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修行する蛙 3

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「ぬおりゃ!」

 カワズさんの気合いの雄たけびが地下に響き、とび蹴りが炸裂すると対戦相手が木っ端微塵に吹き飛んだ。

 カワズさんのリクエスト通りの百人組手は、一戦ごとにカワズさんの戦歴に忘れられない一ページを加えたことだろう。

 ハチマキの格闘家はすさまじい使い手だったし、殺意に目覚めていた奴もいた。

 手足が伸びる相手も面白い。

 女性格闘家達の蹴り技は攻撃的でありながら美しくさえあった。

 炎を操ったり、氷を操ったり、爆発したり、まんまモンスターだったり、ロボだったりするコミカルなキャラクター達を下し、2pカラーすら網羅してカワズさんはまだ立っていた。

 対戦相手を完全に倒すとフィールドが変化し、今度は雷の轟く草原と化す。

 この場所は地下の実験場である。

 普段ここは周りに甚大な被害がでそうな魔法を使うための空間なのだが、今は雰囲気を出すために相手が変わるごとに外観が変化する仕様である。

「さて、次はどんな奴かのぅ……」

 さてカワズさんの言うようにフィールドの変化は、次の相手が現れることを意味する。

 影がぼんやりと浮かびあがって、気が付くと拳を打ち合わせていたのは、鍛え上げられた肉体を持つパンツ姿の大男だ。

 明らかに普通じゃない、鬼気迫る闘志をみなぎらせている相手にカワズさんはゆっくりと構えを取った。

「フォウ!」

 男は雄たけびをあげ、己の拳から青い、飛ぶ拳撃を放つ。

 対してカワズさんはジャンプで躱し、緑色の拳に炎が灯った。

「チョワァアアアア!!」

 人並み外れた跳躍力で一気に距離を詰めたカワズさんはすでに拳の間合いに飛び込んでいた。

 アッパーカットが蛙跳びから繰り出される。

 相手の顎をオレンジの閃光が叩き上げるはずだったが、しかし拳はオレンジ色の残光を残し空を切った。

 大きくのけぞったパンツ男は確実にカワズさんの拳を見切って、紙一重で躱していた。

「ほほぅ……こいつは中々のもんじゃな」

「それはどうも……」

 答えたのは俺である。

 カワズさんはおびただしい汗を流し、色濃い疲れは見せているものの、すでに99人抜きを達成していた。

 つまりパンツ男は記念すべき100人目という事だ。

 正直、半分ぐらいで根を上げると思っていたから、カワズさんの戦果は素直に脱帽である。

 横で見ていたトンボも感動のクライマックスに拳の素振りが止まらない。

「手に汗握るね! もういい加減飽きてきたけど!」

「いや実際すごいよこれは。ネタはネタでも本気で人間離れした相手ばっかりだからねあれ?」

 これはまぐれじゃあるまい。カワズさんの体は以前に増してさらに鍛え上げられていた。

 肉体強化は未熟者が使えば全身筋肉痛に襲われるが、使い慣れ、練度が上がってくると体の強度は底なしに上がり、肉体が損傷しにくくなってくるらしい。

 達人ともなれば言わずもがな、いっさい無駄なく攻防のバランスを見極める。

 今まで出会ってきたこちらの人間は、力が常識を軽く飛び越えるくらいすさまじいのに、細身の人間が割と多かった気はした。

 もっともそれは戦士系の人の話だが。

「……それって意味があるのだろうか?」

 俺はぼやくが、それをこだわりというのだろう。

「さて……そろそろ佳境かのぅ」

 満身創痍のカワズさんだったが、まだ闘志は衰えを見せていない。

 だがすでに肉体は限界だろう。カワズさんの魔力もすでに底を突きかけているのは明白だった。

 パンツ男が動く。

 男は一旦距離をあけて、しゃがみこむと両拳に力を溜めて放った。

「ぬお!」

「シュッ! シュッ! シュッ! シュッ!」

 しかも一撃ではない。連続して放たれている光弾は、小ぶりだがかなりの威力がある。

 カワズさんは一撃を受け止め、あまりの衝撃にのけぞり、その場に釘づけにされていた。

 俺はパンツ男の意図に気が付いて唸る。

「……まずいな、タメに入りやがった」

「タメ? カワズさんのストレスとか?」

「いや。必殺技ゲージを」

「???」

 困惑しているトンボに構っている暇はない。

 ただでさえ限界なカワズさんの魔力が削られていくのがわかる。

 見たところ持ちこたえられてあと数発。しかしこの後に待っているのは――。

 ひたすらに遠距離攻撃を続けていたパンツ男は、しゃがみから一転してダッシュした。

 パンツ男から解き放たれる圧倒的な殺気に、俺とトンボは思わず叫んだ。

「「あぶない!」」

 声を揃えた俺とトンボだったが、ピンチのカワズさんはそんな俺達を鼻で笑い飛ばす。

「ふん……騒ぐな小童ども。まだこんなものでは終わらんわ! そうじゃ。わしが望んだのはこのピンチよ。危機の中でこそ全身の感覚は極限にまで研ぎ澄まされよう! 今までの研究から導き出した究極の技、見せてやるわい!」

 ブツブツと何か念仏の様に唱えているカワズさんの命は、風前の灯かと思われた。

 男の身体が今までタメたエネルギーを一気に解き放って、光り輝く。 

 カワズさんはその刹那、息を整え不思議な呼吸音を響かせる。


 超高速で繰り出されるアッパーカットが無数の残像を作りだし、カワズさんに襲いかかるまでに一秒すらなかっただろう。

「甘いわ!」

 だが迎え撃ったカワズさんは絶妙のタイミングで、地べたにへばりついたのだ。

「当たり判定の外を見極めただとぅ!」

 俺は思わず手の平を握った。

 同時に拳の雪崩を避け切ったカワズさんはすぐさま跳ね起き、相手の下に体を滑りこませる。

 攻撃は通るだろう、しかし今のカワズさんはあまりにも魔力が足りていなかった。

 これでは威力が十分乗った一撃は放てないはず!

「ふん!!」

 だが無数の輝く光がカワズさんの周囲を瞬き、繰り出される拳には確かに魔力の輝きが宿っていた。

「喰らうがいいわ!」

 一撃目に繰り出された炎の連打で腹部を打ち抜き、衝撃が高く敵を空まで打ち上げた。

 そこから落ちてきた男を今度は雷を纏ったカワズさんが真横に蹴り、相手は地面と平行に飛んでゆく。

 しかしまだ攻撃は終わらない。

 どうやったのか飛んでゆくパンツの男の背後に張り付く様に飛ぶカワズさんは両腕でがっちりとホールドすると、相手を氷漬けにして回転し始めた。

「どっせい!」

 丁度いいタイミングで両足で着地し、バックドロップ。

 地面に亀裂が走り、上半身を地面に埋めたパンツ男は、完全に沈黙した。

 手を離し、跳ね起きたカワズさん。ファンファーレと共に100人抜きの瞬間だった。

「もはや太極拳の面影すらない……バックドロップってなんだよ」

「何を言う。実戦において時として型に捕らわれていては勝機を逃すこともある」

 俺の台詞に応え、得意げに笑うカワズさんに俺の目は点になった。

 魔力の枯渇が近かったはずだと言うのに、今のカワズさんは干からびるどころか生気がみなぎっていたんだから、あの一瞬で何が起こったのかわからない。

「やった……ついにやったぞ! わしは!」

 カワズさんは大いに喜んでいた。

 何がそんなにうれしいのか、いつにもましてハイテンションで吠えているカワズさんに俺はおいおいと声を掛けた。

「今何した? 最後の方、魔力が空っぽだっただろ?」

「おう! 聞いてくれ! 実はわしはまた一つ限界を突破してしもうたんじゃよ?」

「……何それ?」

 意味の分からないことを言うカワズさんは自分の胸をトントンと叩いて、みなぎる魔力を俺に見せつける。

「わからんか? この魔力が。 所でお前さん今までどうやって魔力を回復しているか考えたことはあるか?」

 唐突な質問に俺は口ごもった。

「いや? 体の中から湧き出してるんじゃないの?」

 反射的に答えた俺に、カワズさんはむかつく感じに鼻で笑って腕を組んだ。

「所がそうじゃないんじゃな。わしら生き物は、すべからく寝ている間に外から吸収して中に溜めておるのだ。だがもしそれを睡眠以外の方法で自発的に出来るとしたら……すごいと思わんか?」

「そりゃぁ。確かにすごい。何回でも魔法使い放題って事?」

 珍しく素直に驚く。するとカワズさんは、ちょっとシュンとなった。

「いやまぁ……そこまで便利じゃないがのぅ。元々の魔力の総量は変わらんから、お前みたいに何でもできると言うわけじゃないしのぅ。じゃが……それでも画期的な技法であることに変わりはあるまい! わしはある聖剣の魔法と、武術の技法からこの技を編み出したわけじゃよ!

「……理論と言うより、あくなき特訓の果てって感じだけど」

「ん? まぁ否定はせんが」

「あー……。いいけどさ別に」

 俺の脳裏にはしばらく観察し続けていたカワズさんの修行風景がちらつく。

 それにしても、まさかすべてがこんな技につながっているとは思わなかった。

 ものすごく得意げなカワズさんは高笑い中である。

 しかし話を聞いていると、この人魔法使いだとばかり思っていたが、やっている事の方向性はむしろ――。

「なんか仙人っぽいよねカワズさん」

「なんじゃそれ? せんにん?」

「あー、東洋の魔法使い的な?」

 そう言えば仙人って魔法使いが頭脳派なのに対して、妙に肉体派なイメージがあった。

「なるほどのぅ。着想がお前さんの世界の武道だからのぅ。なるべくしてそうなったと言うところか。しかしわしすごい! 天才じゃろうこれは! もはや世界最強じゃな!」

 ただ大喜びのカワズさんに、心底疑問符を浮かべていたトンボは思い出した様に言ったのだ。

「あれ? でも結局。精神的に蛙よりなのを気にして、特訓してたんだよね?」

「そう言えばそうだったね」

 ついつい理屈に流されてしまったが、そう言えばカワズさんの心を読んだ時はそんな話だったはず。

 じっと俺達が視線を向けると、カワズさんは大いに動揺して一歩引いた。

「そ、そんなわけないじゃろ!」

 その顔は真っ赤である。

 しまったついつい口をついてしまったが、これは内緒のやつだった。

 後悔したがもう言ってしまったのだからどうしようもない。

「結局どういう事なんだろう?」

 首をかしげるトンボだったが、俺は何となくわかった気がした。

「そう言ってあげるなよトンボちゃん。要するに雑念を振り払うために、前から考えてた修行に没頭したって話じゃないか。ほら? 考える暇もないくらいに別のことするなんてよくある話だし」

 それが高じて、凄いことになるというのも、またよくある話ではあるまいか?

 カワズさんの顔はますます赤くなった。

「……ぐっ。うっさいわ! 技術向上もちゃんと理由にあったわい!」

「あ、ごめんカワズさん、つい本音が」

 俺は深く反省した。

 しかしこうやってはっきり話題が出てしまったのならちょうどいい。

 俺はこのまま話の流れに沿って尋ねていた。

「でもさ。ぶっちゃけもうカワズさんを人間に戻すくらい出来ると思うんだよ。やってみようか?」

 俺だって家に帰る目処がついた以上、カワズさんも今の格好にこだわる理由もない。

 だがカワズさんはひとしきり考え込むときっぱりと言った。

「いや、それは断る。頑張って鍛え上げたわけだしのぅ全部元に戻るとか勘弁じゃわい」

「えぇー。いいのそれで」

「ええじゃろ。まぁ魅力的な話ではあるがな」

 からからと笑うカワズさんだったが、俺とトンボは思わず顔を見合わせていた。

 そして二人してどうにも切ない顔になって、そっと用意していたヌンチャクを取り出すとカワズさんに差し出す。

「カワズさん……これ上げるよ」

「うん。大事にしてね?」

「お? おお、うん。え? 何じゃこれ?」

 突然のプレゼントに戸惑うカワズさんだが、丁度いいだろう。

 俺は悲しげに頭を振って、自分の涙をそっとぬぐった。

「カワズさんの転職祝いだから」

「そうだね。カワズさんはただの蛙でもなければ魔法使いでもないよ。もう立派な武道家だよ」

「ち、違うからな! わし魔法使いじゃから!」

 心底慌ててヌンチャクを振り回すカワズさんの言葉には一ミリたりとも説得力がなかった。



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