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第一章 幼少期編
56.父の帰還
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推定人口十万人を誇るテイルフィル領都。
その領都の中心で、辺りを見渡す様に聳え立つ石造りの城が一つ。
俺は今、テイルフィラー家本邸であるこの城に足を踏み入れている。
父さんの帰領を聞きつけ帰還した俺だが、別邸に着くや否や、すぐに本邸に行くよう促された。
どうやら父さんと共に祖父が帰領しているらしく、俺の到着を待っているというのだ。
本邸の門をくぐり、廊下をジャックスたちと共に進んでいく。
脇にはフルプレートメイルの甲冑や、先代以前の当主であろう人物の肖像画が飾られており、全く落ち着かない。
そんないつもと違う雰囲気に浮かれつつ歩いて行くと、すれ違う赤髪の若い男性からもの凄い剣幕で睨まれてしまった。
余程俺の挙動が不審だったのだろうかと心配になったが、周りの使用人たちがその男性に頭を下げているのを見るに、今の人物が父の弟であるガリウスなのかもしれない。
そんなことを考えつつ、俺たち一行は応接の間と呼ばれる一室へと案内された。
「失礼します」
建物の雰囲気に気圧されながら、俺は緊張の面持ちで声を掛ける。
すると、既に待機していた数名の視線が俺に集まってきた。
重厚な色合いの机を、三方から取り囲むようにして腰を掛けている三名の男性。
一人はお馴染みフィリップ父さん。
色々と緊張しっぱなしだったので、見知った顔があることにとても安心を覚える。
ただ少し顔色が悪く見えるのは気のせいだろうか。
父さんの向かいに座っているのが、真っ赤な短髪に淡い碧眼をもつ壮年の男性。
鋭い視線でこちらを睨みつつ、俺の声にゆっくりと頷く。
おそらく彼が、俺の祖父であるフィガロ=フォン=テイルフィラー辺境伯だろう。
そして二人に挟まれる様にして部屋の上座に座り、静かにこちらを見つめる金髪碧眼の青年。
年は父さんより少し若いくらいだろうか。
その豪華な服装からして、かなり上の立場なのだろう。
そんな三人に戸惑いながら扉の前で立っていると、“座りなさい”とお祖父様から声を掛けられる。
言われるがままにソファーに腰を掛けると、お祖父様がゴホンと咳ばらいをして口を開いた。
「アルフォンス、よく来たな。色々と積もる話もあるが、先ずはこちらのお方よりお前に尋ねたいことがあるそうだ。嘘偽りなく、正直に答えなさい」
「……はい」
厳しい顔つきではあるものの、その優しいお祖父様の声に少し安心しつつ、俺は頷く。
そして正面に座っていた金髪の青年に目をやると、彼は優しく微笑み口を開いた。
「突然の呼び出しで混乱しているだろうけれど、落ち着いて聞いて欲しい。私は帝都からの遣いでやってきた、カイッシュケン=ビルド=ジャパニルと言う。今から君にいくつかの質問をさせてもらうが、どうか正直に答えて欲しい」
「は、はい」
ジャパニルという名前に驚きつつ、俺は何とか返事をする。
ジャパニルの名は、皇族だけが持つことが出来るものだ。
そんな皇族が、父さんたちと共にこの場にいる。
正直、嫌な予感しかしないのだけれど……。
そんな俺の不安を余所に、彼は言葉を続ける。
「君の名前はアルフォンス=テイルフィラーで間違いないかな?」
「……はい」
質問の意図が見えないが、俺はとりあえず正直に答える。
「では、君が既にスキルを三つ所持していると言う事も間違いないかな?」
「っ!? ……はい」
咄嗟に父さんの方を見るが、父さんは黙って頷くだけで何も言わない。
俺は仕方なく、頷いて答えた。
「うん、では次だ。君が持つスキルの中に、契約魔法というスキルがあるね。その効果についても、大枠だが聞き及んでいるよ。契約書の効果もこちらで確認済みだ。そこで一つだけ確認したいのだが、この契約書によって為された契約は、双方の同意以外に解除する方法はあるのかな?」
「……いえ、知りません。強制されて行われたものや本人不在で行われた契約は、効力が極端に弱まります。でも、契約自体を破棄することは出来ないと思います」
「……それは、たとえ契約魔法を持つ君であっても、契約を一方的に破棄には出来ないということでいいのかな?」
先ほどよりも一段、真剣な声で尋ねてくる青年。
その問いに、俺も自信をもって答える。
「はい」
俺の答えに、しばらくの間青年が俺を見つめる。
ほどなく、彼の後ろに立っていた執事姿の男性が彼に何かを耳打ちした。
すると彼はホッと一息つき、表情を柔らかくして口を開いた。
「うん、今の言葉に嘘偽りはないようだ」
彼がそう言うと、両サイドに座っていた父さんとお祖父様がほっと息をついた。
一体どういうことなのだろう。
「すまない、何が何だか分からないだろうね。簡単に言うと……君たち親子には国家反逆の疑いが掛けられていたんだ」
青年の言葉に、身体が固まる。
後ろで待機していたジャックスとソフィーネも息を呑むのがわかった。
「でも安心して欲しい。テイルフィラー卿の迅速な行動と今の君の答えで、それも無くなった。いやー、私も君たちに罪状を言い渡さずに済んでほんと安心したよ」
そう言って、両腕を上げ身体を伸ばしながら背もたれに倒れ込む青年。
先ほどとは打って変わり、言動が少し幼くなったような気がする。
「えっと……すいません、どういうことでしょう?」
彼の説明が端的過ぎて、全く状況が呑み込めない。
取り合えず……危機は去った、と言う事でいいんだろうか。
そんな俺たちを見かねて、お祖父様が口を開く。
「皇子、その説明ではアルフォンスも理解出来ないでしょう。続きは私がさせていただいても?」
「ん? そうかい? じゃぁあとは任せるとしようかな」
「はい」
やはり、皇族だったのか。
皇子か……ヒルデガンド王女と言い、このカイッシュケン皇子と言い、ちょっとフットワークが軽すぎやしないだろうか。
そんな戸惑いを感じつつ、俺はお祖父様の言葉に耳を傾ける。
「五か月ほど前、フィリップから遣いの者がやって来てな。当主を目指す旨とその方法を儂に教えてきたのだが――」
お祖父様曰く、父さんは諸々の準備と並行して、お祖父様にも話を通していたらしい。
現在の状況報告と今後の話をスムーズに進めるための下準備という意味合いももちろんあったみたいだが、最悪の場合皇帝の不興を買いお祖父様が処罰される恐れがあるため、テイルフィラー領に帰ってきて欲しいという旨がメインだったそうだ。
確かに俺たちはビューノウ公爵を出し抜き、他国であるブリオン王国を御家争いに巻き込もうとしている。
御家争いに他国の介入を許してしまうと、そこから帝国に侵攻されてしまう恐れがある。
俺たちもそうならないよう、契約書を対価に色々と調整を続けてきたわけだが、皇帝がそれをどう捉えるかは分からない。
そこで父さんは保険として、適当に理由を付けて帰領するようお祖父様に伝えていたようだ。
しかし――
「そんなことをすれば、陛下の不興を被るのは目に見えておる。フィリップは陛下のお力を甘く見過ぎておるのだ。たかだか辺境伯ごときにどうこう出来る訳がないことは自明であろうに……全く、少し力を手に入れたからといって自惚れよって。本当に情けない」
お祖父様はそう言って、フィリップ父さんを睨みつける。
父さんは黙ったまま俯いている。
おそらく散々叱られたのだろう。
何故か父さんが一回り小さく見えてしまった。
「私はすぐさま契約書を持って登城し、全てを打ち明け陛下に再び忠誠を誓った。そしてフィリップも帝都に呼び出し、契約書を用いて同様の誓約をさせたのだ」
祖父の話に、俺は目を見開く。
元々父さんには当主になるという目的以外にも、皇帝の首輪から逃れてこの辺境領を発展させたいという思いもあったはずだ。
それを祖父は自ら首を差し出し、魔法契約による誓約という確固たる首輪は取り付けてきたという。
確かにそちらの方が、皇帝に疑われることなく領地を発展させることが出来るのかもしれない。
しかし、実際それを自ら行える祖父の行動力には驚かされた。
俺が驚いたまま固まっていると、皇子が悪戯気な笑みを見せて言う。
