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連載
アルヘイムの情報事情
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最近、ムーンライトセレナーデと呼ばれている僕はふと思う。
エルフを総べる者。
森の賢人。
ハイエルフ。
パソコン上ではバラの君なんて呼び名も耳慣れた呼び方だった。
数々の呼び名はあれど、そのどれもがいつか出会った誰かが言い出したものであることには変わりはない。
最近はムーンライトセレナーデなんて名乗っているが、実はこれも昔出会った友人に教えてもらった花だったか歌だったかそんなものだったように思う。
呼び名は出会いの数である。しかし出会いというやつはなかなかに得難いもので、時が経つほどに難しくなってくるらしい。
特に長く生きていると同じ時間を共有できる友人というやつは、思いの他貴重ものだと自覚し始めるものなのだ。
僕などは最初の内こそ自分と同じ種族に固執していたのだけれど、そのうち面倒くさくなってきて、色々な場所にふらふらと出かけて行っては新しい出会いを探す日々を繰り返すようになった。
ただ、出会いの機会が増えたとしても、必ずしも他者が自分と同じように思っているわけでもない。
アルヘイムを巡ってみても身内で小さくまとまってしまう事も少なくないと知っていた。
そう言う場合は当然のことながらよそ者は相手にしないし、まぁ仲良くいこうともならないわけだ。
ところが最近、身の回りにちょっとした変化があった。
突然現れた異世界の魔法使いが、妙な魔法の道具を世界中にばらまき始めたのである。
このばらまいた魔法の道具をパソコンという。
そしてこのパソコン、なんと顔すらわからずとも他者と交流出来るという不思議な代物だった。
これが険しい山の中やら、絶海の孤島やら、樹海やらに住む、色々な方々に妙にはまった。
とりわけ身内には言えないけれど、実は結構退屈していたというアルヘイムの気風に思いのほか受け入れられたらしい。
日頃から数百年単位で溜め続けてきた鬱憤を存分に吐露し、隠れた趣味などを思う様披露する場として機能し始めたものだから面白い。
そう言ったことをやらかしてしまう彼だから目下、僕の興味の対象はその魔法使いに注がれているわけなのだ。
「まぁ放っておくには惜しいよね。何より最近はアルヘイムの話題の中心が妖精郷になりつつあるし」
僕はパソコンの前で独り言をつぶやいた。
ピクシーの住む妖精郷は今魔法使いの拠点である。自然、彼の魔法の恩恵を一番受けやすい場所なのだが、ここまで件の魔法使いの気質に合致していると、運命の悪戯としか思えなかった。
考えてみればあの魔法使い、よりにもよってあの悪戯好きのピクシーの郷に居つくとは何かの運命なのだろうか?
ピクシーは元々悪戯好きを通り越して好戦的と思えるほど独特な性格をしている。
つまりは楽しみに積極的な種族なのだ。そして今回はそれがいい方向に働いたということなのだろう。
例えば似たような種族でフェアリーという種もいるものの、その性質は全く異なる。
どちらも妖精族としては社交的な部類だから知名度は高いのだが、彼がフェアリーの所に居ついたとしても同じ結果にはならなかった気がする。
でもまぁたとえそうだとしても、彼女達だけに面白い事を独占させておく手はない。
「僕としてはこれはこれで面白くもあるから、複雑なものだよね……」
喉の奥で笑いながら、僕は自分のパソコンのスイッチを入れた。
今日はその妖精郷の女王と話す約束をしていた。
彼女のパソコン上の名前はクイーン。
メールで連絡を取ると、かなりしぶられたが今回はこちらの粘り勝ちだった。
「さてどうなるものやら……」
時間になり、クイーンに連絡を入れる。
コールがやけに長く続き、ようやく画面にクイーンは現れたのだが……。
「要件をさっさと言え……殺すぞ」
「いきなり怖いなぁ……」
そこにはパンダがいた。
パンダの妖精だ。
流石に慌てて僕は言った。
「ど、どうしたんだい? いったいなにが? なんかすごい顔だけど?」
「余計なお世話だ。これ以上妾の集中をかき乱すつもりか?……殺すぞ」
「あははは……さっきと台詞がほとんど変わってないよ? あの、クイーンさん? そう言わずに事情だけでも聞かせてもらえないかな? なんで君はそんなに眠そうなんだい?」
クイーンは見るからに普通の状態ではなかった。
その目の下には真っ黒なクマが出来ていて、手に持っているストローを突っ込んだ瓶が独特の味を醸し出している。
瓶のラベルに「黄泉ガエルドリンク」と書いてあるが、「死者でも一口飲んだら飛び起きる」と言うキャッチコピーはいかがなものだろうか?
