46 / 60
第二章 Gambling with the Devil
2-2-2 Time goes by
しおりを挟む
事の発端はレインが大学に入ってから半年余りが過ぎた頃の事だった。
当時の彼は学業には真面目に取り組んでいたものの、将来の希望はこれと言ってなく、ただ漠然と、親の手前それなりの企業へ就職せねばならないと考えていた。
その父親は仕事に役立つであろう資格を次々と勧め、レインは話を合わせる様に参考書を読んでは親子関係を維持する為だけにその話題を食卓に持ち出していた。
その鬱々として息苦しい生活の中、音楽だけは救いだったが、それを生業は出来ないという諦めも有った。だが、止めてしまえば何もかも忘れて自分で居られる手段を失ってしまう。。
バンド活動はしない、就職すればギターなんて弾けなくなるから、今だけ。レインはエレキギターもロックも嫌う父親に何度も反論し、表向きには優等生ではないが真面目な大学生であり続けた。
その日々が一変したのはある秋の終わりの事だった。
二本目のギターを見つけた楽器店でピックを探していたところ、レインは背が高く色白な男に声を掛けられた。始めはどんなギターを使っているのかという話題だったが、次第にどんなバンドが好きなのか、どれほどギターを続けているのかといった話に発展した。
そして男は自分のバンドでギタリストを急ぎ探しており、一度セッションに来て欲しいと言った。レインはバンド活動はしないしと断ったが、幸か不幸か、レインがどれほどギターの弾ける人間か、店主が話に割って入ってしまった。
男は店主の話を聞き、ならばぜひスタジオに来て欲しいというが、レインは親の手前バンド活動は出来ないと言った。だが、男は引かなかった。自分の機材を貸すから身ひとつでスタジオに来ればいいとまで言い、その大きな眸で真っ直ぐにレインを見つめた。
強い光を湛えた、三白眼気味の眸は蜘蛛の糸の様で、レインは遂に一度だけならとスタジオに行く事を承諾した。
友人とカラオケに行くから遅くなる。適当な言い訳をして指定されたスタジオに向かうと、其処に在ったのはとある芸能事務所だった。困惑するまま連れて行かれた物置の様なスタジオには、今目の前にあるのと同じように機材が用意されていた。
だが、当時のドラマーは結成当時からのメンバーであるテリーで、ドラムセットの攻勢は異なっており、ギターの機材はケリーが使っていた物だった。
芸能事務所の中で練習しているとはどういうことか、混乱するレインに対し、ケリーは自分たちがメジャーデビューを控えたロックバンドで、既にデビューアルバムのレコーディングは終えているが、復帰の見通しが立たない病気の為にギタリストが脱退せざるを得なくなり、困り果てているという事を打ち明けた。
自分が作っていないアルバムの曲を演奏するのはプライドが許さないかもしれないが、ルックスだけは百点満点、演奏に難が無ければこのまま合流して欲しい。ケリーはその眸を真っ直ぐに向けたまま、レインの手を取ってそう言った。
来てしまった以上、何か演奏して見せる必要がある。洋楽、事にグラムメタルを好んで聴いていたレインは適当な曲を弾いて聴かせた。ケリー達はメジャーシーンのロックバンドであり、四半世紀余り昔の洋楽ヘヴィメタルを聴けば音楽性の違いで諦めてくれるだろうと。
ところが、目論見は外れた。ハリーが洋楽から音楽に熱中したタイプのミュージシャンで、グラムメタルも多少なりと知っており、演奏の良しあしをあっさりと見抜かれてしまったのだ。なにより、レインの丁寧な演奏は誰が見ても十分な技量を感じさせるものだった。
バンド活動はしない。高校でも軽音楽部に入る事はせずにギターを弾き続けてきたレインにとって生まれて初めてのバンド活動の仲間がイエロー・リリー・ブーケになった。
その過酷さを知るまでは、粗末なスタジオでの練習もレインにとって夢の様な時間だった。ささくれたフローリングの上で安い機材をだましだまし使いながらの演奏はロックスターを夢見るケリーには通過点でしかなかったが、レインにとってはその光景が全てであり、今もスタジオの良し悪しや機材の良し悪しは二の次でしかない。
当時の彼は学業には真面目に取り組んでいたものの、将来の希望はこれと言ってなく、ただ漠然と、親の手前それなりの企業へ就職せねばならないと考えていた。
その父親は仕事に役立つであろう資格を次々と勧め、レインは話を合わせる様に参考書を読んでは親子関係を維持する為だけにその話題を食卓に持ち出していた。
その鬱々として息苦しい生活の中、音楽だけは救いだったが、それを生業は出来ないという諦めも有った。だが、止めてしまえば何もかも忘れて自分で居られる手段を失ってしまう。。
バンド活動はしない、就職すればギターなんて弾けなくなるから、今だけ。レインはエレキギターもロックも嫌う父親に何度も反論し、表向きには優等生ではないが真面目な大学生であり続けた。
その日々が一変したのはある秋の終わりの事だった。
