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芯しん亭

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 それから私は芯しん亭を見て回った。大きく見えるが、客室は10のみ。一番上のお部屋が最高級。死んだらお金なんて使えないだろうに。
「夕餉の支度がありますので」
 と心角さんは行ってしまい、一心さんが芯しん亭を案内してくれた。すれ違う従業員たちが一心さんに頭を下げる。偉そうにするわけでもなく、私にあれやこれやを説明する。温泉が湧いているのを大女将とあの瓜二つのお姉さんが見つけて、地獄からの依頼もあってここで宿を始めたらしいが、どんどん仲が悪くなっていったそうだ。姉妹でも経営方針が違うのかもしれない。
「あっちが男湯、そっちが女湯。そこから外に出られるぞ」
 庭があって、そこもきれいに整えられていた。地獄なのに日本庭園。そういえば死者も日本人ばかりに見えた。あっちの国にも地獄の概念はありそうだが、宗教によって辿り着く先がことなるのだろうか。
「椿? 木はあるのに花は咲かないの?」
 蕾もない。
「こっちは地上よりも空気が薄いからな。四季もあまり感じられない。だから松とか常緑樹ばかり植わってる」
 そう言って、一心さんは石でできたベンチに腰を下ろす。
「一心さんは手伝わなくていいの?」
 芯しん亭のあちらこちらから忙しそうな音だけが響く。厨房からはいいお出汁の匂い。
「地上の跡取り息子もこんなもんだろ?」
 長くここにいるからこそ様々な人たちを見てきたのかもしれない。楽をしてお金を得ている人も少なくない。
「がんばってる人もいますよ、多少は」
 庭の隅に六角形の小屋というよりは粗末な、物置きのようなものがあった。
「あれは茶室?」
 私は聞いた。
「昔の厠だ」
「えっ?」
 形はかわいいのに。
「大昔だぞ。俺もまだ子どもだった。もう埋めて何百年になるかな」
「中を見てもいいですか?」
「いいが、変わってるな、あんた」
「だって気になるじゃないですか」
 トイレという場所に変なものが浮遊していることは多い。でもまだ明るいし、ここはそもそもここは地獄だ。
 真ん中に一本柱があって、藁づくり。換気のためなのか小窓もある。つっかえ棒だけど、機能はするようだ。
 当然、匂いも残っていなかった。
「同じような作りのものが向こうにもあるぞ。たぶん馬でも飼ってたんじゃないかな。俺も知らない時代だが」
「見たい」
 知らなければ元厠でも素敵と思ったのかもしれない。
 そちらのほうが広かった。
「ちょっと傷んでるところもあるがすぐに直せる」
 一心さんは確認をするように壁に触れた。
 六角形はかわいいが、元厠よりはこちらのほうが店として成り立つだろう。古いけど頑丈そう。
「決めた。私、ここでお店をするわ」
 ずっとやりたかったのだが、あっちの世界でもバイトですら祖父はいい顔をしなかった。私が人と関わることを避けてくれていたのだろうが、生きるためには働かねば。
「店? でもあんたは表向き芯しん亭の女将候補だ」
「だからよ。新しいことして大女将に嫌われればその話も立ち消えになるでしょう?」
「好きにしろ」
 10坪ほどだろうか。古い作りだからコンセントもない。薄暗いのだから灯りは必須。蝋燭の明かりでは心許ないだろうか。
 実は私、ずっと前から自分のお店が開きたかったの。現世でやりたいのはもちろんだけれど、地獄で手始めも悪くない。あっちでは馬鹿みたいにかかる契約金も不要だろう。それは一心さんとの交渉によるのだろうか。
「そろそろ戻ろう」
 一心さんに声をかけられるまでだいたいの配置を頭の中でシミュレーション。
「はい」
 楽しいことができるような気がする。昔から勘はいいほうなのだ。
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