風花の竜

多田羅 和成

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一年目の春(4)

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 祭りが終わり、肌寒い秋が訪れた。町にいる人々は厳しい冬を乗り越えるために、食料を蓄える準備をしていた。オスカーはその様子を横目に見ながら、エルピスがいる山へと向かっていく。

「エルピス。エルピス。起きているのか」

 秋になるとエルピスの様子も変わっていった。自分が来ているというのに、寝ている光景が多くなってきたのだ。エルピスは呼びかけに答えようと思い、重たい瞼を開ければ、大きな欠伸をする。

「……すまない。どうしても冬が近づくと眠くなってしまう」

「いや、眠いのは仕方がないけどさ。今日はオスカーに伝えたいことがあるんだ」

「ふむ、言うがいい」

「おいら冬になったら旅に出ようと思う」

 オスカーの申し出にぼやけていた頭は一気に覚めていく。エルピスはオスカーの姿をじっと静かに見ていた。沈黙が気まずいのか、右頬を軽く掻いて頼りない笑みでオスカーは誤魔化した。

「何故だ。この国に不満でもあるのか」

「不満なんてないさ。酒も美味い。女性は可愛いし、皆新設。最高の国だ。だけどエルピス。おいらは旅人なんだ」

 唸るように牙を見せるエルピスを見て、オスカーは小さな子供に言い聞かせるように語りだした。

「旅人は一定の場所に留まることが苦手なんだ。半年以上いたのは全部エルピスの為だった。でも、エルピス。あんさん冬眠するんじゃないのかい」

「……我とは友だろう」

 冬眠すると言う言葉を言われるとエルピスは言い返せないのか、黙ったままだった。エルピスは冬眠してしまう。その間、オスカーは話し相手がいない。留まる理由がない。エルピスは引き留める手段を持ち合わせていなかった。だから、苦し紛れに友達を出すと、オスカーは困ったような表情を見せた。

「あぁ、友達だ。おいらとエルピスは何があっても友達だぞ。だから、春になればここに戻ってくる。おいら、約束は守る男だからな」

 そっと、オスカーの顔を触り分かってくれとばかりに優しい眼差しを向けられたら、エルピスは牙を見せることをやめて不貞腐れたように呟く。

「破ったら何処までも探して食べてやる」

「ははっ、そうなったらおいら国の奴らにも恨まれちまうや。約束だ。春になれば会いに行く」

 けらけらと笑うオスカーをジト目で見るエルピス。二人は夜まで語り合った。寒い冬が二人を引き裂く前に、沢山の思い出を作るために。夜遅くまで語り続けた。

 次の日、オスカーは来なくなった。エルピスは太陽がなくなったような寒さを感じた。冬の匂いが近づいていることを悟ると、瞼を閉じた。せめてオスカーのことを忘れないように夢では会えることを願う。ブルノス共和国に雪が降り積もる。人知れず出会い別れた二人の関係を知る者はいない。

「春になれば会えるさエルピス」

 冷たい冬の海風に当てられながら、オスカーは呟く。東へと向かう船からブルノス共和国が見えなくなるまでオスカーは陸を見続けていた。
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