上 下
636 / 837
第七部:古き者たちの都

力技で乾ドック

しおりを挟む

「どちらの魔法も人前で使う訳には行きませんから、ちょっと仕入れの段取りを工夫しないと行けませんけど、運搬そのものは問題ありません。ただ、俺もシンシアも部材の買い付けは知識も経験もないので、そこは船長かオルセンさんあたりに一緒に来て貰う必要がありますね」

「承知致しました。では、この場はオルセンに任せて私めが仕入れに同道いたしましょう。これでも船具屋の息子ですからな」
「ああ、そう仰ってましたよね!」
「はい。それと必要な資材については、船大工のスミスにも意見を出させたく思います」
「じゃあそれで。どんな風に見た目を変えるのが良いかは、シンシアと話し合って貰えますか?」
「はっ、承知致しました」

「なあ船長、船底の補修ついでに色も塗り替えるんなら、セイリオス号は完全に陸の上に上げちまった方がいいよな?」

アプレイスが空気を読んで、自分から陸揚げを提案してくれた。

「左様でございますなドラゴンさま。お手伝い頂ける事を期待してよろしいでしょうか?」
「そりゃもちろんだ。作業の段取りが決まったら教えてくれ」
「恐縮でございます」

おっと、先に陸上に『船を載せる架台』を作っておかないと、そのまま置いたのでは船体がゴロンと横倒しになってしまうよな?
島には大きな森もあるし、ガオケルムで伐採した木材を革袋に収納して運搬すれば、架台の材料には困らないだろう。

++++++++++

その後は船大工のスミスさんも交えて色々な段取りを詰め、どんな『架台』を作ればいいのか、そのために必要な材料は何か、おおよその目処を立てた。

早速、一人で島の奥まで飛んで森の様子を調べてみると、平坦部の森は針葉樹が多いけど、場所によってはオーク《ナラ》のような広葉樹も豊富で、なにかと木材には困らなそうだ。
山裾から流れ出している小川が森の中央に集まって沼地を作っているから、それなりに雨も降るのだろう。

念のために森のあちらこちらで様子を窺ったけど、コリガン族もピクシー族も住んでいる気配は無い。
大陸から遠く離れたこんな無人島に彼らが流れ着いてるとは思えないけど、エンジュの森といいアトルの森といい彼らとの出会いは予想外だったし、二度あることは三度あるって言うからな!

森に人族住民の気配や痕跡が無いことを確認してから、真っ直ぐに育った針葉樹を選んで伐採していく。
人の手が一度も入ったことが無い原生林は大木の宝庫だ。
枝も払って丸太状態にした大木を、そのまま革袋にスルスルと収納していったけど、一番大きな丸太なんてメインマストが作れそうな太さがあるな。

これは切ったばかりの『生木』だからマストには使えないだろうけど、イザとなったら、この森にある木材で帆船の数隻くらいは楽に作れるんじゃないだろうか?
もちろん、そんなことのために森を裸にするつもりも無いし、そんなに何年もヒップ島に滞在するはずも無いけどね。

ともかく、こういう作業は勢いが肝心だ。
余計なコトは考えず、樹を選んで枝を払い、伐採して収納・・・ひたすらソレを繰り返していく。
まさか高所の枝払いのために飛行魔法を使うことになるとは、アスワンの屋敷で飛ぶ練習をしていた時には想像だにしなかったな・・・

一本ずつ処理が終わる度に革袋に収納してるから伐った本数の実感が無いけど、もしも地面に積み上げたら丸太で小山が出来るんじゃ無いかってくらいの量を手に入れて浜に戻った。

++++++++++

「こ、こんなに...!」
「如何に勇者さまと言えど、よもやこれほどとは...」

浜に戻って架台の設置予定場所に伐採してきた丸太を出したら、パーキンス船長と船大工のスミスさんが腰を抜かした。
他の船員達も口をあんぐりと開けている。
懐かしいなあ、この手の反応・・・馬車を収納して見せた時にスライも良い反応をしてた事を思い出す。

最近の大きな造船所などでは『乾ドック』と言って、船を何度も水から出し入れできる構造の架台を作ったりしてるらしいけど、今回、浜辺に作る架台は一回こっきり使えれば良いという簡易的なモノだ。

スミスさんから乾ドックの大まかな構造は教えて貰っていたので、なんとなくソレっぽい配置になるように丸太を並べ、ベースとなるイカダ状の台を作ってみる。
船員達が手伝おうとしてくれたけど遠慮する。
ここは俺一人で勇者の剛力にモノを言わせる方が手っ取り早いのだ。

丸太同士を繋ぐのはマリタンにお願いして、彼女が言っていた『錬金と魔法の合わせ技』、つまり凝結壁の素材を錬成しつつ魔法で素材に染み込ませて固めるという手法を試してみた。

