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第3章

3-41 チャレンジングな少年

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【前回のあらすじ】
 祭りまで時間があるので、鎌倉・小町通りのカフェに入ったリユと美那、ルーシーの3人。そこで、ルーシーが美那の言っていたカワサキZの小説を読みたいと言い出す。美那が困った顔を見せるも、検索して読み始めるルーシー。リユは自分の小説を無心に読むその姿に嬉しさを感じる。ルーシーはこれは両片思いの話なのかとふたりに問いかける。
※今回バスケのシュート・チャレンジ・イベントでDJが登場しますが、マイクを通したアナウンスは〈 〉でくくって表記します。



 15時に始まった祭りは、割とおごそかなもので、祭りというよりは神事しんじという感じ。まずは、地味にカラフルな衣装いしょうを着た7人の神職しんしょくさんたちが池に向かってなにやら儀式ぎしきを行う「夏越なごしはらえ」がおこなわれる。これは、半年分の悪いことをおはらいする意味があるらしい。
 それが終わると、稲藁いなわらみたいなものをひねるようにたばねた〝〟というのを、神職さんたちが、何らかの決まった順序でくぐっていく。
 最後は、舞殿まいどのという屋根付きの屋外の舞台で、巫女みこさんたちがまいを披露する「夏越なごしまい」。俺と美那は、こんなものかぁ、って感じだけど、ルーシーは、「ビューティフル」とか「エキゾチック」とか時々声を上げながら、瞳を輝かせている。完全に乙女状態。出会いは文学少女で、2度目はバスケ女子、今日は乙女だ。なんか、ルーシーはいろんな表情を見せてくれるな。
 儀式が終わると、一般の参拝者も「茅の輪くぐり」が出来たので、俺たちも手順を教わりながら、やってみる。くぐったからといって、何かが変わった感じもしないけど。でも、まあ、なんか気が軽くなった気はする。

 境内けいだいの参道に並ぶ、木の棒に四角い提灯ちょうちんみたいなものを付けた「ぼんぼり」は、日暮れ頃に火がともされるというので、本殿ほんでんにお参りをしてから、一度境内を出て、近場の甘味処かんみどころで、わらび餅とお茶。ルーシーの口には合わなかったようで、ちょっと微妙な顔をしている。
「ウーン、なにか、不思議な味です」
「ごめんね。あんまり好きじゃないみたいで」
「アー、そうですね、でも、いい体験です。面白いです。それより、さきほどのセレモニー——儀式ですか? 着物がとてもキレイで、素敵でした。あれは、昔の人が着ていた服でしょうか?」
「どうなんだろ。わかる、リユ?」
「いや、俺も知らない。神社の神主かんぬしさんとかは普段からあんな格好だよな」
 ちょっとネットで調べてみる。
「正確かどうかわかんないけど、どうも平安時代の貴族の服装みたいだな」
「そうなんだ。ルーシー、わかる?」
「貴族は、昔の、身分の、高い、人、ですね?」
「うん、そう」と美那。
「ヘイアンジダイはなんですか?」
「なんて説明したらいいんだろ。リユ、うまく説明できる?」
「うーん、そうだな……アー、ワン・オブ・ヒストリカル・ピリオド。アバウト・ア・サウザンド・イヤー・アゴー(歴史の時期。1000年前)。ベーリー・ピースフル・タイム(とても平和な時代)。そして、源氏物語ゲンジモノガタリが書かれた時代」
 俺は、それらしい言葉を並べてみる。最後は日本語だけど。
「オー、ヒカル・ゲンジ! 昔のイケメンですね。ヤー、わかりました。すごく、昔の、服装なのですね」
 おー、やった、通じたっぽい。それにしても、日本のことを英語で説明するのって、結構大変。
 ふと気がつくと、隣の美那がちょっと尊敬のまなざしで見てるし。しかも、今日は一段とキレイだし。
「え、なに?」と、俺はえていてみる。
「え、あ、うん、リユ、すごいな、って思って」
 やっぱ、そうか! ちょっと、うれしい。
「そうです、リユは、すごいです。とても、わかりやすい、説明、です。お箸の、使い方も、わかりやすかったです。ペギーに、同じように、教えてみたら、ペギーも、かなり、上手じょうずに、なりました。テッドも、です。ジャックは、まだ苦戦しています」
 そう言ってルーシーが俺に笑いかける。
「あ、うん、よかった」
 俺は照れまくりだ!

