紫煙のショーティ

うー

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二日のフラウ

第一話

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 ──ハルワイブ王国、玉座の間──

「嘘……そんな、バ……バルトロマイさん」
「おうアイリス、噂は聞いてるぞっ、と」
 玉座の間に現れた不機嫌そうなアイリスは、俺の顔を見るやいなや、面食らった表情をしていたがすぐに俺の元へと飛び込んできやがった。そういや、確か別れは良くなかったからな。
「バルトロマイさん……! うあぁぁん!!」
「今まで頑張ってたんだってな? 泣け泣け」
 はっ、可愛らしいじゃねぇか。俺に会えてそんなに嬉しかったのか。だがこんな泣きじゃくってる泣き虫娘だが、魔帝だなんだって呼ばれてんだよなぁ。全くよ、天使の間違いだろうがよ。見る目がねぇな。
「……はぁぁぁ」
「落ち着いたか?」
 数分ほど泣き続けたアイリスだったが、胸の中で息を整えると、あの時と変わらない笑顔を見せてくれた。元気になってくれたなら何よりだな。
「それでアイリス、この国、どうすんだ?」
 俺がそう聞くと活発な笑顔から突然、眉間に皺を寄せて、険しい表情に変わっちまった。まぁ無理もねぇか。なんせアイリスが魔帝様に変えちまった国だ。許せ、と言うのは難しいだろうよ。
「……正直、今すぐここの国民を全員ぶっ殺したいよ。けど、せっかく上手くやったんだから、活用しない手はないよね」
 ほう? 幾分成長したか。昔のアイリスなら感情を優先させていたかもしれねぇってのに。
 だが確かにアイリスの言うことは間違っちゃいねぇ。ここまで上手く、侵略された土地を解放出来た試しなんざ聞いた事もねぇからな。
「でも、それを考えるのは後、今はみんなを休ませたいんだ。オスカルも竜騎兵の皆も、マリアも傷を治さなきゃいけないし」
「まぁ、確かにな」
 アイリスはまた色々話そうね、と再び笑みを浮かべ、瓦礫の撤去などをしているオスカルの元へと走っていっちまった。相変わらず元気な奴だ。
 すれ違ったアイリスと少し話しをした後、こちらの方へと歩いてきた。マリアが玉座の間に入ってきた。マリアは確か医療室で安静のはずじゃねぇのか?
「おいおい、あんま無理すんなよ」
「バルトロマイ、少し宜しいですか」
 いつにも増して真剣な面持ちのマリアは俺の手を掴み、城を囲む外壁の上にまで連れ出してきた。その間、マリアは何も話さず珍しく緊張していた。
 まだ陽が昇って間もない時間だ。
「……どうしたんだよ、こんな所に連れてきて」
「……バルトロマイ……私は……」
 歯切れの悪いマリアは、何かを言いたくても思ったように言葉が出ないのか、頻りに唇をきつく結んでいた。こんなマリアを見るのは初めてだな。
 俺はマリアが言葉を口にするまで、黙っている事にした。何が言いてぇのか。
「私は……その……私は……」
 少し待ってください、とマリアは大きく深呼吸をした。どうやら真面目は話ってのは、かなり真面目な話なようだ。マリアが極度の緊張で目に涙を浮かべるほどだ。
 そして五分ぐらいすると、よし、とこちらを真っ直ぐ見つめてきた。
「私を、貴方の妻にしてください」
 そう、来たか。考えに考えた結論、ってわけか。そうか。
「……マリア、俺は今日と明日しか生きられねぇんだ」
「分かっています」
 分かっている、か。あぁそうだろう。分かっているんだろう。分かった上で、覚悟をした上でこいつはそれを言ってきたんだろう。
「……一つだけ、約束をしてくれるか?」
「はい」
「俺を笑顔で見送ってくれ」
 目を伏せたマリアはゆっくりと頷いた。ならもう何も言わねぇ。俺は強くマリアを抱き締めた。
「私はずっと、ずっと貴方の事を想っていました……ようやく、ようやく結ばれる事が出来ました……」
 満面の笑顔と嬉しい感情が溢れ出た雫がマリアには溜まっていた。それは拭わねぇ、それは拭っちゃいけねぇ涙だ。
「バルトロマイ、今日は一日、町を歩きませんか?」
「あぁ、そうだな。ゆっくりと回ろう、な?」

