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第一章 The war ain't over!
5-1 トラウマ掘削機(2022年春)
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――なんで電話したのかは、分かってるだろうと思う。だけど、それでも頼みたい。話だけでも聞いて欲しい。助けて欲しいんだ。
ルーシーとレインは少し歳の離れたいとこ同士で、親戚としては殆ど付き合いの無い間柄であったが、一時期を同じバンドのメンバー同士として過ごした事で、仕事関係者という付き合いがあった。
かれこれ三人目、しかも身内によるバンド再加入の打診を断る事になろうと思っていなかったレインは気が進まない中、都心へと向かう電車に乗っていた。
指定されたのは駅からほど近い貸しスペース、フリーランサーやノンアドレスのワーカーが主な利用客で、帽子に隠しているとはいえ、腰に届くほど髪を伸ばした男が入るには勇気の空間だった。
受付となっているエントランスホールに入ると、少し長い髪を後ろにまとめた男が一人立っていた。
「隆君?」
「あぁ、来てくれたんだ。部屋は六番だよ」
ルーシーは無地のシャツにジャケットを羽織り、一見すると自由業の商売人といった風体だった。
レインはルーシーに続き貸しスペースの個室へと向かい、適当に腰を下ろした。
「悪いな、呼び出して」
「あぁ、街中は嫌いだよ」
「そうだったな。ひとまず話を聞いてくれ。結論は急がない」
ルーシーは手にしていた紙袋からキャンディやクッキーの袋を机に広げた。
「それで」
「そうだな……まず、ユウキ君が辞めてからの事を聞いて欲しい。確か八年ほど前だったか、僕はアマミ君の頭でシンバルを叩き割ったんだ」
話の意図が分からず、レインは眉を顰める。
「おそらく、キミが辞めてからだ。アマミ君は何度となく浮気をしていた。相手はテレビ局で知り合った駆け出しのタレントや事務所でアシスタントをしていた女の子。キミの記憶には残っていないかもしれないが、ツアー中にメイク担当の子を妊娠させて、責任を取る格好で結婚したというか、社長とマネージャーが入籍させていたが、どうにもならなかった」
黙っていろと言う事だろうと理解し、レインはキャンディの大袋の封を切り、よく分からない茶色の飴をマスクの下へとねじ込んだ。
「しかし、浮気癖は本人だけの問題。バンドのスタッフは出来るだけ男の人でまとめて、メイク担当はちょっとオネェな若い男の子が付くようになった。だが、その八年ほど前、あのバカがやらかした」
レインの口の中では、溶け始めた飴が何とも言えない風味を放ち、彼の味覚と嗅覚を引っ掻き回していた。
「確かに、僕もバカだったよ。事務所で預かりになっていたアイドル志望の女の子と恋仲になって、売春すれすれの夜の仕事なんてしたくないというのを信じて半同棲して、事務所からは節度を持ってくれるならむしろそうしてくれとも言われて……節度が無かったのは彼女の方だった。あろう事か、二股をかけたんだ、僕とアマミ君とで」
レインが口にしたのはプラリネ味のキャンディ。ナッツ自体は好きなはずだったが、焦がしたヘーゼルナッツを主体にした妙に脂臭い風味は彼の嗜好に合わない。
「しかも、あの女はマジモンの売女だった。ある時、アマミ君の奥さんに接触して、離婚まで迫ったらしい」
舌にまとわりつく油分を帯びた糖質と鼻腔に充満する脂の匂いで、レインの関心はルーシーの話から離れてゆく。
「そんな事が有ったもんだから、ある時、練習場所にアマミ君の奥さんが乗り込んできて、彼を問い詰めた。彼は情けなく浮気を認めたが、彼女の夢を応援したい、別れるに別れられないと言い出して、その場にいた全員を呆れさせたよ」
レインは口の中の状況を打開したかった。だが、噛み砕いて飲み込むにはまだ飴が大きすぎる。こんな物の為に歯科治療剤が取れてしまうのは避けたいと、彼はただ飴に耐えていた。
