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闇の姫君編
038 一番弟子、夜空を飛ぶ
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「みんなごめんね。私の家庭の事情で迷惑かけちゃって。でも、おかげさまで母上も学園に通うことを認めてくれたわ。改めてよろしくね、デシル、オーカ」
「はい! もちろんですよヴァイスさん!」
「あたしも半ば家出みたいに出てきたからヴァイスの気持ちはよくわかるよ。今度はこっちが迷惑かけるかもしれないからその時はよろしくね!」
友情の力でヴァイスを連れ戻すという目的を達成した二人。
屋敷の中庭から見える空はすでに暗いが、今日中に学園に戻るという当初の予定を守るために夜空へ飛び立とうとしていた。
「このホウキに三人も乗れるかなぁ」
「オーカのお尻がおっきいから私が乗れないかも」
「なぁに、ヴァイスの尻は貧相だから大丈夫だって」
「はぁ? 今なんて言った? 聞こえなかった」
「色気のない尻だなって言ったんだよ!」
「デカけりゃいいってもんじゃない!」
血を飲んでハキハキ喋れるようになったヴァイスは毒を吐くスピードも早くなったため、オーカとの口喧嘩が大変盛り上がる。
デシルはその会話をほほえましく見守りつつ、『自分のお尻のサイズがちょうど良いのでは?』と新たな火種になりかねない発言をしようか悩んでいた。
「流石にそのホウキに三人が乗るのは無理よ。お尻のサイズ関係なく不安定になるから危険だし」
「ああ、やっぱりそう思いま……」
現れた四人目……それは学園長マリアベル・オーキッドだった。
「学園の門限はとっくに過ぎてるし、そもそも寮で休んでなさいって言われてたでしょう? まあ、他にもいろいろ言いたいことはあるけれど、まずはヴァイスちゃんのお母さんを説得できたことは褒めてあげましょう。ねぇ、ルチル?」
スッと物陰からルチルが姿を現す。
その顔にいつものようなどこか自信ありげな笑顔はない。
「はい……ヴァイスくんのお母様を説得してくれたのはありがとう。本来なら私の仕事だけど、きっと仕事になってしまうからこそ教師より友達の説得の方が良かったと思う。でも、ルールを破ったことは褒められない。学園長の言う通り、今日一日の外出許可は確かに出してるけど門限は過ぎてしまってるし、寮で休んでいなさいと言ったのにも関わらず黙って抜け出したからね」
「先生、デシルたちをあまり責めないであげてください。もとはといえば全部私が悪いんです。デシルたちのおかげで私はすぐに学園に戻ることが出来るんです! それも前よりもっと良い状態で!」
ヴァイスが間に立ってデシルとオーカをかばう。
しかし、ルチルは黙って首を振った。
「ヴァイスくんの気持ちはわかる。学園長からお母様と君の関係は聞いたからね。でも、それとこれとは話は別なのだよ。確かに早さでは今回の方法は一番かもしれない。でも、もっと関係がこじれたり、二人が危険な目にあう可能性もあった……。いや、デシルくんに限って危険はない。わかってるよ。デシルくんが危険な事ならば私の手には負えないからね」
少し寂しそうな顔をするルチル。
その顔を見てヴァイスもそれ以上言わずに黙る。
「ただ、今回はまず私たち教師に頼ってほしかった。解決は遅くなるかもしれないけど、まず私たちがお母様を尋ねて、それからデシルくんたちが来ても良かったと思う。もしヴァイスくんをさらったのが素性もわからない危険な者たちならば、私は教師としては間違っていると言われようとデシルくんの先行を許したと思う。君が一番強いからね」
「はい……」
「でも今回の犯人はヴァイスくんのお母様だとわかってたし、動機もハッキリしてる。デシルくんも聞いてたよね? だったらやっぱり待ってほしかった。はやる気持ちは十分にわかるし、学生時代の私が同じ状況に置かれてデシルくんと同じことをしないとは言い切れない。弱いくせに突撃したかもしれない。でも、君はきっと理解できる頭の良い子だと思うから……」
「はい……先生、ごめんなさい……」
「私こそ上手く叱れなくて申し訳ないと思っているよ……」
これが自分よりも弱い生徒ならば危険な行動を頭ごなしに叱れる。
生徒には悪いと思いつつも恐怖を植え付けて二度と同じ行動をしないようにもできる。
しかし、デシルはルチルより強い。
修行だけではなく師匠のもとで対人、対モンスター戦闘も何度も行っており実戦経験も豊富だ。
本当にヴァイスや他の生徒たちに危険が迫って来た時、デシルの力を借りた方がよりみなを安全に守れることは明白だ。
だからこそ、友のために素早く動こうとする心だけは否定したくなかった。
教師として生徒をいざという時の戦力に数えているのは間違いかもしれない。
しかし、デシルは本当に強いのだ。
騎士としてのルチルの心が強い者を中心に据えて戦うのが正しいと叫んでいた。
だが、いつでもルールを破って動かれるのは困る。
結果として出てきた言葉が『君はきっと理解できる』。
要するに自分で状況に合わせて最適な行動を考えろということ。
身もふたもない言葉だからこそ、ルチルはどこか自信なさげに言った。
教師としてこれで良いのかと……。
結論から言えばこれでいい。
デシルは痛めつけられたり、無言の圧で押さえつけられたりして叱られることには慣れている。
むしろ、こういう相手を困らせる行動をしたとハッキリ理解できる叱り方のほうが辛かった。
現にルチルの目の前でデシルは見たこともないくらい落ち込んでいる。
悪いことをしたのは痛いほど理解できていた。
(師匠……こういうことなんですね。力はただ振り回すだけじゃダメで、ルールを守らなくちゃ目的を果たしても誰かを困らせてしまう。これができないと……言い方は悪いですけど師匠と同じ。わざわざ私を外の世界に送り出した意味がない。でも、いざという時はどんなことよりも大切な人のために戦う! これだけは譲っちゃいけないんです!)
デシルは反省し決意を新たにした。
その後、デシルたち三人娘はルチルに何度も謝った。
オーカですら少ししゅんとしていたのでルチルの叱り方はやはり間違っていないのだ。
しかし、それを理解しつつも自らの欲望を叶えるためにある提案をする人物がいた。
学園長マリアベル・オーキッドだ。
「私はたまえちゃんの叱り方は間違ってないと思うわ。でも、私の言葉だけでは不安はぬぐいきれないでしょ? なら彼女たちをよく知り、叱り慣れた人たちに来てもらって一緒に話をするのが一番だと思うの」
「……と、言いますと?」
「三者面談をするのよ! 保護者と! 生徒と! 教師と! 三人でお話しするの! 親御さんから指導を認めてもらえればたまえちゃんの不安もなくなるというもの! うん、名案ね! 早速進めさせてもらうわ!」
しゅんとする教師と生徒三人に比べてあまりにもテンションが高いマリアベル。
そう……マリアベルは三者面談を口実にデシルの師匠であり、大好きな旧友シーファを学園に呼び出そうとしてるのだ。
理由こそ不純だが、その行動には正当性がある。
シーファも弟子のこととなれば向こうからやってくるだろう。
まさに完璧な作戦だった。
「では、たまえちゃんとデシルちゃんたちは先に学園に帰りなさい。私は学園長としてヴァイスちゃんの母上様とお話ししてくるから。本当なら夜の訪問はマナー違反かもしれないけど、ヴァンパイアは夜が活動時間だからちょうどいいわ」
そう言ってマリアベルはお屋敷の中へと入っていった。
おちゃらけているところもあるが、彼女も長年学園を守り続けてきた人だ。
この話し合いでヴァイスの母ヴィエラが気を変えることはないだろう。
「じゃあ、私たちは言われた通りに帰るとしようか」
ルチルが乗ってきたホウキにまたがる。
デシルの本当のホウキとは違い、風を受けるプロペラや翼が付いた飛行用のホウキだ。
しかも最新式で、オーカが思わず「カッコいい……」とつぶやくスマートなデザインだった。
普通の人はこのホウキでなければ飛べないし、自力で飛べる者も安定性やスピードを求めて飛行用を使うのが一般的だ。
「いくらデシルくんでも三人乗りは危険だって学園長が言ってたから、誰か一人は私の後ろに乗るといいよ」
「じゃあ、せっかくだしあたしが……」
真っ先に手を挙げたオーカがルチルの後ろに乗る。
そして、両腕をルチルの腰に回す。
「しっかり捕まっていてくれたまえ。では、テイクオフ!」
二本のホウキが満点の星空を飛ぶ。
デシルは来た時と違いスピードを落としてルチルと並走する。
「あの、先生……」
「大丈夫だよ、デシルくん。今はただ、この星空の遊覧飛行を楽しもうじゃないか。生徒と一緒に飛べるなんてそうそうないからね。とっても楽しい気分だよ」
「はい! 私もなんかとっても気持ち良いです!」
「あたしも高いところは苦手だけど……一周回って楽しいかも……」
「夜風が染みるわ……。血を飲んだ後に見る星は普段より輝いて見える」
四人はただ静かに空を飛んだ。
それはまるで、これから来る嵐を予感させるような静けさだった。
「はい! もちろんですよヴァイスさん!」
「あたしも半ば家出みたいに出てきたからヴァイスの気持ちはよくわかるよ。今度はこっちが迷惑かけるかもしれないからその時はよろしくね!」
友情の力でヴァイスを連れ戻すという目的を達成した二人。
屋敷の中庭から見える空はすでに暗いが、今日中に学園に戻るという当初の予定を守るために夜空へ飛び立とうとしていた。
「このホウキに三人も乗れるかなぁ」
「オーカのお尻がおっきいから私が乗れないかも」
「なぁに、ヴァイスの尻は貧相だから大丈夫だって」
「はぁ? 今なんて言った? 聞こえなかった」
「色気のない尻だなって言ったんだよ!」
