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第一章 The war ain't over!
5-2 トラウマ掘削機(2022年春)
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レインは漸く小さくなってきた飴を少しずつ削って飲み込むが、噛んで削るとまた妙な風味が鼻の奥へと新たに流れ込む。
「其処で不倫相手と奥さんが鉢合わせたのは当然として、まさか二股している男の両方と売女が相まみえるんだから、状況は滅茶苦茶だった。あの女、どうもアマミ君がソロのリハーサルをしている物と思って入って来たらしい。とはいえ、僕もバカな事をしていたわけだから、そんなに言える立場じゃなかった」
よりによってどうしてこの味を選んだのか、レインはルーシーの話をそっちのけに後悔していた。
「ただ、このまま関係者全員が同じ空間に居てもいい事にはならないだろうと思って、あの女を外に出して、半同棲していた部屋の鍵を取り上げた。戻るとアマミ君の奥さんは社長に連れられて別室に居て、僕はアマミ君に話を聞いた……其処で耐えられなくなって、彼の頭でシンバルを叩き割ったんだ」
レインは膝の上で形を崩した鞄からボトルを取り出した。口の中の飴が、飲み込める程度に砕けたのだ。
「まったく、言い寄られたからって、おいそれと付き合うものじゃないし、ましてや彼は妻帯者だ。その上、何度も奥さんを泣かせてきた前科者だ。それでその時、これ以上奥さんを泣かせたら僕はバンドを辞めると宣言したんだ。彼女の二股は彼女の責任としてな」
これ以上妙な風味が口腔と鼻腔を蹂躙することは無くなった。レインは静かに息を吐いた。
「……で、それが、どうしたっていうんだ?」
「其処からだ、バンドが落ち目と言われるようになったのは」
いまだ話の筋が見えず、レインは別の包みを開いた。
「アマミ君の強みというのは、あの猥雑で貞操観念の壊れた感性、愛欲にまみれた身勝手な熱情を妙に文学的な雰囲気で歌い上げるセンスであり、あれは真似しようとして出来るものではない。それでいてコンポーザーとしても、古臭く日本人にしか受けない、いや、今となっては昭和歌謡で育った世代への訴求力の方が強いであろうあのメロディセンスを、洋楽的なアプローチでレトロフューチャーに仕上げ、古臭いのに新しい、ダサいようでいてクールという妙な心地よさに出来る感性を持っていた」
レインが口にしたふたつめのキャンディはアーモンドスカッチ。プラリネ味よりは本来のナッツらしい風味にあふれていたが、ナッツがそのまま練り込まれている分、キャンディ生地は少ない。
「しかしだ、あの一件から少しずつ、彼の感性は廃れてしまった。猥雑なエロスも破綻した愛欲も鳴りを潜め、人生を前向きに生きる普通のロックになり果てた。おまけに音楽的なセンスまで衰えてしまった」
ふと机を見たレインは、キャンディの大袋に同封されていた説明書を見つける。
「かつては歌謡曲じみていても、本場欧米に引けを取らないロックのセンスを輝かせていたが、今や、あれは何だ? ただのポップス同然、掴みはいいがアレンジセンスの欠片もないデモテープしか出てこないし、その感性に従ってコノエ君のギターも俗物になり果てた」
レインは自分がバンドを離れた後、イエロー・リリー・ブーケがどのような音楽を作っていたのかを知らないし、興味も無かった。ただ、後任の近江がギターテックとして裏方に居た人物である事だけは知っている。
「彼は元からテクニカルな上昇志向の強いギタリストだったが、今やすっかりそこら辺のロックバンドと同じレベルでしか演奏しない。その上有名歌手のバックバンドに抜擢されて、野心むき出しでバンドまで捨ててしまった。尤も、売れ筋に乗せるのも才能ではあるが、それだけに捉われて何ら面白みのない演奏をするくらいなら、一緒にやりたいとは思わないが……アマミ君がこのままでは、僕も付いていけない」
「其処で不倫相手と奥さんが鉢合わせたのは当然として、まさか二股している男の両方と売女が相まみえるんだから、状況は滅茶苦茶だった。あの女、どうもアマミ君がソロのリハーサルをしている物と思って入って来たらしい。とはいえ、僕もバカな事をしていたわけだから、そんなに言える立場じゃなかった」
よりによってどうしてこの味を選んだのか、レインはルーシーの話をそっちのけに後悔していた。
「ただ、このまま関係者全員が同じ空間に居てもいい事にはならないだろうと思って、あの女を外に出して、半同棲していた部屋の鍵を取り上げた。戻るとアマミ君の奥さんは社長に連れられて別室に居て、僕はアマミ君に話を聞いた……其処で耐えられなくなって、彼の頭でシンバルを叩き割ったんだ」
レインは膝の上で形を崩した鞄からボトルを取り出した。口の中の飴が、飲み込める程度に砕けたのだ。
「まったく、言い寄られたからって、おいそれと付き合うものじゃないし、ましてや彼は妻帯者だ。その上、何度も奥さんを泣かせてきた前科者だ。それでその時、これ以上奥さんを泣かせたら僕はバンドを辞めると宣言したんだ。彼女の二股は彼女の責任としてな」
これ以上妙な風味が口腔と鼻腔を蹂躙することは無くなった。レインは静かに息を吐いた。
「……で、それが、どうしたっていうんだ?」
「其処からだ、バンドが落ち目と言われるようになったのは」
いまだ話の筋が見えず、レインは別の包みを開いた。
「アマミ君の強みというのは、あの猥雑で貞操観念の壊れた感性、愛欲にまみれた身勝手な熱情を妙に文学的な雰囲気で歌い上げるセンスであり、あれは真似しようとして出来るものではない。それでいてコンポーザーとしても、古臭く日本人にしか受けない、いや、今となっては昭和歌謡で育った世代への訴求力の方が強いであろうあのメロディセンスを、洋楽的なアプローチでレトロフューチャーに仕上げ、古臭いのに新しい、ダサいようでいてクールという妙な心地よさに出来る感性を持っていた」
レインが口にしたふたつめのキャンディはアーモンドスカッチ。プラリネ味よりは本来のナッツらしい風味にあふれていたが、ナッツがそのまま練り込まれている分、キャンディ生地は少ない。
「しかしだ、あの一件から少しずつ、彼の感性は廃れてしまった。猥雑なエロスも破綻した愛欲も鳴りを潜め、人生を前向きに生きる普通のロックになり果てた。おまけに音楽的なセンスまで衰えてしまった」
ふと机を見たレインは、キャンディの大袋に同封されていた説明書を見つける。
「かつては歌謡曲じみていても、本場欧米に引けを取らないロックのセンスを輝かせていたが、今や、あれは何だ? ただのポップス同然、掴みはいいがアレンジセンスの欠片もないデモテープしか出てこないし、その感性に従ってコノエ君のギターも俗物になり果てた」
レインは自分がバンドを離れた後、イエロー・リリー・ブーケがどのような音楽を作っていたのかを知らないし、興味も無かった。ただ、後任の近江がギターテックとして裏方に居た人物である事だけは知っている。
「彼は元からテクニカルな上昇志向の強いギタリストだったが、今やすっかりそこら辺のロックバンドと同じレベルでしか演奏しない。その上有名歌手のバックバンドに抜擢されて、野心むき出しでバンドまで捨ててしまった。尤も、売れ筋に乗せるのも才能ではあるが、それだけに捉われて何ら面白みのない演奏をするくらいなら、一緒にやりたいとは思わないが……アマミ君がこのままでは、僕も付いていけない」
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