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芯しん亭

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 私は修行に来たのであって嫁に来たのではない。
「心角、お茶」
 一心さんが言う。
「はいはい、ただいま」
 愛想のいい心角さんがいなくなると困る。一心さんは不愛想だし、おまけに私を一瞥して深いため息をつく。
 いや、見ていたのは私の前に置かれた花だった。
「あのう、花咲嫁って?」
 私は聞いた。
「その花が咲くと嫁が来るらしい。嫁が来るから咲くのか?」
 卵が先かニワトリが先かみたいなことなのだろうか。
「そんなわけ…」
 笑い話か冗談のつもり?
「今朝までは咲いていなかった」
 と真顔で一心さんが言う。
「本当ですか?」
 私のせいということなのだろうか。命を吸い取られていたりするのだろうか?
「案ずるな。ウタのときだって、咲子のときだって咲いた」
「ウタさん?」
「最初の妻だ」
 この人、しれっと何を言ってるのだろう。
「咲子さんは?」
「二番目」
「他には?」
 一心さんが首を振る。
「さすがに二人も妻に先立たれると…」
 私を娶るつもりはないということなのだろうか。
 そもそもさっきから態度悪い。胡坐をかいて片肘ついて睨んでくる。こんな人、こっちから願い下げ。
「一心さんて何歳なんですか?」
 私が知っている唯一のことを尋ねてみた。
「399。もうすぐ400だ」
「そんなことって」
 嘘をついているふうでもない。冗談だと思っていたのに、真実らしい。
「鬼の血が入ってるからな」
 一心さんは白い花を仏壇の前に置いた。確かに二人の女性の遺影があった。
「私もそこへ並べと?」
 おじいちゃんがそんな約束を勝手にしたのだろうか。
「強制をするつもりはない。もう人間の奥さんはこりごりだ。あっという間に死にやがる」
 その言い方が気に入らなかった。
「私はここに修行へ来ました」
「修行? ああ、その厄介そうな力か」
 私は私の力がわかっていない。小さいときからだから分別もつかなくて、たぶん普通の人には見えないものが私には見える。しかも一度だけ、なにかを消した。
「私の力は悪いものだけでなくいいものも消してしまうと祖父に言われました。私は私の力がコントロールできるようになって人間界に戻ります」
「なるほど。そのための修行か。確かにこっちにいればその力の安定にはなるだろう。重力以外にも嫌な気が集まっているからな。それにその程度の力なら暴走したときに俺たちならどうとでもできる」
 そういうものなのか。
「あなたは前の奥さんが忘れられない。私は私の能力を落ち着かせたい。結婚はなるべく先延ばしにして、ここはひとまず協力しましょ?」
「わかった」
 握手したところを見計らったかのように心角さんが、
「仲のよろしいことで」
 とお茶を淹れてきてくれた。
「おいしいです」
「よかった。稀にこっちの食事が合わない方もいるので。瑠莉様は大丈夫そうですね」
 きれいな緑の、俗世と同じお茶の味。水も地下水なのだろうか。考えてもわからないからごくっとお茶を飲み干した。
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