苺のクリームケーキを食べるあなた

喜楽直人

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本編

第二十四話 その灰色の瞳に映るもの

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 父親は自分のせいで娘を目の敵にしている相手に嫁に行く羽目になったことを悔やんでも悔やみきれない様子であったが、商人としての信条である『契約は絶対』という言葉を曲げられずに反対できずにいるが、母親と弟は今も泣いて嫌がっている。

魔法使いウィザード様には感謝しているわ。けれども、だからってなんでサリがあの人と結婚しなくてはいけないの? サリを愛している訳でもない癖に!』

 サリが母親からドレスを借りられないのは、サイズに関してのこともあるが、それ以前の問題として多分貸すことすら渋られることが分かっているからだ。

 家族の誰にも祝福されず、当然6月でもなく、もちろん新郎からオレンジのブーケなど望むべくもない。

 ないない尽くしのサリの結婚。

「ドレスを借りるのは、最後の項目に当たります。一般的なレンタルとはまったく違います」 

 当然だが家族から反対されているので親族からドレスを借りられる訳もない。
 だからサリは、借りた事にして古着屋でも廻ろうと考えていた。それ位、自棄っぱちであった。

「なるほど、借りれば縁起を担ぐことまでできる訳だ。それも、幸せな結婚とする為のね」

 フリッツにまた鼻で笑い飛ばされると思ったサリは、手に持った書類から視線を外さないようにしたまま身を固くした。

 沈黙が、辺りに漂う。

 絶対に何か言われると思っていたにもかかわらず教授が何も言おうとしないので、サリはそっと視線を上げた。

 灰色の瞳が、まっすぐにサリを見つめていた。

 これまでのような、どこか嘲るような皮肉気な色をまったく乗せていない、澄んだ眼差し。

 サリは、なぜだか突然、猛烈に口の中がカラカラになった。
 何か言わねば。
 このまま沈黙の中でこの瞳に見つめられていたら、自分はとんでもないことを口にしてしまいそうだ。

「あの……」

「君は、僕が思っていたよりずっと、優秀なんだな」

「え?」

「いや。何でもない。続けてくれ給え」

 教授が軽く手を振り、会話の続きを促した。
 会話といっても、プレゼンもしくは聞き取り調査とでもいうべき問答だ。
 婚約者らしい交流のそれとは全くの別物だ。

 サリは、長く息を吐いて、入り過ぎていた肩の力を抜いた。
 そうして顔を上げた表情は、最初にこの会話を始めた時と同じヴォーン商会の一員として働く者のそれであった。

「はい。……それでは、私のドレスは親族に聞いてみます。父方ならば私と背丈の変わらない花嫁もいたでしょうから」

「あぁ。いや、待ってくれ。ドレスに関しては、心当たりがある」

 どくん。サリの心臓が、厭な音を立てた。

 先ほど、教授は前の婚約者であるマリアンヌ嬢のドレスはすでに制作に着手していたと言っていたのではなかっただろうか。

 婚姻式に身に纏うドレスまでもが身代わりとして与えられる屈辱に震える。
 サリ自身も自分の中にあったと知らない、気付かなかった、17歳という多感で感受性の強い時期にある少女らしさが表に溢れ出していく。

「そんなっ。いや。厭です、幾らなんでも酷すぎます」

 突然、激しい拒絶を表わしたサリに、フリッツは驚いた。

「どうしたんだ、突然」

「厭です。マリアンヌ様が着る予定だったドレスは着たくありません」

 唐突な批難。その言葉の内容に、フリッツが目を剣呑に光らせた。
 その冷たい瞳に、サリが震え出す。

「……僕が、そんな非道なことをするような男だと思うのか」

 抑揚の少ない、けれどもよく通る声。
 サリは、懸命に言葉を探して言い連ねた。

「でも……だって、教授はマリアンヌ様を、今でも思われていて……でも、駄目になったから、私は身代わりで。ドレスも」

「馬鹿な。僕はそんな事はしない!」

 サリは気が付いていないようだったが、フリッツはサリの言葉に憤慨するよりも、そんなことを言いそうだと判断を下された事、その衝撃が彼の脳天を貫いていた。

「でも、結婚は身代わりを求めたわ」

 ふたりの間に、沈黙が戻った。
 それは、お互いが怒りにも似た衝動で言葉で相手を傷つけあうことを鎮めるのには十分の重さと時間を持っていた。

 その沈黙を破ったのはフリッツだった。

「それは……あぁそうだ。けれど、前の婚約者の為に用意したドレスを着せようとは思わない。僕は金なら持っているし、妻になる女性にそのような仕打ちをする男ではない。そういえば、君はあの時、この婚姻式に関してすべての資金を持つといったような事を言っていたが、それに関しては否定させて貰おう。この婚姻に関して必要な費用はすべて当アーベル=フリッツ伯爵家で出す。君にはその差配、取り仕切りをして貰うだけだ。そうして、金に糸目をつける必要は、まったくない」

 ギリギリと歯を食いしばるようにして紡がれていく言葉の端々に、サリの言葉は教授のプライドを傷つけたのだと感じられ、身が竦む。

「…………はい。それは、たいへん失礼致しました」

 サリは、ぐっと下唇と噛みしめて俯いた。


「今はここまでにしよう。午後の授業に遅れる。ヴォーン准男爵家には使いを出す。授業が終わったら、少し付き合って欲しいところがある」



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