40 / 69
三者面談編
040 一番弟子、かつてなくソワソワ
しおりを挟む
「うぇええええええ……!」
授業中、デシルは机に突っ伏して奇声をあげていた。
「どうしたのデシルちゃん。まじめに授業を受けないなんて珍しいじゃん」
隣の席のオーカが不思議に思ってデシルに声をかける。
オーカだけではなく、他のクラスメートたちも優等生が奇声の理由を知りたがっていた。
「し、師匠が来る……」
「ああ、そのことか」
すぐにピンとくるオーカ。
なんたって彼女も保護者を呼び出されている仲間なのだ。
学園側はヴァイス家に押し掛けた夜の次の朝には二人の保護者に手紙を出した。
手紙には三者面談を行う理由と保護者側にとって都合の良い日を尋ねる文章が記されていた。
返事はすぐに来た。
学園に来るのは師匠とオーカの母。
そして、その日時は今日の放課後なのだ。
両保護者とも学園の『休日がいいのでは?』という気遣いをスルーし、最速の日程を選択していた。
「そんなに気にすることじゃないって! 事情が事情だからデシルちゃんの師匠だってきっとわかってくれるさ。無口だけど話が通じない人じゃないんでしょ?」
「まぁ……それはそうですけど、私は師匠と夏休みに再会する約束をしていたんです。それを私が起こした問題のせいで師匠の方が呼び出されるってのがちょっと……へこみます……」
「あはは……まあ二人にとってその約束がどれだけ重いのかわからないから、あんま下手なこと言えないけど、きっと大丈夫だって! 師匠だって早めにデシルちゃんと再会できて喜ぶかもしれないよ?」
「師匠が……ですか? どうなんですかねぇ……。そもそも今までにこんなに長く離れ離れになったことがないんで……。あっても三日くらい師匠が出かけてるだけだったりですし……」
デシルだって師匠に会えるのは嬉しい。
一時はホームシックになりかけたこともあるほどだ。
しかし、今回ばかりは理由が理由なのでまだ会いたくない気持ちの方が勝っていた。
彼女にとって今回の問題はそれほど重いものだったのだ。
「そういうオーカさんはお母さん呼び出されて怖くないんですか?」
「あいつは来ないんじゃないかな」
「いや、もうお返事来たってルチル先生言ってたじゃないですか」
「ほら、無視すると職員が直接来そうだから一応返事はしたみたいな……」
「お母さんはそんなことする人なんですか?」
「……性格的にはしないなぁ。それより手紙に返事を出せる脳みそがあったことに驚いたよ。脳みそ筋肉だからなぁ」
「あぁ……」
デシルは「似たもの親子なんですね」という言葉をギリギリで言いとどまった。
この会話だけでもオーカが母親に良くない感情を抱いていることがわかったからだ。
ただ、母親側がオーカを嫌っているとは思えなかった。
苦手らしい手紙を出す作業をして速攻で学園に来るのだ。
嫌っていればオーカの言った通り三者面談も無視するだろう。
「私、オーカさんのお母さんに会えるのが楽しみです」
「あたしもデシルちゃんの師匠に会えるのが楽しみさ! そうだ! やっと会えるんだ……!」
「二人とも、話がまとまったのなら私語はそこまでにしてくれたまえ」
今は授業中だった。
ルチルの注意が飛ぶ。
「はい、ごめんなさい」
「けっ! ルチルも覚悟しとけよ! あたしの親は単純な思考しかしない分厄介だぞ!」
「お話したことがあるから大丈夫だよ。それにしても……」
ルチルは「似たもの親子だね」という言葉を飲み込んだ。
理由はデシルと同じだ。
(もちろんオーカくんのお母様にも気を配らないといけないけど、問題はデシルくんの師匠だ。話を聞く限りありえないと思うけど、今回の問題に怒って暴力でしつけをされると止められないから困る。デシルくん以上の強さなんて敵わないからね……)
ルチルもまた三者面談に出席する教師として緊張していた。
保護者たちが生徒たちに怒るだけでなく、自分も怒られる可能性がある。
それは甘んじて受け入れられる。
しかし、生徒が親からとはいえ痛い目にあわされているのは見ていて辛いものだ。
(無事に終わってくれればいいのだけど……。学園長がどう出るか……)