 ぼんぼり祭りが始まる頃を見計みはからって、境内に戻る。
 昼間の儀式の時よりもずっと人が多くなっている。
 それぞれの〝ぼんぼり〟には、有名人とかが絵とか書とかを描いている。それが内側の、たぶんロウソクの光で浮かび上がる。
 だけど、ルーシーと出会わなかったら、こんな祭りを知らないまま過ごしていたんだろうなと思って、なんか不思議な気持ちだ。
 ただ、俺は今、ちょっとそわそわしている。
 そろそろ7時。例のバスケ・シュートイベントの受付はもう始まっている。受付終了は午後8時だ。
 さっきちょっと移動方法を調べたら、どうもタクシーは近距離は使えそうになくて、バスも不便そう。若干じゃっかん歩きが入るけど、江ノ電を使うのが、一番確実っぽい。
「美那、ちょっといいか?」
「え、なに?」
 俺は、由比ヶ浜への移動について、美那に説明する。
「あ、タクシーは使えないっぽいんだ。じゃ、もう行った方がいいね」
「ああ」
 今度は美那がルーシーに伝える。
「オー、そうです、次はショット・パーティーです。行きましょう!」
 ルーシーも超ノリ気だし。
 鎌倉駅に戻って、レトロな江ノ電に乗る。由比ヶ浜駅で降りて、住宅地の中を歩いていく。
 数分行ったところを右に曲がると、ちょっと視界がひらけて、そのまま海の方に歩いていくと、右手に会場のスポーツ広場が!
 そこは照明で明るくなっているし、DJ風のアナウンスと会場の盛り上がりの声が、少し離れたところからも聞こえてくる。
 参加料無料だし、なんか音楽も鳴ってるし、引き寄せられるように人が入っていく。
「うわ、結構盛り上がってるみたいね」と美那。
「わたし、興奮、してきました」とルーシー。
 会場に到着すると、30人ほどの行列ができている。
 受付の近くに、昼間、ちらしをくれたおじさんがいた。
「お、君は、昼間の」
「あ、はい」
「もしかして、友達って、この浴衣ゆかたの美女、ふたり?」
「ええ」
「じゃあ、頑張んないとな」
「はい」
 受付では、簡単な自己紹介文を書かせられる。見ていると、投げる前に、DJに読まれるらしい。
 適当に、「カイリーユ 、16歳。バスケ歴2ヶ月」と書く。
 順番待ちの列に入ってから気づいたけど、ボールはなんと3x3用も選べるみたいだ!
 見ていると、やっぱ、パーフェクトは難しいっぽい。特に3ポイントシュートは。
「ねえ、わたし、あのクマのぬいぐるみが欲しい」
 美那が突然、俺の耳許みみもとで言う。
 クマのぬいぐるみ?
「え、なに、賞品? どこ?」
「ほら、あそこ。受付の横」
 ちらしをくれたおじさんと話したりして、気がつかなかった。
 身長50cmくらいの、確かに結構可愛いクマさん。他にも五千円から一万円くらいしそうな家電とかある。
 フリースローラインからの方は、身長30cmくらいのパンダとか、もうちょっと安めの家電だ。
 つまり、3Pを2本はハードルが高いってこと。
「え、まじで? あれ、3Pシュート用の賞品じゃん」
「リユは、3Pで行くでしょ?」
「え、難しくね?」
「リユなら、きっとできます」とルーシー。
「ね、お願い」
「わかった」
 ま、ダメ元だな。いや、そういう気構えじゃ、ダメだ。前田俊との試合だと思って、気合い入れていくか。
〈お、次は、バスケ歴10年のキノハタさん。本日、3人目の3P狙いダァ!〉
 と、DJが叫ぶ。
 って、まだ3人目かよ。
〈3Pはまだ、成功者ゼロだよ。さあ、キノハナさん、最初の成功者になれるかぁー?〉
 DJのあおりが入る。
 なんか、美那とに行った3on3のプロの試合を思い出すな。
「そういやさ、俺たちが出る大会って、こういうDJとか無いよな?」
「予選を勝ち上がった準決勝からは、DJ付きらしいよ」
「まじか」
「こういうのもいい練習じゃん」
「ま、そうだけど……」
 いや、動画を観てても、3x3の18歳以下の全日本選手権でもDJみたいのあったからなぁ。やっぱ、あるのか。
 そうこうしているうちに、俺たちの順番に。