「デカけりゃいいってもんじゃない!」
血を飲んでハキハキ喋れるようになったヴァイスは毒を吐くスピードも早くなったため、オーカとの口喧嘩が大変盛り上がる。
デシルはその会話をほほえましく見守りつつ、『自分のお尻のサイズがちょうど良いのでは?』と新たな火種になりかねない発言をしようか悩んでいた。
「流石にそのホウキに三人が乗るのは無理よ。お尻のサイズ関係なく不安定になるから危険だし」
「ああ、やっぱりそう思いま……」
現れた四人目……それは学園長マリアベル・オーキッドだった。
「学園の門限はとっくに過ぎてるし、そもそも寮で休んでなさいって言われてたでしょう? まあ、他にもいろいろ言いたいことはあるけれど、まずはヴァイスちゃんのお母さんを説得できたことは褒めてあげましょう。ねぇ、ルチル?」
スッと物陰からルチルが姿を現す。
その顔にいつものようなどこか自信ありげな笑顔はない。
「はい……ヴァイスくんのお母様を説得してくれたのはありがとう。本来なら私の仕事だけど、きっと仕事になってしまうからこそ教師より友達の説得の方が良かったと思う。でも、ルールを破ったことは褒められない。学園長の言う通り、今日一日の外出許可は確かに出してるけど門限は過ぎてしまってるし、寮で休んでいなさいと言ったのにも関わらず黙って抜け出したからね」
「先生、デシルたちをあまり責めないであげてください。もとはといえば全部私が悪いんです。デシルたちのおかげで私はすぐに学園に戻ることが出来るんです! それも前よりもっと良い状態で!」
ヴァイスが間に立ってデシルとオーカをかばう。
しかし、ルチルは黙って首を振った。
「ヴァイスくんの気持ちはわかる。学園長からお母様と君の関係は聞いたからね。でも、それとこれとは話は別なのだよ。確かに早さでは今回の方法は一番かもしれない。でも、もっと関係がこじれたり、二人が危険な目にあう可能性もあった……。いや、デシルくんに限って危険はない。わかってるよ。デシルくんが危険な事ならば私の手には負えないからね」
少し寂しそうな顔をするルチル。
その顔を見てヴァイスもそれ以上言わずに黙る。
「ただ、今回はまず私たち教師に頼ってほしかった。解決は遅くなるかもしれないけど、まず私たちがお母様を尋ねて、それからデシルくんたちが来ても良かったと思う。もしヴァイスくんをさらったのが素性もわからない危険な者たちならば、私は教師としては間違っていると言われようとデシルくんの先行を許したと思う。君が一番強いからね」
「はい……」
「でも今回の犯人はヴァイスくんのお母様だとわかってたし、動機もハッキリしてる。デシルくんも聞いてたよね? だったらやっぱり待ってほしかった。はやる気持ちは十分にわかるし、学生時代の私が同じ状況に置かれてデシルくんと同じことをしないとは言い切れない。弱いくせに突撃したかもしれない。でも、君はきっと理解できる頭の良い子だと思うから……」
「はい……先生、ごめんなさい……」
「私こそ上手く叱れなくて申し訳ないと思っているよ……」
これが自分よりも弱い生徒ならば危険な行動を頭ごなしに叱れる。
生徒には悪いと思いつつも恐怖を植え付けて二度と同じ行動をしないようにもできる。
しかし、デシルはルチルより強い。
修行だけではなく師匠のもとで対人、対モンスター戦闘も何度も行っており実戦経験も豊富だ。
本当にヴァイスや他の生徒たちに危険が迫って来た時、デシルの力を借りた方がよりみなを安全に守れることは明白だ。
だからこそ、友のために素早く動こうとする心だけは否定したくなかった。
教師として生徒をいざという時の戦力に数えているのは間違いかもしれない。
しかし、デシルは本当に強いのだ。
騎士としてのルチルの心が強い者を中心に据えて戦うのが正しいと叫んでいた。
だが、いつでもルールを破って動かれるのは困る。
結果として出てきた言葉が『君はきっと理解できる』。
要するに自分で状況に合わせて最適な行動を考えろということ。
身もふたもない言葉だからこそ、ルチルはどこか自信なさげに言った。
教師としてこれで良いのかと……。
結論から言えばこれでいい。
デシルは痛めつけられたり、無言の圧で押さえつけられたりして叱られることには慣れている。
むしろ、こういう相手を困らせる行動をしたとハッキリ理解できる叱り方のほうが辛かった。
現にルチルの目の前でデシルは見たこともないくらい落ち込んでいる。
悪いことをしたのは痛いほど理解できていた。
(師匠……こういうことなんですね。力はただ振り回すだけじゃダメで、ルールを守らなくちゃ目的を果たしても誰かを困らせてしまう。これができないと……言い方は悪いですけど師匠と同じ。わざわざ私を外の世界に送り出した意味がない。でも、いざという時はどんなことよりも大切な人のために戦う! これだけは譲っちゃいけないんです!)