そもそも三者面談を提案した学園長は、今日は朝からずっと校門の前でシーファを待っている。
相談しようにも今日の学園長はテンションが上がりすぎて会話にならなかった。
新たな出会いの期待と不安に抱えて授業は進んでいく。
● ● ●
「ふぁ~……んぅ、それでどうして校庭で待つことになったの……」
放課後でも眠たそうなヴァイスは目をこすって周囲を見渡す。
いま三人娘はもはや定位置と化した校庭の端っこにいる。
「ヴァイスさん、血を飲んでるのに眠たそうですね」
「そもそも朝起きてる種族じゃないし……太陽を克服しただけで他の部分はだいたい一緒みたい……」
初めてデシルから血を飲んだ時は真夜中だったので喋り方もハッキリしたが、日が出ているうちはいつものようなけだるい喋り方に戻る。
そもそも彼女はこの喋り方を気に入ってるのかもしれない。
「まあ……眠気は置いといて……こうやってみんなとまた校庭の端っこに集まれるのはうれしい……」
ヴァイスの正体は全校生徒に明かされた。
彼女を知っているOクラスの生徒たちは『察してました』といった表情で特に驚くこともなかった。
彼女が無害な人物であることを十分に知っているというのも理由として大きい。
しかし、他のクラスや上の学年には驚きや恐怖を覚える者がいたのも確かだ。
彼らは悪くない。ゆっくりと理解してもらうしかないだろう。
そこらへんは学園長が何とかすると胸を張って言っていた。
いつもはニヤけている彼女も、その時は真剣なまなざしをしていたので誰も心配していない。
ただ、ヴァイス自身もヴァンパイアの印象を良くしようと学園内のボランティア活動を頑張っている。
露骨な好感度稼ぎに見るかもしれないが、じっと黙っているよりは人の役に立つし印象も良いだろう。
うじうじ悩むよりも動いてみよう……それがヴァイスの信条だ。
だから彼女は母の手を振りほどいて学園に来て、王国騎士との親善試合にも出ると返事をした。
ただ、隣にいる友人二人は悩まず動いてみたせいで保護者を呼び出されてしまったのだが……。
(時と場合によるってやつね……。社会で生きるってめんどくさい……。母上が私を閉じ込めておきたかった理由、今ならわかるわ……。でも、それじゃ何も変わらないし、やってみるしかないのよねぇ……)
青い空にはまだ太陽が輝いている。
この光のぬくもりを感じられるヴァンパイアとして生まれたからには外に出なければならないのだ。
「でも……これから教室で三者面談って時にまで……外に出る必要はあるのかしら……」
「まだ親は来てないし、教室でジッとしてるとソワソワして気持ち悪いじゃん! あの机が後ろに下げられて、空いたスペースの真ん中に四つだけ机がくっ付けられてる空間がなんか気に入らないんだよ!」
「わからないでもないわ……」
「だから待っている間は外で体を動かそうってわけ! ヴァイスも血を飲んで体の調子はいいでしょ? こっからトレーニングして体力つけていかないとね!」
「わかった……。付き合うわ……」
「よし! じゃあまずは走り込みだ! 基本中の基本だからね!」
「おー……」
三人娘はだだっ広い校庭を大回りで走り始めた。
常人では一周もキツイこの校庭をデシルとオーカは軽い気持ちで何週もする。
とにかく暇なときはおしゃべりしながら体を動かすようにしているのだ。
ヴァイスにはまだその領域は厳しいので、少し走ると二人から離れてストレッチなどをしている。
「うーむ、やっぱ血を定期的に飲みだしてから体力ついたよなぁヴァイス。もうちょっとペース上げていい?」
「ペースを上げるだけじゃ足りないよ! もっと重り背負うとかしないと修行になんないよ!」
「へー、やる気じゃん。なら……って、誰だ!?」
「親の声忘れてんじゃないよ!」
ガバッと背中からオーカに抱き着く女性。
デシルは彼女の接近に気づいていた。
しかし、『しーっ!』というジェスチャーとそのあまりにも似ている顔立ちを見て黙っていた。
そう、彼女こそは……。
「抱き着くんじゃねーよババア!」
「誰がババアだ! このどら娘!」
オーカの母親にして名門レッドフィールド道場師範、クリムゾン・レッドフィールドだ。
授業中、デシルは机に突っ伏して奇声をあげていた。
