夜想曲は奈落の底で

詩方夢那

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第二章 Gambling with the Devil

2-2-1  Time goes by

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 イエロー・リリー・ブーケのファンミーティングへ出演する事を承諾し契約書に署名をしたレインは、そのままの勢いでリアルツーディー社長の亀山に自宅を借り上げて欲しいと相談をした。
 レインの自宅は決して大きくはないが、一階に少し広い収納スペースがあり、両親と同居していた当時、レインは其処に多少の防音加工を施して作業場所にしていた。両親がかつての祖父母宅へと移ってからは父親が使っていた仰々しい書斎を作業場所とし、窓の改修や照明の取り換えをして今に至っている。
 以降、かつての作業場所は五十嵐小春の作業場所として貸し出しており、片付けや清掃に多大な労力を割いた結果、台所などでの実写撮影も可能になっている。無論、ランの自宅にもインターネット回線は入っているが、彼の作業部屋は常に散らかっており、古い水回りは修繕なしには写せない。

 亀山は作業場所の借り上げには積極的だったが、レインとの関係が業務提携である点に引っかかりが有る様だった。レインは各種企業などのとの共同制作案件に消極的で、専属マネジメント契約を結ぶほどの活動はしていないと考えてるが、専属契約を結ぶ事に対して拒絶感が有るわけではない。
 全く顔を出さずに活動をしているわけではなく、既に元イエロー・リリー・ブーケのレインとゴースト・モノリスを主宰する雨宮聆が同一人物である事は知られ始めている。ファンミーティングへの出演でレインへの注目が集まり、また妙なゴシップを書き立てられるくらいなら、それを逆手にとって活動する事も考えた方がいいと亀山はレインに助言した。
 だが、レインにとってイエロー・リリー・ブーケの活動は消したい過去でしかなく、今は雨宮聆として過去を振り切って活動している以上、かつての経歴を売りにする事だけはしたくなかった。結果、ほぼその場しのぎではあったが、他の所属配信者とのコラボレーションや海外リスナー向けの配信など、配信者としての活動の幅を広げられるなら正式なマネジメント契約を結んで専業になりたいとレインは亀山に伝えた。
 亀山にとって、所属配信者に専用のテーマソングを付けるなど音楽的な展開を強化している今、マルチプレイヤーのミュージシャンを抱え込めるのは大きな利点である。亀山は詳しくは後日話し合うとし、併せて自宅の借り上げについても法律家を交えて話ができるように調整すると言って一度話を切り上げる事になった。

 それから数日、レインは機材を積んだ車を都心へと向かわせ、他のメンバーに先んじて練習場所に入った。
「……こんな機材で出るのか?」
 広げた機材を前に、鴇田の表情は苦々しかった。
 レインは惨憺たる思い出となったギターや機材一式をバンド脱退後にすべて手放しており、現在使っている機材はサッド・レイン・サウンズにデモテープを送って以降に揃えたものである。
「エフェクターはこれだけ?」
「バックバンドの活動はそれで間に合ってます」
 シューゲイザー的な音作りには多少なり機材も必要であるが、それ以外では必要最低限の機材しか使わないシンプルな音作りをしている。
「それで間に合う方が不思議だ」
「コンプレッサーとディストーションが有れば音は出せますし、ピックアップ二重に入れてて音は太いですよ」
「……って、そのギターは何なんだ!」
「見ての通り、ランディVタイプです」
「なんでストラトかレスポール、いや、せめてフライングVにしないんだ」
「使えるギターはこれしかありません。ストラトタイプは有るにはありますが、あれは初心者の頃に買った代物で、なおかつブラックゲイズ用に細い音の割にピックアップ二重に入れてて妙な音しかしないんで」
「どうしてギタリストがそんなのでまかり通るんだ」
「そんなに金は有りません。というか、これだって最初はブラックメタルの為に調整してたものを、汎用性のある感じにしたんですよ?」
 鴇田は思わず頭を抱えた。
「まったく……素人から劣化してるとは思わなかった」
「突き詰めたらこれでいいんです。気に入らないならそっちで機材を用意して下さい」
「分かりました……今日のところは曲さえ覚えていればそれでいいですよ、曲さえ覚えているのなら!」
 鴇田は歯噛みする様に言い、練習場所を出て行った。
 扉が閉まるのを見届け、レインは既に用意された機材を見回して溜息を吐いた。初めてスタジオに連れてこられた時には輝いて見えていた機材が、今は雑多な物置にしか見えない、と。
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