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芯しん亭

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「あんた、いい腕だね。しかも、生きてる人間じゃないか?」
 小さなおばあさんはその体に反して声が大きい。
「ちょいとお待ち。それはうちの花咲嫁だよ」
 同じ顔をしたおばあさんが芯しん亭から出てきた。その手には見たことのない白い花が咲いていた。
「おばあさま」
 一心さんが何か言いたそうに、しかし唇とぐっと噛みしめる。
「おや千奈、今日は臥せっていなくていいのかい?」
「名智か。あいかわらず耳障りな声だ。私が生きている間にまたこうして花が咲いた。そなたが新たな花咲嫁か?」
 おばあさんの視線が私に向けられる。
「瑠莉様は先刻こちらにご到着されたばかり。少しお休みになられてから大女将にご挨拶にあがります」
 心角さんは跪き、頭を下げ続けている。
「うむ」
 おばあさんは私の手に花を置いた。両手に収まるほどの大きさ。それなのに滅茶苦茶重い。
「重っ」
「すまない」
 一心さんがそれを持ってくれる。まっすぐの茎に小さな花がたくさん咲いて一つの花に見える不思議な植物だった。アリウムに似た、でももっとまん丸。しかも白に見えたが、実際には半透明。植木は小さく、あの土だけで栄養が足りているとは思えない。

「瑠莉様、こちらへ」
 心角さんに促され、芯しん亭に足を踏み入れる。
「お待ち。あんた、困ったことがあったらうちにおいで」
 もう一人のおばあさんは向かいの『清しん亭』に消えていった。
「彼女は?」
 私は心角さんに聞いた。
「大女将の双子の姉です」
「大女将は俺のおばちゃんで、あの二人はすごーく仲が悪い」
 と一心さんが補足する。
「大女将の言うことはここでは絶対です。近頃は体調を崩しがちですが反論はなさらないように」
「はぁ」
 心角さんほどの大男でもあの小柄なおばあさんが怖いのだろうか。
 芯しん亭は本当に立派な旅館のよう。廊下もピカピカ。
「きれい。というか、空気が清浄」
 心なしか私の体まで軽くなる。
 案内された部屋は和室だった。
「俺の部屋だ」
 と一心さんが言った。花を机に置いて、まじまじと見る。
「失礼します」
 対面に私も座った。
「そんな他人行儀な。お二人は夫婦になられるのに」
 心角さんの言葉に、
「は?」
 と私は唸り声をあげてしまった。
「婚礼の準備もありますしね。こちらでは和装が一般的ですが、瑠莉様の世界では洋装も着るとか」
 とウエディングドレスのカタログを広げる。
「待って待って」
 話が追いつかない。
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