「どうしたのデシルちゃん。まじめに授業を受けないなんて珍しいじゃん」
隣の席のオーカが不思議に思ってデシルに声をかける。
オーカだけではなく、他のクラスメートたちも優等生が奇声の理由を知りたがっていた。
「し、師匠が来る……」
「ああ、そのことか」
すぐにピンとくるオーカ。
なんたって彼女も保護者を呼び出されている仲間なのだ。
学園側はヴァイス家に押し掛けた夜の次の朝には二人の保護者に手紙を出した。
手紙には三者面談を行う理由と保護者側にとって都合の良い日を尋ねる文章が記されていた。
返事はすぐに来た。
学園に来るのは師匠とオーカの母。
そして、その日時は今日の放課後なのだ。
両保護者とも学園の『休日がいいのでは?』という気遣いをスルーし、最速の日程を選択していた。
「そんなに気にすることじゃないって! 事情が事情だからデシルちゃんの師匠だってきっとわかってくれるさ。無口だけど話が通じない人じゃないんでしょ?」
「まぁ……それはそうですけど、私は師匠と夏休みに再会する約束をしていたんです。それを私が起こした問題のせいで師匠の方が呼び出されるってのがちょっと……へこみます……」
「あはは……まあ二人にとってその約束がどれだけ重いのかわからないから、あんま下手なこと言えないけど、きっと大丈夫だって! 師匠だって早めにデシルちゃんと再会できて喜ぶかもしれないよ?」
「師匠が……ですか? どうなんですかねぇ……。そもそも今までにこんなに長く離れ離れになったことがないんで……。あっても三日くらい師匠が出かけてるだけだったりですし……」
デシルだって師匠に会えるのは嬉しい。
一時はホームシックになりかけたこともあるほどだ。
しかし、今回ばかりは理由が理由なのでまだ会いたくない気持ちの方が勝っていた。
彼女にとって今回の問題はそれほど重いものだったのだ。
「そういうオーカさんはお母さん呼び出されて怖くないんですか?」
「あいつは来ないんじゃないかな」
「いや、もうお返事来たってルチル先生言ってたじゃないですか」
「ほら、無視すると職員が直接来そうだから一応返事はしたみたいな……」
「お母さんはそんなことする人なんですか?」
「……性格的にはしないなぁ。それより手紙に返事を出せる脳みそがあったことに驚いたよ。脳みそ筋肉だからなぁ」
「あぁ……」
デシルは「似たもの親子なんですね」という言葉をギリギリで言いとどまった。
この会話だけでもオーカが母親に良くない感情を抱いていることがわかったからだ。
ただ、母親側がオーカを嫌っているとは思えなかった。
苦手らしい手紙を出す作業をして速攻で学園に来るのだ。
嫌っていればオーカの言った通り三者面談も無視するだろう。
「私、オーカさんのお母さんに会えるのが楽しみです」
「あたしもデシルちゃんの師匠に会えるのが楽しみさ! そうだ! やっと会えるんだ……!」
「二人とも、話がまとまったのなら私語はそこまでにしてくれたまえ」
今は授業中だった。
ルチルの注意が飛ぶ。
「はい、ごめんなさい」
「けっ! ルチルも覚悟しとけよ! あたしの親は単純な思考しかしない分厄介だぞ!」
「お話したことがあるから大丈夫だよ。それにしても……」
ルチルは「似たもの親子だね」という言葉を飲み込んだ。
理由はデシルと同じだ。
(もちろんオーカくんのお母様にも気を配らないといけないけど、問題はデシルくんの師匠だ。話を聞く限りありえないと思うけど、今回の問題に怒って暴力でしつけをされると止められないから困る。デシルくん以上の強さなんて敵わないからね……)
ルチルもまた三者面談に出席する教師として緊張していた。
保護者たちが生徒たちに怒るだけでなく、自分も怒られる可能性がある。
それは甘んじて受け入れられる。
しかし、生徒が親からとはいえ痛い目にあわされているのは見ていて辛いものだ。
(無事に終わってくれればいいのだけど……。学園長がどう出るか……)
そもそも三者面談を提案した学園長は、今日は朝からずっと校門の前でシーファを待っている。
相談しようにも今日の学園長はテンションが上がりすぎて会話にならなかった。
新たな出会いの期待と不安に抱えて授業は進んでいく。
● ● ●
「ふぁ~……んぅ、それでどうして校庭で待つことになったの……」
放課後でも眠たそうなヴァイスは目をこすって周囲を見渡す。
いま三人娘はもはや定位置と化した校庭の端っこにいる。
「ヴァイスさん、血を飲んでるのに眠たそうですね」
「そもそも朝起きてる種族じゃないし……太陽を克服しただけで他の部分はだいたい一緒みたい……」
初めてデシルから血を飲んだ時は真夜中だったので喋り方もハッキリしたが、日が出ているうちはいつものようなけだるい喋り方に戻る。
そもそも彼女はこの喋り方を気に入ってるのかもしれない。
「まあ……眠気は置いといて……こうやってみんなとまた校庭の端っこに集まれるのはうれしい……」
ヴァイスの正体は全校生徒に明かされた。
彼女を知っているOクラスの生徒たちは『察してました』といった表情で特に驚くこともなかった。
彼女が無害な人物であることを十分に知っているというのも理由として大きい。
しかし、他のクラスや上の学年には驚きや恐怖を覚える者がいたのも確かだ。
彼らは悪くない。ゆっくりと理解してもらうしかないだろう。
そこらへんは学園長が何とかすると胸を張って言っていた。
いつもはニヤけている彼女も、その時は真剣なまなざしをしていたので誰も心配していない。
ただ、ヴァイス自身もヴァンパイアの印象を良くしようと学園内のボランティア活動を頑張っている。
露骨な好感度稼ぎに見るかもしれないが、じっと黙っているよりは人の役に立つし印象も良いだろう。
うじうじ悩むよりも動いてみよう……それがヴァイスの信条だ。
だから彼女は母の手を振りほどいて学園に来て、王国騎士との親善試合にも出ると返事をした。
ただ、隣にいる友人二人は悩まず動いてみたせいで保護者を呼び出されてしまったのだが……。
(時と場合によるってやつね……。社会で生きるってめんどくさい……。母上が私を閉じ込めておきたかった理由、今ならわかるわ……。でも、それじゃ何も変わらないし、やってみるしかないのよねぇ……)
青い空にはまだ太陽が輝いている。
この光のぬくもりを感じられるヴァンパイアとして生まれたからには外に出なければならないのだ。
「でも……これから教室で三者面談って時にまで……外に出る必要はあるのかしら……」
「まだ親は来てないし、教室でジッとしてるとソワソワして気持ち悪いじゃん! あの机が後ろに下げられて、空いたスペースの真ん中に四つだけ机がくっ付けられてる空間がなんか気に入らないんだよ!」
「わからないでもないわ……」
「だから待っている間は外で体を動かそうってわけ! ヴァイスも血を飲んで体の調子はいいでしょ? こっからトレーニングして体力つけていかないとね!」
「わかった……。付き合うわ……」
「よし! じゃあまずは走り込みだ! 基本中の基本だからね!」
「おー……」
三人娘はだだっ広い校庭を大回りで走り始めた。
常人では一周もキツイこの校庭をデシルとオーカは軽い気持ちで何週もする。
とにかく暇なときはおしゃべりしながら体を動かすようにしているのだ。
ヴァイスにはまだその領域は厳しいので、少し走ると二人から離れてストレッチなどをしている。
「うーむ、やっぱ血を定期的に飲みだしてから体力ついたよなぁヴァイス。もうちょっとペース上げていい?」
「ペースを上げるだけじゃ足りないよ! もっと重り背負うとかしないと修行になんないよ!」
「へー、やる気じゃん。なら……って、誰だ!?」
「親の声忘れてんじゃないよ!」
ガバッと背中からオーカに抱き着く女性。
デシルは彼女の接近に気づいていた。
しかし、『しーっ!』というジェスチャーとそのあまりにも似ている顔立ちを見て黙っていた。
そう、彼女こそは……。
「抱き着くんじゃねーよババア!」
「誰がババアだ! このどら娘!」
オーカの母親にして名門レッドフィールド道場師範、クリムゾン・レッドフィールドだ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2,361
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる