紫煙のショーティ

うー

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アナタが居なければ

第六話

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「さて、如何様にする」
 体がとてつもなく重たい。まるで体が重りにでもなってしまったようです。フェーゲラインも、ティーゲルもレオンハルトも、皆死んでしまった。目の前の化け物は子供の姿のままですが、何処か歪で肌の色等が緑色になっていました。
「……正直、私一人でアナタを相手に出来る自信はありませんね」
「ならば」
「しかし! 私は黎明の魔女、マリアです。魔帝の右腕にして豪腕のバルトロマイの妻! こんな所で諦めるつもりはありません!」
 やや自暴自棄になりながら、私は腕を組み仁王立ちをしました。魔法を放つ事すら出来ません、体を動かすぐらいしか出来ないのです。
「人間にしては気概のある……この世の理から外れし者よ、我が血肉となり、散るがよい」
 ここにアイリスさえ居れば、なんとかなったのかもしれませんね。
 触手が私の額を貫こうと真っ直ぐ飛んできて、私は目を瞑りました。しかし冷気が感じ取られ、すぐに目を開けると目の前まで迫っていた触手が、氷漬けになっていたのです。
「諦めが早いんじゃないか、黎明の魔女」
 そこに居たのは、クレヴィ監獄に投獄されていたはずのミアでした。十年前のように美しさを取り戻していました。
「……ミア」
「あの後色々と考えた。あいりすならどうしていたか……マリア、貴様はあいりすの友だ……ならば、私の友だ。友を助けぬ者は居ないだろう」
 サーベルを抜き、彼女はゆっくりと私の前に出ました。そして切っ先をアイリスへと姿を戻した化け物に向け彼女が何故、砕氷の魔女と呼ばれるか、その所以を知る事となりました。
 ミアはサーベルを地面に突き刺すと、部屋の中を全て凍らせました。急激に室温を下げていき、部屋には冷気すら漂っていました。水が張っていた事もあり、床も氷漬けとなり、そこは既にミアの領域となっていました
「……あいりすのように上手く出来ればよいが」
 ミアは迫り来る触手の全てを切り落とすか氷漬けにしながら、ゆっくりとアイリスへと近付いていきました。私はミアの本気を見た事がありませんが、どうやら私が思っている以上に彼女は強かったようですね。
 彼女の強さは氷の魔法ではありません、それはあくまで防御、鉄壁の防御。
「マリア、貴様と少し語り合いたかったが、貴様は元の世界に帰るといい!」
「何故それを……」
「貴様がこの世界のマリアでは無いとすぐに分かる。一度逃げたお前が、また戻ってきた、そして神と貴様の発言、知らなくとも分かる」
「また我の邪魔をするか……五百年前と同様に」
 アイリスの触手は更に激しさを増していますが、それを全て防ぐミア、彼女の顔には怒りの表情が作られていました。
「あぁするとも、貴様は私の逆鱗に二つも触れたんだ。一つはあいりすの体を使っていること、もう一つは……貴様、ドラクルを喰ったのだろう?」
「あの竜の娘か……」
「……ふっ、さぞ美味かっただろうな」
 ミアは目を瞑りました。怒りを落ち着かせながら攻撃を捌きつつ距離を縮めていっています。その様はまるで鬼神、ですね。
「故に、私は怒っている!」
 ですが彼女の作ってくれた時間、無駄にする訳にはいきません。この身が砕けようとも、飛び散ろうとも、私は帰るのです。
 頭の中で術の詳細を素早く思い出し、私の持てる知識の全てを総動員させて、それらを魔術式へと変換させていきました。無くなった右腕から流れる血で地面に描きながら、それに魔力を充填させていく。もはや体に魔力など微塵すら残っていません。穴という穴から血が吹き出してきて、全身に倦怠感や猛烈な熱による激痛などが伴い、意識は朦朧とします。あと少し、あと少しだけ持ってください私の体。
 全身の血が半分以上抜けたのではないでしょうか? と思えるほどの血の海を辺りに流しながら、火事場のクソ力と言うのでしょうか? すんなりと魔術式へと当てはめることが出来ました。その代わり凄い膨大な量となりましたがね。
 後はこれを発動するのみ。
「ミア!!」
「私のことは気にせず、還れ!!」
 ぐっ、と奥歯を噛み締めました。見殺しにも近い行為、ですが彼女はその為に時間を稼いでくれたのでしょう。でしたらそれを無駄にするわけにはいきません。
 私は切歯扼腕の思いで術を発動させ、元居た世界に戻れるよう心の底から願うと、次第に目が霞んでいくのが分かります。どうやら成功、したようですかね。
 私が最後に見えたのは、こちらを向いて見たことのない笑顔を浮かべる、正しく氷のような表情が砕けたような笑みを浮かべるミアの姿でした。



