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第1章
第3話 妓楼“火車”と赤髪の娘
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※少し日が空いちゃいました(-。-;
=================================================
かつて、城下の中心に建ち並んでいた数々の宿屋。
ほんの数年前までは他国より赤煙国を訪れた商い人や旅人達に一時の癒しを与えていたそれらの殆どが、女郎屋や妓楼に姿を変えた。5年前に前創氏が原因不明の急死を遂げると同時に立した新たな国主 創氏・朱禍の、欲にまみれた悪政により、困窮した多くの国民が家財を処分し、評判の悪い商い人に頭を下げて金を借りまた、妻や娘を泣く泣く借金のカタに女郎屋や妓楼へ売った。
元々健全な宿屋が姿を消していき、増え続ける売られた女達の働く場として、代わりに女郎屋や妓楼が急激に数を増していった。そうして赤煙国城下では、花街が他国に類を見ない程の規模となり、近年では女に“癒し”を求めに他国より流れつく旅人が、赤煙の〈関所〉を通過する者の多くを占めることとなっている。
そんな、赤煙国の一大商売と化した花街にあって、最大の店の広さと多くの女達を抱える、赤煙一の老舗にして大妓楼、“
火車”
宿としても、提供される食事も、“商品”である女達も、全て一定以上の教養を身につけた一級品。
中でも取り分け人気の高い一部の女達は“太夫と呼ばれ、値段も飛び抜けて高い。単に金を積めば一晩共にできるわけではないという、会って話をするのでさえ最高難度を誇る。そんな“お高い”女性を是非 自分の夜の相手にと、数多くの富豪達があの手この手で彼女らの関心を引こうと、毎夜水面下で“貢ぎ合戦”を繰り広げるのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今宵もまた、建ち並ぶ夜の店前にぶら下がる行燈が妖しく灯り、大妓楼の入り口に掲げられた大看板“火車”の二文字が道行く人々を誘惑する。小金持ちから大金持ち、非番のお役人など、様々な形の男達が大妓楼へと吸い込まれ、帳場も下足番も調理場も助番も、皆が皆、忙しい。
その忙しく立ち回る働き手の内に一人、一際小柄な赤髪の少女の姿があった。
助番A
「雫ちゃん!二階の小百合さん、お馴染みさんが間もなく“入り”だから部屋のお支度お願い!!」
調理場A
「馬鹿野郎こっちが先だ!おい雫ッッ、一階野菊の姉さんのところに料理持ってってくれ!!早くしないと冷めちまう」
調理場B
「雫ぅ!ついでにその隣のお藤さんのへやにお銚子2本持ってっとくんなぁ!!」
その他複数
「「「雫!!!」」」
「はいはい。…順番にやるから、待って」
次々と投げかけられる要求やお願いにおざなりな返事を返し、雫と呼ばれた赤髪の娘はその小柄で痩せた身を忙しなく動かす。他の働き手の誰よりも素早く器用に動くその娘の左眼は、怪我でもしているのか。白い包帯に覆われ、その瞳の色を伺うことは出来ない。
そんな風貌と雑多に切られた髪、平坦な口調と無表情が相まって、彼女をひどく取っ付きにくそうな人物に見せているが、楼の者達は、忙しそうに働く者達の中でも取り分け彼女の名を呼ぶ。彼女の良き仕事ぶりによるものか、はたまた大きな潤んだ右の黒い瞳が愛らしさを抱かせるのか。あるいはそのどちらもかもしれないがともかく、側から見ても一目瞭然な位に楼一のたちまわりをみせている娘・雫は現在、ひどく憂鬱な心持ちとなっていた。(尚、表情は一切変わらぬ無表情のままである。)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「はいよ雫ちゃんおまたせ!三階大広間の太夫姐さん達のとこのお膳とお銚子上がったよ!!」
「………ありがとう。」
熱々の銚子を数本 豪勢な料理膳に乗せて持った雫は階段を上っていき、この妓楼最上階・三階にある大広間へと向かった。が、先程まで軽やかな動きを見せていたその足取りが心なしか重々しい。
「…はぁ」
大広間の大仰な引き戸の前まで来ると、腹の底から絞り出すようなため息をついた。
(どうしてこうなった)
心の中をどんよりと覆う厚い雲を振り払うよう ブンブンと頭を横にふると、
「ひな菊太夫、あさ露太夫、ゆう華太夫、お客様、膳をお持ちしました。
…失礼しても?」
引き戸に向かって声をかけた。
少しの間をおき、