 ──ハルワイブ王国、城下町──

「何年も居たが、巡回以外で回るのは実はあんまし無かったかもしれねぇな」
 俺達は見慣れたはずの町を、二人で歩いていた。自分で言った通り何年もこの町を見て回ってきたはずだ、だが何かが違ぇ。
「言われてみれば、そんな気がしますね」
「とりあえずだ、義肢装具士でも探しに回るか?」
「いえ、葬儀屋を探しましょう」
「もう死んでるんだが?」
「それは失礼、あまりにも私の才能が凄すぎて、まるで生きている人間のような死体を作ってしまいましてね」
「おうおう、俺の天才妻様は自分の腕一つ生やすことが出来ねぇのか?」
「どうやら私の夫は死に損ないやすい性質のようですね」
 一通りいつも通りのやり取りを交わすが、マリアは俺の事を夫と呼ぶと、次第に頬を赤く染めていった。おいおい、なんだその可愛い反応はよ。
「自分で言っておいて照れてんじゃねぇよ」
「すいません……いざ呼んでみると意外と恥ずかしかったんです」
 照れながら苦笑いをするマリアはいつにも増して穏やかだ。常に魔法の事を考えていたマリアは、どこか気を張っているような感じはあった。だが今はそれが感じ取られない。安心、しているのか。
「それにしても、昨日と違って町が賑やかだな。これぞ南の島ハルワイブ、っつってな」
「やはりこうでなくてはこの国らしくありませんからね」
 町を見て回っているが、帝国に支配される前のハルワイブ王国の姿がここにはあった。喧騒は良い、楽しい気分にさせてくれる。それが俺を殺した奴らの声だとしても、俺は気にもならねぇ。
 国民も最初は俺が現れて戸惑ったり、謝罪をしてきた奴らも居たが、気にすんな気にすんな、とあっけらかんとしていると、次第にいつも通りへと戻っていく。それでいい。
 恨み辛みをねちっこく持ってたって良いことなんざ一つもねぇからな。
「そういや、お前体に魔術式描いてたよな? あれ隻腕になっても発動すんのか?」
「いえ、発動しません。ピースの揃っていないパズルのようなものなので」
 なるほど、分かりやすいな。だがそれならそれで俺は安心出来る。昔から無茶ばかりしてきて、体に直接彫った魔術式なんて、体に良い影響を及ばすわけがねぇ。
 俺には言わねぇだけで、もしかしたら既に異常をきたしている場合すらある。
「……マリアがどんな思いでその魔術式を彫ったのかは知ってるが、あんま無茶してくれんなよ」
「そう、ですね。はい、分かっています」
 本当に分かっているのか怪しい所だ。極度の負け嫌いだからなぁ。昔から誰に対しても、だ。本当に負けず嫌いなんだ。
 俺はふと、マリアの服を見た。あまりそんな時じゃないのは分かってはいるが、少しはオシャレをしてみたらどうなんだ? 魔法使いの正装に拘りすぎている節がある。それを伝えてみると、頭の上にクエスチョンマークでも浮かんでいるかのように、首を傾げてこの服ではいけませんか? と。
「いや、なんつうか、たまには違う服でもどうだって思ってな? 別にそれ以外服を持ってない、ってわけじゃねぇだろう?」
「持ってませんが?」
「……あぁ」
 そうか、そうだったな。マリアは俺が思っている以上に、無頓着だ。衣食住にな。
 着ることも、食べることも、住むことも、魔法の研究と比較するとそれほど大事じゃねぇんだろう。
「この服を着ないと、どうにも落ち着かないんですよ。慣れ親しんだ着心地、というのですかね?」
「まぁ、マリアがそれでいいんならいいんだけどよ」
 これでいいんですよ、と笑みを浮かべたマリアは、腹でも空かしたのか腹の虫が不機嫌だ。
 何も口にしていないのは確かだ。朝食も食べてねぇし、かと言っても昼にするにはまだ早い。軽く食べられるものでも口にしたいが。
「何か食うか?」
「そうですね、やはりハルワイブといえば果実でしょう」
「あぁ、それならいい店を知ってるぜ」
 馴染みの店だ。少ない休日をそこで過ごす事も少なくなかったからな。
