夜想曲は奈落の底で

詩方夢那

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第二章 Gambling with the Devil

2-1-1  博打の始まり

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 あの修羅場から数日、車止めの鍵を強制的に開ける事には成功したが、十五万円を送金したところでレ自宅には戻れないまま、レインは電車に乗った。
 鷲塚から指定されたのはとある駅にほど近い貸し会議室。会社事務所に直接赴けば、またパパラッチに目を付けられるかもしれないと選ばれた場所だった。
 レインが再三の説得を最後まで渋っていた事から、話し合いは復帰を前提としたミーティングではなく、関係者が集まって気軽に話の出来る場としてお膳立てされている。
「来たね」
 貸しオフィスのエントランスには、傍から見れば商売人な風体のルーシーが待っていた。
「来ないわけにいかないだろ……」
 マスクで隠されていてもなお、光の失せた眸からレインが乗り気でない事は明白だった。だが、断る事はもう出来ない。
「メンバーと社長とマネージャー、後、レーベルのプロデューサーが来てる」
「は? ステージ一回だけの約束じゃないのか?」
「それはそうだが、向こうの強い希望があったそうだ。まあ、これまでに作った物を聴かせれば復帰は無いと言えるだろう。皆待ってる、入るぞ」
「うん……」
 ルーシーに先導され、レインは貸会議室へと向かった。

 扉が開くなり、一同の視線がそちらに注がれる。
「……お久しぶりです」
 レインはキャスケットのバイザーを軽く持ち上げて会釈する。
「あぁ、来てくれてよかった。座ってくれ」
 ルーシーに続き、レインは用意された席に腰を下ろしてキャスケットを脱いだ。
「……随分、髪が伸びましたね」
 ひとまとめに束ねた黒髪の長さに、マネージャーの鴇田は眉を顰めるが、レインは口を開かない。
「そりゃ、鴇田さん、あれから十三年っすよ」
 場の空気を険悪にすまいとハリーが口を開いた。
「あぁそうだな、あれから十三年……色々有ったな」
 鷲塚は一同を見回した。
「まずは近況報告といこうか。そういえば、ケリーが結婚したのがあの頃だったな」
「え、あー、確かに」
「個人的に連絡は取って無かったんだろ? 今は子供さんが」
「あ、えっと、あれから今は子供が三人になりましてー……娘三人、まあ賑やかですよ」
 ケリーはぎこちなく答えながら、助けを求める様にハリーを見た。
「あ、次は俺? あはは。そういう俺も所帯持って六年、今年は息子が幼稚園で運動会の一等賞を取ったりして、なんかケリーの気持ちがちょっと分かったかなーって思いつつ、こう、サイドプロジェクトで自分のバンドとかもさせて貰って、こっちでもまた、バンマスって大変だなーって、やっと分かったところっすよ」
 ハリーはルーシーに目配せした。
「僕の話はいい。レインの話を聞いてやろう」
 ルーシーは世間話を切り上げ、レインに話を促した。
「……何から話したらいいでしょう」
「別に面接じゃねーんだし、こう、バンド辞めてからの事、ざっくりと聞かせてくれよ」
 ハリーに促されるまま、レインは渋々口を開いた。
「あれから……散々色々有りましたけど、一応大学を出て、少し前まではアクセサリーの専門店で働きつつ、音楽を続けていました。今はあるバーチャル配信者の事務所と提携して、自分の動画を出したりバックバンドの手伝いをしたりしています」

 マネージャーの鴇田とプロデューサーの早川は目配せする。活動にブランクが無いなら及第点だろう、と。
「その動画の方は見せて貰ったが……棒立ちで、パフォーマンスに関しての懸念点は否めない。まあ、一度きりであれば其処まで求めはしないが……くれぐれも棒立ち演奏なんて事はやめてくれ」
 鴇田は鋭い眼差しをレインに向けた。
「当日のゲネプロを含めてリハーサルは三回確保している。それで、局は覚えているんだろうな」
「自分が作ってないので全く覚えていません」
 レインは鴇田に目を向ける事もしない。
「……初回リハーサルまでに完全に覚えて来る事だ」
 返答の無いレインに、鴇田の眉間に皺が寄る。
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