「だが、問題はその最中に、あの女が入ってきた事だった。まさかアマミ君が夫婦の修羅場になっているとは知らず、差し入れを持ってきたんだ」
ルーシーとレインは少し歳の離れたいとこ同士で、親戚としては殆ど付き合いの無い間柄であったが、一時期を同じバンドのメンバー同士として過ごした事で、仕事関係者という付き合いがあった。
かれこれ三人目、しかも身内によるバンド再加入の打診を断る事になろうと思っていなかったレインは気が進まない中、都心へと向かう電車に乗っていた。
指定されたのは駅からほど近い貸しスペース、フリーランサーやノンアドレスのワーカーが主な利用客で、帽子に隠しているとはいえ、腰に届くほど髪を伸ばした男が入るには勇気の空間だった。
受付となっているエントランスホールに入ると、少し長い髪を後ろにまとめた男が一人立っていた。
「隆君?」
「あぁ、来てくれたんだ。部屋は六番だよ」
ルーシーは無地のシャツにジャケットを羽織り、一見すると自由業の商売人といった風体だった。
レインはルーシーに続き貸しスペースの個室へと向かい、適当に腰を下ろした。
「悪いな、呼び出して」
「あぁ、街中は嫌いだよ」
「そうだったな。ひとまず話を聞いてくれ。結論は急がない」
ルーシーは手にしていた紙袋からキャンディやクッキーの袋を机に広げた。
「それで」
「そうだな……まず、ユウキ君が辞めてからの事を聞いて欲しい。確か八年ほど前だったか、僕はアマミ君の頭でシンバルを叩き割ったんだ」
話の意図が分からず、レインは眉を顰める。
「おそらく、キミが辞めてからだ。アマミ君は何度となく浮気をしていた。相手はテレビ局で知り合った駆け出しのタレントや事務所でアシスタントをしていた女の子。キミの記憶には残っていないかもしれないが、ツアー中にメイク担当の子を妊娠させて、責任を取る格好で結婚したというか、社長とマネージャーが入籍させていたが、どうにもならなかった」
黙っていろと言う事だろうと理解し、レインはキャンディの大袋の封を切り、よく分からない茶色の飴をマスクの下へとねじ込んだ。
「しかし、浮気癖は本人だけの問題。バンドのスタッフは出来るだけ男の人でまとめて、メイク担当はちょっとオネェな若い男の子が付くようになった。だが、その八年ほど前、あのバカがやらかした」
レインの口の中では、溶け始めた飴が何とも言えない風味を放ち、彼の味覚と嗅覚を引っ掻き回していた。
「確かに、僕もバカだったよ。事務所で預かりになっていたアイドル志望の女の子と恋仲になって、売春すれすれの夜の仕事なんてしたくないというのを信じて半同棲して、事務所からは節度を持ってくれるならむしろそうしてくれとも言われて……節度が無かったのは彼女の方だった。あろう事か、二股をかけたんだ、僕とアマミ君とで」
レインが口にしたのはプラリネ味のキャンディ。ナッツ自体は好きなはずだったが、焦がしたヘーゼルナッツを主体にした妙に脂臭い風味は彼の嗜好に合わない。
「しかも、あの女はマジモンの売女だった。ある時、アマミ君の奥さんに接触して、離婚まで迫ったらしい」
舌にまとわりつく油分を帯びた糖質と鼻腔に充満する脂の匂いで、レインの関心はルーシーの話から離れてゆく。
「そんな事が有ったもんだから、ある時、練習場所にアマミ君の奥さんが乗り込んできて、彼を問い詰めた。彼は情けなく浮気を認めたが、彼女の夢を応援したい、別れるに別れられないと言い出して、その場にいた全員を呆れさせたよ」
レインは口の中の状況を打開したかった。だが、噛み砕いて飲み込むにはまだ飴が大きすぎる。こんな物の為に歯科治療剤が取れてしまうのは避けたいと、彼はただ飴に耐えていた。
「だが、問題はその最中に、あの女が入ってきた事だった。まさかアマミ君が夫婦の修羅場になっているとは知らず、差し入れを持ってきたんだ」
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