クイーンはこれ以上ないほどに不機嫌そうに大きなため息を吐くと、血走った目で一気にドリンクを飲み干して言った。
「……今ちょうど立て込んでいてな。実は同好の士が集まってドレスの品評会をすることになったのだ。皆自慢の新作を持ち寄ってな? 一か所に集まって評価しあうという画期的な祭りだ。もちろん売買もするから下手なものは作れないし、ここで人気を集めれば一気に拍が付くと、そういうものなのだ。わかるか? 今が大事な所なのだ! ……わかるよな?」
だんだんと画面にアップになるその目が怖い。
それは画面越しでさえ圧力に屈する他に選択肢などないほどだった。
「う……うん。よくわかったよ。それなら言ってくれれば、こちらから生地くらい送ったのに。に? うちの名産品には上物も多いよ?」
しかしそう言う僕を、クイーンはフフンと鼻で笑い、問題ないと言い切った。
「エルフの里とならすでに取引がある。何人か参加も決まっているのだよ。わざわざトップを通す必要があるのか?」
「……し、知らなかったよ」
本当に全く知らない動きに、少なからず動揺してしまったが、むしろクイーンは当たり前の顔だった。
「秘密の会合なのだから当然だろう? ああ、だが勘違いしてもらっては困るが別に隠す必要もないのだぞ? 妾が思うに、こう言った催しはわかる者だけが知っていればいい。冷やかしは帰れ、殺すぞ」
どうやらこのネットワークは、日々自分達の意図しない変化をもたらしているんだと感心しながら僕としては頷く他ないわけだ。
こちらもすべてを把握していると思い込むのはおごりが過ぎるというものだろう。
ただ……話を聞いていると少しばかり気になる部分もあった。
「そういうものかもね。でもだよ、そんなに色んな相手に声を駆けたら、一か所に集まるなんてことが出来るのかい? 妖精郷で集まるとしてもエルフの里からそっちまで普通の子が歩き回るのだって結構危険だろうに?」
最近は魔獣だってそこかしこにいる。エルフと言えど、旅立って安全が保障されているわけではないのである。
里の者達に危険がある様なら止めておかなければと、見るからに正気を保っていなさそうなクイーンを止めようと思ったのだが、画面越しのクイーンはニヤリと得意げに微笑み、自慢げにその計画を披露してくれた。
「ふん。その程度の問題、解決できていないと思っているのか? 参加者には特別な招待状を送っているから問題はない。既定の日時になると持ち主をイベント専用に作られた異界に招き入れるというものだ。ちなみに参加者用と来客用とがあるから、興味があるなら来客用を手に入れるのがいいだろう。参加者用は準備のために複数回入れるが、あえてそちらにする意味もなかろうからな」
まさかイベント用に異界まで用意しているとは――何を考えているのだろうか?
