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ハンバーグ

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「……じゃあ一回避難したのに暫くしてから店を出てみたらまだ野田がいたって話だな?」
「そうです、これならもう野田に声を掛けてハッキリ文句を言ってもいいですよね?」
「ああ、警察にも言って注意してもらう事も出来る、何なら野田の弁護士という職を逆手にとって「言いふらす」と脅すのもいいかもな」
「脅迫して600万とか要求します?!」
「ケチな事を言うな10億だ!」
「10億600万だ!」

……間違いなくお縄だけどね。

迷宮に入っていた依頼に解決の窓口が向こうからやってきたようなものなのだ。
冗談は軽快になるし、基本鈍足なバイクの足も速くなる。まだまだ交通量は多いのに、足回りの軽いオフロードバイクは車列を縫ってグイグイと進んだ。



「健二さん!多分この辺です」

この辺と言ったがどの辺か実はあんまりわかってない。でも健二はチラッと地図を見るだけで目的地に辿り着ける人種なのだ。
わからないけど多分合ってる。

「赤城さんが避難してる店の名前は何だっけ?」
「馬酔木って居酒屋です、筆文字の店名がデッカい赤提灯に書いてあるって赤城さんが言ってました」
「多分今走ってる車線の反対側だと思う、俺も見るけど葵も見ててくれよ、もうこの辺の筈だ」 

「はい!……ってか……あそこに」
「ああ、あれだな」

やっぱり健二は凄い。
迷ったり、途中で地図を見直したりはしないままなのにデッカい赤提灯を見つけた。でも馬酔木《あしび》は読めなかったと思うから俺も役には立ったとは思う。

一旦は馬酔木を見送って、交差点でUターンをする間にザッと周りを見回したが野田弁護士の姿は見えない。もし、わざわざ姿を隠しているのだとしたら今回ははっきりとした犯意があるって事でかなり危ないのかもしれないが、でもまず優先するのは赤城さんの無事だ。
何はともあれバイクを停めて、馬酔木と書かれた居酒屋に飛び込んだ。


「ご無事ですかっっ?!!!」


「……………」

「………健二さん………」

店の中がどんなのかわからないのに、赤城さんがどこにいるかもわからないのに………
引き戸を開けて健二がいきなり膝をついたのは………突き出た腹の下にベルトを埋めた肉付きのいいサラリーマンの前だ。

女子が苦手なのはもう分かってる、三段腹の親父が好きなのは好みの話なのでノーコメント。
しかし時と場所を選んで欲しい。

こうなる事を予想していたのか、赤城さんは太い柱の影に隠れて知らない人の振りをしている。
多分テーブルには付かず、店の人に事情を話して立ったまま待っていたのだと思う。

「健二さん、俺が赤城さんと話すから外を見張ってて下さい、携帯を通話にしておきます、但し余計な口出しはしないでくださいね」
「でもお前、それじゃあ…」
「騒げば野田に気付かれて逃げられるかもしれないでしょう、もういないかもしれないけどこれは一種のチャンスなんです」

「葵ばっかり……狡いな……」

狡くない。適材適所だ。

「知ってますか?健二さんはカッコいいんですよ?だから何も考えず、何も見ず、普通にしててください、そしたら嫌でもモテます」
「え?俺かっこいい?」
「かなりカッコいいです、羨ましいくらいカッコいいです、憧れます、もうゾッコンです、早く野田を見つけて赤城さんをキャーカッコいいと言わしてください」

「わかった♬」


体良く追っぱらいには成功。ってかチョロい。
いつも通りの健二でいてくれるなら赤城さんを安心させるには健二の方が適任だと思うけど、本人は普通のつもりなんだからちゃんとしろと言っても無理なのだ。

嬉々として店を出て行った健二の行き先を確かめてからキッチリとドアを閉めた。

赤城さんはまだ知らん顔を続けている。
仕方がないよね。

毎度毎度恥をかかせてすいません。店の客から注目を浴びる中声を掛けたりしません。
小さく目で合図を送ってから、出口の近くにあるトイレ前の細い通路に入った。

赤城さんは綺麗だし頭もいい。
すぐに察して近くに寄って来た。
まずする事は安否確認よりこっちが先だと思う。赤城さんが無事なのは見たらわかるもんね。

「うちの者がすいません」

「成瀬さんは?どうされたんですか?」
「この店の周辺を見に行ってます、そこで一つ提案なんですが、もしまだ野田が近くにいたら声を掛けて「迷惑している」と伝えてもいいですか?」

