紫煙のショーティ

うー

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アナタが居なければ

第五話

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 私にとって魔法や魔術は人を治す為の道具だ。故にそれらが使えなくなったとしても、私を頼ってくる患者が居るのであれば、私は幾らでも助けるだろう。医者として。
 それが私の運命であり楔だ。
「……ままならんものだな……」
「フェーゲライン……!」

 此度の北方大陸へと出兵、少々無理を通した。一度引退した魔法の適性があった兵達を、引っ張って来たことに加え、戦艦ユスティーツの使用、その他色々と。
 レオンハルト少将にも悪い事をした。彼は心を病んでいたが、彼に必要なのは休息では無く紛らわせるモノだ。あのまま監獄に居座れば、いずれ首を吊りかねん。
 私は医者だ。どんな病気でも治さなければならない。それが心の病気だとしても、私は医者だから。
 だからこそ私はここに居る。目の前で傷付きながらも、自らを創造主と名乗り、いじらしい娘の姿をした者と戦っている亜人らや、元の世界に戻ろうと私を頼ってきた黎明の魔女。彼らは私の患者だ。
 約十年ぶりの魔法の使用はやはり体に来るものがある。例えるならば、怪我のリハビリで久しぶりに体を動かした時のような、体の強ばりを覚える。
 ふむ、それにしても旗色が悪い。一般兵では奴の養分にしかならんが故に、撤退させるしかない。だがしかし、どうするかと問われると、私らで何とかするしかないのだろう。幸いな事に魔法は食らうようだからな。
 かと言っても私の魔力も潤沢という訳でもない。ティーゲル大佐と、レオンハルト少将のスタミナも切れてくる頃だろう。マリアに至っては魔法を使わせる訳には行かん。
 私は彼らに目配せをし、一度私より後方に下がるように命じると、神とやらに時間稼ぎのつもりで声をかけた。
「……神、とやら、その娘は貴様にとって、どういう存在だ」
「これは我が依代であり、本来であればこの肉体に意思が宿るなど、あってはならん事なのだ」
 乗ってきたな。ペラペラと喋ってくれるようだが、驚くべきか、そうすべきではないのか。只者ではないと思っていたが、神の依代、か。
 とすると、今の奴は神ではなくアイリスという事になる。何故魔法が通じるのか疑問だったが、そうか。奴は人なのだ。ふっ、幾つか対処法が思い浮かぶ。
「神よ、貴様は余裕が過ぎるのだろうな」
 人の身を依代としているのならば、この術も通用してくれると、ありがたいのだがな。
 私は白衣の内のポケットに挿している白墨を手に取り、大理石の床に魔術式を素早く書きあげた。簡易的な魔術ではあるが、魔術式より前方に対して水を出現させるものだ。元々干ばつ地帯での水源確保を目的として編み出された魔術だが、それを私は攻撃に使う。魔術式より後ろに防壁を張り、一つの箱を作った。アイリスを閉じ込めた箱には、徐々に水が溜まってゆくが、アイリスは水をじっ、と眺めていた。
「……未だ依代を用いなければ顕現することが不可能なのではないか? そして何よりも不可解なのが、十年前に死んだはずのアイリスの肉体が何故現存している? 早急に答えろ、神とやら」
 医者として、命に向き合う者として、死者の肉体を引き摺り回す行為など、断じて許すべき事ではない。許せるはずがないだろう。死んだ肉体は元には戻らない。一時的に元の形へと戻すことは出来るかもしれないが、それは更なる悲しみを産むだけだ。機能が停止した肉体が再び動いている事など、私からすれば許されざる事だ。
「我は創造主、朽ちた身体を再び創り直す事など容易いのだ」
「──ならば再び朽ちらせるまでだ」
 魔術式への魔力充填速度を急激に上げ、水の放出量を増やしていくと、水嵩の上がる速度が早くなっていく。既にアイリスの膝部分まで溜まっていた。
 だがこの状態もいつまで続くかはわからん。術を発動するなら今しかあるまい。
「マリア、例の術は頭に入っているか」
「えぇ、もちろんですとも」
 ならば準備をしろ、と私はマリアからアイリスへと向き直した。その瞬間、アイリスは不敵な笑みと共に行動を始めた。
「何をするかは知らんが……止めさせてもらおう」
 アイリスは腕を触手へと変化させると、防壁を突き破りマリアの体に巻き付けようとした。
 しかし、彼女にはティーゲル大佐とレオンハルト少将が付いている。触手を斬り落とし、マリアの少し前へと出たのだ。
「ティーゲル大佐、レオンハルト少将、術の発動までマリアを守れ。私はあの娘を引き付けておく」
 戦う事でこの道具に頼るとは思わなかったが、今しがた頼るとしようか。
 白衣の内側にメスを多数仕込んでいる。それを両手に三本ずつ挟み込み、私は防壁に空いた穴に対して投げ付けた。歳はとったとは言え、自信はあった。メスは穴を通ってアイリスの額に刺さってゆく。だが、動じない。
「児戯だ。我には効かんぞ。もう諦めるが良い」
「ふっ、効かんか……だが諦めるのはもうコリゴリなのだ」
 諦めるという言葉は嫌いだ。私は一度諦めてしまったから、二度と諦めるという愚かな行為は出来ない。
 それにしても、アイリスは何を待っている。まるで何もしてこない。先程の攻撃と言い、こちらを殺そうとはしてこない。一体、何を──
 動じない相手に数分ほど刃を投げ付けていると、背後で強大な魔力の動きが感じ取られた。隙を見て振り返ると、マリアが発動準備を終え、こちらに目配せをしていた。
「マリア! 貴様は帰れ!」
「はい!」
「ようやくか……」
 マリアが術を発動しようとしたその時、アイリスは動いた。水のせいで足元が見えなくなっており、私は失念していた。奴の体は伸ばせるということを。そして防壁は地面の中には張っていないという事だ。
「未だ我が身は不完全だ。自然に流れてくる魂だけでは、到底遅すぎるのだ。故に……その膨大な魔力を頂こう」
 マリアの足元から奴の触手が生え、彼女の身を拘束し高く持ち上げられると、マリアの頭に巻き付けて魔力を吸い取っているのか、赤黒い光がマリアから触手へと動いているのが分かる。
「ティーゲル! 飛ばせぇ!」
「応よ!」
 レオンハルト少将とティーゲル大佐が連携して触手を切り落としたのは良かった。だがその時には既にマリアの中にある魔力は、極限まで吸い取られていたのだろう。荒い息に虚ろな眼、魔力欠乏症の典型的初期症状だ。
「あぁ……純粋だ。純然たる魔力、素晴らしい……ここまで混じりけのない魔力も珍しい」
 恍惚とした笑みを浮かべるアイリスを横目に、私はマリアの元へと駆け寄り、自身の魔力をマリアに流し始めた。初期症状の状態ならばまだ手遅れではない。
「レオンハルト少将、ティーゲル大佐、少し間を稼げ」
「了解」
 両名にそう命令した。しかし、二人は魔力を吸い取ったアイリスによって、奴のより鋭く、より素早くなった触手によって腹部を貫通され、その場に倒れたのだ。
「……貴様……」
 その光景を見た私は、私らしからずに、酷く憤慨した。自身では、冷静な方だと思っていたのだがね。
 マリアへの処置を終えた私は立ち上がり、手にメスを握り締めた。
「医者が忙しいのは、あまり宜しくない。本来なら医者と軍人は暇なぐらいが丁度いいというのに」
「憤怒しているか」
「そのようだ……柄にも無い、全く、感情とは……邪魔なものだ!」
 噴出する魔力を抑えながら、その溢れ出る魔力全てをメスに与えて、アイリスに向けて投げ付けた。奴は先程と同じくただのメスだと思ったのか、避ける素振りすら見せずにそのまま、額へと突き刺さるのを許容した。だが、私は怒っている。ただの攻撃をするはずかないだろう。
「慢心が過ぎるようだな、神よ」
 私のメスには一つ一つにとある術式が施されている。あまり使いたくはないものだが、今回ばかりは仕方がない。魔力を充填させると、衝撃によって対象物を爆発させる代物だ。
「何人、何十人、何百人、何千人、何万人、何十万人、何百万人、何千万人、何億万人の魂をその身に宿しているかは知らんが、貴様は私が殺そう……何回でも殺そう、それでも貴様が死なんとしても、私が殺そう。痛みはあるのだろう? 神とやら」
 アイリスは何度でも体を再生させる。しかし、そんな事は関係のないことだ。何回でも木っ端微塵にしてやろう。何回でも肉片へと変えてやろう。何回でも、殺してやろう。
「貴様はマリアから魔力を吸収し強くなった、見たところ再生も早くなっている……だが、無限に再生など出来るはずがない。例え貴様が神であろうとな、だから殺し続ける。何度でも」
 少しずつだがアイリスの再生速度が落ちてきているようにも見える。その肉体を維持するのはさぞかし大変なのだろうな。
「っ……」
 アイリスの歪んだ顔が見えてきたな。体の維持が出来なくなるのは、もう少しと言ったところか? だが奴の本体を殺す事は出来るのだろうか。封印されていたんだ、殺す事が出来なかったのだろう。五百年前の魔帝でさえな。
「貴様は何処が悪いのだ? 頭か? 鼻か? 喉か? 腹か? 私は医者だ。どれ治してやろう。処方箋をくれてやろう」
 挙げていく部位に再生する度にメスを刺していく、どうせ死にはしない。
 しかし、腹部から爆発させ、再生するかと思いきやアイリスに変化が現れた。再生が追い付かないのか、徐々に体の形が歪になっていったのだ。そろそろ限界なようだ。
 その時、一本の触手が私の頭部を掠めた。その際、何か違和感を覚えた。何かはわからない。魔力を吸い取ろうとしたのだろうか?
「……そうか、汝は子を失ったのか」
「何……?」
 何故それを──そう驚愕しつつ、メスを投げようとした。だが、奴の体はアイリスから姿を変えたのだ。
「リリー……!」
 幼くして未熟だった私のせいで死んでしまった愛娘、その姿に私は動きを止めてしまった。偽物だとは理解していても、自身の娘を傷付けられる親が何処に居ようか。
 隙を見せてしまった私は、胸の中心を触手によって貫かれた。そうか、終いか。
「汝の血から、記憶を読み取らせてもらった」
「……ままならんものだ」
「フェーゲライン!」
 目を覚ましていたらしいマリアは、重いであろう体を引きずりながら、血を流す私に近付いてきた。
「すまない……元の世界に戻す事が出来ずに……」
「……私は大丈夫ですよ……なんとかしますから」
 ふっ、逞しい女だ。さて、目も見えなくなってきたな。本当にここまでか、医者として初めて命を奪ってしまった娘に、医者として最期を見届けられる、か。満足では無いが満更でもない人生だった。
 さらばだ、我が人生──
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