そしてこういう非常識には、やはりあの魔法使いの影がちらつくのである。
「……また、無駄に高度な魔法を用意したものだなぁ。それにしてもずいぶんと大規模なイベントみたいだね。なんだかとても面白そうだけど?」
とはいえ僕も楽しい事は大好きだ。
騒ぎだした好奇心が命ずるままに尋ねてしまうと、その瞬間クイーンの目は非常に楽しそうに光りだしたから驚いた。
そしてクイーンのテンションの跳ね上がり方はとてもじゃないが付いて行けなかった。
「ああそうだとも! 今回は妾も楽しみにしているのだ! 何せ竜と魔族の参加者までいるからな! 出回る服も小型の妖精サイズから巨人用まで多種多様! 竜のデザインは羽を意識したものなんかもあるだろうから、ひょっとするとこちらの作品に流用が利くかもしれん! 魔族ともなればその形態は未知数……ラミアやハーピィ用の独特な品も出品するとマオちゃんが言っていたから、今から楽しみでならんのだよ! いやぁ妾も色々と工夫はしているのだがなぁ。まっこと知れば知るほどに奥が深いものよ。色一つ、形一つとっても、種族に歴史ありといった所か。妾も負けておれんと日々精進しているよ。だがだ……問題はただ作ればいいと言うものではないという所なのだ。前回集まった時、妾は演出というものの重要性を嫌というほど思い知った。モデルを誰にするか? 音楽は? 照明は? こればかりはなんとも……」
「……ちょっと待って! わかった! わかったから! すごく楽しいイベントなのはよくわかったよ! 君が楽しそうで僕はとてもうれしいよ!」
何か重しが外れた様に生き生きし始めたクイーンには悪いが、思わず止める。
まだしゃべり足りなさそうなクイーンはむっと黙ったが、これ以上話しても意味がないと思ったのか、ため息を吐いて頷いていた。
「ふむ……そう言えばこんなことをしている暇はなかった。それにしてもお前はいったいなんだって連絡してきたんだ?」
今更不思議そうに聞かれてしまったが、迂闊なことを言おうものなら今度こそ本格的に怒らせてしまう気がする。
せっかく言いたいことを言って、少しだけ機嫌が戻ったのだ、今日の所は大人しく退散するべきだとこの時すでに悟っていた。
「そ、そうだね。少しタローの事を聞きたかったんだけど。彼も元気そうで何よりだよ。その異界への招待状は彼の魔法だろう? 彼のやることは相変わらず独創的だね」
この無茶な企画を見ていれば、彼自身もどういう状況かくらいはなんとなく察せる。
なんとも彼も大変そうだなと思うが、クイーンは苦笑いして同意した。
「ああ。妾もそう思う。だがタロー曰く自分のやっていることは向こうでやっていたことの真似だから全然独創的ではないと言うのだ。この間もエルエルに滑り台という遊具を作っていたのだが、摩擦を限りなくゼロにして「思ったよりも滑り台」とか言って喜んでいたのは独創的ではないのだろうか?」
「いや、もうなんとい言っていいか言葉に困るよね」
本気で悩んでいるらしいクイーン含めて、とてもついていけなくなってきている自分はひょっとして取り残されているのだろうか?
