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闇の姫君編

039 学園長、ウキウキ

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「さーて日程はどう組もうかなぁ~。わざわざ親御さんを呼び出すんだから休みの日じゃないといけないし~。でも早めの方が絶対にいいし~。う~ん困っちゃう!」

 学園長マリアベル・オーキッドは自室でウキウキしていた。
 それもそのはず、彼女はついにシーファ・ハイドレンジアを学園に呼び出せる口実を得たのだ。
 シーファの弟子デシルへの愛はわかりきっている。
 流石の嫌われ賢者もデシルの話となれば姿を現すだろう。

「ふっふっふっ……ついにきた! 再会の時が! どんな服を着て会おうかなぁ~。髪もいつも以上に念入りにお手入れしなきゃな~」

 もはやシーファとの再会以外のことを考えられない。
 当面の悩みの種になると思われたヴァイスのこともデシルとオーカの活躍で解決した。
 マリアベル自身もヴァイスの母ヴィエラと直接話をして、娘を預けるという決意が変わらないことを確認済みだ。
 ヴィエラの決意に対して、マリアベルもヴァイスを絶対に守ると改めて誓った。

 そもそもこの二人の間にはもとから多少の信頼関係がある。
 それが強固なものとなるだけで、特に問題は起こりようもなかった。
 しかし、結構重い問題について話し合っているというのに、やけに楽しそうなオーラを発するマリアベルを見て『この女はただ者ではない』とヴィエラは改めて思ったことだろう。
 それがただ久しぶりに友達に会えるから喜んでいるだけだとは、闇の女王の力をもってしても見抜けなかった。

「さぁて、流石に夜遅いし明日に備えて寝ますか~」

 マリアベルがふぅっと一息ついた時、コンコンと学園長室の扉がノックされた

「は~い、開いてまーす……ってあら? たまえちゃんじゃない。どうしたのそんな元気なさそうな顔して。先に帰ったんだから先に休んでも構わなかったのに」

「そういうわけにはいきませんよ」

 学園長室に現れたのはマリアベルより先に生徒たちと学園に帰還していたルチルだ。
 無論、三人娘は先に寮に帰している。
 抜け出さないように寮の扉の前まで見送る念の入りようだ。

「まっ、二人で大人の時間ってのも悪くないかも。何か話したいことがあるから来たんでしょ?」

「まず、ヴァイスくんのお母様の……」

「了承はちゃんと得ました。これからヴァイスちゃんはよりのびのびと学園での生活を送れるはずよ。それに学園の警備に関しても一つ手をうってあるし心配ご無用!」

「そうですか、ありがとうございます。次は……私はデシルくんに……」

「まーだそれを言う!?」

「一度収まったのですが、時間が経つとやっぱり不安に……」

「まぁ、たまえちゃんが素直に悩みを打ち明けてくれるのは嬉しいし助言するわ。あれはデシルちゃんにとって正しい叱り方よ。優しい彼女にはあなたの困った顔が一番効くわ。なんてったってキツイ叱り方じゃ彼女の師匠の劣化にしかならないもの。たまえちゃんはあれでいいの」

「デシルくんの師匠ですか……。もしかして、その方を三者面談にお呼びするつもりですか?」

「そうよ。だってデシルちゃんの保護者は師匠しかいないもの」

「そうですか……。この状況だと不適切な表現ですけど、すごく気になります。ぜひお会いして話がしたいです」

「うんうん! たまえちゃんも話すと良いわ! きっと私の言葉の意味が一発でわかると思うから」

 マリアベルの中のシーファのイメージはちょっと荒れていた頃で止まっている。
 なのでデシルに対しても怒鳴ったり叫んだりして叱っていると思っているのだ。
 とはいえ、今もキツイ一言や無言の圧力で叱っているのでルチルの困った顔の方がデシルに効くという分析は間違っていない。