デシルは反省し決意を新たにした。
その後、デシルたち三人娘はルチルに何度も謝った。
オーカですら少ししゅんとしていたのでルチルの叱り方はやはり間違っていないのだ。
しかし、それを理解しつつも自らの欲望を叶えるためにある提案をする人物がいた。
学園長マリアベル・オーキッドだ。
「私はたまえちゃんの叱り方は間違ってないと思うわ。でも、私の言葉だけでは不安はぬぐいきれないでしょ? なら彼女たちをよく知り、叱り慣れた人たちに来てもらって一緒に話をするのが一番だと思うの」
「……と、言いますと?」
「三者面談をするのよ! 保護者と! 生徒と! 教師と! 三人でお話しするの! 親御さんから指導を認めてもらえればたまえちゃんの不安もなくなるというもの! うん、名案ね! 早速進めさせてもらうわ!」
しゅんとする教師と生徒三人に比べてあまりにもテンションが高いマリアベル。
そう……マリアベルは三者面談を口実にデシルの師匠であり、大好きな旧友シーファを学園に呼び出そうとしてるのだ。
理由こそ不純だが、その行動には正当性がある。
シーファも弟子のこととなれば向こうからやってくるだろう。
まさに完璧な作戦だった。
「では、たまえちゃんとデシルちゃんたちは先に学園に帰りなさい。私は学園長としてヴァイスちゃんの母上様とお話ししてくるから。本当なら夜の訪問はマナー違反かもしれないけど、ヴァンパイアは夜が活動時間だからちょうどいいわ」
そう言ってマリアベルはお屋敷の中へと入っていった。
おちゃらけているところもあるが、彼女も長年学園を守り続けてきた人だ。
この話し合いでヴァイスの母ヴィエラが気を変えることはないだろう。
「じゃあ、私たちは言われた通りに帰るとしようか」
ルチルが乗ってきたホウキにまたがる。
デシルの本当のホウキとは違い、風を受けるプロペラや翼が付いた飛行用のホウキだ。
しかも最新式で、オーカが思わず「カッコいい……」とつぶやくスマートなデザインだった。
普通の人はこのホウキでなければ飛べないし、自力で飛べる者も安定性やスピードを求めて飛行用を使うのが一般的だ。
「いくらデシルくんでも三人乗りは危険だって学園長が言ってたから、誰か一人は私の後ろに乗るといいよ」
「じゃあ、せっかくだしあたしが……」
真っ先に手を挙げたオーカがルチルの後ろに乗る。
そして、両腕をルチルの腰に回す。
「しっかり捕まっていてくれたまえ。では、テイクオフ!」
二本のホウキが満点の星空を飛ぶ。
デシルは来た時と違いスピードを落としてルチルと並走する。
「あの、先生……」
「大丈夫だよ、デシルくん。今はただ、この星空の遊覧飛行を楽しもうじゃないか。生徒と一緒に飛べるなんてそうそうないからね。とっても楽しい気分だよ」
「はい! 私もなんかとっても気持ち良いです!」
「あたしも高いところは苦手だけど……一周回って楽しいかも……」
「夜風が染みるわ……。血を飲んだ後に見る星は普段より輝いて見える」
四人はただ静かに空を飛んだ。
それはまるで、これから来る嵐を予感させるような静けさだった。
応援ありがとうございます!
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