私を棄てて選んだその妹ですが、継母の私生児なので持参金ないんです。今更ぐだぐだ言われても、私、他人なので。

百谷シカ

文字の大きさ
8 / 19

8 大多数を占める認識

しおりを挟む
「それで、博士のご迷惑になっていなければいいのですが……」


 サンドイッチを掴んだまま話し終えた私に、博士は優しく目を細めた。


「そんな事を気にしていたのか」


 中庭では他の研究員や大学から訪れていた学生が、石造りの建物をくり抜いた自然の中で、それぞれ午後の憩いの時を過ごしている。

 私たちはバスケットを挟んでベンチに腰掛け、鳩にパン屑を請け負ってもらいながら、これまでと同じように穏やかに言葉を交わしていた。

 ヘールズ所長の言うような噂がもし蔓延していたらと、まずは謝罪だ。
 けれど博士は、驚きもせず嫌がりもせず、ごく自然に言葉を繋げた。


「君は嫌じゃないかい?」

「え?」


 目を逸らし、鳩を見つめ、首をふる。


「恐れ多い事です」

「そうかな。私の周囲では、私たちが非常に親しく交流を重ねているという事実を好意的に受け止めている人物が圧倒的に多いから、多数決によると『理事の娘と所長補佐はお似合いの男女だ』という客観的数値乃至共通認識が検出されるよ」

「……」


 ユーモアのつもりなのか判断できず、返答に困ってしまう。
 

「困らせるつもりはなかったよ」


 なんでもお見通し。
 博士の双眸は、常に可能性と真実を追求している。


「うむ。さっきの君の提言に対する答えは『迷惑ではない』だ」

「……はい」

「それによって導き出される建設的な概念を、3分あげるから考えてご覧」

「……」

「難しく考えないで」
 

 博士がサンドイッチをひとつ食べ終えた。

 なにか、ユーモアで返す事ができるだろうか。
 時間は3分しかない。私はそういった素養に欠けている。

 私は3分待って尋ねた。


「博士の正解を教えてください」

「私は君が好きだ」

 
 間髪入れずに彼は答えた。
 そして続ける。


「もっと言えば、君に惹かれて声をかけた」

「……」


 難易度が高すぎた。
 私はついサンドイッチを握り、少しはみ出たハムを凝視して息を整えた。


「君は昼日中に出会った可憐な星。けれどその瞬きは、信念を持ち、情熱を燃やし、澄み渡り、愛に満ちていた。聡明で深い愛情を持つ君は、彗星のように日夜絶え間なく私に降り注いだ。心を奪われたよ」


 ラモーナ、と私を呼んで、改めてこちらに体を向ける。
 私はおずおずと、けれど、その実、期待を込めて、彼をみあげた。

 穏やかで深く、真剣な眼差しが、優しい陽射しに照らされている。


「君は狡さのない正直な人間だ。だから試したのではない。勇気を出してくれた。賞賛に値する。だから私も勇気を出して真実を明かそう」

「……」

「君を愛している」


 全身を震えが走った。
 驚いてから、自分が感極まって身震いしたのだと、気づいた。


「だからほら、力を抜いて、それを食べてしまいなよ」


 博士が優しく微笑んだ。


「……はい」


 私は言われるままにサンドイッチに口をつけた。


「ちなみに、私は少し狡い事をしたよ」

「?」


 端を少し齧り、ゆっくりと顎を動かすのは、舌を噛まないため。
 
 博士が今まで見た事のない表情を浮かべ、私を横目に捉えた。そして鼻梁に人差し指を軽くあて、狡猾に策をめぐらす悪人を演じているかのようなその仕草は、甘い棘となって私の心に熱く突き刺さる。


「君が逃げないよう無害を装い、外堀を固め、同時に距離を詰めた」

「……」

「これからは歯の浮くような台詞を浴びせる機会もふえるだろうから、心しておくんだな。愛しのラモーナ・スコールズ」


 昼食はまったく喉を通らなかった。
 ただもう体中が熱くて、生きているのがふしぎなくらいだった。
しおりを挟む
感想 108

あなたにおすすめの小説

【完結】離縁ですか…では、私が出掛けている間に出ていって下さいね♪

山葵
恋愛
突然、カイルから離縁して欲しいと言われ、戸惑いながらも理由を聞いた。 「俺は真実の愛に目覚めたのだ。マリアこそ俺の運命の相手!」 そうですか…。 私は離婚届にサインをする。 私は、直ぐに役所に届ける様に使用人に渡した。 使用人が出掛けるのを確認してから 「私とアスベスが旅行に行っている間に荷物を纏めて出ていって下さいね♪」

