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第1章
第4話 雫の回想 〜山中 美貌の不審者との遭遇①〜
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そもそも雫は朝早くから、赤霧山山中に身を置いていた。
というのも、楼一番と云っていいほどに身軽で素早く、薬草や山菜の採取、果ては木の枝や蔦など山のもので即席の罠を張り、小動物を狩る能力が異様に高い雫は妓楼“火車”の調理場衆に重宝され、2日に一度は山に入っている。慣れた様子で山中を歩き、狩り、採取し、背に籠と仕留めた獲物を背負って昼過ぎには火車に戻る。本日もまた、満たされた“戦果”を手中に下山が叶う、そのはずだったが。
この日彼女は何故か、想定外の厄介ごとに巻き込まれたのであった。
=================================================
「ほらほら嬢ちゃん!早いとこ観念して止まったほうが身の為だぜぇ!!」
「そうそう。そんなか細い身体にひどい傷なんて拵えたくないダロォ?」
「大人しく背中の荷物を俺らに渡しゃあ、こちとら優しくもてなすぜ!もっとも」
「「「お家に返すことはもう出来ないけどなぁ!!!」」」
「はぁぁぁぁぁあ…面倒くさい」
ザザザザ…と、山道を外れ、獣道を駆けながら逃げる雫の背後には小汚い身形の男達が3人、脇目も振らず蔦・草をかき分けて追ってきていた。
(厄介なのに目をつけられた)
息が切れぬよう速度を調整しながら男達から逃げる雫は無表情ながら僅かに右の目尻をひくつかせた。
ここ6年、火車で働くようになってから欠かさず続けてきた山入りは慣れが混じり、うっかり失念していたのだ。山中には流人や山賊も数多く、見つかると総じて身ぐるみ剥がされる。最悪、殺される可能性もあるのだということを。
特にここ近年は新創氏のせいで生活困窮者が続出していて、山に身を寄せる流人も急増。基本的に一人では山入りしないことが暗黙の決まり事となっている程に、山中は危険であふれている。だというのに一人で山に入り続けていた雫は非常に異端。おまけに、今まで一度たりともそれらに遭遇したことがなかった為、大いに油断していたのだ。
全くもって情けないと、駆けるうちにやはり切れてきた息に僅かに顔をしかめると、いつも自身が目印がわりにしているこの山中でもかなり大きな木を視界に捉え、一気に速度を上げる。
同時に、様々な用途に使用する長縄を腰から外すと、走りながら錘の付いた先を垂らし、遠心力を加えて勢いよく回してひときわ高くそこそこ太い枝に向けて放り投げる。
シュルルルルル…と音を立てて飛んでいった縄は、錘が枝の僅か上を過ぎて後重力に従い下降し、枝を軸としてくるくるっと巻きつく。錘の先は返し爪のようになっており、クッと手首をしならせ引く仕草をすると縄の巻きつき始点と噛み合わさり固定される。
それら一連の動作を流れるように行うと、上げた速度はそのまま、縄を強く握り、木の幹に突っ込む数歩手前でタン!と軽やかに地を蹴り、跳んだ。
「うおッッ!?」
「な、なんだぁ??」
「おいおい……。猿かよ」
後を追ってきた男達が驚きの声を上げるのをまるっと無視し、縄を素早く手繰りながら木の幹を文字通り“駆け上がって”いく。そうして縄の先が巻きついた太い枝にたどり着くと、一度下で騒ぐ男達の姿を見下ろし、直ぐに興味を失い顔を上げて息を整える。のんびりとした仕草で木の枝に荷と腰を下ろした。
「ふう…」
「おぃてめ……、降り…こ…!」
「いつ…も逃げ……おも……よ!!」
未だ下で騒ぎ喚く男達の声を途切れ途切れに聞きつつ、さてどうしたものかと独りごちる。
いつも戻る時間はとっくに過ぎ、おそらく既に三時を回っているだろう。西に傾き向かう太陽と僅かに色を変え始めた空がそれを物語っている。この後直ぐに男達が諦め去るか、上手く巻いて下山を果たせても夕方を過ぎて七時の開楼に間に合うかどうか。果たせずこのまま身動きが取れないと、山中で夜を迎えてしまう。
(そうなると昼夜山で暮らしている山賊が有利だし、夜山の下山は私でも難しい)
加えて暑いくらいの昼時が嘘のように、夜は冷える。昼間の山歩き装備の身軽さでは夜を明かす前に体調を崩しそうだ、夜を迎える前になんとかせねばと思考を巡らせていた雫はふと、辺りがとても静かなことに気づいた。下で騒いでいた男達の声が聞こえない。
慌てて下を覗き込んだ雫は男達の姿がないことを確認すると、内心で強くほぞを噛んだ。
(またしても油断)
これでは男達の動向が掴めない。いないと思って木から降りたところを捕まったらば、一巻の終わりである。これは詰んだか、と若干諦め混じりに木の幹に背を預けた時だった。
「あのおぉーー!聞こえますかぁーー??」
そんな間延びした声が下から聞こえてきたのは。
(???)
山賊がまた戻ってきたのか、それとも新手かとゆっくり下を覗き込むとそこには。
「あ。良かった、聞こえたみたいで!私、紫円というしがない飾り職人なんですけどー!道に迷いまして街へ辿り着けないんですーー!!娘さんは地元の方ですかぁー??」
どう見ても落ちぶれた山賊や流人の類から外れた、着衣も見目もやたらとキラキラしい、極めて怪しい銀髪の麗人が上にいる雫に向かって声を張り上げていた。
「…胡散臭っ」
「胡散臭くてすみませぇーん!名は紫円です宜しくーー!!」
これが雫と、謎の銀髪の美丈夫・紫円の初めての邂逅と会話だった。
というのも、楼一番と云っていいほどに身軽で素早く、薬草や山菜の採取、果ては木の枝や蔦など山のもので即席の罠を張り、小動物を狩る能力が異様に高い雫は妓楼“火車”の調理場衆に重宝され、2日に一度は山に入っている。慣れた様子で山中を歩き、狩り、採取し、背に籠と仕留めた獲物を背負って昼過ぎには火車に戻る。本日もまた、満たされた“戦果”を手中に下山が叶う、そのはずだったが。
この日彼女は何故か、想定外の厄介ごとに巻き込まれたのであった。
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「ほらほら嬢ちゃん!早いとこ観念して止まったほうが身の為だぜぇ!!」
「そうそう。そんなか細い身体にひどい傷なんて拵えたくないダロォ?」
「大人しく背中の荷物を俺らに渡しゃあ、こちとら優しくもてなすぜ!もっとも」
「「「お家に返すことはもう出来ないけどなぁ!!!」」」
「はぁぁぁぁぁあ…面倒くさい」
ザザザザ…と、山道を外れ、獣道を駆けながら逃げる雫の背後には小汚い身形の男達が3人、脇目も振らず蔦・草をかき分けて追ってきていた。
(厄介なのに目をつけられた)
息が切れぬよう速度を調整しながら男達から逃げる雫は無表情ながら僅かに右の目尻をひくつかせた。
ここ6年、火車で働くようになってから欠かさず続けてきた山入りは慣れが混じり、うっかり失念していたのだ。山中には流人や山賊も数多く、見つかると総じて身ぐるみ剥がされる。最悪、殺される可能性もあるのだということを。
特にここ近年は新創氏のせいで生活困窮者が続出していて、山に身を寄せる流人も急増。基本的に一人では山入りしないことが暗黙の決まり事となっている程に、山中は危険であふれている。だというのに一人で山に入り続けていた雫は非常に異端。おまけに、今まで一度たりともそれらに遭遇したことがなかった為、大いに油断していたのだ。
全くもって情けないと、駆けるうちにやはり切れてきた息に僅かに顔をしかめると、いつも自身が目印がわりにしているこの山中でもかなり大きな木を視界に捉え、一気に速度を上げる。
同時に、様々な用途に使用する長縄を腰から外すと、走りながら錘の付いた先を垂らし、遠心力を加えて勢いよく回してひときわ高くそこそこ太い枝に向けて放り投げる。
シュルルルルル…と音を立てて飛んでいった縄は、錘が枝の僅か上を過ぎて後重力に従い下降し、枝を軸としてくるくるっと巻きつく。錘の先は返し爪のようになっており、クッと手首をしならせ引く仕草をすると縄の巻きつき始点と噛み合わさり固定される。
それら一連の動作を流れるように行うと、上げた速度はそのまま、縄を強く握り、木の幹に突っ込む数歩手前でタン!と軽やかに地を蹴り、跳んだ。
「うおッッ!?」
「な、なんだぁ??」
「おいおい……。猿かよ」
後を追ってきた男達が驚きの声を上げるのをまるっと無視し、縄を素早く手繰りながら木の幹を文字通り“駆け上がって”いく。そうして縄の先が巻きついた太い枝にたどり着くと、一度下で騒ぐ男達の姿を見下ろし、直ぐに興味を失い顔を上げて息を整える。のんびりとした仕草で木の枝に荷と腰を下ろした。
「ふう…」
「おぃてめ……、降り…こ…!」
「いつ…も逃げ……おも……よ!!」
未だ下で騒ぎ喚く男達の声を途切れ途切れに聞きつつ、さてどうしたものかと独りごちる。
いつも戻る時間はとっくに過ぎ、おそらく既に三時を回っているだろう。西に傾き向かう太陽と僅かに色を変え始めた空がそれを物語っている。この後直ぐに男達が諦め去るか、上手く巻いて下山を果たせても夕方を過ぎて七時の開楼に間に合うかどうか。果たせずこのまま身動きが取れないと、山中で夜を迎えてしまう。
(そうなると昼夜山で暮らしている山賊が有利だし、夜山の下山は私でも難しい)
加えて暑いくらいの昼時が嘘のように、夜は冷える。昼間の山歩き装備の身軽さでは夜を明かす前に体調を崩しそうだ、夜を迎える前になんとかせねばと思考を巡らせていた雫はふと、辺りがとても静かなことに気づいた。下で騒いでいた男達の声が聞こえない。
慌てて下を覗き込んだ雫は男達の姿がないことを確認すると、内心で強くほぞを噛んだ。
(またしても油断)
これでは男達の動向が掴めない。いないと思って木から降りたところを捕まったらば、一巻の終わりである。これは詰んだか、と若干諦め混じりに木の幹に背を預けた時だった。
「あのおぉーー!聞こえますかぁーー??」
そんな間延びした声が下から聞こえてきたのは。
(???)
山賊がまた戻ってきたのか、それとも新手かとゆっくり下を覗き込むとそこには。
「あ。良かった、聞こえたみたいで!私、紫円というしがない飾り職人なんですけどー!道に迷いまして街へ辿り着けないんですーー!!娘さんは地元の方ですかぁー??」
どう見ても落ちぶれた山賊や流人の類から外れた、着衣も見目もやたらとキラキラしい、極めて怪しい銀髪の麗人が上にいる雫に向かって声を張り上げていた。
「…胡散臭っ」
「胡散臭くてすみませぇーん!名は紫円です宜しくーー!!」
これが雫と、謎の銀髪の美丈夫・紫円の初めての邂逅と会話だった。
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