「実際、父上は君たちの動きは掴んでいたみたいだよ。その上で、今後どうしていくのかを見定めていたようだね」
「なっ……!」
皇子の言葉に俺は言葉を失くす。
そんな俺を見て、皇子は楽しそうに笑った。
「はは、君たちは帝国を甘く見過ぎだ。もし本当に秘密を守りたいなら、それこそ虫一匹入り込まない空間を用意しないと」
「殿下」
皇子の言葉に、窘める様に口を挟む執事らしき男。
「……とにかく、君たちの立場はかなり危うかったわけだ。しかし父上も、テイルフィラー卿の迅速な行動はかなり評価をしてらっしゃったよ。それにアルフォンスの契約魔法も、その価値は計り知れない。父上はそれらの事を鑑みて、卿の忠誠が確実なものなのであれば、今回の問題行動は不問とすることになさったんだ」
「じゃぁさっきの質問は……」
「契約が君の意志で破棄できるのなら、魔法契約による忠誠なんて、何の意味も持たないからね。それを確かめさせてもらったんだ。彼は特殊なスキルを所持していてね。言葉の真偽を判別出来るんだよ」
そう言って、執事姿の男に視線を送る皇子。
その視線に、男は軽く一礼して応える。
「なるほど……」
俺の思っていた以上に、帝国は恐ろしい存在らしい。
きっとこうして色々と種を明かすのも、俺が好き勝手しないよう釘を刺すためなんだろう。
真偽を判定するスキル。欲しいけれど……まぁ無理だろうなぁ。
「では、僕……私も、陛下に誓約を交わすことに?」
そんな周到な皇帝の事だ。
有用なスキルを持つ俺を放置はしないだろう。
しかし意外にも、皇子は首を横に振って答えた。
「いや、残念ながらそれは出来ない。君がスキルを複数所持していることは、既に大勢に知られてしまっている。そんな君を魔法契約で縛ってしまえば、教会が何を言い出すか分からないからね」
そう言えば、以前父さんがそんなことを言っていたっけ。
スキルの多い俺は、神子として崇められるかもしれないとかなんとか。
教会は政治に首を突っ込むことは無いと聞いていたけれど、無視していい存在という訳ではないようだ。
「かと言って、君を野放しにすることも出来ない。君のスキルは放置するには余りに危険だ。他国に渡ってしまうくらいなら……」
先程までと一転した皇子の冷たい視線に背筋が凍る。
俺の能力は、思った以上に危険視されているようだ。
実際俺が下手なことをすれば、簡単に消されてしまうのだろう。
「ふふ、すまない。怖がらせたかった訳ではないんだ。ただ、君はもう少し自分の力の大きさを自覚した方が良いだろうね。これから魔法契約書の存在は多くの者に知れ渡っていくだろう。そうなれば、君やその周りの者たちにも危険が及ぶ可能性は十分に考えられることだ」
「……はい」
確かに、既に契約書の存在は多くの人たちに知られている。
そうなれば、出所を探るものだって出てくるに違いない。
今はお祖母様が上手く隠してくれているみたいだけれど、いつまでも隠し続けられるものではないだろう。
今改めて考えると、俺は辺境伯の孫という立場に甘えていたのかもしれない。
注意しているつもりでも、いざとなれば皆が守ってくれるだろうとどこか楽観視していた。
自分の力もどんどんとついていき、正直自惚れていた。
このままいけば、俺は誰よりも強くなれるかもしれないと。
でも実際は、井の中の蛙だった訳だ。
皇帝の掌で転がされて、いつでも簡単に消されてしまうような、そんな小さな存在。
俺の契約書が有用だから、只々生かされていただけの……。
はぁ、何だか自分がすごく情けなくなってしまった。
今後俺は、どうやって生きていけばいいのだろうか。
皇帝の機嫌を損ねないよう、そして周りから狙われないよう、密かに生きていかなくてはいけないのだろうか。
そんな生活は……いやだなぁ。
しかしそんな俺の不安は、皇子の言葉で吹っ飛ぶことになる。
「はは、そこまで明らさまに落ち込まれると、流石の私も罪悪感を覚えてしまうよ。まぁしっかりと反省してくれたみたいだから良かったけどね」
「……はい」
「うんうん。では君が自分の力と立場を自覚したところで、話を先へ進めるとしようか。さて、今後の君の処遇についてなのだが……アルフォンス、君の国を造ってみる気はないかい?」
その領都の中心で、辺りを見渡す様に聳え立つ石造りの城が一つ。
俺は今、テイルフィラー家本邸であるこの城に足を踏み入れている。
父さんの帰領を聞きつけ帰還した俺だが、別邸に着くや否や、すぐに本邸に行くよう促された。
どうやら父さんと共に祖父が帰領しているらしく、俺の到着を待っているというのだ。
本邸の門をくぐり、廊下をジャックスたちと共に進んでいく。
脇にはフルプレートメイルの甲冑や、先代以前の当主であろう人物の肖像画が飾られており、全く落ち着かない。
そんないつもと違う雰囲気に浮かれつつ歩いて行くと、すれ違う赤髪の若い男性からもの凄い剣幕で睨まれてしまった。
余程俺の挙動が不審だったのだろうかと心配になったが、周りの使用人たちがその男性に頭を下げているのを見るに、今の人物が父の弟であるガリウスなのかもしれない。
そんなことを考えつつ、俺たち一行は応接の間と呼ばれる一室へと案内された。
「失礼します」
建物の雰囲気に気圧されながら、俺は緊張の面持ちで声を掛ける。
すると、既に待機していた数名の視線が俺に集まってきた。
重厚な色合いの机を、三方から取り囲むようにして腰を掛けている三名の男性。
一人はお馴染みフィリップ父さん。
色々と緊張しっぱなしだったので、見知った顔があることにとても安心を覚える。
ただ少し顔色が悪く見えるのは気のせいだろうか。
父さんの向かいに座っているのが、真っ赤な短髪に淡い碧眼をもつ壮年の男性。
鋭い視線でこちらを睨みつつ、俺の声にゆっくりと頷く。
おそらく彼が、俺の祖父であるフィガロ=フォン=テイルフィラー辺境伯だろう。
そして二人に挟まれる様にして部屋の上座に座り、静かにこちらを見つめる金髪碧眼の青年。
年は父さんより少し若いくらいだろうか。
その豪華な服装からして、かなり上の立場なのだろう。
そんな三人に戸惑いながら扉の前で立っていると、“座りなさい”とお祖父様から声を掛けられる。
言われるがままにソファーに腰を掛けると、お祖父様がゴホンと咳ばらいをして口を開いた。
「アルフォンス、よく来たな。色々と積もる話もあるが、先ずはこちらのお方よりお前に尋ねたいことがあるそうだ。嘘偽りなく、正直に答えなさい」
「……はい」
厳しい顔つきではあるものの、その優しいお祖父様の声に少し安心しつつ、俺は頷く。
そして正面に座っていた金髪の青年に目をやると、彼は優しく微笑み口を開いた。
「突然の呼び出しで混乱しているだろうけれど、落ち着いて聞いて欲しい。私は帝都からの遣いでやってきた、カイッシュケン=ビルド=ジャパニルと言う。今から君にいくつかの質問をさせてもらうが、どうか正直に答えて欲しい」
「は、はい」
ジャパニルという名前に驚きつつ、俺は何とか返事をする。
ジャパニルの名は、皇族だけが持つことが出来るものだ。
そんな皇族が、父さんたちと共にこの場にいる。
正直、嫌な予感しかしないのだけれど……。
そんな俺の不安を余所に、彼は言葉を続ける。
「君の名前はアルフォンス=テイルフィラーで間違いないかな?」
「……はい」
質問の意図が見えないが、俺はとりあえず正直に答える。
「では、君が既にスキルを三つ所持していると言う事も間違いないかな?」
「っ!? ……はい」
咄嗟に父さんの方を見るが、父さんは黙って頷くだけで何も言わない。
俺は仕方なく、頷いて答えた。
「うん、では次だ。君が持つスキルの中に、契約魔法というスキルがあるね。その効果についても、大枠だが聞き及んでいるよ。契約書の効果もこちらで確認済みだ。そこで一つだけ確認したいのだが、この契約書によって為された契約は、双方の同意以外に解除する方法はあるのかな?」
「……いえ、知りません。強制されて行われたものや本人不在で行われた契約は、効力が極端に弱まります。でも、契約自体を破棄することは出来ないと思います」
「……それは、たとえ契約魔法を持つ君であっても、契約を一方的に破棄には出来ないということでいいのかな?」
