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第七部:古き者たちの都
修復と改装の相談
しおりを挟むまず右舷に二本の支え棒を固定し、それから左舷に回って同じく二本の丸太を立てて両側から支えられるようにした。
「シンシア、この位置で水平がズレてないかを見てくれ!」
「大丈夫です御兄様」
「よし、もう手を離してもいいぞアプレイス。後はひたすら支え棒を足していくだけだから」
「ゆっくり離すぞ」
アプレイスが手を離しても、セイリオス号はしっかりとイカダ台の上に正立している。
成功だ!
追加で両側それぞれに十本ずつの支え棒を足せば基本形は完成。
丸太の根元は凝結剤でガッシリ固められているから揺らぐ心配は無さそうだけど、当然ながら船体側は接着せずに押し当てているだけだ。
マストの修復作業で大きな荷重がかかったら揺れる心配があるかも知れない。
「シンシア、例の固着の魔法で丸太の先端と船体を固定しておいてくれるか?」
「はい御兄様」
最後に、銀ジョッキを屋根や天井に貼り付かせた時に使ったのと同じ魔法で固定すると、セイリオス号はイカダ型乾ドックと完全に一体化した。
これなら、少々荒っぽい作業を行っても大丈夫だろう。
結局、船員達の力は借りずに俺たちだけで『乾ドックもどき』を完成させられたけど、少し離れて眺めてみると、大きな船が陸の上に飾られているような不思議な光景だ。
ちなみにセイリオス号は海外交易用の大型キャラックだから、荷室が広くて吃水が深い。
つまり普段は水面下に沈んでいる部分が大きいのだけど、その丸い船底には、まるで磯の巨大な岩が干潮で剥き出しになったかの様に、フジツボや海藻、それに正体の良く分からないモノも沢山くっ付いていた。
コレは見るからに、放置しておくと良くなさそうなビジュアルだな・・・
船底の掃除というか、こびりついた貝殻や海藻を引き剥がしたりする作業は船員達がやるので、俺たちは離れて見ているだけだ。
最初は船底にくっついていた色々なモノを興味深げに観察していたパルレアも、今は離れて俺の肩に座っている。
これはアレだな。
海水から上げられた船底の生臭さに耐えられなくなったに違いない。
何しろ、くっ付いてた海藻や色々な生き物が空気と太陽に晒されて、早々に死に始めているからね。
++++++++++
少しばかり手持ち無沙汰な感じで、船底の清掃と付着物の剥ぎ取り作業を突っ立って眺めていると、パーキンス船長と船大工のスミスさんが連れ立ってこちらにやって来た。
「勇者さま、セイリオス号の改修に関わることなのですが、ここまで船を走らせて下さった魔法の...斥力機関は今後も使わせて頂けるのでしょうか?」
「そのつもりですよ。ただし初めて作ったものですから、機関自体がどれくらい長持ちするかは分かりません。動かすには高純度の魔石も必要ですし、斥力機関を使うのはパーキンス船長が指示を出した時だけにして、日頃は帆走していた方が無難だと思います」
以前、シンシアにアドバイスされたことを踏まえて俺がそう答えると、船大工のスミスさんが少し考え込んでから口を開いた。
「なるほど、必要な時には使わせて頂けると...船長、ここでの改修作業がそもそも長丁場になるって前提であれば、いっそこの機会に『横帆』を取っ払って、フォアマストとメインマストも全部『縦帆』のガフセール帆装に変えちまうってのはどうでしょうか?」
ガフセールというのは縦帆の一種だけど、キャラック型の船が出てくる前に主流だったキャラベル型の船で一般的な三角帆を更に改良し、マストより前の部分をバッサリ切り落としたような形状の変形帆だ。
角は四つあるけど、四角形とも台形とも言いづらい。
セイリオス号には前から三本目、後部のミズンマストに最初からガフセールがついている。
「かなり大掛かりな改修になるな。そこまでする意義はなんだねスミス君?」
「もちろん『横帆』のままでも問題ないです。まあ、マストの背丈が下がるんで、その分は帆の高さをちょいと縮める必要があります。そんでもって、少しばかり速度は落ちますがね」
「だろうな」
「それよりも、セイリオス号の見た目を変えるためには、『縦帆』にしてしまうのが一番じゃないかと」
「確かに縦帆にすれば見た目が全く変わるな」
