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第一幕 若き宮廷室内作曲家の誕生
ボッケリーニとの決別
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《ヴェネツィアの市》成功を受けてサリエーリには次の作曲依頼が舞い込む。台本作家ジュゼッペ・ペトロゼッリーニが作曲家カルロ・フランキのために書いた《古城塞の男爵》を再使用したものである。
「コンスタンツァのために華麗なアリアを書いて欲しい」
サリエーリのデビュー作でドンナ・アルテミア役の歌手を務めたクレメンティーナ・バリオーニの妹であるコンスタンツァ・バリオーニが、自分が輝ける舞台を求めていたのだ。
前作から約三ヶ月後、五月一二日にブルク劇場で初演された《古城塞の男爵》は成功した。だが賞賛を浴びたのは作曲家ではなくコンスタンツァである。ヨーゼフ二世も幾度かコンスタンツァに強く拍手を送り、彼女の活躍を演出したのだった。
実際にコンスタンツァの歌は素晴らしかったのだが、皇帝お気に入りの作曲家サリエーリが再使用の台本で彼女のためにアリアを書いた。ヨーゼフ二世は自らお気に入りの音楽家を選び、援助を惜しまない。弟レーオポルト公にサリエーリ推挙の手紙を繰り返し送っていたように。
「宮仕えも大変だね」
ボッケリーニが皮肉を飛ばしたが、サリエーリは華麗なアリアを歌いあげたコンスタンツァに満足していた。
その年の間にサリエーリはもう一作オペラを作曲する。台本はボッケリーニの《奪われた手桶》だ。ボッケリーニはこの台本でメタスタージオのオペラ・セーリアをパロディ化し、伝統的な英雄劇を再現しつつ喜劇化したような内容であった。
「これは伝統的なイタリア・オペラの流れを踏襲しつつ、新しい時代のオペラにしたいと思って書いたんだ」
ボッケリーニの挑戦的な姿勢にはサリエーリも共感するのだが、彼にはどうにもボッケリーニがメタスタージオを馬鹿にしているように感じられた。ボッケリーニにそんな気はまるでないとしても、この台本が古いオペラを笑いものにする内容に思えたのだった。
サリエーリは革新派のグルックを慕っているが、同時に伝統オペラの雄であるメタスタージオにも良くしてもらっていた。そして彼は全ての音楽ジャンルは等しく素晴らしいものだと思っていたのだ。時代によって人気の移り変わりはあっても、それで古いものを否定するべきではないし、逆に新しいものが軽薄だったり滑稽に見えても良いものは良いのだというのがサリエーリの考えだった。
「この歌詞には悲劇と喜劇の様式が共に遊びとして取り入れられているから、私も悲劇と喜劇の様式を共に取り入れた曲にしよう。それにしてもなかなか難しい試みだね」
台本の出来に不満はあったが、サリエーリはこのオペラを形にするために精一杯の努力をした。伝統的なオペラの形式を踏襲して合唱を使わない形式とし、シリアスとコメディのタッチを混在させた。
「これは誰も見た事のない奇妙なオペラになるぞ!」
ボッケリーニが喜ぶが、サリエーリは不満な顔をする。
「物語は新しければいいというものじゃない。奇をてらえばいいものができるという事もない。観客を喜ばせる事より変わったものを作る事を優先するのはどうだろうか」
二人は喧嘩をしたわけではない。どちらかが手を抜いたわけでもない。ただ、オペラに対する考え方が少々違っていただけだ。そしてこの時点ではまだ決裂していたとは言えない。お互いに相手の考えを理解し本気を感じ取っていたからだ。
一七七二年一〇月二一日、ケルントナートーア劇場で初演された《奪われた手桶》は成功を収める。だが、女帝マリーア・テレージアが苦言を呈した。
「正直に言うと、あまり良いとは思いませんね」
サリエーリは宮廷楽長ガスマンの後継者だ。もう一人の師グルックも皇帝のお気に入りでヨーロッパに名を轟かす作曲者だ。初演から三週間後マリーア・テレージアは書簡でこう述べている。
『私は私たちの作曲家であるガスマン、サリエーリ、グルックたちよりもイタリア人の作ったものを好みます。彼等も一つ二つは良いものを作るのですが』
サリエーリもイタリア人なのだが、彼女は革新派のオペラより伝統的なイタリア・オペラを好んだ。息子のヨーゼフ二世は彼等を気に入っているが、殊更に彼女の不興を買う必要もないという空気が自然にサリエーリとボッケリーニの距離を遠ざけるのだった。
「やっぱり、宮仕えは大変だね。弟のルイージも苦労しているんだよ」
ルイージ・ボッケリーニは彼の一歳年下の弟で、高名な作曲家である。パリで名声を極めた後にスペインの宮廷に招かれてマドリッドで過ごしている。彼も皇室のゴタゴタに巻き込まれた人物なのだった。
ボッケリーニはガスマンのためにもう一作を書くが、これ以後サリエーリと共にオペラを作る事は無くなってしまった。