 俺達は町の路地を縫うようにして移動し、支配者が変わってもひっそりと、営業中の看板を立てる一つの店に辿り着いた。
「こんな所に……」
 見つけられないのも無理はねぇな。俺も未だにたまに迷うからな。
 中に入るとオスカルと同年代ぐらいの男が、こちらを向いて手を挙げていた。
「やぁ、噂は聞こえてるよバルトロマイ」
「そいつぁ良かった、すまねぇがちょいと果実の盛り合わせでも食わせてくんねぇか?」
「いいけど……そっちの子は初めましてだね」
 マスターはマリアを見て、うっすらと笑みを浮かべた。適当に座っていて、と言うと奥の方へと入っていっちまった。
 カウンターに座ると、マリアは店内を見回した。無機質で白と黒を基調とした壁やインテリアは、シンプルながらも洗練されたスタイルのようにも思えてくる。
「なんだか、落ち着きますね……バルトロマイがこんな店を知っているのがなんだか腹立たしいですが」
「おいおい、俺だって男だぜ? 隠れ家はロマンだろ?」
 数分ほど話していると、奥からマスターが戻ってきた。手には二人分の綺麗に盛られた、数種類の果実の切り身を乗せた皿を持っていた。
「どうぞ、可憐なお嬢さん」
「ふふ、ありがとうございます」
 フルーツフォークが刺さっている果実を取り、マリアはそれを口に運んだ。口に入れた瞬間マリアの顔は綻んだ。
「美味しい……かなり新鮮です」
「貴女の為に用意された果実達だからね」
 マスターはニコニコとクサイセリフを吐く、こいつはそんな事を憚ること無くポイポイと言いまくる。女好きはいつまで経っても治らねぇらしい。
「それでバルトロマイ、この子は君の子供か何かかい?」
 その疑問に俺が答えようと口を開ける前に、マリアが即座にいいえ、妻です、と答えた。その答えにマスターは俺の顔を、疑うような目で見てきた。
 まぁ確かに信じられはしないだろうな。歳が離れすぎている。
「嘘じゃねぇぞ」
「はは、人が悪いね。こんな可憐な奥様が居ただなんて」
「あぁ、他人に見せるのが嫌になるぐらい綺麗な嫁だろう?」
 そんな冗談を言っていると、マリアにフルーツフォークで腕をつつかれちまった。どうやらこの手の冗談には耐性がないようだな。顔が真っ赤だ。
「……それで、今日はお別れでも言いに来たのかい?」
 マスターはグラスを布で拭きながら、ふとそう聞いてきた。いや、問いかけてきたと言うよりかはほとんど断定に近い口調だ。詮索はしないだろうが、処刑されたはずの俺がここに居る、それだけで何となくの事情は察してくれたようだな。
 俺は俯くマリアの頭に手を置きながら頷いた。
「寂しくなるね……なら今日のお代はサービスしておくよ」
「はっ、すまねぇな。マリア、おかわりし放題だぞ」
「……では貰いましょう」
「言ってないけど……まぁいいかな」
 その後、マリアは三回ほどおかわりをして、マスターは涙目になっていた。

 マスターに別れを告げて、俺達はお腹が一杯になったこともあり、昼を食べられる状態では無かった。とは言うものの、さっきの店に入り浸りすぎてもう太陽は傾き始めていた。
 まさか死んだ後にまたこうやってこの町を歩けるなんざ思ってもみなかった。そしてそれが一人じゃない、というのもいい。
「もう、こんな時間なのですね。時間とはなんと無粋なのでしょうか」
「そういうなよ、こうして俺の時間を遡らせてくれたんだ、結構粋かもしれねぇぜ?」
 俺達は城への帰路についていた。町を歩いただけだが、それでもマリアは満足そうに頬を緩ませていた。楽しんでもらえたなら俺も満足だ。
「バルトロマイ、少しこちらを向いてください」
「ん? なん──」
 そう言われてマリアに顔を向けると、マリアは背伸びをしながら俺の口にキスをしてきやがった。照れたような頬を染めるマリアは顔を隠し、そそくさと先を急いだ。
 少し先を歩くマリアの背中を見ながら、俺はこう思ってしまった。
「あぁクソ──死にたくねぇな」
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