先ほどよりも一段、真剣な声で尋ねてくる青年。
その問いに、俺も自信をもって答える。
「はい」
俺の答えに、しばらくの間青年が俺を見つめる。
ほどなく、彼の後ろに立っていた執事姿の男性が彼に何かを耳打ちした。
すると彼はホッと一息つき、表情を柔らかくして口を開いた。
「うん、今の言葉に嘘偽りはないようだ」
彼がそう言うと、両サイドに座っていた父さんとお祖父様がほっと息をついた。
一体どういうことなのだろう。
「すまない、何が何だか分からないだろうね。簡単に言うと……君たち親子には国家反逆の疑いが掛けられていたんだ」
青年の言葉に、身体が固まる。
後ろで待機していたジャックスとソフィーネも息を呑むのがわかった。
「でも安心して欲しい。テイルフィラー卿の迅速な行動と今の君の答えで、それも無くなった。いやー、私も君たちに罪状を言い渡さずに済んでほんと安心したよ」
そう言って、両腕を上げ身体を伸ばしながら背もたれに倒れ込む青年。
先ほどとは打って変わり、言動が少し幼くなったような気がする。
「えっと……すいません、どういうことでしょう?」
彼の説明が端的過ぎて、全く状況が呑み込めない。
取り合えず……危機は去った、と言う事でいいんだろうか。
そんな俺たちを見かねて、お祖父様が口を開く。
「皇子、その説明ではアルフォンスも理解出来ないでしょう。続きは私がさせていただいても?」
「ん? そうかい? じゃぁあとは任せるとしようかな」
「はい」
やはり、皇族だったのか。
皇子か……ヒルデガンド王女と言い、このカイッシュケン皇子と言い、ちょっとフットワークが軽すぎやしないだろうか。
そんな戸惑いを感じつつ、俺はお祖父様の言葉に耳を傾ける。
「五か月ほど前、フィリップから遣いの者がやって来てな。当主を目指す旨とその方法を儂に教えてきたのだが――」
お祖父様曰く、父さんは諸々の準備と並行して、お祖父様にも話を通していたらしい。
現在の状況報告と今後の話をスムーズに進めるための下準備という意味合いももちろんあったみたいだが、最悪の場合皇帝の不興を買いお祖父様が処罰される恐れがあるため、テイルフィラー領に帰ってきて欲しいという旨がメインだったそうだ。
確かに俺たちはビューノウ公爵を出し抜き、他国であるブリオン王国を御家争いに巻き込もうとしている。
御家争いに他国の介入を許してしまうと、そこから帝国に侵攻されてしまう恐れがある。
俺たちもそうならないよう、契約書を対価に色々と調整を続けてきたわけだが、皇帝がそれをどう捉えるかは分からない。
そこで父さんは保険として、適当に理由を付けて帰領するようお祖父様に伝えていたようだ。
しかし――
「そんなことをすれば、陛下の不興を被るのは目に見えておる。フィリップは陛下のお力を甘く見過ぎておるのだ。たかだか辺境伯ごときにどうこう出来る訳がないことは自明であろうに……全く、少し力を手に入れたからといって自惚れよって。本当に情けない」
お祖父様はそう言って、フィリップ父さんを睨みつける。
父さんは黙ったまま俯いている。
おそらく散々叱られたのだろう。
何故か父さんが一回り小さく見えてしまった。
「私はすぐさま契約書を持って登城し、全てを打ち明け陛下に再び忠誠を誓った。そしてフィリップも帝都に呼び出し、契約書を用いて同様の誓約をさせたのだ」
祖父の話に、俺は目を見開く。
元々父さんには当主になるという目的以外にも、皇帝の首輪から逃れてこの辺境領を発展させたいという思いもあったはずだ。
それを祖父は自ら首を差し出し、魔法契約による誓約という確固たる首輪は取り付けてきたという。
確かにそちらの方が、皇帝に疑われることなく領地を発展させることが出来るのかもしれない。
しかし、実際それを自ら行える祖父の行動力には驚かされた。
俺が驚いたまま固まっていると、皇子が悪戯気な笑みを見せて言う。
「実際、父上は君たちの動きは掴んでいたみたいだよ。その上で、今後どうしていくのかを見定めていたようだね」
「なっ……!」
皇子の言葉に俺は言葉を失くす。
そんな俺を見て、皇子は楽しそうに笑った。