「「「あい。どうぞお入り」」」
と、3つの高く華やかな声が重なった。
ふぅ、と小さく息を整え一旦膳を床に置くと、両手で引き戸を開ける。
そうしてひらけた視界、大広間の奥中心には、華々しい着物や装飾などで着飾った、3人の美しい女性達。そしてそんな彼女達に囲まれながらも全く見劣りすることのない銀の髪の美丈夫が、強烈な存在感を発しながらちんざしていたのだった。
「まぁま。雫ちゃん!いつまでもそんな冷たい床に座ってたら風邪ひいちゃうよぉ~?早く入って入って♪」
ふふふ、と男の左側からみをよせる、幼げな美貌と反比例した豊満な身体の持ち主・ひな菊が、妖しい色香を放ちながら軽やかに笑い。
「そうですよ雫さん。恩人である方を放ったまま仕事などしなくとも、ここに座って一緒に話しましょう?」
ねぇ?と背後から男に抱きつきながらしっとりと微笑む儚げな美貌の持ち主・あさ露が言い。
「紫円様ときたら、口には出さずともずっと雫を気にしていたご様子だったのよ?こんな美女3人に囲まれながら他の人を気にするだなんて……、妬けるわ」
右側より身体を寄せながら、男の頬をつついてふざける、大人の女の凄絶な色気を放つ、ゆう華。
「いやその。どうして私などがこのような歓待を受けているのか、戸惑うばかりなのですが…。決して嫌では。というか、こんな美々しい女性達に囲まれて喜ばない男はいませんよ」
「「「まぁ!お口の上手いこと!!」」」
「いやあの本当に!ああ、もうどうしたらっ………雫さん!!」
「……………。」
困惑げに形の良い眉を下げながら 女達のからかいに情けない声を上げる男・紫円。背に流した長い銀髪と端正な顔立ち、白地に銀糸で細かく刺繍された上品な包衣を纏ったこの麗人は、八の字に下がった眉の下の煙るような鈍色の両瞳から不思議な魅力を醸しながら、困った助けてと真っ直ぐに雫を見つめてくる。
ふわふわ、キラキラ、チカチカ
(目が回りそう…)
よく、華やかな人を前に“華が咲いたようだ”だの“綺羅星の如き輝き”だのと褒め称える表現がなされるが。過ぎたるは目に毒、煩わしくってしょうがないと心中毒づきやはり、と無表情の下で雫は思案せずにはいられなかった。
(本当に。どうしてこうなった??)と。
重い足取りで大広間に膳を運び入れる彼女の前からは、先にも増して楽しげな女達の笑い声と戸惑い慌てた様子の男の声が、絶えず響いていた。
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かつて、城下の中心に建ち並んでいた数々の宿屋。
ほんの数年前までは他国より赤煙国を訪れた商い人や旅人達に一時の癒しを与えていたそれらの殆どが、女郎屋や妓楼に姿を変えた。5年前に前創氏が原因不明の急死を遂げると同時に立した新たな国主 創氏・朱禍の、欲にまみれた悪政により、困窮した多くの国民が家財を処分し、評判の悪い商い人に頭を下げて金を借りまた、妻や娘を泣く泣く借金のカタに女郎屋や妓楼へ売った。
元々健全な宿屋が姿を消していき、増え続ける売られた女達の働く場として、代わりに女郎屋や妓楼が急激に数を増していった。そうして赤煙国城下では、花街が他国に類を見ない程の規模となり、近年では女に“癒し”を求めに他国より流れつく旅人が、赤煙の〈関所〉を通過する者の多くを占めることとなっている。
そんな、赤煙国の一大商売と化した花街にあって、最大の店の広さと多くの女達を抱える、赤煙一の老舗にして大妓楼、“
火車”
宿としても、提供される食事も、“商品”である女達も、全て一定以上の教養を身につけた一級品。
中でも取り分け人気の高い一部の女達は“太夫と呼ばれ、値段も飛び抜けて高い。単に金を積めば一晩共にできるわけではないという、会って話をするのでさえ最高難度を誇る。そんな“お高い”女性を是非 自分の夜の相手にと、数多くの富豪達があの手この手で彼女らの関心を引こうと、毎夜水面下で“貢ぎ合戦”を繰り広げるのだった。
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今宵もまた、建ち並ぶ夜の店前にぶら下がる行燈が妖しく灯り、大妓楼の入り口に掲げられた大看板“火車”の二文字が道行く人々を誘惑する。小金持ちから大金持ち、非番のお役人など、様々な形の男達が大妓楼へと吸い込まれ、帳場も下足番も調理場も助番も、皆が皆、忙しい。
その忙しく立ち回る働き手の内に一人、一際小柄な赤髪の少女の姿があった。
助番A
「雫ちゃん!二階の小百合さん、お馴染みさんが間もなく“入り”だから部屋のお支度お願い!!」