サリエーリの次のオペラ台本を書いたのは、クレメンティーナ・バリオーニの夫であるドメーニコ・ポッジ。彼の書いた台本による《宿屋の女主人》は大成功を収めるが、同時期にサリエーリの周りではまたもや大きな事件が発生するのである。
「コンスタンツァのために華麗なアリアを書いて欲しい」
サリエーリのデビュー作でドンナ・アルテミア役の歌手を務めたクレメンティーナ・バリオーニの妹であるコンスタンツァ・バリオーニが、自分が輝ける舞台を求めていたのだ。
前作から約三ヶ月後、五月一二日にブルク劇場で初演された《古城塞の男爵》は成功した。だが賞賛を浴びたのは作曲家ではなくコンスタンツァである。ヨーゼフ二世も幾度かコンスタンツァに強く拍手を送り、彼女の活躍を演出したのだった。
実際にコンスタンツァの歌は素晴らしかったのだが、皇帝お気に入りの作曲家サリエーリが再使用の台本で彼女のためにアリアを書いた。ヨーゼフ二世は自らお気に入りの音楽家を選び、援助を惜しまない。弟レーオポルト公にサリエーリ推挙の手紙を繰り返し送っていたように。
「宮仕えも大変だね」
ボッケリーニが皮肉を飛ばしたが、サリエーリは華麗なアリアを歌いあげたコンスタンツァに満足していた。
その年の間にサリエーリはもう一作オペラを作曲する。台本はボッケリーニの《奪われた手桶》だ。ボッケリーニはこの台本でメタスタージオのオペラ・セーリアをパロディ化し、伝統的な英雄劇を再現しつつ喜劇化したような内容であった。
「これは伝統的なイタリア・オペラの流れを踏襲しつつ、新しい時代のオペラにしたいと思って書いたんだ」
ボッケリーニの挑戦的な姿勢にはサリエーリも共感するのだが、彼にはどうにもボッケリーニがメタスタージオを馬鹿にしているように感じられた。ボッケリーニにそんな気はまるでないとしても、この台本が古いオペラを笑いものにする内容に思えたのだった。
サリエーリは革新派のグルックを慕っているが、同時に伝統オペラの雄であるメタスタージオにも良くしてもらっていた。そして彼は全ての音楽ジャンルは等しく素晴らしいものだと思っていたのだ。時代によって人気の移り変わりはあっても、それで古いものを否定するべきではないし、逆に新しいものが軽薄だったり滑稽に見えても良いものは良いのだというのがサリエーリの考えだった。
「この歌詞には悲劇と喜劇の様式が共に遊びとして取り入れられているから、私も悲劇と喜劇の様式を共に取り入れた曲にしよう。それにしてもなかなか難しい試みだね」
台本の出来に不満はあったが、サリエーリはこのオペラを形にするために精一杯の努力をした。伝統的なオペラの形式を踏襲して合唱を使わない形式とし、シリアスとコメディのタッチを混在させた。
「これは誰も見た事のない奇妙なオペラになるぞ!」
ボッケリーニが喜ぶが、サリエーリは不満な顔をする。
「物語は新しければいいというものじゃない。奇をてらえばいいものができるという事もない。観客を喜ばせる事より変わったものを作る事を優先するのはどうだろうか」
二人は喧嘩をしたわけではない。どちらかが手を抜いたわけでもない。ただ、オペラに対する考え方が少々違っていただけだ。そしてこの時点ではまだ決裂していたとは言えない。お互いに相手の考えを理解し本気を感じ取っていたからだ。
一七七二年一〇月二一日、ケルントナートーア劇場で初演された《奪われた手桶》は成功を収める。だが、女帝マリーア・テレージアが苦言を呈した。
「正直に言うと、あまり良いとは思いませんね」
サリエーリは宮廷楽長ガスマンの後継者だ。もう一人の師グルックも皇帝のお気に入りでヨーロッパに名を轟かす作曲者だ。初演から三週間後マリーア・テレージアは書簡でこう述べている。
『私は私たちの作曲家であるガスマン、サリエーリ、グルックたちよりもイタリア人の作ったものを好みます。彼等も一つ二つは良いものを作るのですが』
サリエーリもイタリア人なのだが、彼女は革新派のオペラより伝統的なイタリア・オペラを好んだ。息子のヨーゼフ二世は彼等を気に入っているが、殊更に彼女の不興を買う必要もないという空気が自然にサリエーリとボッケリーニの距離を遠ざけるのだった。
「やっぱり、宮仕えは大変だね。弟のルイージも苦労しているんだよ」
ルイージ・ボッケリーニは彼の一歳年下の弟で、高名な作曲家である。パリで名声を極めた後にスペインの宮廷に招かれてマドリッドで過ごしている。彼も皇室のゴタゴタに巻き込まれた人物なのだった。
ボッケリーニはガスマンのためにもう一作を書くが、これ以後サリエーリと共にオペラを作る事は無くなってしまった。
サリエーリの次のオペラ台本を書いたのは、クレメンティーナ・バリオーニの夫であるドメーニコ・ポッジ。彼の書いた台本による《宿屋の女主人》は大成功を収めるが、同時期にサリエーリの周りではまたもや大きな事件が発生するのである。
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