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旅路〜ルーシュピケ〜

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「あの日の森の朝は気味悪く静かだった。」

 エルフの代表者ハニエルが空を見上げて呟いた。
 聞き耳を立てていたルーシュピケの住人達は、ハニエルがいつの話をしようとしているのか気づき、息を呑んでいる。
 住人達の不安に気づきながらも、ハニエル老はポツリポツリと語り出した。

_________

 あの日の森の朝は気味悪く静かだった。

 目覚めたルーシュピケの住人達はすぐ様に異変に気づいた。

 彼らが敬愛し畏怖する“パライソの森”がやけに静かだったのだ。
 動物達の声もしなければ、風で擦れる草木の音すらしなかった。

 あんな“パライソの森”は長命であるハニエルでさえも初めてだった。

 ガーディアンである“ペンプティ”のメンバーが駆け込んできたのは、親達が可愛い子供を起こす刻を迎えた頃だった。

ーーーー森が死んでいる。

 初めは誰も彼もが、報告の意味を理解できなかった。

ーーーー森のあちこちで腐敗が進んでいる。

 驚愕する住人達の元に、別のガーディアン“トリティ”のメンバーが血相を変えた顔で戻ってきた。
 
ーーーー大樹が・・・朽ちた。

 それを聞き、ルーシュピケは騒乱に陥った。

 大樹はルーシュピケの生命の中心だった。
 誰しもが神の依代として崇拝していた。
 
 その大樹が朽ちた・・・。
 
 これから“パライソの森”はどうなるのだろう。
 誰もが嘆き、怯えた。
 
 迫害から逃げおおせた彼らの先祖達が苦心して作り上げた集落。
 年月が進み、町ができ、砦ができた。
 そして、エルフや獣人達が安心して穏やかに暮らせる様になった“ルーシュピケ”という国になったのだ。

ブォォォォォ!!!

 空気が震えるような叫びが聞こえた。
 強風が吹き荒れ、立つ事すら難しい程に揺れる大地。
 
 焦り、悲しみ、悲観、恨み、苦渋・・・全ての感情が合わさった様な叫びだった。

 それから、三日三晩をルーシュピケの住人達は身を固めて震えて過ごした。

 叫びと大地の揺れが治った後、住人達は砦の外に出て声を失った。

 “ルーシュピケ”という国を囲っていた美しくも残酷な生命の楽園“パライソの森”が灰色の世界と化していたのだ。
 
 輝く新緑の草木もない、鳥の歌声も聞こえない、甘い花の香りもしない、魔獣達の争う音もしない。

 住人達は絶望した。
 
__________

「あの日“パライソの森”は死んだのだ。」

 小さくも、どこにいてもハッキリと聞こえるハニエル老の言葉に“ルーシュピケ”の住人達は沈み込んだ。
 
 啜り声を上げる住人達もいる中で互いに諌め合っている。
 そこにはエルフも獣人もなく、“パライソの森”を愛する同胞としての一体感があった。

「食べる物も、飲む物も失った。
 あの時、隣国であるデザリアのガレー侯爵の助けがなけば我々は滅びを待つだけだったろう。」

 ハニエル老の言葉に黙って隣で胡座をかいていた象の獣人フェンバインが頷く。

「人間に恐怖を持っている奴がいる事も事実だからな。
 あの時はガーディアンを連れてオイラがガレーまで行ったんだ。
 普段は命の危険を感じる道のりだが、恐ろしいほどに何もなく進んだよ。
 本当に魔獣の1匹も姿を見せない荒廃した景色だった。」

 ジュード・ガレーの言っていた付き合いとはこの時の事を言っているのかもしれない。

 彼ら“ルーシュピケ”の住人にとって恐怖の数日があったことは確かだ。
 未だに怯える者もいる。
 しかし、イオリを見上げたハニエル老は微笑んでいた。

「それが、突如として森が戻ってきたのだ。」
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