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芯しん亭

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 奈落の底、それが地獄。つまり、地獄というのは地底なのだ。故にマグマが近く、当然温泉も湧いている。太陽の光が届かないので暗い。それでも遠くからうっすらと光が差し込んでいるから真っ暗ではない。白夜というよりは夕日が落ちて残光が残った雲の明るさ程度。塵なのか煙なのか定かではないが、夏の夕立のあとのようなじめっとした嫌な暑さだ。

 地獄に到着した私の腕時計が逆回転。磁場の関係なのだろうか。こっちに来たら時間も曜日も関係ないのだろう。逆に考えれば人間界よりも気楽。死んでいる人だから死なないし。
 知らなかったが、こっちにもバスがあるのだ。運転手さんは鬼、それ以外は人間。でも私と彼らは大きく異なる。
「地獄って岩っぽいのね」
 隣りの席のおばさんが窓外を見ながら言う。
「そうですね」
 一瞬、その目が私を哀れんだ気がした。しかし、おでこを見て私が死に人でないと気づくと彼女はまた見慣れぬ風景に目をやった。このバスに乗っているのは私以外、おでこに三角の布を巻いている。
「ご乗車ありがとうございます。次は第一の門前。地獄へお越しの方はこちらでお降りください。尚、このバスは回送となります。お忘れ物にご注意ください」
 みんなそこでバスを降りた。私も。
場所によっては熱気はそれほどない。おどろおどろしい雰囲気だったのはバスを降りたところまで。
第一の門は開いていて、関所というよりも飛行機を乗る前の税関のような場所。
 手形を見せないと門はくぐれない。私のは特別仕様らしい。
「あら、珍しい。生きてる人間だね」
 門番の人に通行手形を見せる。鬼でも女の人ということがわかる。顔もきれいだし、グラマラス。長い爪にネイルまでしている。こっちにも流行りすたりがあるのだろうか。
「はい。あのう、芯しん屋というのは?」
 私は聞いた。
「この先をまっすぐいった右側だよ」
「ありがとうございます」
「いいところに泊まるんだね。あんた、死んでもないのに」
「いえ、修行に来たんです」
判を押してもらって、門をくぐる。

 私は普通の、三角布なしの生きている生身の人間だ。
 どうして私がこんなところにいるかというと、私の生家は神社で、と言っても普通の家族なのだが私にだけちょっと面倒な力があるらしく、おじいちゃんに勧められこっちで修業をすることに。
 本当は地獄なんて来たくなかった。こんなびっくりするようなことを受け入れたのはやんごとなき理由があったから。
 当たり前だけど、圏外だ。スマホで写真を撮ろうとしたがこういうところって映らないんだよな。手ブレでもないのにありとあらゆるものの輪郭がぼんやりしてしまう。
 バスから降りた私たちを出迎える人々が威勢よく声を出す。
「いらっしゃい」
「どうぞ」
「寄って行ってください」
 お祭りっぽい。違う、温泉街に近い。左右に店が立ち並び、一緒にバスで来た人たちが旅館へ入ってゆく。
 この奥に第二の門があって、その先が地獄らしい。そうか。ここに来た人達はみんな地獄行きなのかと改めて思う。
 ごはん処にお酒さんもある。あれはどう見てもコンビニ? あっちの世界が変わればこっちの世界も変わるのか。電波が届けばこのスマホも使えたりするのだろうか。振ってみたけ変化なし。
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