調理場A
「馬鹿野郎こっちが先だ!おい雫ッッ、一階野菊の姉さんのところに料理持ってってくれ!!早くしないと冷めちまう」
調理場B
「雫ぅ!ついでにその隣のお藤さんのへやにお銚子2本持ってっとくんなぁ!!」
その他複数
「「「雫!!!」」」
「はいはい。…順番にやるから、待って」
次々と投げかけられる要求やお願いにおざなりな返事を返し、雫と呼ばれた赤髪の娘はその小柄で痩せた身を忙しなく動かす。他の働き手の誰よりも素早く器用に動くその娘の左眼は、怪我でもしているのか。白い包帯に覆われ、その瞳の色を伺うことは出来ない。
そんな風貌と雑多に切られた髪、平坦な口調と無表情が相まって、彼女をひどく取っ付きにくそうな人物に見せているが、楼の者達は、忙しそうに働く者達の中でも取り分け彼女の名を呼ぶ。彼女の良き仕事ぶりによるものか、はたまた大きな潤んだ右の黒い瞳が愛らしさを抱かせるのか。あるいはそのどちらもかもしれないがともかく、側から見ても一目瞭然な位に楼一のたちまわりをみせている娘・雫は現在、ひどく憂鬱な心持ちとなっていた。(尚、表情は一切変わらぬ無表情のままである。)
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「はいよ雫ちゃんおまたせ!三階大広間の太夫姐さん達のとこのお膳とお銚子上がったよ!!」
「………ありがとう。」
熱々の銚子を数本 豪勢な料理膳に乗せて持った雫は階段を上っていき、この妓楼最上階・三階にある大広間へと向かった。が、先程まで軽やかな動きを見せていたその足取りが心なしか重々しい。
「…はぁ」
大広間の大仰な引き戸の前まで来ると、腹の底から絞り出すようなため息をついた。
(どうしてこうなった)
心の中をどんよりと覆う厚い雲を振り払うよう ブンブンと頭を横にふると、
「ひな菊太夫、あさ露太夫、ゆう華太夫、お客様、膳をお持ちしました。
…失礼しても?」
引き戸に向かって声をかけた。
少しの間をおき、
「「「あい。どうぞお入り」」」
と、3つの高く華やかな声が重なった。
ふぅ、と小さく息を整え一旦膳を床に置くと、両手で引き戸を開ける。
そうしてひらけた視界、大広間の奥中心には、華々しい着物や装飾などで着飾った、3人の美しい女性達。そしてそんな彼女達に囲まれながらも全く見劣りすることのない銀の髪の美丈夫が、強烈な存在感を発しながらちんざしていたのだった。
「まぁま。雫ちゃん!いつまでもそんな冷たい床に座ってたら風邪ひいちゃうよぉ~?早く入って入って♪」
ふふふ、と男の左側からみをよせる、幼げな美貌と反比例した豊満な身体の持ち主・ひな菊が、妖しい色香を放ちながら軽やかに笑い。
「そうですよ雫さん。恩人である方を放ったまま仕事などしなくとも、ここに座って一緒に話しましょう?」
ねぇ?と背後から男に抱きつきながらしっとりと微笑む儚げな美貌の持ち主・あさ露が言い。
「紫円様ときたら、口には出さずともずっと雫を気にしていたご様子だったのよ?こんな美女3人に囲まれながら他の人を気にするだなんて……、妬けるわ」
右側より身体を寄せながら、男の頬をつついてふざける、大人の女の凄絶な色気を放つ、ゆう華。
「いやその。どうして私などがこのような歓待を受けているのか、戸惑うばかりなのですが…。決して嫌では。というか、こんな美々しい女性達に囲まれて喜ばない男はいませんよ」
「「「まぁ!お口の上手いこと!!」」」
「いやあの本当に!ああ、もうどうしたらっ………雫さん!!」
「……………。」
困惑げに形の良い眉を下げながら 女達のからかいに情けない声を上げる男・紫円。背に流した長い銀髪と端正な顔立ち、白地に銀糸で細かく刺繍された上品な包衣を纏ったこの麗人は、八の字に下がった眉の下の煙るような鈍色の両瞳から不思議な魅力を醸しながら、困った助けてと真っ直ぐに雫を見つめてくる。
ふわふわ、キラキラ、チカチカ
(目が回りそう…)
よく、華やかな人を前に“華が咲いたようだ”だの“綺羅星の如き輝き”だのと褒め称える表現がなされるが。過ぎたるは目に毒、煩わしくってしょうがないと心中毒づきやはり、と無表情の下で雫は思案せずにはいられなかった。
(本当に。どうしてこうなった??)と。
重い足取りで大広間に膳を運び入れる彼女の前からは、先にも増して楽しげな女達の笑い声と戸惑い慌てた様子の男の声が、絶えず響いていた。
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