苺のクリームケーキを食べるあなた

メカ喜楽直人

文字の大きさ
上 下
24 / 50
本編

第二十三話 サムシングフォー

しおりを挟む



「式に関してなにかイメージのようなものはありますか。花が沢山使われている方がいいとか、有名な歌手を呼んでお祝いに歌を歌って欲しいとか」

「シンプルなものがいい。ただし金に糸目はつけないで欲しい」

「かしこまりました。シンプルかつ上質を目指します。式の後のお食事は、ご友人や遠戚の方々には立食、ご家族や賓客の方々にはフルコースを饗するのが一般的ですが」

「ではそれで。だが招待客はそれほど多くないぞ」

「しかし、大聖堂での挙式で招待客の規模が小さいというのは聞いたことがございません。家族のみというのは許されるのですか?」

「……最低規模を確認して連絡して欲しい」

「かしこまりました。では、最低規模を確認した上で、招待客のリストを練り直すことに致しましょう。両家で半々の人数ということで宜しいでしょうか」

「あぁ」

「かしこまりました。では次に、新郎様のご衣裳についてですが、アーベル=シーラン家の執事に確認したところ普段から当ヴォーン商会の工房をご利用戴いているそうですね。ありがとうございます」

 サリが深々と頭を下げると、フリッツは怪訝な顔をしてそれを否定した。

「いや、僕はいつもフレデリカの工房を使っている」
「はい。フレデリカドレス工房へは当ヴォーン商会が出資しております。取り扱っている布やレースなども全て当商会からの納入です」

「……そうなのか。ならいい。続けてくれ給え」

 教授が手元にある書類へと目線を戻した。
 大きな身体を再び椅子へと預けた瞬間、ぎしっと鈍い音がした。
 仕立てのいいスーツ、ピカピカの革靴。
 足を組んで書類を読むなんて、行儀悪く見えてもいい筈なのに、サリの目の前にいる教授プロフェッサーは、そんな傲慢な態度であっても、姿勢が良くてつい目が惹かれてしまう。

 サリは強引に自分の視線を教授から剥がすと、手にしたチェックシートを読み上げた。

 時間も無いのでどうにかして学園で教授を捕まえて放課後にでも時間を貰おうと思っていたのだけれど、教授の方から誘って貰えて助かった。

「はい。つきましてはお色や型のご希望を承った上でデザイン画を作成し、OKが出た時点で工房でお預かりしている新郎様の採寸データを基に仮縫いまで済ませてしまおうと思っております。よろしいでしょうか」

「新郎の服なんか、新婦のドレスに合わせる物じゃないのか」

「はい。今からでは時間が足りないので、新郎の衣装に合いそうな既製品に加工を施そうかと考えております」

「既製品……そういえば、マリアンヌもウェディングドレスを仕立てるには時間が必要だと言っていたな」

 マリアンヌ、という名前をフリッツがなにげなく呟いた。
 その一瞬だけ、それまで完全にビジネス対応であったサリの眉がきゅっと中央へ寄った。
 しかし書類から目を離す事すらしないフリッツがそれに気付くことは無かった。

「既製品がお気に召さないようであれば、親族の中で誰かウェディングドレスを貸してくれる者を探してみます。残念ながら、母のドレスは私には大きすぎて無理なのです」

 サリの母親はサリより頭一つ分背が高かった。父であるヴォーン准男爵より高いのだ。ほっそりとした体つきと小作りな顔立ち、なにより青い瞳は母親そっくりだったが、背の低さだけは父方の家系が出たのだ。

 それだけ身長差があると、スカートの裾を軽く抓んでお直し程度ではどうにもならない。一度綺麗に解いてひとつひとつのパーツを洗い直してから縫い直す必要が出てくるので、新たに仕立てるよりもずっと時間が掛かってしまうのだ。

「借りる……一生に一度のドレスを、レンタルで済まそうというのか」

 フリッツは借りたもので済ますことにも拒否感があるようだった。

 今からでも新しいドレスを仕立てることはできるかもしれないが、作るにしても余程シンプルなデザインのものになるだろう。
 生地も扱いの難しい練り絹やチュールレースなどを使うことが出来なくなる。細やかな刺繍など以ての外だ。

 サリは、荘厳な大聖堂に敷かれた赤い絨毯の上を、練習作の様な生成りの木綿でできたドレスを着て歩く自分を思い描いて慌てて頭を振った。

 フレデリカがデザインしたならば、たとえ使う生地がただの生成りの木綿であったとしても、サリの想像したような野暮ったいドレスはあり得ないだろう。
 それでも。一生に一度の結婚式に、やっつけ仕事のように仕立てられたドレスを着て挑まなければならないことが酷く苦かった。

「レンタルとは違いますね。サムシングフォーはご存じありませんか? 幸せな結婚になる為の古くから伝わるオマジナイです」

 サリは、相談内容を纏めたチェックシートをテーブルに置いた。
 ランチはすでに食べ終わっていて、サリの焼いてきた苺のパウンドケーキと今は珈琲がそこに置かれている。
 最初は食べながら確認を進めようと思っていたのだが、さすがに食べている最中にメモを残すのは不作法すぎるとふたりで食べることに専念したのだった。

 ランチを取る教授の所作は綺麗で、サリはこっそりとそれを盗み見るだけで胸がいっぱいでなかなか食事が捗らなかった。

 勿論、苺のクリームケーキを見つめる時のように、あの灰色の瞳が優しく色を変える訳ではなかった。

 それでも、ふたりきりで食事を取ったのはある意味初めての事で、サリは十分浮かれてしまったのだ。

 まさか、食べ終わった途端、フリッツが書類から視線を外しもせずに「確認事項があるなら聞いてくれ給え。何でも答えよう」などと突き放されるとは思いもしなかったが。

 サリはちいさく息を吐くと、「明るい接客。よし」と小さな声で気合を入れ直し、説明を始めた。


「『何か古い物』子々孫々血を繋いでいる証そして未来へと引き継いでいくものを表します。貴族家の方々ですと代々伝わるヴェールやネックレスなどの宝飾品が多いようですね。『何か新しい物』これから始まる新しい暮らしの象徴です。白い長手袋が一般的だとされていますが決まっている訳ではありません。ただし色は白いものを用意します。『何か青い物』青は純潔を表わすとされています。新婦の衣装は白と決まっていますから、ドレスの内側に小さな青いリボンや宝石などを縫い付けるんです。そして『何か借りたもの』これは幸せな結婚生活を送っている友人や隣人から、何か借りて身に着けます。ハンカチやリボン。ちいさなアクセサリーが多いです」

 そこまで一気に説明をする。

 “6月の花嫁は幸せになれる”
 “ブーケは新郎から贈られるオレンジの花”
 “サムシングフォー”

 多分これ等は全てこの国の女の子なら誰でも知っているお話だ。
 けれどもサリは、その内のひとつも叶えられないに違いなかった。



しおりを挟む
表紙イラストは束原ミヤコ様(@arisuthia1)から頂きました。ありがとうございます♡
感想 0

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

夫は私を愛してくれない

はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」 「…ああ。ご苦労様」 彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。 二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

初恋の相手と結ばれて幸せですか?

豆狸
恋愛
その日、学園に現れた転校生は私の婚約者の幼馴染で──初恋の相手でした。

処理中です...