 まずは、美那からだ。
〈お次は、浴衣の美少女だ! えー、ミナ、17歳、カイリーユ ? ラブ? ん、このカイリーユってのはなんでしょうか。ま、いいか。行ってみよ。ミーナァー!〉
 マジか。なんだよ、「カイリーユ 、ラブ」って。カイリーならわかるけど。
 え、ちょっと待てよ。
 ヤバ。俺、自分の自己紹介文にカイリーユって書いちゃったじゃん!
 美那は3x3のボールを選んだ。
 まずは1投目。
 ゴールの正面だけ、板が敷き詰められていて、一応たいらになっている。周りは土のグラウンド。
 一度だけボールを突くと、ちょっと投げにくそうに美那がシュートを放つ。
 決まった!
 会場からも拍手や歓声が上がる。
〈おー、浴衣美少女のミナちゃん、1投目は成功! フォームもきれいだぁっ!〉
 DJもノリがいい。
 2投目。
 これも成功。
〈おお、すっげえ。浴衣で投げにくそうにしながらも、2本目も決めた! さあ、あと1本で賞品ゲットだ。3本目が決まったら、インタビューさせてもらうよぅ!〉
 まじ、インタビューとかもあるのかよ……。
 3投目は、リングには当たったものの、手前に弾かれる。
〈おー、残念、無念。インタビューしたかったのにぃ! って、趣味丸出しで、すみません。〉
 会場から、笑いが漏れる。そして、大きな拍手。
 美那も手を上げて、応える。
「ルーシー、頑張って!」
 美那が戻ってきて、ルーシーに声を掛ける。
「もちろん、です」
〈続きまして、なんと、金髪の浴衣美人だぁ。ルーシーさん、アメリカ人です。ミナちゃんとカイリーユくんのともだち、ですかぁ。カイリーユくんって、誰なんでしょうか? さあ、ルーシーさんは、どんなシュートを見せてくれるのか。〉
 ルーシーも気合が入っているのがわかる。
 フリースローラインからの1投目。
 奥側のリングに当たりながらも、ボールは中に落ちる。
〈ワァーオ、やった。1投目は決めました。こちらも、なかなかビューティフルなフォームだ。さあ、2投目は?〉
 2投目は、浴衣のそでが邪魔になって、ボールはリングに届かず……。
〈ああ、残念。こちらもインタビューしたかったのにぃ! って、俺、英語、あんま話せないんだけど。〉
「大丈夫、です。日本語、少し話せます」と、ルーシーが反応する。
〈マジかっ。惜しかったです。でも、参加してくれて、ありがとうぅぅっつ!〉
 会場から、盛大な拍手が起こる。
 で、いよいよ俺の番。当然、3x3用のボールだ。
〈さあ、お次は……お、彼が噂のカイリーユくん、16歳です。うらやましいねぇ、浴衣美少女のミナちゃんから、愛の告白までされて! さ、カイリーユ・ラブは、お、なぁあんと、3Pに挑戦。え、バスケ歴2ヶ月? これまたチャレンジングな少年だ。この果敢かかんさが、彼女のハートを射止いとめたのでしょうか?〉
 いや、DJさん。告白されてねえし、射止めてもねえし。ま、チャレンジングなのは確かだけど。
 このシチュエーション、めちゃ、緊張するんだけど。
「カイリーユっ!」
 美那の声援が飛んでくる。
 そしたら、なんか、急に気持ちが落ち着いた。
 よし、1投目。
〈おお、これはいい軌道だ。入るかぁ? 入ったぁぁ!〉
 うっっし。思わず、小さくガッツポーズしてしまう。
〈やるねぇ、カイリーユくん。バスケ歴2ヶ月とかほんとかなぁ。次を入れれば、本日初の3Pの成功者だ。カイリーユくん、自信のほどは?〉
 って、インタビュー、ここで入れてくんなよ、DJ。
 俺は適当にサムアップでこたえる。
〈お、自信、あるみたいだね。よし、じゃあ、行ってみようかぁ!〉
「カイリーユ!」
 またまた、美那の声援。なんか、精一杯の声をくれてる。
 ほっ、と心が落ち着く。なんだろ、これ。
 俺は、サスケコートにいるみたいに、力を抜いて、スッと、黄色に青の帯と赤のラインが入ったお馴染なじみの3x3のボールを投げた。
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