どうやらいつの間にか彼だけではなく、すでに周りすら巻き込んで面白くなりつつあるのは間違いないようだった。
「……まぁ、今日はどうやら大変そうだからこの辺にしておくよ。悪かったね。イベント頑張って」
「そうか? まぁ次話す時はタイミングに気を付けるがいい……お前達! そこはそうじゃない! ああもう! ちょっと行ってくる!」
「ハハハ……頑張って」
ブチリと荒々しく映像が切れると僕も思わず笑ってしまった。
クイーンは昔に比べると、ずいぶんと短い間に開放的になったものだ。
これも彼の影響なのだろう。
まぁ焦る必要もない。時間だけは沢山あるのだからこうやって何度か話をしていれば、そのうち気軽に妖精郷を訪ねることも出来るだろう。
「ま、ゆっくりやるさ。しかしあの様子だと共通の趣味でも見つけた方が話が早そうではあるかな? ふむ……さっきのイベントとやらはそれ抜きにしても面白そうではあるし……少し調べてみようかな?」
さっそくパソコンで調べにかかるという事自体が、自分も十二分に面白くなってきているんじゃないかと気が付いたのは、それからチケットを手に入れるために二時間ほどオークションで粘った後だったりする。
エルフを総べる者。
森の賢人。
ハイエルフ。
パソコン上ではバラの君なんて呼び名も耳慣れた呼び方だった。
数々の呼び名はあれど、そのどれもがいつか出会った誰かが言い出したものであることには変わりはない。
最近はムーンライトセレナーデなんて名乗っているが、実はこれも昔出会った友人に教えてもらった花だったか歌だったかそんなものだったように思う。
呼び名は出会いの数である。しかし出会いというやつはなかなかに得難いもので、時が経つほどに難しくなってくるらしい。
特に長く生きていると同じ時間を共有できる友人というやつは、思いの他貴重ものだと自覚し始めるものなのだ。
僕などは最初の内こそ自分と同じ種族に固執していたのだけれど、そのうち面倒くさくなってきて、色々な場所にふらふらと出かけて行っては新しい出会いを探す日々を繰り返すようになった。
ただ、出会いの機会が増えたとしても、必ずしも他者が自分と同じように思っているわけでもない。
アルヘイムを巡ってみても身内で小さくまとまってしまう事も少なくないと知っていた。
そう言う場合は当然のことながらよそ者は相手にしないし、まぁ仲良くいこうともならないわけだ。
ところが最近、身の回りにちょっとした変化があった。
突然現れた異世界の魔法使いが、妙な魔法の道具を世界中にばらまき始めたのである。
このばらまいた魔法の道具をパソコンという。
そしてこのパソコン、なんと顔すらわからずとも他者と交流出来るという不思議な代物だった。
これが険しい山の中やら、絶海の孤島やら、樹海やらに住む、色々な方々に妙にはまった。
とりわけ身内には言えないけれど、実は結構退屈していたというアルヘイムの気風に思いのほか受け入れられたらしい。
日頃から数百年単位で溜め続けてきた鬱憤を存分に吐露し、隠れた趣味などを思う様披露する場として機能し始めたものだから面白い。
そう言ったことをやらかしてしまう彼だから目下、僕の興味の対象はその魔法使いに注がれているわけなのだ。
「まぁ放っておくには惜しいよね。何より最近はアルヘイムの話題の中心が妖精郷になりつつあるし」
僕はパソコンの前で独り言をつぶやいた。
ピクシーの住む妖精郷は今魔法使いの拠点である。自然、彼の魔法の恩恵を一番受けやすい場所なのだが、ここまで件の魔法使いの気質に合致していると、運命の悪戯としか思えなかった。
考えてみればあの魔法使い、よりにもよってあの悪戯好きのピクシーの郷に居つくとは何かの運命なのだろうか?
ピクシーは元々悪戯好きを通り越して好戦的と思えるほど独特な性格をしている。
つまりは楽しみに積極的な種族なのだ。そして今回はそれがいい方向に働いたということなのだろう。
例えば似たような種族でフェアリーという種もいるものの、その性質は全く異なる。
どちらも妖精族としては社交的な部類だから知名度は高いのだが、彼がフェアリーの所に居ついたとしても同じ結果にはならなかった気がする。
でもまぁたとえそうだとしても、彼女達だけに面白い事を独占させておく手はない。
「僕としてはこれはこれで面白くもあるから、複雑なものだよね……」
喉の奥で笑いながら、僕は自分のパソコンのスイッチを入れた。
今日はその妖精郷の女王と話す約束をしていた。
彼女のパソコン上の名前はクイーン。
メールで連絡を取ると、かなりしぶられたが今回はこちらの粘り勝ちだった。
「さてどうなるものやら……」
時間になり、クイーンに連絡を入れる。
コールがやけに長く続き、ようやく画面にクイーンは現れたのだが……。
「要件をさっさと言え……殺すぞ」
「いきなり怖いなぁ……」
そこにはパンダがいた。
パンダの妖精だ。
流石に慌てて僕は言った。
「ど、どうしたんだい? いったいなにが? なんかすごい顔だけど?」
「余計なお世話だ。これ以上妾の集中をかき乱すつもりか?……殺すぞ」
「あははは……さっきと台詞がほとんど変わってないよ? あの、クイーンさん? そう言わずに事情だけでも聞かせてもらえないかな? なんで君はそんなに眠そうなんだい?」
クイーンは見るからに普通の状態ではなかった。
その目の下には真っ黒なクマが出来ていて、手に持っているストローを突っ込んだ瓶が独特の味を醸し出している。
瓶のラベルに「黄泉ガエルドリンク」と書いてあるが、「死者でも一口飲んだら飛び起きる」と言うキャッチコピーはいかがなものだろうか?
