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虫の王様

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「タロー。おいタロー? ちょいと頼みたいことがあるんじゃが……なんじゃおらんのか?」

 カワズさんはタローの部屋を訪ねたが、あいにくと留守だった。

 その他の部屋よりは全然普通な太郎の部屋は、今日は鍵もかけずに無防備に開いている。

「……なんかトラップじゃないじゃろうな?」

 疑わしげに覗き込んだカワズさんは、タローの机の上で妙な物を見つけたのだ。

「何じゃこれ?」

 目新しいそれは、初めて見る片眼鏡だ。

 金縁に丸眼鏡で、魔法がかかったものらしく、水に浮かんだ油の様な鈍い光沢が見て取れる。

 手に取るとますます妙な違和感があって、カワズさんはまたろくでもない物だろうと確信していた。

「今度はなんじゃ? ふむ、中々品がいいな。あいつが作る物の中では上出来の部類か」

 グラスは透けて見えるが度が入っていないらしい。

「むむむ、効果がわからんというのはなんだか癪じゃな。ちょっと借りるか」

 何だか悔しかったカワズさんは、片眼鏡をつけたまま部屋を後にした。




「あ。カワズさん、俺の部屋に入ったな? そう言うのマナー違反だぞ?」

 俺、紅野 太郎がちょっと外に出ようとしていると、やってきたカワズさんは片眼鏡をしていた。

 見覚えのあるそれは俺の作ったものである。

 カワズさんはそう指摘すると謝罪を口にした。

「お! いや、すまん開いていたものでついな。……っていうかお前、なんじゃその恰好?」

 だがそれ以上に、俺の格好が気になったようである。

 目の付け所はいい。俺は今、気温の安定している妖精郷で厚手のつなぎ姿だった。

 まるでトンボちゃんのようなその格好に更に麦わら帽子をして虫取り網を装備していれば、まぁいつもと違う格好なのは間違いない。

「ん?変かな?」

 自分の恰好を改めて見回して尋ねる。カワズさんは、コクリと頷いた。

「見慣れんな。お前はなにをするつもりなんじゃね?」

 カワズさんは不思議そうな顔をするが、虫取りあみを持ってすることなど決まっていた。

「虫捕りだよ」

「虫捕りって、妖精でも捕まえるのか?」

「え? カワズさんの中で妖精って虫のカテゴリーなの? 嘘だよね?」

「もちろん……軽いジョークじゃよ?」

「あーもうやめてくれよ? そんなどっかにしこりが残りそうな冗談は」

 ここ妖精郷のど真ん中では危険な発言である。

 カワズさんも自分の迂闊な発言に、慌てて自分の口を押さた。

「そ、そうじゃな! 所でなんで虫捕りなんじゃ? 唐突に」

 少しだけ気まずい空気が流れたが、カワズさんと俺は笑ってうやむやにすることにした。

 そして俺は虫捕り網をカワズさんの前に突き出し、練っていた企画をカワズさんに披露する。

「いやさ、こんな森の中に住んでるのに一回もやってなかったなーと思って」

「やってはないが……虫捕りって、子供じゃないんじゃから」

 呆れを含んだカワズさんの視線を太郎は特に気にせず、逆にわかっていないと笑い返した。

「知らないのかい? 昆虫は大人の趣味だよあれは。カブトムシとかクワガタムシとか幼虫から育ててみなよ? 子供の忍耐力であれは無理だ」

 やけに実感が籠ったことを俺は力説する。

 カワズさんはしかし渋い表情を浮かべる他ないようだった。

「うーんだが、どうも虫って苦手なんじゃよな」

「……その蛙顔で虫が苦手って、もはや冗談にしか聞こえない」

「やかましいわ」

「でもわかんなくもないけどね。おかしな話なんだよ。昔は結構平気で手づかみしてたはずなのに、なんでか年齢上がってくると怖くなってくるんだよな。不思議だ」

「そうじゃなぁ」

 カワズさんも若かりし少年時代に思いを馳せているのだろう。

 俺は、興が乗って来て饒舌に語り始めた。

「てなわけで、たまには童心に返るのもいいんじゃないかなっと! 異世界の秘境の森に珍しい昆虫がいないわけがないし。ヘラクレスやアトラスを超える、とげとげしいパワフルなカブトムシを俺がこの手にと!」

