやらせてもあまり役には立たない蓮はミストシャワーを撒いて歩いている。
人の集まりに割って入れないのか、端っこから空に向けて放っているだけだが多少の冷感を求める観客の方から浴びに行ってるから十分だった。

少しずつ近づいて来る自分達の出番に逃げ出したいような気持ちになるのはいつもの事だった。
いつもライブを見に来てくれるなけなしだが有難いファンの顔が見えると、腹の底が絞られるような緊張感が生まれてくる。

今演奏しているグループが終わると手伝いを離れてスタンバイをしなければならない。
管楽器を含む派手なフィニッシュに今までには無かった歓声がワーっと上がると早くなっていた心拍が一際大きくドクンと跳ねた。

湧き上がってくるアドレナリンに興奮を覚えながら、ドリンクの販売を交代した。
向かうのは広場の隣の建物に用意した控え室兼、楽器の保管室だ。
他の部屋はエアコン用の200V電源を借りているのだが、一室だけフルに冷房を入れ、演奏後のグループから演奏後のグループに交代して無人にはならないような段取りをしていた。

出陣して行く4番目のグループと無言のハイタッチを経て部屋に入ると重い空気が満ちているのに、そこに雪崩れ込んできた汗臭い連中は演奏を終えたばかりのやり切った感で笑顔に溢れている。そんなギャップに挟まれるのは単体ではライブハウスを埋められないという事情から何回も体験している事なのだがいつまで経っても慣れない。

中学の同級生で組んだバンドのメンバーとは今更だからか演奏前にはあまり話をしない。
全員が迷いながら、タイムリムットを感じながらいつか跳ねる事を夢見て真剣に取り組んでいる事はわかっている。
プロに囲まれ、甘やかされている傀儡ボーカルなどに負けはしない。

まだ置いておけばいいものを、先走る気持ちを抑えきれずに肩に掛けたギターのストラップを撫でると次の演奏が始まったのか表の方から低い振動が伝わってきた。
つまり、出番までは30分だ。
パッと顔を上げたメンバー達と視線を合わせて頷いた。

無機質なラップがイヤフォンから流れ込んで来る。演奏前はいつもそうしていた。
しかし、音は耳だけで聞くものではない。
空気を震わせ建物を伝う振動が体のリズムを狂わせていく。

「今日は駄目だな……」

苛つきに似た高揚感に追い立てられてイヤフォンを外すと、狙ったようなタイミングでノックの音が聞こえた。

誰かが乱入してくる訳では無いのだがドアには鍵を掛けているのだ。立ち上がってドアを開けるとそこにいたのはその役目である蓮では無く、栗栖だった。

「用意してください」
「はい」

行くぞなどと言わなくてもメンバーはもう立ち上がって臨戦態勢に入っている。

「蓮は?」
「1人だからね、ここには入りたく無いって言ってるから真城くん達のライブを見ているよ」
「じゃあ今演奏している奴らが帰ってきて楽器を置いたら出る時に鍵を掛けるように言ってくれますか?」
「勿論」

「こんな時もしっかりしているな」と栗栖は笑ったが、今までもこれからも自分達でやって行くのだから当たり前だ。
頑張れと肩に乗った手を無視してステージに向かうと、ライトに照らされたステージは熱に包まれ浮き立って見えた。

フィニッシュを決めた前奏のバンドにワァッと拍手や歓声が飛んでいる。
学祭の準備を終えた学生が集まって来たのか観客が増えていた。

舞台を交代してすぐに軽いチューニングのつもりで音を出すと、PAに付いている黒江からもう一度と手が上がった。

舞台から1メートル程の隙間を開けて設置した柵の前に座っている蓮を見つけた。
「よく見てろ」と思う。

「行くぞ」

オープニングに選んだ曲はテンポが速くノリのいい1番推しだ。
スティックを叩くカウントに合わせて大きく息を吸い込んだ。

始まってしまえば、後は練習に少し多目の熱が加わるくらいだ。慣れている自負もある。
全く知らないグループにワーっと歓声が上がったのは酔ってノリノリになっているだけなのかもしれないが気持ちがいい。

音楽って気持ちいい。
歌うって気持ちいい。
ほんの数人でもいいから認めて欲しい。

野外にも関わらず音が良かった。
観客のノリも良かった。
煽って煽って、跳ねて飛んで、盛り上がりはバンド史上最高だったと思う。

「ありがとうございました!」

そう言って頭を下げるとありがたいアンコールが飛んできた。
厳密なスケジュールがある為に答えられないのは残念なのだが来月に予定しているライブを宣伝出来たのは良かった。

最高の気分でライブを終える事が出来たのに………入れ替わりでステージに上がった栗栖にその日1番の歓声を攫われてげんなりさせられたのは当然だと思う。

歓声というより嬌声に包まれている栗栖は馬鹿みたいに舞台映えしている。
「次の演奏までこちらをお聴きください」と手にしたおもちゃのような物を振っているのだが、それが何であれ、彼の場合ステージに立っているだけでも観客は満足するのだ。
「誰?」とメンバーに聞かれたが、真面目に答える気にはならない。

「余興だろ、あの人はうちの大学のアイドルみたいなもんなんだよ」
「……せっかく音楽フェスって感じで盛り上がっていたのにな、次に演る奴は水をさされたんじゃ無い?」
「俺達は終わったからどうでも良くね?」

どうでもいいと思いつつ、蓮がどんな顔をしているか確かめた。気にすまいと思っても気になるのは事実だ。

しかし、楽器を置いてすぐ会場に戻ると呆気に取られてしまった。


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