クイーンはこれ以上ないほどに不機嫌そうに大きなため息を吐くと、血走った目で一気にドリンクを飲み干して言った。
「……今ちょうど立て込んでいてな。実は同好の士が集まってドレスの品評会をすることになったのだ。皆自慢の新作を持ち寄ってな? 一か所に集まって評価しあうという画期的な祭りだ。もちろん売買もするから下手なものは作れないし、ここで人気を集めれば一気に拍が付くと、そういうものなのだ。わかるか? 今が大事な所なのだ! ……わかるよな?」
だんだんと画面にアップになるその目が怖い。
それは画面越しでさえ圧力に屈する他に選択肢などないほどだった。
「う……うん。よくわかったよ。それなら言ってくれれば、こちらから生地くらい送ったのに。に? うちの名産品には上物も多いよ?」
しかしそう言う僕を、クイーンはフフンと鼻で笑い、問題ないと言い切った。
「エルフの里とならすでに取引がある。何人か参加も決まっているのだよ。わざわざトップを通す必要があるのか?」
「……し、知らなかったよ」
本当に全く知らない動きに、少なからず動揺してしまったが、むしろクイーンは当たり前の顔だった。
「秘密の会合なのだから当然だろう? ああ、だが勘違いしてもらっては困るが別に隠す必要もないのだぞ? 妾が思うに、こう言った催しはわかる者だけが知っていればいい。冷やかしは帰れ、殺すぞ」
どうやらこのネットワークは、日々自分達の意図しない変化をもたらしているんだと感心しながら僕としては頷く他ないわけだ。
こちらもすべてを把握していると思い込むのはおごりが過ぎるというものだろう。
ただ……話を聞いていると少しばかり気になる部分もあった。
「そういうものかもね。でもだよ、そんなに色んな相手に声を駆けたら、一か所に集まるなんてことが出来るのかい? 妖精郷で集まるとしてもエルフの里からそっちまで普通の子が歩き回るのだって結構危険だろうに?」
最近は魔獣だってそこかしこにいる。エルフと言えど、旅立って安全が保障されているわけではないのである。
里の者達に危険がある様なら止めておかなければと、見るからに正気を保っていなさそうなクイーンを止めようと思ったのだが、画面越しのクイーンはニヤリと得意げに微笑み、自慢げにその計画を披露してくれた。
「ふん。その程度の問題、解決できていないと思っているのか? 参加者には特別な招待状を送っているから問題はない。既定の日時になると持ち主をイベント専用に作られた異界に招き入れるというものだ。ちなみに参加者用と来客用とがあるから、興味があるなら来客用を手に入れるのがいいだろう。参加者用は準備のために複数回入れるが、あえてそちらにする意味もなかろうからな」
まさかイベント用に異界まで用意しているとは――何を考えているのだろうか?