「ええ、勿論……寧ろ何故さっさとそうして頂けないのかとヤキモキしてました、私は知らないって事で……その場にいなくてもいいんですよね?」

「…………はい」

「勿論です」と何とか笑えたけど半拍ズレたのは許して欲しい。

相手は弁護士だもんね。
全責任は事務所で持てって事だよね。
「若く美しい私に近寄るのは100年早い」って他人を使って言わせるんだね。

でもこれはお金を貰ってるんだから当然だ。
全責任は……

椎名が取る。
細かい責任は健二が取る。

オールオッケー。


「では成瀬が安全確認をした後タクシーを呼びます、申し訳ありませんが赤城さんはもう暫くの間この店のお世話になってください、何ならお食事をされていてもいいですよ」
「一杯飲んで?」
「ハハ、どうぞ、俺達が責任を持ってお宅までお送りします」

「酔ってたらごめんね」って可愛く言える赤城さんは上手い。健二が言った「可愛い」を利用するってやり方の見本を見せてもらったみたいだ。
「お詫びにビール代は払います」って言いそうになったよ。


赤城さんとの話がなるべく聞こえるように腕を組み振りをして携帯を口の近くまで上げていたが、覚悟していた場違いな茶々は入らなかった。
まだういろうがどうとかしつこく言ってたから、何も言って来ないって事はつまりは野田を見つけたって事だ。


「健二さん?聞こえてました?野田はまだその辺にいたんですね?」

「ああ、あの野郎は馬酔木が見える店でシレッとハンバーグを食ってやがる」

「見張ってるんですね、あんまり赤城さんを待たせても申し訳ないからさっさと済ませます?」

「そうしよう、完食するのを待ってやる事は無い、さっさとやろうぜ、赤城さんが大丈夫なら葵も出て来い、その店から道路を渡った右側の洋食屋だ」

「了解、すぐに合流します」


自然と携帯をトランシーバーみたいな持ち方にしてる、「了解」なんて普段なら気恥ずかしいが自然と出てくる所が凄い。なり切ってる。

肝心の野田はのんびりとハンバーグを食っているのだから急ぐ事もないのに、パッと店を走り出るとこれまたなり切った健二が電柱に身を隠して「こっち」だと手を振っていた。

隠れている方が目立つと思うけど、横断歩道を渡って健二の隣に行くと……やっぱり隠れてしまうってほぼ遊んでる。

「ついでだから銃でもあれば盛り上がるのにな」って楽しそうに言った健二の言葉を聞いて、ちょっとした探偵ごっこをしてるんだなと納得した。


健二を背中に背負って電柱の陰から頭を出してみる。洋食屋は見えるけど店の中は見えない。

「野田は?」

「ああ、店に乗り込んでやろうと思ったらいいタイミングで席を立ちやがった、多分トイレに行ってるんだと思うけど、どうやら食い終わったらしい、ここは出てくるのを待った方が良さそうだ」
「本当だ…レジに向かってますね、それにしても何だかいい匂いがしますね」

「……腹減ったな……」
「ハンバーグ……食べたい……」

昼にお蕎麦を食べたきりなのだ。
脂の乗った牛肉の焦げる匂いと芳醇なデミグラスソースの匂いが風に乗って鼻腔を擽る。

匂いってその物質の粒子が鼻の粘膜にくっ付くから匂いがすると聞いた事がある。
つまりは鼻で食っているのだ。
ちょっとでも腹が膨れたりしないかなって、クンクンハンバーグを集めているとポンッと頭に手が乗った。
横……じゃ無い、後ろってか上。
見上げると健二がムッと見下ろしていた。
真後ろから見下ろすなっての。

「葵」
「はい?」
「それ椎名に言うなよ、今度俺があの店に連れて来てやるからな」

「何でですか」
「いいから椎名には言うな、何個でも食わしてやるから絶対に椎名に言うなよ、ハンバーグが食べたいんだろ?」

「………食べたいけど…コンビニのハンバーグ弁当でいいです」

ハンバーグが「今」食べれるなら何でもいい、それに赤城さんの勤めるこの辺りは何でも高いのだ。
悠長に昼寝をして一食に何千円も使ってたら明日にでも「借金の合計が700万超えました」って言われそうで怖い。

「殆ど仕事が無いんだからあんまり贅沢しない方がいいと思います」
「ここのハンバーグはきっと美味いぞ、半熟卵とか乗っかってるかもしれないぞ」

「卵……」
「ぐつぐつと煮えたとろっとろのチーズがタラーッと落ちて熱い鉄板にジューッと落ちて芳ばしい香りがふわ~ッと」

「チーズ…」

益々高そう。
高そうだけどそれは確かにコンビニ弁当とは違うかもしれない。

「それは……いつ…」
「シッ、出て来た、葵はちょっと下がって俺の影にいろよ」

散々煽っておいてそれかよ。
そして何故退がれ言ったのか聞く暇は無かった。
カランとカウベルの音がして沢山の窓が付いた木のドアが開くと、健二は躊躇うこともせず足早に近付いて野田の前に立ち塞がった。


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