「あー、な。童心にならしょっちゅう返っとる気もするがのぅ」

「そんなことたまにしかない。まぁ昨日の夜、虫捕りのために準備してたらわくわくして眠れなかったがね!」

「まるっきり子供じゃのぅ」

「それでその眼鏡を作ったわけだ」

 一通り説明し終え、俺はカワズさんの片眼鏡を指差す。するとカワズさんはその眼鏡を外して見せた。

「ん? この片眼鏡をか?」

「そうそう」

 カワズさんはでは片眼鏡虫捕りにどう使うのか考えたようだが、全く答えは出てこないみたいだった。

「……うーん、なら実際やって見せよう。見てもらった方が早い」

 答えが出ることを早々に諦め、俺は妖精郷の外の森へと出て行って、カワズさんはその後を追った。



「それでどうするんじゃ?」

 少しだけ楽しみになってきたらしいカワズさんが俺に尋ねる。

 俺はニッシッシと子供の様な得意げな顔をして森の奥を指差した。

「まぁそう焦るなよ。俺特製トラップがあるんだ。そこで解説しよう」

 しばらく森の中を進むと、酸っぱい匂いが漂って来て、カワズさんは鼻をつまんだ。

「なんか変な臭いがせんか?」

「そりゃそうだ。今向かっている場所にはこの臭いで虫が集まっているはずだ」

 そう言って俺は臭いの元のある方向を指差すと、そこには甘い匂いのする袋が大きな木に引っ掛けてあった。

「特製虫寄せトラップだ。ストッキングにバナナと酒と砂糖を入れて発酵させたものを詰めてから、虫が来そうな木に吊ってある。せっかくだから、ちょっと眼鏡を使ってみようか? あの辺りに向けて眼鏡の紐を引いてみ?」

「ふむ……」

 カワズさんは言われた通りに紐を引いた。

 ピピピッ

 すると高い音がして、レンズに複数の光点が表示される。

 数は10。光点ごとに注目すると個別に数字が浮かび上がっていた。

「なんじゃこれ、光ったぞ?」

「光の点が生き物の数。点一つ一つに注目すると現れるのが戦闘力ね」

「虫に戦闘力って……」

 自分の言葉を改めて考えて見ると、自分でもよくわからないことを言っているなって感じだった。

「いや、これは役に立つと思うよ? 例えば……夏の日に蚊がいたとしよう。暗闇の中で飛び回るそいつらを光と音で見つけられるんだぞ?」

「それは便利そうじゃな」

「だろう? 他にもいるのはわかってるんだけど、どこにいるかわからない虫も発見できる。こっちはいいことなのか悪い事なのか俺には分からない……とにかくキッチン周りではあまり使わないことをオススメする」

「知らない方が良い事もあるのかもしれんな」

 想像したら元気がごっそり奪われた。

 切り替えていこう。

 カワズさんも若干下がったテンションを盛り上げて、当初の目的を思い出すべく口にした。

「どれ、せっかく仕掛けたんじゃ。何が来ておるかだけでも見てみるか?」

「そうだね? あれ? カワズさん結構乗り気?」

「興味ないわけじゃないわい。わしとて元ワンパク少年じゃよ?」

「そうかそうか! それじゃあ早速見てみよう!」

 意見がまとまり、俺とカワズさんは頷き合う。

 二人で仕掛けをしていた樹木の側に近づくと、沢山の昆虫達がわらわらと集まっていた。

「……なんだろうこれ?」

「……なんじゃろうな、見た事ないぞこんなの」

「おいおいカワズさんもかよ」

 ただ、集まってきた虫は普通のとちょっと違っていたのだ。

 俺はそんな虫の一匹を捕まえてしげしげと眺めた。

「ゴールデンカブトムシ……コガネムシとかじゃないんだよね?」

「お、おう。輝いておるなぁ……コガネムシもおるっぽいぞ。羽がどう見ても鉱石っていうか宝石なんじゃけど? これじゃコガネどころかオオガネじゃよな?」

「こっちの奴は禍々しいぞ……どす黒いオーラが出てる、比喩じゃなくて」

 手を伸ばすとキシャーと牙をむいて威嚇してきて虫とも認めたくはない。

「ふむむ……戦闘力1万虫力か。やりおるわ」

「え? 何それ?」

 俺が聞いたこともない単位に反応したら、カワズさんはきりっとした顔で説明する。

「虫の戦闘力じゃよ? 数字だけじゃ味気ないんでオリジナルの単位をつけて見たんじゃが」

「……カワズさん、単位とか考えるの好きだよね。って1万! おいおい1がその辺で見つけた虫の平均だぞ!」

 俺は驚くと、カワズさんも恐ろしげに、トラップに集まった虫を眺めた。

「とするとなんじゃこのキングオブ虫どもは。……こいつら一匹で1万匹相当の戦闘力を持っておると?」

「そ、そうなる。やばいな」

「一万匹なんて集まると、人間でも負けそうじゃけどな」

「そこは、濃縮した感じなんじゃないかな? 知らないけど」

「製作者テキトーじゃなぁー」

「この適当さがいいんじゃない?」

「厳密に数値化されても確かにそれはそれで嫌だがのぅ、だがこれ、思ったよりも面白いな」

「ああ、ここまでぶっ飛んだ結果になるとは思わなかった。アルヘイムが基本的に秘境だって久しぶりに思い出したよ。何だってこんなことに?」

 考えて、俺はそして心当たりが一つあることを思いだした。

「なんじゃ? 心当たりがあるのか?」

「そう言えば臭いから、外でこのトラップ作ってたんだけど……その時にクマ衛門から世界樹の樹液をもらったんだ。珍しい虫が集まるって」

「まーたなんだか、伝説のアイテムっぽい物を適当に使いおって」

「嘘ではなかったって事なんだろうなぁ……カワズさんもこいつら見た事ないんだろう?」

「そうじゃな」

「とりあえずカブトっぽい……のとクワガタっぽいのだけ、捕まえておこう」

 俺は集まった虫の中で比較的見知っている形の黄金のカブトムシと、シルバーメタリックなクワガタを用意していた虫かごに入れ、捕獲した。

 ただし戦闘力は高いから、できる限り慎重に。

 虫かごの中に入れ終えた俺は、一息ついて今度は周囲を見回した。

「ふぅ。とりあえずもうちょい続ける方向で」

「ふむ、じゃあ少しこの辺うろうろしてみるかのぅ」

「お? カワズさんも行く?」

「うむ。言われて見ればこういうのも久々じゃからな! 500代の時は虫とりなんぞに割く体力は、残ってなかったしのぅ」

「だろうね。俺も500代で虫取りに興じるほど酔狂な自信はないわ」

「お前さんはやってそうじゃけどな」

 懐かしき昆虫採集スタートである。



 森の中を散策することは珍しくなかったが、虫に焦点を当てると普段とはまた見える景色が違ってくる。

 やはり妖精郷周辺の森は、豊かな自然を有していて、虫が好みそうな場所も多く存在していた。

 それでも特製トラップに集まった虫たちは特別だったらしく、1万もの戦闘力を有する個体は早々いる物ではない。

 ピピピッ

 と電子音が鳴り、カワズさんは俊敏に、迫る脅威を選別指示した。

「タロー! 後ろじゃ!」

「どうりゃ!」

 俺の持つ虫取り網が唸る。

 虫取り網で空中キャッチされたそれは、大きな顎を持った謎の昆虫だった。

 ガチガチとかち合わされる音が怖い。俺は顔をしかめた。

「おおう……これまた凶悪そうな顔つきだな」

「戦闘力は50虫力……小物じゃな」

「見かけ倒しか……キャッチ&リリース!」

 探索を続けて、もう虫捕りもだいぶん様になり始めている。

 カワズさんと俺はそれぞれの役割を理解していた。

「さっきから、高くても200~300虫力の奴ばっかりだね。それでもやっぱり高めだけど。さすがはアルヘイムの森というところか」

「ふふふ、わしの考えた単位を普通に使うようになったな」

「うっ……いやこれなんか言いやすくって」

「じゃろ? 我ながらいいネーミングじゃった」

 適当なカワズさんのせせら笑いを、悔しげに見る俺だった。

 だが、そろそろ虫籠も一杯である。それなりに満足感もあるうちにやめておくのがいいかもしれない。

「そろそろ次の大物獲ったら引き上げるか……」

「この辺のめぼしい奴はだいたい見たからのぅ」

 だが俺達はあまりにうまく行き過ぎて、油断していた。

 魔法の片眼鏡の効果はすさまじく、虫の位置を逃さない。

 ピピピッ……。

 その時、また有効圏内に何かが入った音がする。

 カワズさんは反応の合った方向を素早く振り向きそのまま動かなくなった。

「どうしたカワズさん? 何かあった?」

「……強い戦闘力が近づいて来ておる……1万虫力……2万虫力……まだ上がる……10万虫力……20万虫力……3、4、50万……」

「あ、やばい」

 チュボン!

「ぬおおおお!」

 突然爆発する眼鏡に驚いてカワズさんは尻もちをついて転がる。

 地面に落ちる片眼鏡の残骸は煙を吹いていて、もう使えそうにもなかった。

「何で爆発した!」

 カワズさんは俺に文句を言ったが、俺はむしろ当然と言った顔をした。

「そりゃあ……爆発するよ。そう言うもんだし」

「そう言うもんて、どういう事だ!」

「それより、最終的にどのくらいだったんだよ?」

「……少なくとも50万以上! 化け物か!」

「ははっ……。どうやら俺達は最後にとんでもねー奴に出会っちまったようだな……」

 俺は手から汗がにじんでいるのを自覚しつつ、虫捕り網を構えた。

 一体どんなやばい奴が出てくるのか? 想像もできない。

 だがこちらに近づいてきているらしい。

 がさがさと草むらが揺れ、確かに何らかの生物の接近を感じ取る。

 俺とカワズさんは息を飲み。

 そして――その瞬間はやって来た。

「うおおおおおお!!!」

「うにゃぁ!!」

 電光石火の一閃。

 虫取り網はしなりを加えた完璧なタイミングで50万の化け物を捕えたのだ。

「ふっ……やったな」

 俺はバッチリ重い手ごたえを感じたのだが、同時に虫取り網から飛んできたのは罵声だった。

「やったなじゃないよ! なにすんの!」

「へ?」

 俺は捕らえた虫をよく見る。

 するとカワズさんが声の主を教えてくれた。

「……トンボじゃなぁ」

「そうだよ! 何この仕打ち! ひどくない!」

 じたばた暴れるトンボちゃんは完全に捕獲されていた。

 とりあえず俺は言ってみる。

「と、トンボちゃんとったどー……」

「う~あほか!」

「ぐお!」

 トンボは網をあっという間に燃やして脱出する。

 俺の顔面はメラメラ炎が燃えて。攻撃力も抜群である。

 カワズさんは笑いをこらえて言葉を漏らす。

「……50万虫力って、普通だとどれくらいなんじゃろうな?」

「……さぁ? 戦闘力50ってとこなんじゃない?」

「思ったよりも高めじゃな」

「……そだね」

「そだねじゃないよ! ちょっとそこ座れ!」

 プンスカと怒りをあらわにするトンボちゃん。

 数値はともかく、トンボちゃんを虫のカテゴリーで見たことが後々物議をかもしそうだったので。

 俺とカワズさんは甘んじて、トンボの怒りの説教を黙って受けることにした。
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