幼馴染の婚約者を馬鹿にした勘違い女の末路

今川幸乃
恋愛
ローラ・ケレットは幼馴染のクレアとパーティーに参加していた。 すると突然、厄介令嬢として名高いジュリーに絡まれ、ひたすら金持ち自慢をされる。 ローラは黙って堪えていたが、純粋なクレアはついぽろっとジュリーのドレスにケチをつけてしまう。 それを聞いたローラは顔を真っ赤にし、今度はクレアの婚約者を馬鹿にし始める。 そしてジュリー自身は貴公子と名高いアイザックという男と結ばれていると自慢を始めるが、騒ぎを聞きつけたアイザック本人が現れ…… ※短い……はず

私の婚約者でも無いのに、婚約破棄とか何事ですか?

狼狼3
恋愛
「お前のような冷たくて愛想の無い女などと結婚出来るものか。もうお前とは絶交……そして、婚約破棄だ。じゃあな、グラッセマロン。」 「いやいや。私もう結婚してますし、貴方誰ですか?」 「俺を知らないだと………?冗談はよしてくれ。お前の愛するカーナトリエだぞ?」 「知らないですよ。……もしかして、夫の友達ですか?夫が帰ってくるまで家使いますか?……」 「だから、お前の夫が俺だって──」 少しずつ日差しが強くなっている頃。 昼食を作ろうと材料を買いに行こうとしたら、婚約者と名乗る人が居ました。 ……誰コイツ。

「女友達と旅行に行っただけで別れると言われた」僕が何したの?理由がわからない弟が泣きながら相談してきた。

佐藤 美奈
恋愛
「アリス姉さん助けてくれ!女友達と旅行に行っただけなのに婚約しているフローラに別れると言われたんだ!」 弟のハリーが泣きながら訪問して来た。姉のアリス王妃は突然来たハリーに驚きながら、夫の若き国王マイケルと話を聞いた。 結婚して平和な生活を送っていた新婚夫婦にハリーは涙を流して理由を話した。ハリーは侯爵家の長男で伯爵家のフローラ令嬢と婚約をしている。 それなのに婚約破棄して別れるとはどういう事なのか?詳しく話を聞いてみると、ハリーの返答に姉夫婦は呆れてしまった。 非常に頭の悪い弟が常識的な姉夫婦に相談して婚約者の彼女と話し合うが……

「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。

佐藤 美奈
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は、公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。 「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」 ある日、ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。

正妃として教育された私が「側妃にする」と言われたので。

水垣するめ
恋愛
主人公、ソフィア・ウィリアムズ公爵令嬢は生まれてからずっと正妃として迎え入れられるべく教育されてきた。 王子の補佐が出来るように、遊ぶ暇もなく教育されて自由がなかった。 しかしある日王子は突然平民の女性を連れてきて「彼女を正妃にする!」と宣言した。 ソフィアは「私はどうなるのですか?」と問うと、「お前は側妃だ」と言ってきて……。 今まで費やされた時間や努力のことを訴えるが王子は「お前は自分のことばかりだな!」と逆に怒った。 ソフィアは王子に愛想を尽かし、婚約破棄をすることにする。 焦った王子は何とか引き留めようとするがソフィアは聞く耳を持たずに王子の元を去る。 それから間もなく、ソフィアへの仕打ちを知った周囲からライアンは非難されることとなる。 ※小説になろうでも投稿しています。

白い結婚をめぐる二年の攻防

藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」 「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」 「え、いやその」  父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。  だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。    妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。 ※ なろうにも投稿しています。

兄のお嫁さんに嫌がらせをされるので、全てを暴露しようと思います

きんもくせい
恋愛
リルベール侯爵家に嫁いできた子爵令嬢、ナタリーは、最初は純朴そうな少女だった。積極的に雑事をこなし、兄と仲睦まじく話す彼女は、徐々に家族に受け入れられ、気に入られていく。しかし、主人公のソフィアに対しては冷たく、嫌がらせばかりをしてくる。初めは些細なものだったが、それらのいじめは日々悪化していき、痺れを切らしたソフィアは、両家の食事会で……

処理中です...