二本目のギターを見つけた楽器店でピックを探していたところ、レインは背が高く色白な男に声を掛けられた。始めはどんなギターを使っているのかという話題だったが、次第にどんなバンドが好きなのか、どれほどギターを続けているのかといった話に発展した。
そして男は自分のバンドでギタリストを急ぎ探しており、一度セッションに来て欲しいと言った。レインはバンド活動はしないしと断ったが、幸か不幸か、レインがどれほどギターの弾ける人間か、店主が話に割って入ってしまった。
男は店主の話を聞き、ならばぜひスタジオに来て欲しいというが、レインは親の手前バンド活動は出来ないと言った。だが、男は引かなかった。自分の機材を貸すから身ひとつでスタジオに来ればいいとまで言い、その大きな眸で真っ直ぐにレインを見つめた。
強い光を湛えた、三白眼気味の眸は蜘蛛の糸の様で、レインは遂に一度だけならとスタジオに行く事を承諾した。
友人とカラオケに行くから遅くなる。適当な言い訳をして指定されたスタジオに向かうと、其処に在ったのはとある芸能事務所だった。困惑するまま連れて行かれた物置の様なスタジオには、今目の前にあるのと同じように機材が用意されていた。
だが、当時のドラマーは結成当時からのメンバーであるテリーで、ドラムセットの攻勢は異なっており、ギターの機材はケリーが使っていた物だった。
芸能事務所の中で練習しているとはどういうことか、混乱するレインに対し、ケリーは自分たちがメジャーデビューを控えたロックバンドで、既にデビューアルバムのレコーディングは終えているが、復帰の見通しが立たない病気の為にギタリストが脱退せざるを得なくなり、困り果てているという事を打ち明けた。
自分が作っていないアルバムの曲を演奏するのはプライドが許さないかもしれないが、ルックスだけは百点満点、演奏に難が無ければこのまま合流して欲しい。ケリーはその眸を真っ直ぐに向けたまま、レインの手を取ってそう言った。
来てしまった以上、何か演奏して見せる必要がある。洋楽、事にグラムメタルを好んで聴いていたレインは適当な曲を弾いて聴かせた。ケリー達はメジャーシーンのロックバンドであり、四半世紀余り昔の洋楽ヘヴィメタルを聴けば音楽性の違いで諦めてくれるだろうと。
ところが、目論見は外れた。ハリーが洋楽から音楽に熱中したタイプのミュージシャンで、グラムメタルも多少なりと知っており、演奏の良しあしをあっさりと見抜かれてしまったのだ。なにより、レインの丁寧な演奏は誰が見ても十分な技量を感じさせるものだった。
バンド活動はしない。高校でも軽音楽部に入る事はせずにギターを弾き続けてきたレインにとって生まれて初めてのバンド活動の仲間がイエロー・リリー・ブーケになった。
その過酷さを知るまでは、粗末なスタジオでの練習もレインにとって夢の様な時間だった。ささくれたフローリングの上で安い機材をだましだまし使いながらの演奏はロックスターを夢見るケリーには通過点でしかなかったが、レインにとってはその光景が全てであり、今もスタジオの良し悪しや機材の良し悪しは二の次でしかない。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった
白雲八鈴
恋愛
私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。
もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。
ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。
番外編
謎の少女強襲編
彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。
私が成した事への清算に行きましょう。
炎国への旅路編
望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。
え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー!
*本編は完結済みです。
*誤字脱字は程々にあります。
*なろう様にも投稿させていただいております。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが
カレイ
恋愛
天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。
両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。
でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。
「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」
そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる