新・俺と蛙さんの異世界放浪記

連載

第一印象 ５

　これは、もうなにを言ってもだめだ。だって悪魔だもの。

 　己の無力を感じつつ、私はすぐに切り替える。

「……」

　私はエルエルに向かって逃げようとアイコンタクトをとる。

　私としては伝えたいことなど逃げ出すタイミングくらいの物だったが、そこでエルエルが動いた。

　エルエルは腰を抜かした使用人と、そして拘束されたフランソワーズにむかってズビシと小さな手をかざす。

「もう・けっこうです。あなた方のことは・よくわかりました」

　そう言うとエルエルはなぜか隠していた白い翼をバサリと広げ、大人の姿に変身した。

　さっと背中から差す光がまぶしい。

　天使か女神を思わせる姿になったエルエルは、ふわりと浮かび上がり、私に手招きした。

「手荒ではありましたが・強い気持ちは感じました・あの方もお喜びになるでしょう」

　そしてエルエルが私に視線を送るので、私は意図を察してフィールドオブソードの戒めを解く。

　開放されたフランソワーズさんはその場に座り込むと、驚愕に見開かれた瞳でエルエルを見て呟やいた。

「ま、まさか……あなた方は！」

　エルエルは手を差し出して言葉をさえぎると、さも意味がありそうに頷いてみせた。

「私達が・何者なのか？　それは・貴女が一番・知っているはずです」

「は！　ははー！」

　ひれ伏すとはまさにこのことか。

　そんなフランソワーズさんの中に、私は猛烈な勘違いを垣間見た。

　その姿にあくまで満足げに振舞うエルエルは演技派である。

「それでは・さようなら」

　悠然と別れの言葉を口にして、私の手をとるエルエルは窓を突き破って屋敷を逃亡したのだった。



「な、何とか逃げ切った」

「追って来ません・でしたね。大成功です」

　町の中に逃れて身を隠すこと数分。

　屋敷はアレからそう騒ぎも起きなかったところを見ると、どうやらエルエルの演技が功を奏したようだった。

　あまりに見事に機転を利かせたエルエルに私は驚きと賞賛を送っていた。

「いや、とっさによくあんなこと言えたねエルエル」

　自分の外見まで考慮した、見事な嘘だったと思う。

　いや、嘘というわけでもないのか。

　肝心な所は向こうの都合がいいように解釈させた巧みさも即興とは思えない。

　まぁ代償として、フランソワーズというお嬢様の中で太郎がもっととんでもないことになってしまったかもしれないが。その点については最初から手遅れだったので流しておこう。

　エルエルは無表情だがどこか得意げに親指を立てて言い切った。

「臨機応変。我が家の・必須技能です」

「そ、そうなんだ」

　どうやらこういうやりとりも太郎の教育の成果らしい。

　気が付くと、私達が逃げてきた場所は町中の広場だった。

　そこには件の、間抜けな石像がシンボルとしてそこにおいてある。

　私はその太郎が自分で作ったという石像を見上げて、そのテーマがようやくわかった気がした。

「……たぶん。美化しすぎないでってことなんだろうなぁ」

　ささやか過ぎる無駄な抵抗だと思う。

　しかし私は、今になって気になり始めた問題に頭を痛めていた。

「うーん。それにしても私は悪魔かぁ……やっぱり触手がダメかなぁ？　便利なんだけど」

　いや、本当に便利なんだけど。



　一方その頃、お屋敷では。

「なんということでしょう……あの方はやはり！　やはり！　私の思ったとおりの存在だったのよ！　なにが魔法使い！　あのお方は神そのもの！」

　とっさに行われた一連の嘘の結果。

　太郎の印象はやはりとんでもない感じにこじれていた。

「お嬢様一体なにが！」

　未だに混乱する使用人に、扉の開けたフランソワーズは言い放つ。

「……私は信託を受けました。いわく、この町を発ち、我が足跡を追えと……視野の狭い私にこれ以上ない導きでしょう！」

「お嬢様！？」

　新たな旅立ちを宣言するフランソワーズ。

　それが実行されるか否かは、今後の使用人のがんばり次第だった。