あの黒い凝結壁の錬成原料は、なんと『砂』である。

砂なら、この浜辺には膨大にあるな・・・無尽蔵とは言わないけど、王宮の一つくらいは作れそう。
素材は砂が無ければ魔法で岩を粉砕した粉でも良いそうだ。
それもそうだよね・・・古代の人々がありとあらゆる建物を凝結壁で建ててたのだとすれば、安くて簡単かつ豊富に入手できる原料じゃ無いと厳しい。
特殊なレア素材を都市一つ分なんて用意できるはずも無いからな。

ただし、元にした素材によって出来上がった凝結壁の強度や特性には若干の違いが出てくるらしい。
例えば土でも造れるけど強度にムラが出る、とか。

「凝結壁の錬成剤で接着したら、もう剥がせないわよ兄者殿。削り取るか砕くしか無いけど簡単では無いわ、ね」
「ああ大丈夫だよマリタン。あれはガオケルムで切れるからな」

「マジで? ホントに勇者って無茶苦茶よね!」

俺にしてみれば、『自意識を持っていて喋る本』の方が無茶苦茶な気がするけど言わぬが花だな。
しかし、これだけ丈夫に素材同士をくっつき合わせられるのなら、マストの修理も難なく出来そうだし、このまま俺たちの手で『乾ドックもどき』を作ってしまってもいいかもしれない。

「アプレイス、スミスさん達が手作業するよりも、このまま俺たちで架台を作った方が早いような気がするから、船の架台が出来たらお前にセイリオス号を持ち上げて乗っけて貰えるか?」

「無論だ。でも凝結壁っていうか凝結剤か? あれで固めるのは時間掛からないよな、マリタン?」
「ええそうねドラゴン。凝結剤を錬成するときの調整で固まるまでの時間は制御できるから、最速なら物質一体化の魔法を掛け終わった瞬間に固められるわ。その変わり、始めたら一切の調整は出来ないけど」

「それなら、俺がそのイカダ土台の上にセイリオス号を置いて支えとくから、そのままライノとマリタンがドンドン船につっかえ棒をあてがって根元を固めていけば簡単じゃ無いか?」
「なるほど...そう言う手もあるか」
「それに、マストの修理が終わったら俺も抱えづらくなる。イカダごと海面に引っ張り出せた方が後が楽だぜ?」
「確かに!」
「そうね、ワタシもドラゴンの案が良さそうだと思うわ、兄者殿」

アプレイスの意見に従って、まずは平らなイカダ型の土台を完成させる。
船員達が作業しやすいように、出来るだけ太さの揃った丸太を上面に並べて固め、両端も切り揃えて、全体が綺麗な長方形になるように気を配った。

「じゃあセイリオス号を水から上げるか」
「頼んだ!」

興味津々の船員達が見守るなか、ドラゴン姿に戻ったアプレイスがセイリオス号の直上に浮かび、両手でガッシリと舷側を掴んだ。
今回は水の上に浮いてるだけで浮遊桟橋に固定されていないとは言え、船自体の重さは同じだ。

アプレイスが見るからに『よっこらせ』という声が聞こえてきそうな様子で船を空中に持ち上げると、船員達が一斉にどよめきとも歓声ともつかない声を上げる。
前回はみんな船の上に乗ってたから、第三者目線でセイリオス号が持ち上げられるのを眺めるのは初めてだ。
まぁ俺もだけど。

「よしライノ、イカダの上に置くぞ!」
「おう、準備いいぞ!」

アプレイスがそーっと慎重にセイリオス号をイカダ台の上に降ろしていく。
船底には防護結界が効いてるから少々ぶつかったぐらいではなんともないだろうけど、強い衝撃が伝わると、船内において有る色々なモノが地震にあったような状態になってしまうからな。
そういうところも、アプレイスは気遣いが細やかだ。
ドラゴン族はなにかと戦闘的だけれども、それは決して『粗暴』と同義じゃ無い。

「シンシア殿、船は水平になってるかい?」
「えっと...もう少し右舷に傾けて下さい。少しだけ...はい! そのくらいで大丈夫です」
「じゃあこのまま支えてるから、支え棒を頼む」
「おう、ちょっと辛抱しててくれ!」

切り揃えておいた丸太を抱え上げて、台上から斜めに舷側にあてがった。
舷側と台の間にピッタリ収まったところで、マリタンとシンシアが凝結剤を丸太の根元に流し込み、一体化の魔法を掛けて固める。

これを両側に何本ずつかやれば、船体を支えられるだろう。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

久遠の海へ 再び陽が昇るとき

歴史・時代 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:5

おめでとうございます!スペシャルギフトが当選しました!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:8

【完結】お嬢様は納得できない!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:17

あなたの愛は深すぎる~そこまで愛してもらわなくても~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,547pt お気に入り:1,839

ダンジョンマスターは、最強を目指すそうですよ?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:705

真実の愛がどうなろうと関係ありません。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:539pt お気に入り:2,934

えぇ、死ねばいいのにと思ってやりました。それが何か?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:177pt お気に入り:2,719

処理中です...