「はは、君たちは帝国を甘く見過ぎだ。もし本当に秘密を守りたいなら、それこそ虫一匹入り込まない空間を用意しないと」
「殿下」
皇子の言葉に、窘める様に口を挟む執事らしき男。
「……とにかく、君たちの立場はかなり危うかったわけだ。しかし父上も、テイルフィラー卿の迅速な行動はかなり評価をしてらっしゃったよ。それにアルフォンスの契約魔法も、その価値は計り知れない。父上はそれらの事を鑑みて、卿の忠誠が確実なものなのであれば、今回の問題行動は不問とすることになさったんだ」
「じゃぁさっきの質問は……」
「契約が君の意志で破棄できるのなら、魔法契約による忠誠なんて、何の意味も持たないからね。それを確かめさせてもらったんだ。彼は特殊なスキルを所持していてね。言葉の真偽を判別出来るんだよ」
そう言って、執事姿の男に視線を送る皇子。
その視線に、男は軽く一礼して応える。
「なるほど……」
俺の思っていた以上に、帝国は恐ろしい存在らしい。
きっとこうして色々と種を明かすのも、俺が好き勝手しないよう釘を刺すためなんだろう。
真偽を判定するスキル。欲しいけれど……まぁ無理だろうなぁ。
「では、僕……私も、陛下に誓約を交わすことに?」
そんな周到な皇帝の事だ。
有用なスキルを持つ俺を放置はしないだろう。
しかし意外にも、皇子は首を横に振って答えた。
「いや、残念ながらそれは出来ない。君がスキルを複数所持していることは、既に大勢に知られてしまっている。そんな君を魔法契約で縛ってしまえば、教会が何を言い出すか分からないからね」
そう言えば、以前父さんがそんなことを言っていたっけ。
スキルの多い俺は、神子として崇められるかもしれないとかなんとか。
教会は政治に首を突っ込むことは無いと聞いていたけれど、無視していい存在という訳ではないようだ。
「かと言って、君を野放しにすることも出来ない。君のスキルは放置するには余りに危険だ。他国に渡ってしまうくらいなら……」
先程までと一転した皇子の冷たい視線に背筋が凍る。
俺の能力は、思った以上に危険視されているようだ。
実際俺が下手なことをすれば、簡単に消されてしまうのだろう。
「ふふ、すまない。怖がらせたかった訳ではないんだ。ただ、君はもう少し自分の力の大きさを自覚した方が良いだろうね。これから魔法契約書の存在は多くの者に知れ渡っていくだろう。そうなれば、君やその周りの者たちにも危険が及ぶ可能性は十分に考えられることだ」
「……はい」
確かに、既に契約書の存在は多くの人たちに知られている。
そうなれば、出所を探るものだって出てくるに違いない。
今はお祖母様が上手く隠してくれているみたいだけれど、いつまでも隠し続けられるものではないだろう。
今改めて考えると、俺は辺境伯の孫という立場に甘えていたのかもしれない。
注意しているつもりでも、いざとなれば皆が守ってくれるだろうとどこか楽観視していた。
自分の力もどんどんとついていき、正直自惚れていた。
このままいけば、俺は誰よりも強くなれるかもしれないと。
でも実際は、井の中の蛙だった訳だ。
皇帝の掌で転がされて、いつでも簡単に消されてしまうような、そんな小さな存在。
俺の契約書が有用だから、只々生かされていただけの……。
はぁ、何だか自分がすごく情けなくなってしまった。
今後俺は、どうやって生きていけばいいのだろうか。
皇帝の機嫌を損ねないよう、そして周りから狙われないよう、密かに生きていかなくてはいけないのだろうか。
そんな生活は……いやだなぁ。
しかしそんな俺の不安は、皇子の言葉で吹っ飛ぶことになる。
「はは、そこまで明らさまに落ち込まれると、流石の私も罪悪感を覚えてしまうよ。まぁしっかりと反省してくれたみたいだから良かったけどね」
「……はい」
「うんうん。では君が自分の力と立場を自覚したところで、話を先へ進めるとしようか。さて、今後の君の処遇についてなのだが……アルフォンス、君の国を造ってみる気はないかい?」
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