「あ、もう一つ確認なのですが、オーカくんの保護者の方も呼ぶのですよね?」

「もちろんよ。彼女もなんだかんだ抜け出しちゃったから平等に扱わないと。でも、私は会ったことないのよね、オーカちゃんのご両親とは」

「私はあります。そもそも荒れていたオーカくんを学園に誘ったのは私ですから、その時に何度もお話をさせていただきました。私を信用してオーカくんを預けてくださったことを考えると、こんな形で学園にお呼びするのは心苦しいです……」

「理由が理由だからきっとご両親もわかってくださるわ。オーカちゃんって別に家族に嫌われているわけじゃないんでしょ? 愛されずに育ったらあんなに自分に自信があって明るい子にはならないわ」

「そうですね。そもそも学校生活にかかるお金はすべてご両親が出しておられますし、学園に誘った時はとても喜んでおられました。オーカくんを追い出せるからとかではなく、オーカくんには道場に固執せずにいろんな世界を見てほしいと。ただ本人がそれをどう受け取っているかは……」

「追い出されたと思ってるかもねぇ。でも、今ならきっと学園に来てよかったと思ってるに決まってるわ。大切な友達と出会えたんですから。親子の誤解を解くちょうどいい機会だと思って前向きに面談を進めましょう」

「はい! なんだか学園長に話したら気持ちが楽になりました。やはり学園長は素晴らしい方です」

「ふっふっふっ、もっと褒めてくれていいのよ! といってももう夜遅いし、お互い明日に備えてゆっくり寝ましょう。お休みなさ~い」

 マリアベルは話を終えて寝る準備を始める。
 だが、ルチルにはもう一つ確認したいことがあった。

「学園長、ヴァイスくんの正体は明かしますか? もうすでにヴァンパイアの襲撃を目撃した生徒たちの間ではウワサになっています。教師はみなごまかしていますが、明日になれば……」

「あっ、その問題をド忘れしてた……。もちろん明かすわ。隠しきれないもの」

「となると、三者面談どころか保護者説明会が必要になるかもしれませんし、生徒たちも集めて全校集会なども……」

「必要になるわね……。でもきっとみんな彼女のことやヴァンパイアという種族のことを理解してくれるわ。人間だって一部だけを切り抜けば危険な種族に見えるけど、また一部を切り抜けば最も優しい種族にも見えるもの。とにかく包み隠さず説明するしかないわね」

「私も手伝います! ヴァイスくんの担任は私ですから」

「ありがとう。でも、準備は私がするからあなたは授業を第一に考えて。その時になったら力を借りることになると思うから」

「準備から大変な作業になると思いますが……」

「だから頑張らなくっちゃ。ちょっと浮かれてたけど、今こそ気を引き締めないとね! あの人に会うからこそ、しっかり学園長をやってないといけないのよ。笑われちゃうから。それにヴァイスちゃんを学園に独断で招き入れたのは私よ。だから、私が一番大変な思いをするのは当然」

「しかし……」

「大丈夫、大丈夫! 暇そうな職員の手はちゃんと借りるから。あなたはクラスを持っている教師なんだから、当然クラスに集中してってだけよ。わかってくれましたか? ルチル先生!」

「……はい! 了解しました! 明日に備えて休ませていただきます」

 ルチルは一礼をして去った。
 その姿は学園長室に来た時とは違い、ピンと背筋を伸ばしたいつものルチル先生だった。

「うん、それでいいのよ。下手に気負わないで、自然体でいいの」

 マリアベルにとってルチルはかわいい後輩。生徒のようなもの。
 教師も生徒も導かないといけないのが学園長である彼女の大変なところだ。
 しかし、それは望んで得た立場。
 これがシーファと離れる遠因にもなってもやりたかったことなのだ。

「さーて、私はまったく自然体じゃない本気の姿で仕事しますか! 気負ってけ~!」

 眠気を感じつつも、生徒のために働くマリアベルの顔はやる気に満ちあふれていた。
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