 ──南方大陸、ハルワイブ王国、玉座の間──

 ──────声が、聞こえてきます。誰の声でしょうか。男の声、ひどく胸が締め付けられる声、あぁ、そうですか。これは彼の声でしたか。
「マリア!」
 ────目を、開けなくては、目を、覚まさなければ。早く、早く。
「おい! マリア!」
 ──体を、動かさなくては、痛っ。右腕が、燃えるように痛い。
「っ……」
 私は目を開けました。そこはハルワイブ王国の玉座の間の天井。そしてバルトロマイの顔。戻って、こられたのでしょうか。
「おいマリア! 腕どうしちまったんだ!?」
「向こうで……ぅっ……」
 どうやら、あちらの世界で無くした腕はこちらでも反映されていたようですね。しかし、右肩から下を今斬られたように激痛が走ります。
「そ、それより、戦いは……」
「応急処置をしながら話す」
 バルトロマイは玉座の近くにあったハルワイブ王家の紋章が描かれた垂れ幕の一部を破り、それを私の右肩に強く巻き付けながら、一体何が起きたのかを話してくれました。
 私があちらの世界に居たのは、こちらでは数時間ほど、既に死んでいるバルトロマイにはどうやらあの術は通用せず、私を守りながら一人で戦っていたそうです。
 本来なら魔帝軍側の指揮官である私が倒れた事は敗北の意なのですが、どうやら戦乱に乗じてハルワイブの国民が城へと流れ込んできて、帝国軍は総崩れとなり、フェーゲラインとアイ、及び帝国軍は撤退を余儀なくされたそうです。
「帝国を追い出し、ハルワイブを取り戻した。町中がお祭り騒ぎだ」
「そう、ですか……オスカル達は……」
「奴らは報告しに、北方大陸に向かった。オスカルの野郎、さっさと帰りたかったのか小便漏らしそうなガキみてぇにモゾモゾしてやがったぜ」
 良かった、これで何とか南方大陸も手中に収めることが出来ましたね。ですがアイリスが心配ですね。この国を、どうするか。
「バルトロマイ、ありがとうございました」
 私は体を起こしてバルトロマイの肩に顔を乗せました。残りの時間はゆっくりと過ごしたいものですね。あぁ、早くアイリスにもバルトロマイを会わせてあげたい。
「……おう」
 バルトロマイは私の体を徐ろに抱き締めてきました。そうされると自然に目頭が熱くなるのが分かります。
「っ、これで、貴方をちゃん、と、英雄として、ハルワイブの英雄として、贈る事が、出来ますっ」
 私の声は震えていました。それほどに嬉しかったのでしょう、それほどに悔しかったのでしょう。
 まるで子供のように私はバルトロマイに泣き縋り、良かった、良かったと彼の体を片手で抱き締めました。彼はただ優しく私を抱き締めたまま、何も言うことはありませんでした。

 翌日、オスカル達はすぐに戻ってきました。そこにはアイリスの姿もありました。
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