そしてこういう非常識には、やはりあの魔法使いの影がちらつくのである。
「……また、無駄に高度な魔法を用意したものだなぁ。それにしてもずいぶんと大規模なイベントみたいだね。なんだかとても面白そうだけど?」
とはいえ僕も楽しい事は大好きだ。
騒ぎだした好奇心が命ずるままに尋ねてしまうと、その瞬間クイーンの目は非常に楽しそうに光りだしたから驚いた。
そしてクイーンのテンションの跳ね上がり方はとてもじゃないが付いて行けなかった。
「ああそうだとも! 今回は妾も楽しみにしているのだ! 何せ竜と魔族の参加者までいるからな! 出回る服も小型の妖精サイズから巨人用まで多種多様! 竜のデザインは羽を意識したものなんかもあるだろうから、ひょっとするとこちらの作品に流用が利くかもしれん! 魔族ともなればその形態は未知数……ラミアやハーピィ用の独特な品も出品するとマオちゃんが言っていたから、今から楽しみでならんのだよ! いやぁ妾も色々と工夫はしているのだがなぁ。まっこと知れば知るほどに奥が深いものよ。色一つ、形一つとっても、種族に歴史ありといった所か。妾も負けておれんと日々精進しているよ。だがだ……問題はただ作ればいいと言うものではないという所なのだ。前回集まった時、妾は演出というものの重要性を嫌というほど思い知った。モデルを誰にするか? 音楽は? 照明は? こればかりはなんとも……」
「……ちょっと待って! わかった! わかったから! すごく楽しいイベントなのはよくわかったよ! 君が楽しそうで僕はとてもうれしいよ!」
何か重しが外れた様に生き生きし始めたクイーンには悪いが、思わず止める。
まだしゃべり足りなさそうなクイーンはむっと黙ったが、これ以上話しても意味がないと思ったのか、ため息を吐いて頷いていた。
「ふむ……そう言えばこんなことをしている暇はなかった。それにしてもお前はいったいなんだって連絡してきたんだ?」
今更不思議そうに聞かれてしまったが、迂闊なことを言おうものなら今度こそ本格的に怒らせてしまう気がする。
せっかく言いたいことを言って、少しだけ機嫌が戻ったのだ、今日の所は大人しく退散するべきだとこの時すでに悟っていた。
「そ、そうだね。少しタローの事を聞きたかったんだけど。彼も元気そうで何よりだよ。その異界への招待状は彼の魔法だろう? 彼のやることは相変わらず独創的だね」
この無茶な企画を見ていれば、彼自身もどういう状況かくらいはなんとなく察せる。
なんとも彼も大変そうだなと思うが、クイーンは苦笑いして同意した。
「ああ。妾もそう思う。だがタロー曰く自分のやっていることは向こうでやっていたことの真似だから全然独創的ではないと言うのだ。この間もエルエルに滑り台という遊具を作っていたのだが、摩擦を限りなくゼロにして「思ったよりも滑り台」とか言って喜んでいたのは独創的ではないのだろうか?」
「いや、もうなんとい言っていいか言葉に困るよね」
本気で悩んでいるらしいクイーン含めて、とてもついていけなくなってきている自分はひょっとして取り残されているのだろうか?
どうやらいつの間にか彼だけではなく、すでに周りすら巻き込んで面白くなりつつあるのは間違いないようだった。
「……まぁ、今日はどうやら大変そうだからこの辺にしておくよ。悪かったね。イベント頑張って」
「そうか? まぁ次話す時はタイミングに気を付けるがいい……お前達! そこはそうじゃない! ああもう! ちょっと行ってくる!」
「ハハハ……頑張って」
ブチリと荒々しく映像が切れると僕も思わず笑ってしまった。
クイーンは昔に比べると、ずいぶんと短い間に開放的になったものだ。
これも彼の影響なのだろう。
まぁ焦る必要もない。時間だけは沢山あるのだからこうやって何度か話をしていれば、そのうち気軽に妖精郷を訪ねることも出来るだろう。
「ま、ゆっくりやるさ。しかしあの様子だと共通の趣味でも見つけた方が話が早そうではあるかな? ふむ……さっきのイベントとやらはそれ抜きにしても面白そうではあるし……少し調べてみようかな?」
さっそくパソコンで調べにかかるという事自体が、自分も十二分に面白くなってきているんじゃないかと気が付いたのは、それからチケットを手に入れるために二時間ほどオークションで粘った後だったりする。
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