夜想曲は奈落の底で

詩方夢那

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第二章 Gambling with the Devil

2-1-2  博打の始まり

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「動画の方じゃあ随分色々とカバーもしているわけだし、必要な時に必要な物を覚えるのには慣れてるだろう? それより、喘息や片頭痛は大丈夫か?」
 取り繕う様に鷲塚は別の話題を振ってレインを見遣る。
「喘息は今のところ治まってますけど、片頭痛は薬が切れたら血の気が引くくらいには参ってます」
 鷲塚と鴇田は顔を見合わせる。
「予防の薬は出してもらってないのか?」
「痛み止め以外、副作用の方が厄介で飲めません。ただでさえたこつぼ型心筋症起こしてるので」
「え? い、今は大丈夫なのか?」
 予期せぬ言葉に鷲塚は目を見開いた。
「辞める直前の事だったので、随分前の事ですから」
「そ、そうか……しかし、どうして言ってくれなかった」
「辞める辞めない以外の話をする気力は無かったですし、隆君は知っていましたから」
 鷲塚はルーシーに目を向ける。
「喘息でもないのに息苦しい様子で、本人は病院に行っても精神的うんたらかんたらだろうと言ってましたが、流石に妙だと思って病院へ連れて行きました。洒落にならない診断でしたし、本人が伝えたものだと思ってました」
 事の重大さをよく知らないケリーとハリーは顔を見合わせる。
「……そう、か。何はともあれ、今大丈夫なら、もうそれでいい」
 肩を落としながら鷲塚は溜息を吐くが、鴇田は険しい表情でレインを見ていた。
「…‥当日、くれぐれも、体調不良だけは避けて下さいよ」
「保証しかねますが善処します」
 目を伏せて返答するレインに、鴇田の表情はより険しくなる。
「まあ、あまり気に病まないでくれ。ただ、不規則な生活にならないようにだけは注意しなさい」
 鴇田を宥める様に鷲塚は口を開いた。

「というわけで、細かい事は明日の午後二時に本社の方で取り決めるとしよう。あぁ、鴇田くん、名刺は持ってきたか? レインに連絡先を渡してやってくれ」
 鴇田は怪訝に鷲塚を見遣る。
「何か有ったら鴇田くんを通してくれ。明日の事は本社に回しておくが、それ以外に何かあったら彼に」
 溜息を吐きながら鴇田は名刺ケースを手に席を立った。
「君の名刺は」
「ないです」
「まったく」
 鴇田は机に名刺を出した。
「そんなのでよく仕事が出来るな」
「身元は伏せて活動していますので」
 レインは鞄から財布を引っ張り出し、名刺を収めた。その様子に鴇田は再び溜息を吐く。
「さてと……それじゃあ、その、ファンミーティングの事なんだが」
「あの……契約はまだですし、自分はこれで失礼してもよろしいでしょうか」
 財布を鞄に戻したレインは鷲塚を見た。
「え……」
「自分からお話しする事は、もう、有りませんし、自分は部外者ですので」
 鷲塚らは困惑した。この場でメンバー間の旧交を温めようとした目論見が外れてしまったのだ。
「社長、彼が参加するのはファンミーティングの一度だけ、終盤の演奏時間だけですし、当日の構成はリハーサルの後に説明するだけで十分でしょう」
「それはそうだが」
「送っていきますから、少し席を外します」
 言って、ルーシーは立ち上がる。
「明日の午後二時、本社の方にお伺いしますので」
 レインは鷲塚に告げ、立ち上がった。
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