「ええ。最近の流行りは外洋で速度の出る『横帆』です。大きめのキャラベルなんかも改装ついでにキャラック風の横帆に仕立て直す船がちょくちょく出て来てますが、逆に新型のキャラックを『縦帆』に戻すとは誰も思わんでしょう」
「ふむ、それもそうだな...」
「そこでガフセールです。ガフセールは、昔ながらのキャラベル船に使われてる三角帆よりも操作性がいいですし、風上に上ったり風向きがちょくちょく変わるような場所を走るのは、むしろ横帆より得意です。儂もこの船に移る前はガフセールのキャラベルを建造してましたんで構造は良く分かってます」
「あれ? スミスさんは造船所にいらっしゃったんですか?」
「左様でございます勇者さま。そもそもデクシーにある造船所でアクトロス号の建造に駆り出されてたんですが、船の艤装が済んだ後もそのまま乗り込むことになりまして」
「獣人族の船大工などそうそう居りませんからな。商会が無理を言ってスミス君を引き抜いたのですよ」
「ああ、なるほどね...」
普通は船に乗り込んで航海に付き従う船大工というのは応急修理が専門の『修繕屋さん』であって、造船所にいる造船大工や技師とは専門とする技能が違うのだと聞いている。
スミスさんの場合は獣人族の船大工という貴重な存在だったから、そこを無理やり引っ張ってきたのだろう。
それなら帆装方式をまるっと変えてしまうような、大胆な改修を言い出すだけの経験と技量があるということだな・・・
「確かにスミス君の言うようにセイリオス号の場合、どうしても速度を出したい時はシンシア様とマリタン機関長の作られた斥力機関の力も借りられるだろう。何より、アレを使えば無風でも走れるからな」
「左様ですな」
「材料は足りるのかスミス君?」
「足ります。いまの横桁を流用して大きなガフセールを吊せますし、帆も切って縫い直しちまえば大きな縦帆に出来るはずです。まあ縫い直しには相当な日数も掛かりますし、縫帆手のションティは大変でしょうけどね」
「ふむ...もしも材料が不足する場合は、勇者さまのお力を借りることも出来ますかな?」
「もちろんですパーキンス船長」
「ならばそれで行こうスミス君。早速作業に掛かってくれたまえ。まず必要な資材の見込みを出してくれ。始めてみないと分からないことも多いだろうから、作業日程はおおよそで構わん」
「了解しました船長!」
帆の形をまるっきり変えてしまうと言うのは盲点、目から鱗だ。
それもあえて流行りのスタイルから変えてしまうのだから、スミスさんの言うように普通なら想像しないことだろう。
でも縦帆の方が風を巧みに操れるのは確かだし、速度は斥力機関の力を借りればいい・・・むしろセイリオス号にとって、縦帆のガフセールはベストな選択と言えるのかも。
++++++++++
帆を全面的に改修するって方針が決まったところで、それに合わせてもうちょっと作業環境を整えることにした。
「俺はこれから森の奥の方へ、もう少し木材を伐採しに行こうかと思うんだけど、みんなはどうする?」
「ん? まだ何か作るのかライノ?」
「ああ。さっき船長と話してセールを全部縫い直すことになったんだけど、その作業は出来るだけ広い場所でやった方がいいらしいからな」
「えぇっ、セールをか? 全部縫い直すのか? そりゃぁ、一筋縄じゃ行かないだろう?」
「まあな」
「御兄様、それは斥力機関を使う都合ですか?」
「いや違うよ。セイリオス号の見た目を出来るだけ以前と変えるために、横帆を取っ払ってガフセールって言う縦帆タイプに総取っ替えしちゃおうってコトになってね。帆の形が全く変わるから、切り接ぎして縫い直すんだそうだ」
「おおぅ、そりゃ大変そうだ...」
「縫帆手のションティさんは船上と砂浜でやるって言ってるそうだけど、どうせ長丁場で滞在するんだから、細めの丸太でも敷き詰めて作業場を作った方がいいだろうと思ってね」
「そりゃそうだな」
「じゃー、アタシも行くー!」
「そうですね、私もいっしょに行きます」
「俺も行ってみるかな。島の奥もチョット見てみたいし、全員で一緒に行くなら俺の背に乗っていくのが手っ取り早いだろ」
「ああ頼むよ!」
みんなで行くなら、ついでに一寸ばかり島の様子も見て回って、丸太は帰り道で調達すればいいだろう。
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